「火灯し森の中心で。」
固まってしまい動けない僕達の様子を見たイライザさんが忍び笑いを漏らす声が聞こえた。
「試験の時はあんなに勇ましく挑んで見せたのにねぇ。
まぁ、ヴァイスデーゲンにとっては此処が本陣みたいな物だから仕方ないかね」
「ほら、早く動いて昼飯にするぞ。
ぼけっとしとる間に後ろを取られても知らんからな」
そう言い、背後に居たハインツさんに肩を叩かれたジャックがハッと我に変える。
エミは本能的な畏怖を覚えたのか、若干顔を強張らせてブルっと背筋を震わせていた。
義兄は注意深く辺りを見た後にヴァイスデーゲンを一瞥したが、直ぐにイライザさん達の後を追って歩き始めた。念の為、警戒はしているけれど、必要以上に恐れてはいないらしい。
さっさと此処での用を済ませようとするその姿に、ヴァイスデーゲンはつまらなそうに鼻を鳴らした。
そして僕はというと、
「…………こんな……こんな素敵な景色が目の前にあるのに自分の頭の中にしか残らないのが悔しい…!!
写真、この景色を写真に撮って現像しておきたい。いや、動画。8k画質の動画に納めた後に高fpsのハードで鑑賞したい〜………っ!!
なんでこの世界には映像技術がないの…!!」
と頭を抱えて悶えていた。
誰も居なければ膝を突いてしまいそうな僕の頭上から、霊鳥達のチチチ?という呑気な声が虚しく降って来る。
どうして、どうしてこんなにも素敵な光景が目の前に広がっているのに、形に残すという選択肢がないの……!
これじゃあ、帰っても義父さんやフィリにこの感動を共有できない……!
言葉以上に目で感じ取った方が伝わるのに〜………!!
あまりのショックに鼻の奥がツン、と痛くなって来た。
僕の早口の謎言語は幸いエミ達に聞き咎められる事なく済んだけれど、動いたらこの画角からズレてしまうという思考が過ぎってなかなか足が動いてくれない。
数秒の葛藤の末、なんとか再起動した僕の手を戻って来た義兄が引っ張って中央まで連れて行ってくれる。動いた瞬間にちょっと泣きそうになった僕の顔を見て義兄がギョッとした。
「リコ、大丈夫か?何があった?」
「…何でもない…………何でもないの………」
心配してくれているお兄ちゃんには非常に申し訳ないけれど、この想いをどうやって伝えたら良いのか分からない。
写真も動画もない世界だから先ず技術から教えないと話が進まないし、その上で僕の心情を語ってたらいよいよ涙が溢れてしまうかもしれない。
現実が受け入れられなくて過去の愛し子さん達、写真技術位は残しといてよ!という明後日な八つ当たりすら頭に浮かんでくる。
あいにくと技術職どころか理系でもなかった為に、僕がこの場でカメラに代わる魔道具や魔法を開発するなんて芸当も出来ない。
ここまでの結論に至って余計に落ち込んだ………
ようやっと荷物を広げている皆んなの近くに来れた僕だったけど、急に様子が変わったからハインツさん達にどうした?と水を向けられる。
答えたい………是非答えたいけど、答えられない……!!
辺りとヴァイスデーゲンとを見た後にまた絶望して顔を覆う僕の様子に心配したエミ達だったけど、僕の「今、気持ちと現実の折り合いを付けてるだけだから大丈夫(泣)」
という言葉にお、おう……と困惑しながらもそっとしておいてくれた。
というか、引かれてた。
何を嘆いているのかイマイチ分かってない義兄が僕の頭をポンポンと撫でてくれたけど、この絶望を理解してくれる人が居ないという事実に余計に打ちのめされて、更に僕の頭は低くなる。
もう気分としては○トロのとうもろこし抱えた○イちゃん宜しく泣き叫びたい所だったけれど、流石に年甲斐もないという思いと、声を上げた所でこの景色が形に残せる訳でもないという現実に涙を飲んで堪えた。
唇を震わせながらご飯を取り出して口に運ぶ僕の姿に、なんか知らんけど落ち込んどるぞ。と察した皆んなが、塩漬け肉やらヘソクリしてたらしい焼き菓子やらを差し出してくれる。
とても優しい……
一つひとつにお礼をして喉を震わせながら口に入れる。
なんだか塩漬け肉のしょっぱさが強く感じる………なんでだろうな。
お礼にと干し果物を大量に取り出していると隣にいた義兄がさっさと皆んなに配ってくれた。
お兄ちゃんも優しい…………
こんな事でという冷静な気持ちも頭の片隅にはあるのだけれど、生のライブでしか得られない感動と、ブルーレイでじっくり俯瞰して見られる感動はまた別なんだよ〜〜………!!
