「浅層、光の森。」
少しして戻って来たハインツさんと義兄により水の安全が確認されたので僕達は鞄のポケットから水筒を取り出して川から水を汲む。
義兄に体調を伺うと素っ気なく問題ない。と短い返事が返って来た。
特段いつもと変わらないように見えるが、何かと此方を構う筈の義兄のその言葉に、何となくハインツさんに何か言われたのだと気付いた。
気付いた上で、詮索する気はないと川へ視線を移す。
義兄は聞かれる以外何も答えず、黙々と口に携帯食を流し込んでいた。
──僕達一行は闇の森を目指し先を進む。
川を渡り向こう岸へ入った後は北西へと進路を変えてまた黙々と進んでいた。
川を境にテリトリーが変わったのか、二回魔物との戦闘があった。
ヴァイスデーゲンが居るお陰で並の魔物は力関係を悟り避けてくれていたが、そんな中でも殺す事に躊躇がない個体は勇敢にも襲いかかって来る。
遭遇はウェアウルフだけだったが、二回目に中規模相当の群れが押し寄せて来た為に僕達はハインツさんの指示に従い、陣を組んで少しずつ狩っていく事となった。
向かって来る敵を次々に屠り血飛沫を上げるのはハインツさんの戦斧で、守護の加護で作った沢山の細い壁を心臓に一突きさせて絶命させているのはイライザさんだ。
ヴァイスデーゲンは自らの身体を武器に突進と突きを繰り返し、群れを次々いなしていく。
普段の義兄と僕ならもう少し効率良く狩りを行えるけど、長時間の行進を行なった上にこれから先も体力勝負の連続になるので、指示通りにその場を動かず各個撃破を意識する。
風の魔力を練った風刃を飛ばしてどんどん首を切るものの、数が多く地に伏した死体を踏み越えてまた次の個体が迫って来る。
指示がなくとも背後に大事な物資を積んだ大袋と魔石を守っているので下手にその場を動けない。
長期戦になる事を察して、僕はここでへばってたまるかと目の前の敵を睨め付けた。
──ジリジリとした戦闘から約一時間後。
途中から焦れたイライザさんが光の魔力で閃光を行い、目が潰れたウェアウルフ達を光線で撃ち抜いて戦闘は終了した。
途中からハインツさんも戦斧(しか使わない)縛りを解いて身体全部で戦い出したので僕達への指導時間が終了した事を知る事となった。
辺りには転がる大量の死体と濃い血の匂いが充満していて、僕達の服と髪と言わず色濃い死の気配が染み込んで来る。
ハインツさんから号が掛かった義兄とエミは前へ出て剣を振るった為に返り血があちこちにこびり付いていた。
上着に付いた血は既に固まって黒くなっている。
「久々の規模だったな。最近はあれ位の群れが普通なのか?」
「いいや、精々がリーダー格が優秀な小規模の群れが点在してるだけなんだが………
子供の匂いに釣られて複数の群れが我先に押し寄せたみたいだね」
「あぁ、風向きが変わってたから何かしら釣れるとは思っちゃいたが。
予想以上にお前らは人気を取れたらしいぞ」
そう言い脅かすようにニッと笑うハインツさんへ笑顔を返せる見習いは居ない。
タチの悪い冗談なのもそうだけど、純粋に目の前に広がる光景と寸刻前のスタミナ勝負な戦闘に言葉を出す気力も無かったからだ。
後衛の射手希望であるジャックも補給の出来ない矢は貴重なので早々に武器を短剣に切り替えていた。
死体に刺さった矢を幾つか回収出来れば良いけど、此方の事情なんてウェアウルフ達は関係ないしあちこちで折れてるのが見える………
それに義兄とエミの剣も、僕とジャックの短剣も血と脂でベッタリなので、錆びて鈍ってしまう前に清めておきたい。
そもそも血の匂いが濃すぎて鼻が麻痺しそう。
戦闘の合間に皆んなの顔の周りに守護の加護を張ってから浄化の加護を掛けたけど、既に鼻がやられてたみたいで効果は薄い…………
義兄なんて人一倍匂いに敏感だから表情が凍っている。これだけの血を見て気が昂ってないのが幸いではあるけれど。
いや、これ幸いって言えるのかな?
