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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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5.小さな男前に教わった大事なこと

「ばんごはんをたべるまえに、ぼくはおふろにはいるの」


 保育園から帰ると晩御飯を食べる前にお風呂に入っている奏歌くんは、私に自分の生活リズムを教えてくれた。先にきちんと教えてもらえれば私でも対応できるのでありがたい。


「おふろは、ようじがいちばんあぶないところだから、はいるところからでるところまで、ぜったいにみててもらいなさいっていわれてるんだけど」

「一緒に入ろうよ」


 6歳の子どもと一緒にお風呂に入っていけないわけがない。劇団の規則で恋愛は禁止だが、6歳の子どもをお風呂に入れてはいけないという規則はない。

 胸を張る私に奏歌くんは真剣な顔になった。


「したぎでかくれるばしょと、おくちはだいじなばしょだから、しんらいできるひとでも、いやだったらさわらせちゃいけないんだ」

「え!? そうなの!?」


 全く知らなかった。

 私に近付く男性は無遠慮にお尻に触ったり、胸に触ろうとしてきて嫌だったけれど、「友達だろう」と言われたら私の感覚の方がおかしいのかと思っていた。私はずれているところがあるから私がおかしいのだと我慢していたが、それはしなくていいことだった。

 幼い奏歌くんに教えられて私は学ぶ。


「じぶんいがいのひとがさわっていいばしょと、さわらせるのはしたしいひとでもじぶんがいやだっておもったらさわらせちゃいけないばしょがあるんだ」

「知らなかった……」


 最近の保育園児はこういう教育もされているのだろうか。私もされていたのかもしれないが、歌とダンスにしか興味がなかったので全く記憶にない。


「触らせなくて、良かったんだ……。奏歌くんは私に大事なことを教えてくれるね」

「そうかな。やっちゃんとかあさんからいわれてるし、ほいくえんではえほんでべんきょうするじかんがあったよ」


 無知な私を馬鹿にするわけではなく、奏歌くんは丁寧に教えてくれた。

 ちょっとだけ恥ずかしそうに奏歌くんが続ける。


「それで、おふろなんだけど、せなかとあたまがじょうずにあらえないの」

「私が手伝うね」

「それいがいのばしょはあらえるんだよ」

「うん、奏歌くんはしっかりしてる」


 教えてもらえれば安心だ。奏歌くんの背中と頭を洗うのを手伝えばいい。子どもの頭など洗ったことはなかったけれど、それも奏歌くんに教えてもらえばいいだろう。

 その後の手順も奏歌くんは説明してくれた。


「はみがきもほとんどじぶんでできるけど、しあげみがきをしてもらってる。それと、ねるのははちじはんで、それまではテレビをみるか、えほんをよんでていいことになってるよ」

「仕上げ磨き!? 私にできるかな?」

「ぜんたいてきにみがいてくれたらだいじょうぶだとおもう」


 仕上げ磨きってなんだろう。

 これも奏歌くんに教えてもらえばいいのだろうか。

 何もかも奏歌くん任せの私は大人としてどうなのかと言われそうだったが、当の奏歌くんが全く気にしていないようなので安心する。

 せめて大人として奏歌くんを楽しませたい。

 考えた私は提案してみた。


「奏歌くんに私のこと知って欲しいから、歯磨きをした後は、私の舞台のDVDを見る? それでちょうど寝る時間になりそうなんだけど」

「いいの!?」


 私の歌を褒めてくれるし、歌って欲しいと言ってくれるし、奏歌くんは舞台に興味があるのではないかと提案したが、嬉しそうにハニーブラウンの目を輝かせているのが可愛い。


「アニメのDVDはみたことあるけど、ぶたいははじめて」


 ワクワクとしている奏歌くんの姿に和んでから私はお風呂の準備をしにバスルームに行った。バスタブはかけて流すだけの洗剤で洗えるし、湯張り機能ボタンを押せばお湯も溜められる。


「晩ご飯のご飯を炊いておくね」


 私はお米は食べなくても気にならないのだが、奏歌くんは晩ご飯にはお米を食べると言ったので、炊飯器と向き合う。使い方が分からないのでお米を中に入れた。


「無洗米でこのままで大丈夫って書いてあるから、きっと大丈夫」


 炊飯器に水も入れず、スイッチも押さなかったが、私はできた気になっていた。

 お風呂の準備ができた音楽が流れると、奏歌くんと一緒にバスルームに向かった。服を潔く全部脱いでしまう奏歌くんに、私も服を脱ぐ。裸を誰かに晒すのは大人になってから初めてで恥ずかしい気もしたが、奏歌くんは私の胸や下半身を見ることなく、じっと両腕に視線を向けていた。

