「賑やかな食事。」
僕達は石造りの廊下を進み食堂へ入った。
先刻調理の為に入ったそこは冒険者や騎士団の小隊クラスが有事の際入れるようにかなりの広さがある。
扉を潜って左手に調理場。備え付けられた立派な竈にはトロ火が掛けられた大きな鍋。正面から右手には横二列に並べられたテーブルが広がっていて既に殆どの人が席に着き食事を楽しんでいた。
「二人共遅かったな!先食べてるぞ」
「ごめんね。こういうの初めてで慣れなくって」
「リコ疲れてないか?ご飯は大皿から食べる分よそれって。今アイントプフ持って来る……」
僕達の中では最年長で何かと面倒見の良いジャックがそう言いながら食事の手を止める。
「俺がやるからジャッカスもリコも先に食べてろ」
だが腰を上げかけたジャックに手で大丈夫。と義兄は合図すると、大鍋の置かれている調理場へ歩いて行ってしまった。
肩をすくめたジャックがまた座り直して向かいの席を勧めてくれる。それにありがとう。と言葉を返すと僕は水差しから二つのグラスに水を注ぐとテーブルへ置いた。
エミとジャックのグラスにも水を注ぎ足せばそんな事しないで良いから。と逆に夕餉の盛られたお皿が目の前に差し出される。
ふふ、なんだか気持ちのお裾分けし合ってるみたい。
早く座れよと言うエミの言葉に頷いて席に着くと義兄と二人分のカトラリーを並べて目の前の料理を眺める。
おぉ……改めて見ると結構なスタミナ料理だ…
一先ず内臓に身体強化の加護を掛けておこう。ここに居る先輩方はこんなに食べて胃もたれしないのかな………?
そんな心配が過り、周りの賑やかさを景色に目の前のエミに顔を向けた僕は思わず笑い声を上げた。
「ふふっエミ、口許にご飯付いてるよ」
「ん?どこ?」
「待ってね。ん〜と……」
服の袖で乱雑に拭おうとするエミに待ったを掛けてポケットから布巾を取り出した僕は身体を伸ばして彼の口許を拭う。
素直に拭かれているエミにフィリのお世話を思い出して益々笑顔が溢れた。
「ありがとうな。なんかこの布巾良い匂いがするな」
「どう致しまして。あぁ多分家で使ってる柔軟剤だよ」
「へぇ〜。そういえばそんな名前のヤツを洗濯の時に母さんが使ってたかも」
「あ、やっぱりエミのお家でも使ってるんだ!ディルが嗅いだ事あるって言ってたから」
えへへ、僕の商品をエミの家でも愛用してくれてるのが分かってついニコニコしてしまう。
そんな会話をしてるとジャックも話に乗って来た。
「あ、もしかして良い香りしたのそれかな?リコが来た時に花の香りがしたんだけど」
「え?何だろう……もしかしてリンスかな。この香り?」
「ん?リコちょっとこっち寄ってみ」
なんだかこういう子供の戯れ合う距離感が懐かしくて楽しい。二人共僕より年上だからか接し方が完全に妹か年下の子に対するそれで安心するし。
年頃になるとパーソナルスペースって開くからなぁ………友達同士なら楽しいのに。
そんな事を考えながら顔を寄せて来たエミの鼻へ短い髪を摘んで持って行くと、唐突に頭を掴まれた。
「お前ら何してんだ」
「あ、ディルお帰り…ってぃたたた!」
「ディランっ何すん…っぐぇ!止め……いだだだ!」
僕達の間に割って入った、というより頭を鷲掴んだ義兄は僕達を見据えるもとい睨みながら両方の手に力を込めてギリギリと頭蓋を締め付け始めた。
ちょ、痛い痛い!!こめかみ狙わないで〜!!
その大きな手にすっぽりと収まった頭をぶんぶん振るも手はビクともしない。視界の向こうで同じように掴まれてるエミは苦悶の表情そのものの顔をしていた。
というか多分、僕よりエミの方が強めに締め付けられてる…!
力で敵う訳がないと知り尽くしている僕が真っ青になった時、助け舟が近くから出された。
「ディランもう止してやってくれ。二人共痛がってるだろ」
苦情混じりのそれはジャックから発された言葉だった。幸い本気を出していなかったらしい義兄はその言葉を聞いてあっさりと手を離してくれた。くれたけど……まだじんじんする〜…!
