「真夜中の侵入者。」
夕餉を終えた僕達はそれぞれの部屋へ戻り就寝の時間となった。
中継ポイントは先輩冒険者の方達で交代の見張りが就く為、安心して夜を越せる。明日以降は見張り役を交代で請け負う事になるので今の内に睡眠を摂っておかないと。
明日の支度を終え、義兄と同じベッドに潜り込むと差し出された義兄の腕に頭を乗せる。
一人用のベッドは兄妹で眠るソレより手狭で、その分身動きが取れなくて寝苦しいんじゃないかと思うんのだけど、義兄は気にした風もなく静かに寝る体制に入った。
……もう一つベッドあるのになぁ。
そう思いつつも一緒に寝るだろうと予想していた僕はくすり、と笑い目を閉じた。
森の夜に満ちる冷えた空気も布団にくるまって義兄と身を寄せれば次第に心地良い暖かさに変わってしまう。
先程洗い立てでしっとりとしていた僕の髪は既に普段の柔らかさに戻っている。
食堂に居た頃はまだリンスの香りがしっかりと残っていたけれど、今は義兄好みの落ち着いた香りになっているのだろう。
頭に彼の鼻先が埋まる感触がしてほんの少しこそばゆい。
そうして互いにお休みのキスを贈ると僕達は眠りに就いた。
◇◇◇◇◇
夜明け前の砦はしん、と静まり返っている。
外壁をぐるりと囲む森にも夜の帷は厚く覆い、辺りの空気をより一層冷たくさせている。
濃い闇の気配が支配する中、大きな影がゆらり、と一つ。
それは闇を照らす光を渇望し獰猛に歩みを進めたーーー
ーーー揺り動かされる気配と近くに聞こえる声にハッと目を覚ます。
目を開けると義兄が口許に指を当て静かに、と合図して来た。
「人が動く音がして目が覚めたんだ。それに風に混じって何かが向かってくる音が聞こえる。その辺の獣の足音じゃない」
そういう彼はチラリと窓の方へ視線を向ける。
ほんの少し開けられた窓からは夜の闇に混じって松明の灯りがチラリと見えた。
状況を理解して探索魔法とサーモグラフィーの魔法を素早く展開する。
半径約30mへ魔法を展開したがまだ砦内だ。もっと範囲を広げないと……魔力を練り広げていくと複数の人の動く様子が分かる。彼らは北の外壁へ移動しているようだ。
全方位に向けていた魔法を北へ絞り、更に奥へ奥へと索敵を広げる………………居た。
明らかに魔力を内包している巨躯が中継ポイントの外壁へ向け歩みを進めている。獣や気性の穏やかな野生のペガサス等はまず人の気配のする場所へ向かわない。
それは十中八九、害意ある魔物だった。
「北方向、凡そ縦幅2mの魔物が一体。怪我をしてるといった動き方はしてないよ。
一体の魔物にこれだけの大人達が既に動いているとなると身体の大きさ以上に厄介な相手なのかも。
……今の所、僕達に待機指示も出してこないみたいだね」
「此方にはハインツさんに加え聖女も居る。
防人も任命されたからには相応の魔法使いか加護持ちだろう。
朝になる前に事が片付けられるなら態々見習いに不必要な恐怖を与える事もないって判断か」
「ギルド長とハインツさんなら叩き起こして動きを覚えさせるだろうけど、それがないって事はイライザさんの判断に従ったんだろうね。
この場で槍水仙級以上の冒険者は居ないだろうから」
冒険者は現場を任命されている者の他に、一番上のランクを持つ者にも指揮権が与えられる。
察するに今回は神殿関係者としても冒険者としても格上であるイライザさんが指揮を取っているらしい。
さて、どうしようか?
魔物オタクな自覚のある僕達は大人達にぬくぬくと守られて魔物を見て学ぶという機会を失いたくない。自分の実力に見合っていないというのなら、どの点でどれだけ力量差があるかの判断材料は得ようとしても良いのでは?
……あと純粋に、シンプルに、強くてカッコ良い魔物が見たい!!!
