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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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7.マネージャーさんへのご挨拶

 動物園から帰ると篠田さんがお迎えに来る。荷物を纏める奏歌くんに私は一抹どころではない寂しさを覚えていた。

 一緒にいて心地よかった。買った鳥籠のソファも使ってくれて良かった。ハンギングチェアは使う暇がなかったけれど、今度は使ってくれるだろうか。

 切なく奏歌くんがリュックサックを背負うのを見ていると、奏歌くんが表情を引き締める。


「ぼく、みちるさんのマネージャーさんにごあいさつする!」

「え!?」


 恋愛禁止の劇団だが6歳の男の子と「将来お付き合いします」という報告ならば構わないような気がする。私は奏歌くんの可愛さと男前さに完全に夢中になっていたし、奏歌くんに傍にいて欲しい気持ちがあった。

 マネージャーの津島さんも知っていてくれるならそれほどありがたいことはない。

 年齢差はあるが、それはなんとかなるという私の秘密もあった。


「今度来たときにお願いしようかな」

「うん、またくるね」


 小さな手で私の手を握って言ってくれる奏歌くんと一緒にエレベーターで降りてマンションの入り口に立った。すぐに来た車から篠田さんが降りてくる。


「瀬川さん、お世話になりました」

「いえ、私がお世話になったような……」


 何から何まで奏歌くんに教えてもらった二日間だった。あっという間で楽しくも短い時間。


「みちるさんにぶたいのDVDみせてもらったよ。どうぶつえんにもいったの」

「良かったね、かなくん。お惣菜の容器は全部食べてから次回返してもらえたらいいですから」


 気付かなかったがお惣菜の容器を私は返す準備をしていなかった。寮が多かったので残っていると思ったら、奏歌くんが帰った後も私が食べられるようにという配慮だったようだ。

 反対しているが篠田さんは篠田さんで優しい。こういう優しい大人に育てられたから奏歌くんは優しく育ったのだろうか。


「みちるさんのち、ちょっとおいしくなってた。きちんとたべてね!」


 規則正しい生活をして、食事をきちんととると血も美味しくなる。それならば気を付けておこうと心掛けたのだが、部屋に戻って私は立ち尽くしてしまった。

 クーラーのついた部屋が妙に寒い。部屋に充満していた奏歌くんの気配がない。


「お腹が空いてるのかな?」


 この寂しさを埋めようと冷蔵庫から重箱を取り出して最後の二個の稲荷寿司を食べるけれど、奏歌くんと食べたときのような美味しさがなかった。

 よく分からないけれど、味気ない気がする。


「取り分けてもくれないし……」


 奏歌くんは私に料理を取り分けて麦茶も注いでくれた。奏歌くんの注いだ麦茶は美味しかったのに、自分で注ぐ麦茶はなぜか美味しく感じられない。

 私には奏歌くんが必要なのだ。

 これは恋愛ではないかもしれない。

 小さな6歳の奏歌くんを可愛がっているだけかもしれない。

 それでも側にいて欲しいという気持ちが強くわいてきて消えてくれない。


「これが、運命のひとってこと?」


 愕然とした私は海香に連絡していた。


「奏歌くんがいると物凄く楽しくて幸せでご飯も美味しいの。いなくなると部屋が寒くて全然楽しくなくて、ご飯も美味しくないの」

『他人を縄張りに入れるのが苦手な海瑠がね……』

「奏歌くんは私の運命のひとなの」


 これまでにしてくれたこと、言ってくれたこと。

 下着で隠れる場所には親しいひとでも嫌だったら触れさせなくていいとか、私はゴリラじゃないとか、蝙蝠になって危険なのに私の手袋を拾ってくれたとか、私はお金を使う必要がないとか。

 口から零れる言葉を海香はずっと聞いていてくれた。


『あんた、自分が何か分かってるよね?』

「分かってる」


 奏歌くんが吸血鬼であるように私にはひとには言えない秘密があった。

 私もひとではないのだ。

 その関係で私は非常に縄張り意識が強くて、自分の部屋に他人が入るのを物凄く嫌がる。それが分かっているから海香は無理やりに私の部屋に来たりしないし、親友の百合もなんとなく理解してくれていて部屋に押しかけてはこない。