僕は叫んでも理解されない悲しい思いを食べ物と一緒に無理やり飲み込んだ。
──(若干一名なんとか)食事を済ませた後、近くに湧き出る泉で各々小休憩を挟む。
倒木の裏に隠れるようにあった小さな泉で顔を洗い、水筒を満たして暫し疲れを癒した。
優しく降り注ぐ木漏れ日が温かくてつい忘れてしまいそうになるけれど、此処は危険な樹海のど真ん中である。
ヴァイスデーゲンを畏れない勇猛な魔物が来るかもしれないと考えていたけれど、此処に住む獣や魔物達はヴァイスデーゲンがテリトリー内では無敵である事を知っている為に近寄ってすら来ないのだと言う。
確かに姿を見せているのは穏やかで人間にも友好的な魔栗鼠達だけで、あとは時折鹿の親子が遠くから様子を伺うくらいか。
それなりの悪路を辿って来た僕達だったけれど、なんとアイビーラビット二羽もあれからしっかりと着いて来ていた。
タフ過ぎない……?
分類は魔物とは言え、兎ですらこの距離を軽々着いて来るなんてどれだけ逞しい生態系が築かれているのこの森は………?
今は鹿の親子の後ろからじ〜っと此方を見つめているみたい。
ヴァイスデーゲンは悪戯に他種属を襲わないし、現に今は落ち着いて皆んなと寛いでいるけれど、流石に好奇心だけで近付く訳ではないようだ。
一応食べるかな、と思って倒木の隅に干し果物を置いてみた。あの子達も沢山歩いて疲れているだろうし、食べてくれると良いな……。
………その光景も動画に納めたかったという思いは密かに飲み込みました。はい。
そんなことを話しながら泉に足を浸けて涼む事が出来るくらい辺りは平穏そのものだった。
こっそり索敵をして危険がないと分かっていた僕は泉に足を浸けながら、仰向けに寝転がって景色を眺め続ける。
この目に焼き付ける以外に方法がないから隅々までじっくり視線を巡らせた。
脳に身体強化の加護は掛け済みだ。絶対に忘れてなるものか。
そして目を閉じて瞼の裏に映る景色を確認。
よし、ちゃんと覚えていられそう。
目を閉じてのインプット作業をしながらダラリ、と手足を投げ出す。
あまりのショックと自棄の作業で脱力してしまっている僕の頭上に、不意に影が落ちた。
「…………ヴァイスデーゲン。何故貴方はヴァイスデーゲンなの?」
え?という声が聞こえて来そうな雰囲気を頭上に感じる。
ロミジュリなら此処でお馴染みの台詞を返して劇的なシーンに移り変わって行くのだけれど、悲劇はあまり見たくない派の僕は目を開けて薄く微笑んだ。
目の前に綺麗な白の毛並みをしたヴァイスデーゲンがいる。
その鼻面に手を伸ばして優しく撫でてやると安心したのか、ふんふんと僕の手に甘えて来た。
先程の堂々とした雰囲気は何処かに消えていて、今は可愛く戯れてくれている。
髪の毛を口に入れてもしゃもしゃされてるけど、前髪食べられないかな?これ。
それにないとは思うけど、角が刺さりそうでちょっと怖い。
それでも悲嘆に暮れてる僕の心情を案じて慰めに来てくれたのだと思うと心が温かくなる。
カメラという非常に惜しい存在を失くした僕の無聊を慰めてくれている………ヴァイスデーゲンも優しい。
……悲劇のように現状を嘆いていても仕方ない。早く気持ちを切り替えて次に行動しないと。
………あと、帰ったら何がなんでもカメラの仕組みを思い出すぞ。
写実主義の絵に表される風景も良いけれど、それとはまた別の素晴らしさが写真や動画にはあるんだ。絶対、絶対にこの世界にも残してやるぞ!