「…………待機命令もないって事は……俺達の監督者に指示を仰ぎに向かっても仕方のない状況だよな?」
そう言い微かに口許に弧を描く義兄はなかなかに悪い顔をしていた。そして僕はそんな義兄に笑顔を向ける。
「罰の筋トレメニュー以上の価値はあるよね」
「行くぞ」
「うん!」
極力静かに手早く身支度を整えた僕達は窓から外へ出てそっと地面へ降り立った。
隠密魔法を素早く掛け、物音を消す為に防音魔法も張る。
次に魔力探知されないようにと練習中だった妨害魔法を念の為に張っていると、突然前方から上空へと光が現れた。
不思議な紋様が浮かぶ帯状のそれは砦を囲むように半球状に広がって行く。
凄い……これだけの広範囲にあっという間に加護を掛けてる。守護の加護を個人指定でなく範囲指定で、となるとかなりの集中力が居るのに。
早業且つ頑丈な防衛法に動きを止めていると防音魔法の内側で義兄が囁く。
「早く行くぞ」
「分かった」
互いの姿が透明な中、義兄は匂いと気配で、僕は魔法で互いの位置を確かめ動く。
そうして人の居ない場所を縫うように歩みを進めると次第に砦を囲む外壁が見えて来た。
松明に照らされたそこは複数人の冒険者が武器を手に構え張り詰めた空気が漂っている。
けれどその中にはハインツさんにイライザさん、そしてルイスさんの姿も見えなかった。
さぁ、ここからどう動くか。
下手に近付けば気付かれてしまうだろうし、かと言ってあまり遠くで別行動というのも僕達の実力では無謀だ。
各地点に見張り台はあるが、そこには既に人員が配置されている。流石に梯子で鉢合わせになんてなったら距離が近過ぎてバレる危険性がある。
束の間逡巡して、義兄がクイと僕の袖を引っ張り上を指差した。
外壁を登る?ん〜………それなら…………
練習の成果を発揮する時だ。昼間散々持ち運び見ていたソフトボール大の魔石。そこに込められていたのは浮遊魔法の魔力だ。
今はカホちゃん達の指導を受けられないが以前から何度も練習を重ねている。後は実践で具体的なイメージを持つ事が出来れば………
風と光の魔力をそれぞれの役割に当てて練り上げ、それを僕と義兄に展開する。
やや不安定ながらも身体に纏った浮遊感に僕はよし、と呟いた。
そして互いの身体にロープを張り僕達は上へ登り始めた。ボルダリングの要領で義兄、僕の順に壁を登り始める。
動いてみて分かるけど魔法の展開範囲と効果がやっぱりまだ荒い………まだまだ練習しないと。
けど運動神経の良い義兄には関係なかったみたいだ。軽くなった身体を活かしてスイスイと上へ進んで行く。僕は義兄の手足を掛ける場所を見て辿れば良い。
無重力とまでいかずとも上へ向かおうとする動きに抵抗なく身体は進む。
ーーそうして登り着いた壁の先、その光景に僕達は呼吸をするのも忘れ見入っていた。
果たして壁の先にイライザさん達の姿はあった。それぞれの手に武器や魔道具を持ち、これまで見たことの無い緊迫感でもってその場に立っている。
その視線の先に居たのは紛れもなく魔物だった。
鹿の頭に胴、地を踏み締める頑健な蹄を持つ四つ脚。一見すれば大型の鹿に見えるだろうソレは、けれど鷹のような翼と尾羽を有していた。
そして……松明に照らされ浮かび上がる影が………人の形をしている。
その事に気付いた僕は咄嗟に悲鳴を堪えた。
それまで張っていた浮遊魔法の魔力が四方へ散ってしまう。
イメージが確立している防音魔法は効いているが、前線に居るイライザさん達の注意を逸らしてしまったら不味い。
あれは間違いない。昼間情報に上がったペリュトンだ。僕達が普段相対するウェアハウンドのような月並みな強さではない。
いや、ウェアハウンドも条件が揃えばとても危険な魔物だがそういう意味ではない。意志の強さが桁違いなのだ。その場を支配する圧倒的な魔力も、存在感も。
確実に相手の命を喰らってやろうと心火に揺れる身体。相手を睨め付ける眼光は明確な殺意に満ちていた。
そしてその視線が不意に動きーーー此方を捉えた。