うぅ、戦闘を終えても後処理が大変………
辺りの様子を今一度眺めた僕はいよいよガックリと膝をついた。
◇◇◇◇◇
夕暮れの弱い陽が差す森の中を僕達は歩く。
あの後、山が出来そうな数のウェアウルフの骸から素材の採集を命じられ、鼻が曲がりながら集めるだけ集めた僕達は水の魔法で清めたそれらを大袋に詰めた。
血の匂いで近場の魔物達が興奮してしまうから死体処理は無視出来ない。野晒しにすれば腐敗が進んで生態系を大幅に乱す危険もある。
感染症が怖いのはどの生き物も共通だ。
これは流石にイライザさんが魔法を使って地面を掘り死体を埋めてくれた。僕も(一応)人並み以上には魔力があるので一緒に行い、その後略式ながら祈りを捧げた。
敵だったとしても、消した命へ払う礼儀は持つべきだと思う。
分かり易く形に表しているのが僕とイライザさんというだけで、皆んなこの手で殺めたウェアウルフ達を単なる素材と見る事は無かった。
仕留め損なった魔物の末期の声だって聞いているのだ。絶命の瞬間の甲高い声はやはり慣れるものではない。
そうして先へ進んだ僕達は夜を迎える前に漸く目的地へ到着したのだった。
──これから夜を迎えるというのに辺りはほんのり明るい。
浅層入り口、光の森と呼ばれる地へ辿り着いた僕達は森を進んで暫くもしない内にキャンプを張る事となった。
ここは他の土地に比べ極めて光属性の魔力が多い地域であり、魔力により薄らと光る動植物も多く生息する。
特にヒルマドイという木は光の森の象徴的な植物であり、日光や地中の魔力から蓄えた光の魔力を気温が下がると共に放出するという特性がある。
折り重なり光る葉が頭上を覆い夜でも明るい為、「昼惑い」という名で呼ばれている。
学名はディエスメンティという長くて覚え辛いものなのでヒルマドイと呼ぶ方が一般的だ。
ヒルマドイの生息分布はユーヴァロン山脈と並行するように東西へ伸びており、この樹木の分布地域を丸々光の森と呼ぶ。
先のペリュトンが生息しているのもこの地域で、彼等はお気に入りのヒルマドイにマーキングしている事がある為、マーキングを見つけた時は注意が必要だ。
一度これと決めた光の魔力を、彼等はみすみす諦めたりはしない。
キャンプを設営して焚き火を囲んだ僕達は、夕食の摂る為に各々腰を下ろしていた。
香草と共に鍋で煮込まれた肉が良い匂いを漂わせ、焚き火のパチパチと爆ける子気味良い音が一日の疲れを癒してくれる。
火種を分けて敷いた鉄板の上では平たく切った芋の上にチーズを乗せた物も焼いているからお腹がなってしまいそう。
味を見たハインツさんが順に器を配りながら今日の評価を口にした。
先ずは今日初めに起こったペリュトン遭遇について。
「ディラン、お前はお前が思う以上に実力が付いている。お前の感性と瞬発力ならもっと早く動き、そして対処が出来た。
剣を使わずに逃げる事に専念したのはリコが居たからだろうがその考えは一旦捨てろ。
前衛、特に近接のお前がリコの動きに合わせようとしたらそれこそ足元を掬われかねない。
お前はその場その時に出来る最大限の動きを意識して身体に覚えさせろ。
味方の位置や動きを把握しておくのは重要だが、それで先陣を切る筈のお前が二の足を踏むような事があれば相手に隙を与える事になりかねん。
もし前に出ているお前が深傷を負ったとなれば、次に窮地に立たされるのは後ろに居る人間だぞ」
「はい」
慇懃に頭を下げる義兄を見て頷いたハインツさんは次に僕を見る。
「リコ、今回お前にも前線の戦力として可能性がある事は把握した。
だがそれに見合う身体がまだ出来上がっていない。始めの希望通り後衛としての役割と立ち回りを徹底して身に付けるんだ。
兎に角ディランの足を引っ張るな。
自分の身は自分で守れるだけの実力と判断力を鍛えろ。
ディランがお前に意識を向け、守ろうと動く程彼奴の行動範囲も選択肢も狭まる。
お前は後衛でディランの背中をしっかり支えるんだ。間違っても自分の背後を取られるような動き方はするな」
「分かりました」
今日一日の動きを反芻しながら深く頭を下げる。