最早、意地と執念でそんな結論に至った僕がヴァイスデーゲンと戯れていると、突然お腹にぼすっと衝撃が走った。
「うぐぅ……」
「元気出たか?」
視線を下に下げると義兄の頭が僕のお腹に乗っていた。食べたばかりだから圧迫が凄い………
やや胡乱な眼が此方をジッと見つめている。
さっきは説明もなしに落ち込んでてごめんなさい。苦しいからやめて下さいお願いします。
踠くと余計にお腹が苦しくなるのでひたすら謝って耐えていると、たっぷり一分は陣取った後にお腹から退いてくれた。そのまま頭を起こして隣に座り込む。
うぅ、とお腹を抱えて丸くなった僕の頭を義兄が乱雑に撫でた。
「あと少ししたら出発らしいぞ。
帰りは此処を通らないそうだが、心残りはないか?」
「うぅ〜………うん。大丈夫。絶望と執念が和解して結託したから」
「……おう。そうか」
雑な返事を投げられて反射で義兄の膝を蹴ると、義兄は心から楽しそうに笑った。
◇◇◇◇◇
「よし皆んな、忘れ物はないな?
リコも元気が出たみたいだな。動けるか?」
「はい。大丈夫です。絶望と執念が和解して結託したので」
「……おう」
義兄と同じ返事を返されて思わず眉が下がる。
僕の決意表明なんて知らないハインツさんはワハハ、と笑って受け流すとそのまま道程の説明を始めた。
「次は北寄りに進路を変えて大きな沼を迂回して行く。ヴァイスデーゲンが側にいる限り魔物との戦闘はないだろうが、他の森からやって来た魔物や逸れた奴を襲う狡猾な魔物がいつ此方を狙って来るか分からん。
絶対に列を乱すんじゃないぞ」
「「「「はい」」」」
しっかり返事を返す僕達を見てハインツさんは大きく頷く。
錫杖を掲げたイライザさんが前へ立ち、一行は再び前へと歩き始めた。
倒木の先を進んで暫くすると、次第に岩や獣道が少なくなり、代わりにジメジメとぬかるんだ土地が割合を占めて来た。
苔の敷かれた地面の真下は柔らかい泥土らしく、時折蹄に剥がされた苔の合間から黒々とした泥が覗いている。
水捌けの悪い土壌は歩く事に水が染み出し、足跡には小さな水溜りが出来ていく。
この辺りまで来ると安定して通れる道はないらしく、彼方此方に生き物の歩いた形跡が散らばっていた。それと同時に水溜まりと黒い泥が跳ねている箇所も目立つ。
時折、思い出したかのように泉と泥沼が僕達の歩みを塞ぎ、何度か迂回しなければならなかった。
小さな水草が生えている下は濁った泉か、底なしの沼。そんな景色に段々と気力が消耗していく。
先へ進む僕達をゆっくり飲み込もうとするかのように苔と泥がブーツの裏に張り付いて来る。
一歩一歩意識して歩かなければいけない状況に足取りは重くなっていった。
そんな中、先陣を切るヴァイスデーゲンの悠々とした動きに僕は首を傾げる。
どうしてこの土地であれだけ軽々と動いていられるんだろう?
体重の負荷が掛かる程、この土地での進行は厳しい筈なのに。
ヴァイスデーゲンの足元へ視線をやって僕はあ!と閃いた。
一見すると苔の敷かれた地面を軽やかに進んでいるだけだが、地属性の魔力を操作して足元の泥を硬化している。
地面に蹄鉄が触れる度に硬化するようにしているのか、対照的に後を通る義兄のブーツに苔が張り付いては落ちて行く。
よく見るとイライザさんの足元にも魔力を流しているらしく、踵のしっかりしたそれは僕達のブーツより汚れが少なかった。
確かにこれなら魔力消費が抑えられるけど、凄い精度だ。
苔を通して地面を固める必要があるから、只一歩出す度に魔力を流れるようにすれば良いって訳でもない。
これも魔力操作の練習になるかと僕は義兄の背を追いながら魔力を弄り回してみた。
先ず、自分の足元に地属性の魔力を集めて下へ流す。一気に流し過ぎると地の成分を含んだ苔まで纏めて固くなって今度は水気で滑りやすくなるので透過するイメージを持って泥土までの流れを作り上げていく。
んん、魔力量が多いと確実だけど魔力消費が激しくなるな………もう少し細く、滲むように………
身体強化の加護を同時に展開していたりするから、コレだけに集中していると他がブレてしまう。その場の判断で咄嗟に発動する攻撃系魔法とはまた別の精度を求められる操作だ。
魔力量を調整しながら一つひとつの精度が落ちないように確認の作業も入れていくと、次第にコツが分かり足元が安定して来た。
固くなった泥土に張り付く苔は靴底に抉られる事もなくその場に残り続ける。
暫く魔力操作に意識を向けて安定したのを確認した僕は、イメージを固めて足元へ魔力を定着させた。
よし、これで足腰への負担は大分変わると思う。
ん〜コレ、皆んなの足元にも使えないかな。
魔力消費は少ないし、イメージを確立出来たから後は皆んなの動きに合わせて魔法を固定すれば良いだけだし。
そう思った僕は念の為にイライザさんへ声を掛けた。
「イライザさん、一つ試したい魔法があるんですが使用しても良いでしょうか?」
「今、流してる魔法かい?
