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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
三章 奏歌くんとの三年目
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1.奏歌くんが男前な理由

 母親の美歌さんと叔父のやっちゃんを見ていれば分かるのだが、二人とも常識人だ。やっちゃんは私と奏歌くんとの仲を認めていない時期もあったけれど、それも奏歌くんのためだったし、私がストーカーに狙われたときにはとても優しくしてくれた。

 真里さんという浪費家で家庭を顧みない反面教師もいる。

 奏歌くんはそんな環境で、素直に保育園や小学校の先生の話を聞き、美歌さんとやっちゃんの話を聞き、自分で判断する力を身に着けた。

 奏歌くんが男前になるのは必然だったのだ。

 そんなことを考えていると奏歌くんから携帯電話で連絡があった。

 まだ二年生の奏歌くんは子ども用の携帯電話しか持たせてもらっていなくて、全部平仮名でしか入力ができない。


『みちるさん、こんどのおやすみに、おとまりにいってもいいですか?』


 一つ目のメッセージがここで終わっている。

 メッセージも長いものが打てないようになっているのだ。


『ぼく、あさおきたら、こうもりでした』


 二つ目のメッセージはここで終わっている。


『みちるさんにちをわけてもらいたいんですが、おねがいできますか?』


 三つ目のメッセージでやっと用件が繋がった。

 子ども用の携帯電話ではなくて、普通の大人用の携帯電話を持たせてあげたいのだが、通話料だとか機能の制限だとか、制約が厳しいのだ。最近は美歌さんに許可を取って奏歌くんは自分で私にメッセージを送ってくるようになった。

 どのメッセージも私の宝物として消さないようにチェックしている。


『血が欲しいのだったら、早い方が良いですね。明日、稽古の後にお迎えに行きます』


 返事を書くと奏歌くんから『よろしくおねがいします』と連絡が帰って来た。

 携帯電話を持ってベッドに倒れ込む。稽古が終わって夕飯のお惣菜を食べて、お風呂にも入って、後は寝るだけだった体勢の私。まだ時計は八時半を示していたが、そろそろ奏歌くんの眠る時間だと思うと瞼が重くなってくる。

 ベッドの上で何度も奏歌くんのメッセージを読んでいると、クーラーの冷えも気にならなくて私はぐっすりと眠ってしまった。

 基本的に舞台とは体力を使うものだ。

 舞台の端から端まで走り回ることもあるし、ダンスを長時間踊ることもある。それに歌が加わって更に体力を使う。

 舞台の上では活力が続いても、舞台を降りると倒れていた二年前から比べて、私は相当体力がついた。それも全部奏歌くんのおかげだった。


「今の海瑠なら、マチネとソワレ以外にもう一回くらいできるんじゃない?」

「できそうですよね、海瑠さん」


 百合の言葉に後輩も同意する。

 腕力は評価されていたが、健康面では全く評価されていなかっただけに、私にとっては嬉しいことだった。


「声の伸びも最近すごくいいよね、海瑠ちゃん」

「ダンスもキレッキレですよ」


 トップスターの先輩からも、男役の同僚からも誉め言葉をいただいてしまう。


「いい男がいるからよね」


 百合の言葉に劇団員がざわめくのに、私は携帯電話の待ち受けにしている奏歌くんが鳥籠のソファでアルバムを見ている写真を見せた。可愛いつむじに小さなお手手、膝小僧のつるつるのハーフパンツの奏歌くんを見て、歓声が上がる。


「なにこれ、可愛いー!」

「海瑠のダーリンです」

「お姉さんの後輩の子どもを預かってるんだっけ? 母子家庭で大変とかで」

「すごく男前なんですよ」

「やだー! こんなに可愛い子が男前とか、海瑠ちゃん、メロメロじゃない」


 恋愛禁止の規則のある劇団では、恋バナで盛り上がることができない。その分劇団員は自分の姪っ子や甥っ子の自慢をしたりするのだが、私は劇団で脚本家もやっている海香の後輩の息子さんが家庭が複雑なのでお預かりしているという態で奏歌くんを自慢することができた。


「電子レンジが壊れてると思ったら、コンセントが刺さってないことに気付かせてくれるし、紅茶のティーバッグの淹れ方も教えてくれるし、炊飯器に生米だけ入れてたらちゃんと水を入れてスイッチを押すことを教えてくれるし……」


 盛大に惚気たつもりだったが、劇団員の顔が呆れたようになっているのに私は気付いていなかった。


「海瑠ちゃん、そこまでだったんだ……」

「何もできないとは知っていましたけど」

「それをいちいち教えてくれるのは、やっぱり、忍耐力よね……こんな小さな子にそれがあるってすごいわ」


 私はみんなが想像していた以上にできないことが多かったようだ。奏歌くんは全てにおいて私を否定しなかったので、私は自信を持って習得することができた。もし一度でも馬鹿にされていたら、私は嫌になって何も覚えなかったかもしれない。


