そうだ、死のう。
一人暮らしのボロアパート、3点ユニットバスの中はオレンジの光で染まっていた。真っ白な壁、床、バス、トイレ、何もかもがオレンジ色で薄暗い。
狭いユニットバスの中では、まっすぐと立つだけで頭が天井にぶつかるため、頭を下げなければならないが、自分は重度の猫背のため問題はない。
自分の左腕を見えるように視線へと持ってくる。俺の左手首から二の腕までには、何本もの切り傷がある。一番新しいのは二の腕。手首が一番古い切り傷で、白い切り傷が何本もあって、何本かケロイド化して腫れ上がっている。
俺は左手に持っていた、女物のカミソリを手に持つと、刃先を手首に持っていって、先端を腕に突きつけて、そして横に軽く撫でるように切った。
切り口ができて、そこから違う滲み出て行く。いつもの癖で横に切ってしまった。今日は縦に切るんだ。俺は気を取り直して、同じような要領で盾に切った。
手首を縦に切って、切って、動脈がどこにあるのか分からないから、とにかくいろんな箇所を深く、深く切っている。3点ユニットバスの洗面台に鮮血が滴り落ちている間、俺は小さな頃、約束をしたことを思い出した。
確か、幼馴染なんだろうか、その女の子と将来結婚しようなんて、お互い言い合った。
今更こんなことを思い出しても仕方がないし、順調だったとしてもこれは、小さい頃のちょっとした思い出。実現するわけがないし、成長したら他に好きな人ができている。俺だってそうだ。小さな頃はその子が好きだったんだろうけれど、今は違う。そして他の人を好きになったし、叶わないし、また別の人を好きになる。そんなもんだ。
今更思い出してもなんの意味もなさない。
俺はこんなものかと思いながら、調整の難しい蛇口をひねって、浴槽にお湯を注ぎ始める。むわっと湯気が溢れかえってきた。
そして湯船が出来上がると俺は衣服を纏ったまま湯船に足先をつける。
少し熱かった。でも徐々に慣らしていって俺は浸かって行く。
切った傷口を乾燥させて、瘡蓋ができないように俺は腕を湯船につけて、そして腰を下ろして行く。俺は尻が下につくとため息を吐いた。
このアパートで湯船に浸かったのはこれで初めてで、そして最後だ。
ぎゅうぎゅうの湯船の中に腕から溢れ出た血が滲んで、薄い糸を作って広がって行く。
俺はそんなものに関心なんてなくて、上を眺めて、気分を落ち着かせた。
ぼんやりと眺めて行く。するとだ。モヤがかかっていた頭が晴れて行くような気がした。
もうすることはない。
あとは誰か俺を見つけて処理してもらうだけだ。扉の鍵は開けたし、玄関には遺書と書き置き、大家さんに申し訳程度に有り金、10万円を置いておいた。
よくないけど、これでいい。