ヴァイスデーゲンの動きに気付いたようだね。」
「はい。ヴァイスデーゲンの真似をしたら歩きやすいかなって試してみました。
歩行訓練の意図があるようでしたら中止します」
「いや、いいさ。自力でそこまで出来たんだ。
イメージの確立は終えているね?」
「はい。自分一人なら安定すると思います」
「それじゃあ、今から私とヴァイスデーゲン以外の皆んなに魔法を発動させてごらん。
但し使用は30分までだよ」
「分かりました」
よし、許可が降りたぞ。
普段から隠蔽に隠蔽を重ねてる他の魔法と違って、硬化の魔法は魔力の流れが分かるようにしていたから、魔力探知の出来るイライザさんは一発で見抜いたみたい。
皆んなには説明するより実際にやった方が早いかな。
次は皆んなの動きに合わせて発動させるというイメージが必要だから結構集中力を使う。
一度、索敵魔法の類いを切ってから皆んなの足元へ魔力を流していき、魔力を固定してから魔法としての発動条件をしっかりイメージすると後ろのエミ達から驚いた声が聞こえた。
「どう?足元が固くなったと思うけど……歩きやすいかな?」
「すげぇよコレ。デコボコがなけりゃ芝生の上を歩いてるみたいだ」
「あぁ、足元一つで力の使い方がかなり変わっていたからこれなら歩きやすいよ」
「効果時間は30分か。魔力消費に気を付けろよリコ。魔力量の多い奴ほど欠乏時により体調を崩しやすくなる」
「分かりました」
歩きやすくなり喜んでいるエミ達の言葉に僕も嬉しくなって口元が綻ぶ。
ハインツさんの忠告にしっかり頷いた僕は内心、魔法が安定した事に安堵していた。
普段から練習しているとは言え、魔法の複数使用は精度が鈍る原因になるし、消費量も激しくなる。
まぁ、この魔法だけなら微々たるものだから僕の魔力量からすればどうこうなる事はないと思う。けど………
前を歩く義兄がチラリ、と此方の様子を見る。
硬化魔法を使用してから改めて索敵系の魔法はこっそり展開している。
此方も慣れている事とは言え、重複して魔法を使用しているから徐々に魔力残量が減って来ていた。
聖霊の皆んなと特訓する時は大抵、義兄やフィリと一緒に行っているから義兄は僕の消耗具合を把握している。
これまでの悪路の行進に加えて、集中力と魔力も消耗しているだろうと心配する視線に、僕はニコリと笑んで見せた。
大丈夫、コレくらい慣れておかないとお兄ちゃんの隣には立てないもの。
重たく感じる背中をそれとなく真っ直ぐ伸ばす。額に伝う汗は前髪をよけるフリをして拭った。
◇◇◇◇◇
あれから言われていた沼を迂回して進路は再び北西へと戻っている。
今はもう少しで夕暮れになるという頃合いで、陽の光は入って来るものの、刻一刻とその光は弱まっていた。
足元はすっかり水溜まりの広がる泥濘になってしまい、一面濃い茶色に染まった渡瀬のような景色へと変わっている。
頭上を覆う木々よりも大人の背丈程の薮や細い木が目立つようになり、頼りない枝に絡みつくようにあちこちに蔦が伸びている。
足元を覆っていた苔ももう殆ど見当たらない。
折れた枝やこの地でも逞しく育った草達が時折、僕達の足元で音を立てた。
途中挟んだ休憩も休憩と言えるものではなく、水分を補給して装備や体調を確認したらまた直ぐに歩かなければいけなかった。
立ち止まっている側から水が滲み出してきて硬化魔法を使っても次に浸水で足元を取られる。
いっそ進行方向の水も操作してみようかと考えたのだけれど、試そうとした矢先にイライザさんに止められた。
僕へ振り向いた義兄が、自分の水筒を此方へ差し出して来たのを見て顔色が悪いんだろうな。と漠然と思った。
足は鉛のように重たいし、長時間魔法と加護を展開している身体は不意の段差にフラつく。
けど、あと少しでキャンプ予定地に着くのだ。
身体強化の加護をしっかり掛け直して僕はひたすら前へ進んだ──