 そこには点滴の痣が残っている。


「奏歌くんのおかげで、ご飯が食べられるようになったから、点滴もしなくて済むようになったんだよ」

「そうなんだ。よかった」

「実は、お風呂に一緒に入るのは奏歌くんが初めて」


 心配させないように明るく言ったけれど、気遣ってくれる気持ちが嬉しい。

 シャワーの温度調節をしていると、奏歌くんはバスタブのお湯を触って温度を確かめていた。


「お風呂だけはかけて流すだけの洗剤と、自動湯張り機能で使えるんだよ」

「すごいね、みちるさん!」

「すごいでしょ?」


 24歳の大人が6歳の子どもに誇れるのがこれくらいというのも恥ずかしいのかもしれないが、奏歌くんは素直に褒めてくれた。

 体を洗う奏歌くんの背中を首の辺りから腰まで泡立てたボディソープで撫でるように洗う。お尻は触ってはいけないと奏歌くんから教えてもらっていたので分かっていた。

 ちゃんと教えてもらったら私だってできるのだ。

 シャンプーで奏歌くんの髪を洗うと、柔らかなハニーブラウンの髪の毛が指に絡む。


「きもちいい。みちるさん、じょうずだね」

「そうかな。嬉しいな」


 どうやら私はちゃんとできているようだ。奏歌くんはちゃんと教えてくれるから安心する。

 私が髪と体を洗っている間、奏歌くんはバスタブの中に浸かっていた。私も一緒に入ると、ざぁっと暖かなお湯が零れる。


「私、他人が自分の部屋に来るのは嫌だったの」

「え?」

「海香もこの部屋にはほとんど上げてない。でも、奏歌くんが泊まりに来るのずっと楽しみだったんだ」


 楽しみ過ぎて鳥籠のようなハンギングチェアと、鳥籠のソファを買ってしまったくらいなのだ。家具も興味のない私は、テレビとオーディオ機器とDVDやブルーレイを入れる棚と劇団の雑誌を立てる本棚はあるが、それ以外のものはほとんどない。

 ソファも今回奏歌くんが来るのに合わせて買った。


「奏歌くんの好みの食器が増えて、奏歌くんの好みの家具も増えて、奏歌くんといつかここで一緒に暮らせるのかな」


 そうなったらいいのにと夢のように言えば、奏歌くんも頬を染めて微笑んでくれた。

 お風呂から出ると私の髪はタオルドライをしている間に、奏歌くんの髪をドライヤーで乾かす。


「舞台でセットをするから、ドライヤーの使い方はうまいんだ」

「あつくない。やっちゃんがすると、あついんだもん」


 熱くて嫌だから篠田さんのドライヤーは逃げるという奏歌くんも、私が指で髪を梳きながらドライヤーをかけるとうっとりと目を閉じていた。

 私が髪を乾かすと、奏歌くんがラタトゥイユの容器の蓋を外して電子レンジにかけてくれた。耐熱ガラスでそのまま温められるようにガラスの器に入っていたのだとようやく理解する。

 サーモンサラダとローストビーフをお皿に取り分けて、炊飯器を開けた奏歌くんが驚きの声を上げた。


「おこめだけ?」

「え? できてない?」


 私も炊飯器のところに行く。

 お米は当然炊けていなくて、私は白状するしかなかった。


「あの……ごめんなさい! 本当は炊飯器、使ったことがなかったの!」

「ううん、あやまらないで。ぼくがかくにんすればよかった」


 ご飯はなかったけれど、奏歌くんは我慢しておかずだけで晩ご飯を食べてくれた。食べながら、説明してくれる。


「おこめは、みずでとぐの」

「無洗米って書いてあったけど? だから大丈夫だと思ったの」

「むせんまい……なんだろ?」


 奏歌くんは無洗米を知らないようだった。お米の入っていた袋を持って来ると、「あらってあるおこめなんだ!」と奏歌くんは納得していた。

 食べ終わると奏歌くんがカップでお米を計って水を入れてくれる。


「タイマーのせっていはむずかしいから、あしたのあさ、おきたらはやだきでたこうね」

「うん」


 早炊きってなんだろうと疑問符を浮かべつつ、私は素直に頷いた。

 歯磨きも奏歌くんは上手で、終わった後に口を開けて私は全体的になんとなく磨くだけで良かった。

 寝るまでの間は約束通りにDVDを見る。

 フランス革命を題材にしたもので、私は革命に苦悩する貴族の役を演じていた。


「ぼく、みちるさんのうた、すき」

「本当? 嬉しいな……奏歌くんは嬉しいことばかり言ってくれる」


 私が出てくると奏歌くんの目が輝くのが分かる。こんなにも感激して舞台を見てくれるなんて嬉しくて堪らない。夢中で見ている横顔はどれだけ見ても飽きなかった。

 寝る時間になって、奏歌くんは「ぼくはソファでねるよ」と紳士に言ってくれたけど、私は奏歌くんなら一緒のベッドで寝ても平気な気がしていた。他人を寝かせたことのないベッドに奏歌くんを寝かせて小さな体を抱き締める。


「クーラーって結構冷えるでしょ? 私、寒がりの冷え性なんだ」


 奏歌くんは暖かい。

 その体温につられるように私はぐっすりと眠り込んでいた。

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