「ティーバッグなんてお湯を注ぐだけじゃない?」

「流石に炊飯器に生米だけ入れませんよ」

「コンセントが刺さってないって、どういうこと?」


 劇団員のみんなの反応にちょっと傷付いたけれど、奏歌くんはこんなことは言わないと気を取り直す。

 私の一番大事な奏歌くんが私のことを分かっていてくれたらそれで良いのだ。

 稽古が終わって奏歌くんを迎えに行くと、学童保育の建物にいた奏歌くんはちょっと浮かない表情だった。

 学童保育の先生が説明してくれる。


「奏歌くん、小学校でお友達と喧嘩になっちゃったみたいなんですよ」

「え!? 奏歌くんがですか?」


 大人しいし、他の子どものことなんか相手にもしていないようなクールな奏歌くんを保育園で見て来ただけに、私の驚きは大きかった。ぎゅっと奏歌くんは私の日除けのパーカーの裾を握り締めている。


「海瑠さん、ですか?」

「はい、私が海瑠です。姉が奏歌くんのお母さんの美歌さんの高校の先輩で、その関係で奏歌くんをお預かりしています」


 答えると、学童保育の先生は奏歌くんの髪を撫でた。奏歌くんは俯いてしまっている。


「口喧嘩だけで手は出していませんので。連絡帳に担任の先生から経緯が書いてあると思いますので、お母さんにお伝えください。後は奏歌くんが自分で話すね?」

「はい、ぼくが話します」


 俯いたままだったけれどきちんと返事をした奏歌くんの凛々しさに惚れ直してしまう。

 部屋に戻ると、おやつのかりんとう饅頭と粉茶を用意して、奏歌くんの話を聞くことにした。


「海瑠さんのことを、わるく言ったんだ」


 奏歌くんは素直に喧嘩のことを話してくれた。

 きっかけはバレンタインデーにチョコレートを断った女の子からだったらしい。その女の子の友達に囲まれて、奏歌くんは責められたのだという。


「『あんな年上のひと相手にされないわよ』とか、『やくしゃさんみたいだけど、ぜんぜん名前聞いたことないわ、むめいなんじゃない』とか、海瑠さんのこと言ってきて」


 落ち着くためにか奏歌くんは粉茶を一口飲んだ。唇を湿らせて奏歌くんが続ける。


「『男か女か分かんないようなひとだし』って言われて、つい言い返しちゃったんだ。海瑠さんはすごくせんさいで優しくてかわいいいひとなんだよ! って。海瑠さんにはぶたいのさいのうがあって、うたが上手で、ダンスも上手で、だれにもばかにされないげきだんのすごいひとなんだからって言ったんだ」


 物凄い剣幕で怒鳴り返した奏歌くん。普段が大人しいだけにその様子は恐ろしかったのだろう、女の子たちは泣き出してしまったのだという。

 連絡帳を確認しても、同じようなことが書いてあった。


『大好きな保護者の方を侮辱されて悔しかったのだと思います。ただ、大きな声で怒鳴るのは良くないことなので、そこだけは注意していますが、相手が泣いてしまったからと言って奏歌くんが悪いと決めつけるようなことは教師としてしたくありませんし、保護者の方も責めないで話をよく聞いてあげてください』


 奏歌くんの担任の先生は冷静に判断ができるひとのようだった。

 連絡帳を閉じて奏歌くんに返して、私は奏歌くんの手を握った。


「今日、劇団で馬鹿にされちゃった」

「え?」

「ティーバッグなんてお湯を注ぐだけじゃないとか、炊飯器に生米は入れないとか、コンセントが刺さってないとかありえないとか」


 話すと奏歌くんが私の手をぎゅっと握る。


「そんなことないよ! 海瑠さんは知らなかっただけだもの」


 そうやって庇ってくれる奏歌くんに、私は甘やかされているのだ。甘やかされているのが心地いいのでやめようとは思わないが、できることが増えて奏歌くんとの生活がもっと豊かになるようにはしたいと思っている。


「今日の奏歌くんの喧嘩の話を聞いて、奏歌くんに庇ってもらった気持ちになっちゃった。いけないことかもしれないけど、私は嬉しかった。ありがとうね」


 お礼を言うと奏歌くんの頬がリンゴのように赤くなる。


「ぼく、海瑠さんをかばってたんだね」


 奏歌くんはいつも私の心を救ってくれる。

 そう答えると奏歌くんの浮かない顔が笑顔に戻った。

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