 年の差に関してもそれでなんの問題もないのだが、その件に関して明かすには海香のこともあるし、奏歌くんは幼すぎるし、まだ言えていない。


『あんたにとっても運命なら、絶対に逃したらダメよ。特に海瑠は縄張り意識が強いのに寂しがり屋で男に騙されまくってるんだから』


 奏歌くんが私の運命のひとで最上の男性ならば、逃がしてはいけないと海香ははっきりと言った。


『後輩の美歌さんのうちの子なら素性もしっかりしてるし、吸血鬼だし、最高じゃない。逆光源氏計画しなさい!』

「逆光源氏計画って……」


 私好みに奏歌くんを育てる。

 考えてみたが既に私好みだし、育てられているのは私の方のような気がする。


「マネージャーの津島さんにも挨拶してくれるって言ってるのよ」

『男前ねぇ。今までの男よりもよっぽどちゃんとしてるわ。6歳児なら津島さんも何も言えないだろうしね』


 海香は完全に私と奏歌くんの味方だった。

 通話を切ると美歌さんからメッセージが入っていた。


『今回は奏歌を預かってくださってありがとうございました。奏歌もとても喜んでいます。次回もよろしくお願いします』


 次回の日程を打ち込んで私も美歌さんにメッセージを送る。

 それから舞台の立ち回りや台詞の見直しをして、その日は過ぎていった。

 篠田さんとの取材はまだ続いていて、劇団に篠田さんがやってくる。その日に奏歌くんも連れて来てくれていた。


「お仕事中だから、かなくんはここで待っててね」

「きゅうけいじかんになったら、みちるさんとおはなしできるんでしょう?」

「休憩時間には迎えに行くね」


 端っこの椅子に座って大人しく絵本を読んでいる奏歌くんのつむじが可愛くてうずうずするが、今は仕事のことを考えなければいけない。出来上がって来たポスターの見本を演出家さんや劇団員で見る。


「海瑠、顔色かなり補正されてない?」

「そんなに顔色悪かった、私?」

「今はかなりマシよ」


 親友で主演女役の百合が言えば、他の団員も頷いている。


「最近顔色良くなってきましたよね」

「前に倒れたときはどうしようって思いましたよ」

「死にそうに痩せてるのに、舞台に立つと別人だから驚いちゃうけど」


 舞台に立っている間は倒れることはないのだが、その後に倒れて病院に搬送された過去のある私は、周囲にも相当心配をかけていたようだった。


「ご飯食べさせてくれるひとができたんだ」


 言うと私に視線が集まる。


「良いんですか、海瑠さん?」

「劇団の規則違反では?」

「どんなひとなの?」


 劇団員と百合に詰め寄られて、私は視線を奏歌くんの方に向けた。奏歌くんが絵本から顔を上げて小さな手をひらひらと振ってくれている。


「え? あの子?」

「うん、とっても可愛いの。篠田さんの甥っ子だよ」

「確かに可愛いわ……」

「ご飯も取り分けてくれるし、一緒に寝たら暖かいし、電子レンジの使い方も、動物園のチケットの買い方も知ってるんだよ」

「むしろ、知らないあんたにびっくりだわ!」


 百合に突っ込まれるけれど私は気にしない。奏歌くんがどれだけ素敵な男の子かを全世界に知らしめたい気分だった。


「海瑠にはお似合いかもね、おままごと」

「おままごとじゃないよ」


 本当に奏歌くんが素敵な男の子なのだと主張しようとすると、篠田さんに止められてしまった。


「ポスターの件は問題ないですか」

「すごくセンス良くできていると思います」

「これでお願いします」


 演出家さんと百合が答えて篠田さんは主演女役の百合のインタビューに行ってしまった。奏歌くんは静かに稽古場の隅で絵本を読んでいる。

 発声練習をして、稽古をして休憩時間になると、私は奏歌くんのところに駆けよって行った。


「これから休憩時間なんだけど」

「みちるさんのぶんのおべんとうもあるんだよ」

「本当!?」


 劇団の食堂でお昼ご飯を食べても良かったが、奏歌くんのお弁当があるならそれを食べたいに決まっている。


「やっちゃんもきて」

「かなくん、もうちょっとでこっちも終わるから、先に瀬川さんの楽屋に行ってて」


 篠田さんを呼ぶ奏歌くんに篠田さんはインタビューがまだ終わってない様子だった。先に奏歌くんを連れて楽屋に行くと、マネージャーの津島さんも呼んだ。

 これまでに男性関係で何度も相談している津島さんは今度はなんの相談だろうと警戒している様子だ。


「はじめまして、しのだかなたです。おとなになったら、みちるさんとおつきあいします!」


 凛と表情を引き締めてご挨拶をする奏歌くん。

 深々と下げた頭のつむじが可愛くて堪らない。


「奏歌くんといると、ご飯が美味しいの。点滴もしなくて良くなったのよ。奏歌くんは私にお金を使わせようとしないし、奏歌くんがいると寂しくない」


 そうだ。

 私はずっと寂しかったのだ。

 ひとではない長い人生を生きなければいけない。

 そのことがずっと私の胸に圧し掛かっていた。

 それを全て取り去った小さな吸血鬼の男の子。


「良い子みたいですね……将来付き合うのなら、規則にも触れないでしょうし、海香さんからも重々言われてますよ」


 既に津島さんには海香から手が回っていた。

 こうして私たちはマネージャー公認の仲になったのだった。


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