次にハインツさんは行進中の注意点を幾つか述べた後、見習い達にとって今日一番戦ったと言える中規模のウェアウルフ討伐について言葉を続けた。
「先ず陣を組んで一定範囲内から動かずに居て貰ったな。アレの意図は守る対象が動けない想定での防衛戦だ。
今日やって分かっただろうが、仲間と共に冒険をしていれば運搬途中の荷物や怪我をして動けなくなった奴を守らなきゃならん場合が出て来る。
特に仲間を見捨てるのはある場合では有効な時もあるが、俺はお勧めせん。
戦闘に参加できないとしても目と耳が一人分無くなる上に見捨てるという行為は仲間内の士気を弱める事に繋がる。
そこから亀裂が入ればパーティの瓦解は直ぐだ。皆んなが生き残る為に殺し合いに発展した、なんて事例も一度や二度じゃない」
重い言葉に皆んな真剣に耳を傾ける。
人の本性は危険が迫る程、顕著に現れるのだろう。いざという時に最善の判断を下せなければ全滅の道が迫って来るのは直ぐだ。
ハインツさんの話を心に刻みながら、胸元のペンデュラムを握る。
この御守りはいざという時の身代わりの役目もある。誰かが見捨てられないように、コレを敵へ投げ付けて注意を逸らすものだ。
中に入った微量の魔力が投げた衝撃で放出されて視線を奪う役割を持たせたもの。
魔法も文明も発展していなかった時代にはほんの数秒が命を左右する事も多かった筈だから。
その後もハインツさんの話は続いて行く。
評価が終われば見習いの質問の番となり、イライザさんが丁寧に教えて行く。
故郷を離れた遠い地、古い歴史と命が息づく不思議な森で勉強会は密かに行われた。
◇◇◇◇◇
光の森というのは東西に広く分布しているが、南北に関してはあまり伸びていない。
「光」を特徴に持つ不可思議な森は、真っ直ぐ北上してしまえば一日で踏破出来てしまう位、薄い木々の群れでもあった。
午前には次の森へ抜ける予定と言われていた僕達は進行ペースを早めながら辺りに視線を巡らせる。
昼間は暖かくなる関係でヒルマドイも発光していない。昨夜の幻想的な光景は今の時期だと日暮れ以降にしか見られない貴重な体験だった。
これが冬になると積もった雪越しに淡く発光するそうなので、それはそれで見てみたいと思った。昨日の柔らかな光を思い返せば危険を承知で見に来る価値はあるだろう。
警戒しながらも今居る森に興味を惹かれているとふと、義兄の歩みが遅くなった。
慌てて足を止めてぶつかるのを避ける。
視線を辿れば身体強化の加護で見える範囲ギリギリに一羽の兎が目に入った。
この地の光の魔力を取り込んでいるからか、額から伸びた一対の長いヒゲが発光しているように見える。
アレは只の兎じゃない。
アイビーラビットと呼ばれる魔物だ。
魔力を有しているが、草食で人に対して非敵対的とされており、魔物の分類としては安全種となっている。
そしてその可愛らしい見た目と穏やかな気質からペットとしての需要も高かった。
と言っても乱獲が原因で頭数が限られている種であり、現在は捕獲も取引も全面的に禁止されている。
一世代前に魔法ギルドで保護回収を行い、その後飼育下で産まれた個体は大切に飼育されているらしいので現在目にするのはとても貴重な生き物だ。
それも、野生下に居るアイビーラビットを。
僕は突然の貴重な体験に興奮を抑えながら目の前の義兄へ囁いた。
「ディル、あのアイビーラビットこっち見てる。きっと索敵に顔を出したんだろうけど、あそこまでハッキリ見られるなんて凄いよ!」
「穏やかな性質らしいし、こっちに慣れて来たら好奇心で着いて来るかもしれないぞ。
そしたら匂いのついてない干し果物でもやってみれば良い」
「……〜っ!!あんなふわふわな子が近くに来てくれたら僕嬉しくて叫んじゃうかも。お願いだからその時は口を抑えてね」
「口で抑えて良いならやるぞ」
「絶対ダメ」
こそこそと交わす軽口の応酬にたまらず僕はふふ、と笑ってしまう。
この幸運を少しでも皆んなと共有したくて堪らない。
僕は転ばないように義兄の鞄に身体をくっ付けると、後ろに居るエミ達を振り返った。