両手で頭を庇ってテーブルに蹲るとジャックの声が頭に振ってくる。
「二人共大丈夫か?ディラン流石にやり過ぎ」
「……コイツらが悪い」
「ん〜ディランが思ってるような事は何もないって。悪い、俺がリコに良い香りがするって言ったからエミが気になっただけなんだ。怒るなら俺にしてくれ」
「ならお前ら全員一発ずつ殴る」
「ちょっとディルさん鬼ですか!何もしてないのに〜………うぅ痛いよ〜……」
「ヤバい……頭がガンガンする……潰れるかと思った」
「ほらもう良いだろ。二人共こんなに痛がってるし」
何処か笑いの含んだジャックの声に何笑ってんだ!とエミが抗議する。僕は涙目になりつつエミと自身の頭にこっそり治癒の加護を掛けると頭を上げた。
「ふぅ……エミ、大丈夫?」
「あれ………痛みが引いた。あんなに痛かったのに」
不思議そうな顔をするエミに何も言わずに義兄をジトリと見遣る。案の定、加護を使った事に気付いた義兄が咎めるような視線を向けて来たが頬を膨らませて此方も見つめ続けた。
むぅ〜加護使った事なら怒られても知らない!あんなに痛かった上にエミの方が明らかに僕より痛そうだったんだから!
何も悪い事してないのにエミにまで痛い事したお兄ちゃんの言う事なんて今は聞かない!
視線に想いを詰め込んで見つめ続けると伝わったらしい義兄の瞳が揺れて顔の険が和らぐ。
そんな無言の遣り取りを和ませるかのように気の抜けた笑い声が響いた。
「っふははは!お前らほんと………っははは!」
なんかデジャブ………あぁアレだ。僕がお兄ちゃんに抗議してた時に大爆笑してたニールさんだ。
そんなジャックの笑い声に毒気を抜かれたエミと僕も釣られて笑ってしまった。食器の音や先輩達の話す声に混じり子供の軽い声が溶け合い響く。
少し騒がしくも心地良い空気に咎める気を削がれた義兄も大人しく椅子へ座り……ってイテ。頭を小突かれた………
あ、お兄さんはちゃんと隣に座ってくれましたよ。それとあ〜んを阻止する為に今日は右利きのお兄ちゃんの右隣に座りました!
これから野営の間は自分で食べるつもりなので、そんな悲しそうな顔をしてもダメですよ。
そうしていい加減、ご飯に視線を移し祈りを捧げてスプーンを手に取る。
自分で食べる事に身体が若干の違和感を感じていて、それに内心苦笑しつつアイントプフを口に運んだ。
お兄ちゃん、スプーンにヤキモチ焼かないで下さい。
ジャックはそんな僕達の様子にまた少し笑うとお喋りを再開させる。
「そういえばディランは見習い試験の時、冷静に動けてたよな。昼間の鹿を見つけるのも早かったし。何か秘訣とかあるのか?」
「いや、事前に知ってる情報とその場の状況を見て判断してる。俺はまぁ……目や鼻が他より効く方だから周りより早めに気付いて動けるってだけだ」
「あぁディランってやっぱり鼻が良いんだな。この間ミラさんにこっそりプレッツェル貰ったんだけど即バレてさ。結局二人で分けた」
「え、何それ俺も欲しかったんだけど!」
「ディル?ご飯なら沢山食べてるよね?」
「いや……腹減ってて…」
そう言う義兄は少し気不味気に、けれど楽しそうに話していた。さり気無く心地良いペースで話を振ってくれるジャックも、よく笑い屈託なく相手を褒めるエミも、義兄にとっては新鮮で距離が近い故に面映い。
話題が試験から見習いの仕事へ、それから日常の些細なものへ移っても義兄は口を止める事はなく、寧ろ普段より口数多く言葉を返していた。
……良かった、お兄ちゃんもジャックやエミと関わろうとしてくれて。
濁しつつも自分から身体の事を話したのは彼なりの二人への信用の証なんだ思う。全てを話す事は難しいけれど、相手に自分を知っておいて欲しいと感じたのならそれは義兄が二人に関心を向けようとした証拠だ。
今回の野営で同期の親睦を深めるというギルド長達の目的の一つは果たせそうだ。
それ以前に友人を作る機会を与えたかった大人のお節介だった節はあるけれど………そうと知って敢えて黙っていた僕も共犯かな。
話しながら心の内で安堵していると義兄は僕の顔を見つめて、それから頭をそっと撫でてくれた。




