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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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8.奏歌くんとお弁当

「海瑠ちゃんは、本当に男運が悪くて、挙句の果てに倒れて病院行きになったくらいだから、奏歌くんみたいに和ませて傍にいてくれる相手がいた方がいいのかもしれませんね」


 津島さんは私が専門学校を卒業してからマネージャーをしてくれている年上の女性だ。付き合ってもいないのに付き合っている気になった男性に押し倒されそうになったときも、ストーカー化して付き纏う男性に部屋まで押しかけられたときも、その他諸々も、妻子がいることを隠して将来結婚するという約束で借金を背負わせて逃げていった男性のときも、津島さんには本当にお世話になった。

 放っておくと私が食事をするのを忘れてしまうのも、食事をしないで済むならそうしたいくらい興味がないことも、津島さんはよく知っている。

 奏歌くんと食べるとご飯が美味しいという言葉が津島さんを動かしたようだった。


「食べることは生きることですからね。食に興味がないのを心配してはいたんですよ」

「奏歌くんと稲荷寿司を食べたの。取り分けてくれて、麦茶も注いでくれて優しかった。凄く美味しかったし。ラタトゥイユもローストビーフもサーモンサラダも美味しかった。ご飯の炊き方も教えてくれて、朝ご飯にはサーモンサラダのサーモンをご飯に乗せてサーモン丼にしたんだよ」


 どれだけ奏歌くんとのご飯が美味しかったか語ると、津島さんの目が丸くなる。


「海瑠ちゃんの口から料理の名前が出て来た!」

「うん、全部初めて食べた。奏歌くんが名前も教えてくれたの」

「初めてじゃないですからね? 外食で何度も食べてますよ?」

「そうだっけ?」


 私が初めて食べたと感激したものは今までに津島さんと食べたことのあるものばかりだったようだ。そんなに珍しくないメジャーなものを篠田さんは作ってくれていた。それでも私はその料理名がよく分かっていなかった。


「失礼します」


 篠田さんが楽屋に入ってきて津島さんに頭を下げる。


「かなくんの話をしていたんでしょう?」

「海瑠ちゃんは放っておくと死んじゃいそうだから、奏歌くんがいてくれると本当に助かります」

「そんな……6歳のかなくんに背負わせないでください」


 篠田さんの反応が一般的なのだろうけれど、奏歌くんが立ち上がってそれに反抗する。


「やっちゃんは、みちるさんのすごさもかわいさもわかってない! みちるさんとしごとしてるのに、やっちゃんはみちるさんがどれだけすごいひとかわからないの?」

「俺は……オーダー通りに仕上げてるだけで、演劇とかよく分からないから」


 篠田さんはぽりぽりと無精髭の浮いた顎を搔いている。

 私と同じ年なのに篠田さんは全く私に興味がない。

 私の持っているお金にも、私の容姿にも、私の体にも興味がない。

 それ以外の団員にも男性だったらちょっかいをかけたり、問題になったりすることがあるのだが、篠田さんに関してだけはどの団員も声をかけられたり、デートに誘われたりすることはなかった。

 その理由がずっと分からなかったが、篠田さんが吸血鬼だと聞いて私は理解した。ひとではない自分とは普通の人間は生きる時間が違うので、そもそも篠田さんは人間と恋愛をしようという気持ちがないのだろう。

 私も同じようなものだったので、篠田さんの気持ちは分からなくない。

 それだけ安全な相手だし、奏歌くんもいるのでマネージャーの津島さんは食事をとるために食堂に移動した。

 篠田さんが座ったところで奏歌くんがリュックサックを降ろして中からお弁当箱を取り出す。


「やっちゃんがつくってくれたの。ぼくもてつだったんだよ」

「わぁ、美味しそう」


 海苔の巻かれたおにぎりと、唐揚げと、卵焼きと、ブロッコリーのおかか和えと、ジャガイモのミニグラタンの入ったお弁当。お弁当の中身は全部奏歌くんが説明してくれた。


「かなくんの運命のひとかもしれないけど、俺は早すぎると思ってますから。かなくんはまだ6歳なんですよ?」

「はい、みちるさん、おちゃ」

「私が先に飲んで良いの?」

「かなくんの年齢のこと、ちゃんと分かってるんですか?」

「おはしはこれ。おにぎりのなかみは、さけとゆかりだよ」

「わぁ、美味しそう」


 一生懸命篠田さんが話しているが、私には奏歌くんの声しか聞こえていない。二人で手を合わせて「いただきます」をするとお弁当を食べ始める。

 奏歌くんが部屋に残して行ったお惣菜は、全部食べ終えたが、奏歌くんがいなくなったらいたときの美味しさはなくなっていた。隣りに奏歌くんがいて食べるお弁当の美味しいこと。


