ダール平原顛末記
「あ、絶景かな、絶景かなぁ。」
ダール平原に展開するボルワール帝国軍の陣を小高い丘から眺めながら見得を切る。
「なんですか、ソレ?」
「気にするな。俺の世界でのお約束だ。」
「はっ!そうでありましたか!勉強になりますっ!」
いや、ならんだろ。
俺はルヴォークに少しのウソを教えながら、心の中でツッコむ。
「数は…。」
俺が遠くを見る千里眼の魔法を使って敵陣を眺めていると、
「重装騎兵400、長弓兵700、重装歩兵600。これが帝国軍本隊でしょう。」
「残り、騎兵900、短弓兵800、歩兵1400。これが領兵でしょう。あとは傭兵ですかね?300といった所です。」
ルヴォークとカーニャが応える。部下が優秀で助かる。
「全部で5100、ほぼ報告通りだな。」
「…舐められたものです。」
「あぁ、たったこれだけで俺の領土に攻め込むとは…。」
「「違いますっ!」」
俺の言葉を遮って、ルヴォークとカーニャが叫ぶ。
「敵はまだ、ハヤト様のご帰還を知りません!」
「つまり、帝国はハヤト様がご不在であれば、この程度の兵力で我らが領土を侵せると思っているのですっ!」
「「これは我らへの侮辱ですっ!」」
ああ、なるほど。舐められてるのは俺じゃなく、留守番のコイツらか。
そりゃ怒るよね。
「今すぐご命令くださいませ。」
「行って奴らの喉笛を噛み砕き、ことごとくを屠り去ってみせましょう。」
二人は瞳に怒りの炎を湛え、今にも飛び出しそうだ。
二人の背後に従う警備部所属(主に狼人族と犬人族)の亜人達も、目を光らせ、低く唸る。
俺は総勢300名の狂犬を制し、
「お前達の気持ちもわかるが、ココは俺に譲ってくれ。」
「ハヤト様の手を煩わせるほどのことは…。」
「まさかっ!私たちがあの程度の#塵芥__ちりあくた__#相手に不覚を取るとっ?!」
「違う、違う。」
俺は、初陣だというのに血気に逸るカーニャの頭を軽く撫で、
「奴らには、俺のストレス解消に付き合ってもらう。」
「?」
「つまり、八つ当たりのマトになってもらう。」
おもむろに右手を空に掲げ、
「#神の光__ディバイン・レイ__#っ!!!」
呪文を叫びながら、敵陣の中央、ひときわ目立つ陣幕めがけ右手を振り下ろす。
ードン!!!!!ー
ダール平原に轟音が響き、大地は激しく揺れる。
直径10mほどの光の柱が地面に突き刺さる。
ーゴバッ!!ー
ーゴガッ!!ー
ードガッ!!!ー
その柱を中心に、同心円状に大地が砕け、
約200mの範囲で地面が波打ち、
叫びながら逃げ惑う兵士や陣幕など、
地上の全ての物を割れた地面が呑み込んでいく。
カーニャが目を丸くして、荒れ狂う大地を眺めている。
「す…すごい…です…。」
「そうか、カーニャはハヤト様の大規模魔法を見るのは初めてだったか。」
「ハヤト様の魔法の威力は、おそらく世界一、王国一と謳われたツェーカ様以上だ。
その威力は各属性の精霊達との関係性に裏打ちされている。」
「関係性?」
「そうだ。魔法を使うためには誰しも、使いたい属性の精霊と契約する。
例えば、火の魔法を使いたければ火の精霊と、風魔法なら風の精霊と言った感じだ。」
「はい、知ってます。」
「ここで問題なのは、契約する精霊の[格]だ。」
「かく…。」
ルヴォークがなぜか自慢げにカーニャに説明している間に、
大地に突き刺さった光は消え、
大荒れの海のように波打っていた大地は全てを呑み込み、
凪のように静かになる。
カーニャは相槌を打ちながら、荒れ狂った大地を眺めている。
「精霊は…、」
ルヴォークの解説はまだ続くようだ。
「精霊は世界中どこにでも居る。魔法適性さえあれば、低級な精霊なら簡単に見つけられる。」
