ダール平原にて。
ードン!!!!!ー
ダール平原に轟音が響き、大地は激しく揺れる。
「なっ、何事だっ?!」
ゴダーは野営陣地内に設けられた飲み屋から慌てて飛び出し、
「な………。」
その場に立ちすくんだ。
敵野営陣地の中心の、部隊の指揮官、ここの領主の天幕があったはずの辺り。
そこに直径10mほどの巨大な光の柱が、突き刺さっている。
光の柱は七色にきらめき、荘厳にして美しい。
ーゴバッ!!ー
ーゴガッ!!ー
ードガッ!!!ー
その荘厳な光の柱を中心に、光と衝撃が同心円状に広がり、大地を砕いていく。
領主の天幕を中心に直径約200mの範囲で、
砕けた大地が隆起と沈降を繰り返し、激しく波打つ。
その様はさながら、水面に雫を落としたミルククラウンの様だ。
周囲は兵士たちの悲鳴が響いているはずだが、
大地の波打つ爆音にかき消され、人の発する声は聞こえない。
聞こえるのは大地の悲鳴だけ……。
しばらくして、兵士たちの悲鳴を包み込んだ荘厳な光は天に消え、
唸りを上げ波打っていた大地は一転、凪の海の様に鎮まった。
そこには何もなかった。
領主の豪華な天幕も、無駄口を叩いていた兵士たちも、
軍隊に付いてきた商人や娼婦たちも、何も、何もなかった。
「………。」
波打つ大地に巻き込まれなかったゴダーは、光の柱が突き刺さっていた辺り、
領主の天幕があった辺りにヨロヨロと近づく。
「ヒュッ、カヒュッ。」
声は出ない。呼吸もうまく出来ない。
ードサッー
「っ!」
足がもつれ、躓き、倒れる。
顔をあげ、立ち上がろうと手をついた地面に、黒い点があった。
「?」
その黒い点は目をこらすと、見渡す限りあちこちにある。
自分の手の近くの黒い点に目を戻すと、ソレは先ほどより明らかに大きくなっている。
「??」
よく見ると、ソレは徐々に大きくなっていく。
ゴダーは気づく。
『…これは…。』
『血だ…。』
『血の染みだっ!!』
ーブシュワァァアアアアッッッッッッッ!!!!ー
大地に閉じ込められた大量の血が、地面のあちこちから一気に吹き上がる。
「あ、あ、う、うぁぁぁぁっっっっ!!!!」
大量の血の噴水を浴び、真っ赤に染まった自分の身体を見たゴダーは狂った様に叫ぶ。
「うあっ、うあぁぁっ!」
狂った様に叫びながら駆け出すが、突風が付近を駆け抜けた刹那、
「かっ?!」
上げていた悲鳴が強制的に止められた。
『呼吸が出来ないっ!』
『がぁぁぁぁっ!!!』
踏み潰されたカエルの様な断末魔の声を上げ、血を吐き倒れこむ。
何が起こっているのか、いや、自分の体に何が起こったのか。
ゴダーにはわからない。
薄れゆく意識の中、辺りがとても静かな事に気付く。
上げているハズの自分の断末魔さえも聞こえない。
やがて、ゴダーは静かに、本当に静かに、息を引き取った。
苦悶の表情を浮かべながら。
辺り一面、倒れた兵士たちで埋め尽くされている。
ある者は地面を、ある者は己の喉を搔きむしり、
必死の形相で血を吐きながら、転げまわり、のたうち回っている。
地獄絵図だ。
だが、一切の悲鳴も、怨嗟の声も聞こえない。
辺りは静寂が支配していた……。
「何があったんだ?」
光の柱が立っている方向、マウールは陣地の中央に目をやる。
いつまでも続くかと思われた轟音と振動が止み、今度は恐ろしいほどの静寂が訪れた。
ここは野営陣地の端、領主の天幕からかなり離れた最右翼。
そこにマウールたち志願兵は、傭兵たちと一緒に配置されていた。
「…何があったんです?」
マウールは、呆けた顔で中央を眺めていた部隊長に声をかける。
「わからん…。」
「雷でも落ちたんでしょうか…。」
「わからん…。」
「地割れでしょうかね?」
「わからん…。」
軍歴も長く、頼りになる部隊長だったハズの男は、
わからんと呟くだけの人形になっていた。
「魔法…とか?」
「バカ言えっ!あんな威力の魔法、あるもんかよっ!」
側にいた傭兵が罵倒する。
「ここまで地面が揺れてたぞっ?!並みの魔法じゃねぇよ!」
「音も凄かったが…いやに静かだな?」
「けっ!こけおどしかよっ!」
傭兵たちも口々に騒ぎ出す。
「…あの轟音と振動、遥か東の国で使用される火薬、というヤツだろうか…?」
部隊長が自信なさげに、やっとまともに答えた。
「火薬…。」
その響きにマウールは身震いする。
それがどんな物か田舎者の自分には分からないが、あれだけの轟音と振動だ。
とにかくスゴイ物なんだろう。
「お、おいっ!誰か様子を見に行け。」
部隊長が思い出したように指示を出す。
しかし、誰も動こうとしない。
本能があそこに近づくことを拒否している。
強がっていた傭兵たちも、
お互い顔を見合わせるだけで動こうとはしない。
「おいっ!何をやってる!早く行かんかっ!」
部隊長は怒鳴るが、やはり誰も動かない。
「えぇい!お前でいい!さっさと行けっ!」
痺れを切らした部隊長が蹴飛ばしたのは、
哀れなマウールの尻だった。
つづく