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異世界召喚おかわり、もう一丁っ!!  作者: HY
戦場の男たち
16/88

続 ダール平原にて。

「なんで俺がこんな事を…。」

マウールはブツブツ文句を言いながら、おっかなびっくり、陣の中央へ向かう。

最初に見た光の柱はすでに消えていたが、

目をこらすと、領主の陣幕があった辺り、光の柱の代わりに巨大な赤黒い水柱が立っている。

「こんな所に噴水?」


巨大な噴水の水を浴びた兵士たちが、何やら騒いでいる。

こちらへ走ってくる兵士もいるが、

噴水の方から突風が吹き、砂埃が舞う。

「うわっ!」

目を瞑り顔を伏せ、砂埃をやり過ごす。

少しして目を開けると、世界は静寂に包まれていた。

先ほどまでの兵士の騒ぎ声は聞こえない。


「?」

よく見ると、自分の数メートル先に空気の層のような、陽炎のような。

向こうとを隔てる透明な壁のようなモノが見えた。

「ひっ?!」

本能がマウールに告げる。この先に、壁の向こうへ進んではダメだ、と。

壁の向こうでは、先ほどまで騒いでいた兵士が自分の喉や地面を掻き毟り、のたうち回っている。

何も聞こえない。

一切の音はしないが、兵士たちは苦悶の表情を浮かべながら倒れ、死んでいく。


職業軍人ではないマウールは、人が大量に死んでいく光景を初めて見た。

だが何も聞こえないため、演劇の演出のようにしか感じられない。

本能は危険を告げ、恐怖している。

だが、すぐそこにある『死』を、受け止められない。

恐怖と死が結びつかない。


逃げ出すべきだった。

何も考えず、自領に向かって、森を突っ切り、自分の故郷に、両親の待つ自分の家に逃げ出すべきだった。

父親に、母親に抱きつき、子供のように泣きじゃくればよかった。

しかし、マウールはしなかった。いや、できなかった。

頭で状況の整理がつかなかったため、その場に立ち尽くしてしまったのだ。


彼の人生には大きな選択ミスが2つあった。

1つは志願兵として、この戦場に来てしまったこと。

そして、もう1つはこの場に立ち尽くしてしまったこと。

1つ目のミスは挽回が可能だった。

『今』、逃げ出せばよかったのだ。

だが、2つ目のミスは文字通り、致命的だった。

もう挽回は不可能だった。


静寂が一転、辺りに轟音が鳴り響き、陣営の中心へ向かって突風が吹き。

経験したことのない暴風が、マウールを吸い込もうとする。

「うわっ!」

マウールもあまりの強風に立っていられず、咄嗟に地面に伏せる。


まるで貪欲な巨獣が全てを飲み込もうとするような暴風に、

マウールは腹ばいになって飛ばされないよう抵抗するが、

地面を掻く爪は割れ、剥がれ、血の跡を残しながらズルズルと引きずり込まれていく。


「うわーっ」

マウールの頭上から声がする。

飛ばされないよう注意しながら視線を上に向けると、声の主が宙に浮いて吸い込まれていく。

その悲鳴は恐らくは大声なのだろう。

だが、轟音にかき消され、ほんの小声にしか聞こえない。


強風の中目を凝らすと、たくさんの兵士や様々な物が空を舞っていた。。

中には同じ部隊に配属された志願兵や、マウールに偵察を命じた部隊長、

馬と一緒に飛ばされるあの騎士の姿もあった。

それらが宙を舞い、引き裂かれ、ぶつかり合いながら、中心へと吸い込まれていく。

『……!!』

辺りを見ると、大きな岩も、辺りの木々も、根こそぎ吸い込まれていく。

人が抗える風ではなかったのだ。


マウールは自分が死ぬ事を悟った。

しかし、彼の心は高揚感、多幸感に包まれていた。

農民としてではなく、兵士として死ねる。

村に残して来た、愛するあの娘を守るために死ねる、

自分の死が無駄ではないと、意味のある事だと思うと、

彼の死への恐怖はかき消され、むしろ幸福感が溢れてくる。


生への執着を無くした彼の指からは力が抜け、その体は地面を離れ、他の兵士達同様宙をまう。

強風は体を引き裂き、他の兵士達とぶつけ、石や武器などは彼の体をすりつぶす。

痛い、体中が痛い!

しかし、彼は幸福感で一杯だ。


ボロボロになりながら、マウールは村に残して来た少女の姿を思い浮かべる。

『あぁ、泣かないで恋人よっ!俺は君の幸せのため、戦い死んでゆくっ!!』

「さらばっ……!」

村で彼の帰りを待っているハズの、少女の名前を叫ぼうとして言葉に詰まる。


ー彼女の名前はなんだったんだろう??ー

引っ込み思案な彼は、騎士と楽しそうに話す少女を遠くから見つめるだけで、

少女に話しかけた事すらなかったことを思い出す。

驚くべきことに、彼は叫ぶべき少女の名前すら知らなかったのだ。

同じ小さな村の住人だと言うのに。

彼はその時、

志願兵になどなる前に、出来る事もすべき事もあったことに気づいた……。


『……なんだ、これ?』

哀れマウールは己のあまりの馬鹿馬鹿しい最後に絶望する。

薄れゆく意識の中彼の目に映ったものは、

ちぎれた体からはみ出た自身の臓物が、軽蔑していた傭兵達のハラワタと混ざり合う様だった。


かくしてボルワール軍は兵士も軍馬も武具も、そのことごとくが、

暴風の中心、己の元陣地の中心に集まった。


巨大な肉の塊として。

そして、ダール平原に再度静寂が訪れた…。


つづく

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