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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
二章 奏歌くんとの二年目
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19.お互いの小さな嫉妬

 やっちゃんに呼び出されてカフェに入った私は、不思議と緊張していないことに気付いていた。親しくない相手だと私は縄張り意識を発揮してしまう。特にパーソナルスペースに入られるのが嫌で、嫌悪感すら感じるのだが、やっちゃんはその辺も考えているのか正面の席で私に手が届かない位置に座っていた。

 頼んだコーヒーは相変わらず苦いだけで美味しくない。ミルクを頼んでたっぷり入れる私にやっちゃんはブラックのままコーヒーを飲んでいた。


「真里さんの件で何度も瀬川さ……みっちゃんには迷惑をかけた」


 謝るやっちゃんに私は驚いた。


「やっちゃんが悪いんじゃないでしょう? むしろ、やっちゃんは被害者なんじゃないの?」

「それはそうだけど、俺があのひとを引き寄せたようなもんだから」


 真里さんとやっちゃんとの関係については聞いていないわけではなかった。

 高校時代に高校に紛れ込んで高校生の血を吸っていた真里さんに、吸血鬼だと見抜かれて目を付けられたやっちゃん。それも完全に被害者でしかないのだが、やっちゃんの口からは別の言葉が出た。


「俺はあのひとと出会った当初は、あのひとの歪んだところに気付いてなくて……俺も若かったし、母親がいなくなって荒れてた時期でもあったから、あのひととつるんでたことがあるんだ」


 高校生と言ったらまだ15歳から18歳くらいである。百歳を超えた狡猾な吸血鬼である真里さんが正体を隠して近付いてきたら頼りたくもなるのかもしれない。

 特にやっちゃんはその頃にお母さんがいなくなっている。


「怖いひとだって気付いてた……でも、俺には関係ない、同じ吸血鬼だから大丈夫だと思ってたんだ」

「大丈夫じゃなかったの?」

「血を吸う相手を共有しようって言われた時点で、ヤバいと思った」


 自分が記憶を消すから血を吸う相手を共有しようと真里さんに提案されて、やっちゃんはそれを拒んだ。


「真里さんにとっては、最上級の好意だったんだよ。でも、俺は受け入れられなかった。同級生を餌と思うだなんて、できなかった」


 やっちゃんの苦悩は当然のものだった。

 私もずっとワーキャットとして生きて来たけれど、一度も周囲の人間を襲ったことはない。猫ちゃんとして可愛がられたい気持ちはあったけれど、それは唯一の相手だけでいい。長すぎる寿命をどうやって生きていくかで自分が分からなくなって、色んな男友達を作った時期もあったが、奏歌くんと出会ったおかげでそれも落ち着いた。


「断ったんでしょ? やっちゃんは悪くないよ」

「断ったら、あのひとは姉さんに近付いたんだ」


 次の標的に吸血鬼として共に生きられる相手の美歌さんを選んだ。結果として奏歌くんが生まれたのだが、その件に関してはやっちゃんは責任を感じているが、後悔はしていないようだった。


「かなくんの存在は俺にとってもなによりも大事なものになったし、生まれて来てくれて良かったって思ってるけど、あのひとが父親っていうのは受け入れられてない」

「私も真里さんが奏歌くんの記憶を消しちゃったときには泣かされたし、私が狙われたときにはものすごく怖かった」


 やっちゃんと、私はやっちゃんの名前を呼ぶ。


「やっちゃんは、私にとって唯一私を利用しない相手だった。ただ一人のまともな友達かもしれない。私、やっちゃんのことも守るよ」

「俺がみっちゃんの友達?」

「へ? 友達でしょう?」

「ん、うん? ま、まぁ、そうなるのかな?」


 あまり納得してもらえなかったがやっちゃんとの話はそれで終わった。

 そのときに嫌な匂いを私が感じ取っていたのだが、やっちゃんは気付いていないようだし、放置してしまったのがいけなかった。

 数日後、スキャンダル誌に私の名前が載った。

 マネージャーの津島さんがそれを持ってきて、ため息を吐く。


「この相手、篠田さんですよね?」

「『歌劇団の男役二番手が熱愛!?』……やっちゃ……篠田さんとこの前話しただけです」

「篠田さんなら間違いないですね。劇団の見解として発表しましょう」


 やっちゃんとカフェに行った写真が載せられている雑誌には、やっちゃんが私と付き合っているとか、私が劇団の規則を破っているとか書かれていたが、津島さんは素早く対応してくれた。