「みちるさん、たまごやきはあまいのがすき? しょっぱいのがすき?」

「これが好きかな」

「しょっぱいのだね。ぼくとおなじ!」


 奏歌くんと食べる卵焼きは美味しいので食べている卵焼きを示すと、奏歌くんがハニーブラウンの目を輝かせる。


「それ、俺が作ったんですからね」

「そうなの、やっちゃんはすごくおりょうりじょうずなんだ。ぼくも、しょうらいおりょうりじょうずになって、みちるさんをおなかいっぱいにさせてあげるね」

「奏歌くんが私にご飯を作ってくれるの?」


 奏歌くんと一緒に暮らして、毎日奏歌くんとご飯を食べる。そんな夢のような生活ができる日が来るのだろうか。うっとりとする私に篠田さんが深くため息を吐いた。


「ついでに、『篠田さん』だとかなくんとも姉さんとも同じなんで、適当に呼んでもらえますか?」

「篠田さんを篠田さん以外で呼ぶんですか?」

「みちるさん、やっちゃんってよべばいいよ」

「やっちゃん……」


 悪くないかもしれない。

 今までできなかった男友達ができるかもしれない予感に私はワクワクしていた。


「やっちゃん! よろしくね、やっちゃん」

「いいけど……」


 いいと言っている割りに苦い表情のやっちゃんに私はあまり気にしないことにした。


「海瑠! いいものの気配がする!」

「百合! これはだめぇ!」


 遠慮なく楽屋に入って来た百合が私のお弁当を見つけて近付いてくる。必死に唐揚げを死守しようとするが百合は手を伸ばしてくる。


「だめだよ。これはみちるさんのなんだから! はい、ぼくのをあげるから、がまんして」


 凛々しく自分のお弁当箱を差し出した奏歌くんに百合が驚いている。


「なにこの男前……」

「しのだかなたです。みちるさんとしょうらいけっこんします」

「ん、唐揚げ美味しい! 許す!」


 幼馴染の百合も一瞬で懐柔してしまった奏歌くん。

 見事な手際に私は拍手をした。


「奏歌くんは猛獣使いかもしれないわ」

「誰が猛獣よ!」


 文句を言っているが百合が横暴なのはいつものことだった。食堂でお昼は食べたはずなのに更に私の唐揚げを狙って、奏歌くんから唐揚げを奪ってしまった百合。


「奏歌くん、半分こしよう」

「からあげはわるのたいへんだから、みちるさんがたべて。みちるさんはいっぱいたべてけんこうにならないと」


 血が美味しくならないからね。

 こっそりと告げられた言葉にそうだったと私は思い直す。

 奏歌くんは吸血鬼で大きくなったら私の血を求めるようになる。今でも蝙蝠になってしまったら私の血がないと元に戻れない。


「奏歌くんのために私美味しくなるね」


 美味しいと言ってもらえるためにはご飯を食べなければいけない。

 奏歌くんがいてもいなくても。

 奏歌くんがいなくてご飯が美味しいと感じられなくても、奏歌くんに美味しい血を届けるためならご飯も食べられそうな気がする。

 ちょっと食べないくらいでは死なない体ではあるけれど、奏歌くんのために健康になって、そのことが良い舞台を作り上げることにも繋がるならこれ以上のことはないだろう。


「ちょっと驚いちゃった」


 奏歌くんとやっちゃんが帰った後で百合が私に言った。


「食べ物に執着のない海瑠が、一生懸命お弁当抱えて守ってるんだもん」

「奏歌くんと食べるご飯は美味しいんだ」

「そっか……海瑠、良かったね。絶対にダーリンを放しちゃだめよ?」


 海香と同じようなことを百合も言って来る。

 奏歌くんが6歳だということを気にしているのはやっちゃんだけで、百合も海香もマネージャーの津島さんも私の味方だった。

 私を健康にしてくれる男前の男の子奏歌くん。

 奏歌くんにとっても私は有益でありたいと思い始めていた。

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