「私には火の魔法適性しかないので、火の精霊しか見えないんですよね。」
「その通り。その点ハヤト様は全属性の精霊が見え、しかも契約しているのは火であれば火の精霊王[ヴルカン様]、
風であれば風の精霊王[シルヴェストル様]だ。その格は低級精霊とは比べ物にならん。」
「ま、水の精霊王とは未だに契約できてないんだけどな。
#下降気流__ダウンバースト__#っ!!」
ルヴォークがカーニャに長々と説明しているのを横目に、次の魔法を唱える。
敵陣では血の噴水があちこちで上がっている。
その血を吹き飛ばすように、光の柱が刺さっていた辺りに下降気流が起こり、
突風が四方へ広がる。
その突風は辺りの空気を吹き飛ばし、辺りを真空状態にする。
真空状態になった敵陣内では、
多くの兵士が呼吸が出来ずノドや地面を掻きむしりながら倒れていく。
累々と転がる死体の山は、まさに地獄絵図だ。
「これが…ハヤト様の魔法…。」
カーニャは呆然とその様を眺めている。
「ここからだ。」
俺は腕組みし、悠々と敵陣を眺める。
「次はどのような魔法を?」
ルヴォークが興味津々に聞いてくるが、
「何もしない。」
俺は腕組みした手を離すこともなく、敵陣を眺めている。
「しかし、まだ敵兵が……はっ!残りは我らにっ?!」
「違う。お前は好戦的だなぁ。」
「あ、あの~。」
カーニャがおずおずと手を挙げる。
「なんだ?」
「これ以上は無益な殺生ですから、残りは逃がしてやる…とか?」
「ふむ、カーニャは優しいな。」
俺はカーニャの頭を撫でてやりながら、
「違う。よく見ておけ。」
「え?」
「やるなら、徹底的にやらないと、な。」
敵陣に目をやると、カーニャは顔を引きつらせる。
そこはさらなる地獄になっていた。
真空状態になった空間に、一気に空気が戻っていく。
その勢いで、残った兵士や陣幕、武具や軍馬までが空を舞い、
引き千切られ、すり潰されながら、
轟音と兵士の叫びと共に陣の中心へ吸い込まれていく。
「あ…あぁ…ぅあ…………。」
初陣で見せるには刺激が強かったか?
カーニャは口を押さえ、狼狽えている。
カーニャ以外の警備部の者の中にも、
従軍経験の少ない者達が嘔吐している。
俺は、後ずさりつまづいたカーニャの震える肩を抱き、
「よく見ておけ。悲しいがこれが戦場だ。」
「あ…あぁ………。」
「兵士の愛国心も、騎士の忠誠心も、傭兵の功名心も、貴族の誇りも。」
「はぁ……はっ……あぁ……。」
「どれも意味はない。あるのは生と死、勝ちと負け、だ。」
敵陣の中心だった辺りに出来た巨大な肉の塔を眺めながら、
「ま、これからは人間同士の戦はあまりないだろうが…な。」
カーニャを安心させるためか、俺自身を慰めるためだろうか、独り言ちた。
「ハヤト様、あの肉塊は如何いたしましょう?」
ルヴォークが指示を求めてくる。
「疫病の元になるのも、森から魔物を呼んでしまうのも、
グールなんかになられても困るからな。」
「きゃっ!」
突然の出火にカーニャが驚く。
瞬く間に死体の山が業火に包まれる。
「死体は埋めるか焼却に限る。」
「今の…は?」
「ハヤト様の魔法だ。」
カーニャの問いに、ルヴォークが答える。
「え?詠唱は…?」
「不要だ。今日のはノリと雰囲気だ。」
俺は、黒煙を上げ、激しく燃える死体の塔を眺めながら答える。
天へ登る黒煙が#煙__けぶ__#り、彼方に沈む夕日を霞ませる。
「そろそろ帰ろうか。」
自分の背後に控えているだろうルヴォークや警備部の面々の方に振り返る。
「…な、なんで?」
俺は意外な人物に驚く。
そこには、
マイヤーに連れられた道祖と神前がいた。
つづく