 すぐにやっちゃんが劇団のポスターや雑誌記事を手掛けてくれているデザイナーであること、カフェでの話は恋愛沙汰ではなくて劇団の打ち合わせだったことなどが流されて騒動はおさまった。

 さすが敏腕マネージャーの津島さん、仕事が早い。


「奏歌くんを部屋に入れているのは篠田さんとの密会のためとか書かれてるけど、海香さんの後輩の息子だから甥っ子みたいに預かってるだけということにしておきましたから」

「ありがとうございます」


 お礼は言ったけれど、私は若干気になってはいた。

 稽古が終わって学童保育に奏歌くんを迎えに行くと、ちょっと不機嫌そうである。ほっぺたがぷっくりと膨らんでいる。

 つんつんとほっぺたを突くと、奏歌くんがため息を吐いた。部屋に帰ってからしっかりと話を聞く。


「ざっしのこと、きいたんだ」

「やっちゃんと私がなにかあるなんて、絶対ないからね! あれは、真里さんのことを話してたんだ」

「うん……でも、ぼくのこと、どうせつめいしたの?」

「それは……」


 劇団の公式サイトを携帯電話で開いて液晶画面を奏歌くんに見せる。奏歌くんは漢字の読み方を私に聞きながらそれを読んでいた。


「ぼく、みちるさんのこんやくしゃなのに」

「ごめんね、劇団の規約で、公にはできないの」

「わかってるけど、ぼく、こどもだから……ちょっとくやしい」


 7歳のプライドを傷つけてしまったかと申し訳なく思う私は、猫の姿になって奏歌くんの脚にすり寄った。すり寄ると奏歌くんが頭を撫でてくれて、ますます脚にすり寄りたくなってしまう。


「うわぁ!?」


 力を込め過ぎたのか尻もちをつく奏歌くんに私はのしっと膝の上に頭を乗せた。


「もう、みちるさん、おもいよ!」

「奏歌くんは私のものだから、いっぱい私の匂いを付けておかないと」

「においを、つけるの?」


 不思議そうにハニーブラウンの目を丸くした奏歌くんに、私はごろごろと喉を鳴らす。


「私、縄張り意識が強いでしょう? 奏歌くんにもしっかり匂いを付けて、誰にも取られないようにしたいの」

「ぼくをとるひとは、いないよ」

「バレンタインデー、奏歌くんにチョコレートを上げようとした女の子がいたもん!」


 力説すると奏歌くんがくすっと笑った。ずっと眉間に刻まれていた皺が消えてなくなる。

 ようやく笑顔になってくれた奏歌くんに私もほっとする。


「ぼくはやっちゃんや、ぼくがちいさいことにしっとして、みちるさんはぼくにチョコレートをくれようとしたこにしっとしてた。ぼくはみちるさんいがい、すきじゃないのにね」

「私だって、奏歌くん以外好きじゃないよ」


 床の上にいつまでも座らせておくのはお尻が冷えるので、奏歌くんがハンモックに移るのに合わせて私もハンモックに移った。奏歌くんは私のもふもふの胸の毛に顔を埋めて、背中の毛皮を撫でる。


「みちるさん、いいにおい。すべすべで、もふもふできもちいい」

「奏歌くんに撫でられるの気持ちいい」


 二人で絡み合ったままおやつも食べずにその日はお昼寝をしてしまった。


「奏歌くんと飲んだコーヒー牛乳、また飲みたいな」

「コーヒーのみたいの?」

「やっちゃんとお店でコーヒー飲んだんだけど、苦いだけで美味しくなかったの」


 香りは良かったような気がするけれど、それも奏歌くんがいないとよく分からない。奏歌くんと一度カフェに行ってみようか。そこでコーヒーをミルクで割って飲んだら全く違う味がするかもしれない。


「今度、私とデートしてくれない?」

「んん? デート?」

「そう。お店でコーヒーを飲んでみるの。奏歌くんは紅茶」


 約束をしながら私はハンモックでまどろんだ。

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