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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
二章 奏歌くんとの二年目
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12.記憶のない奏歌くん

感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。

応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。

 目が覚めたら胸の上に小さな蝙蝠の子どもが乗っていた。指で突くと、きゅっと鉤爪でパジャマにしがみ付いてくる。


「奏歌くん?」


 このままだと寝返りを打ったら潰してしまうと声をかけると、奏歌くんがぱっちりと丸い目を開けた。


「あれ? おねえさん……?」

「奏歌くん、蝙蝠になってるよ」

「え!? ぼく、コウモリなの!?」


 そうだった。

 奏歌くんは真里さんの能力に当てられて蝙蝠になっていたが、すぐ元に戻っていたし、蝙蝠になって自分が吸血鬼だと知ったのは私に出会ってからのことだった。私との記憶が消えているのならば、その辺の記憶も曖昧になっていてもおかしくはない。


「奏歌くん、自分のこと、どこまで分かる?」

「ぼく、しのだかなた、7さい、しょうがくいちねんせい……ほかになにかある?」

「吸血鬼って分かる?」

「あ、そうだ。ぼく、きゅうけつきなんだ」


 言われて奏歌くんは気付いたようだった。

 私との記憶が失われたせいで曖昧になっているが、奏歌くんは自分が吸血鬼だということを知っている。これは希望が持てることなのではないだろうか。


「血、吸って良いよ」

「え……」

「吸わないと元に戻れないでしょう」


 手首を示すと奏歌くんは躊躇いながら私の血を吸った。


「あまい……おいしい」


 初めて会ったときには「まずい!」と言われてしまった私の血は、奏歌くんのおかげで美味しくなっている。私は健康になっている。それなのに奏歌くんは私のことを忘れてしまうなんて、どんな皮肉だろう。

 落ち込みつつも朝ご飯の準備をする。

 炊飯器を開けてしゃもじで混ぜてから、私は奏歌くんにお願いした。


「おにぎりを作ってくれる?」

「おねえさん、どうしてぼくが、おにぎりがとくいなのしってるの?」

「お姉さんじゃなくて、海瑠さんって呼んでよ」


 お姉さんなんて他人行儀だと悲しくなってしまう。私のお願いを奏歌くんは聞き届けてくれた。


「みちるさん、ごはんはどれくらい?」

「奏歌くんのおにぎりと同じくらい」


 小学一年生は食べ盛り。奏歌くんもお茶碗一杯くらいは食べるので、私はいつも奏歌くんと同じ大きさのおにぎりを作ってもらっていた。


「お漬物切れそう?」

「うん、きるよ。あ、ぼくのほうちょうがある!」


 子ども用の包丁は奏歌くんが家で使っているものと同じものだった。包丁を取り出して奏歌くんがとんとんと白菜と大根のお漬物を切ってくれる。


「ぬかどこが、ぼく、ほしいんだよね」

「糠床? なにそれ?」

「ぬかづけをつくるためのおつけもののべっどかな」


 糠床とは分からないけれど、私が買えるもので奏歌くんが欲しいのだったら検討しようと私は決めていた。それも奏歌くんの記憶が戻ってからにはなるのだろうが。

 お漬物と、おにぎりと、フリーズドライのお味噌汁と、冷凍の五目煮と、鯖の缶詰で朝ご飯にする。もりもりとよく食べる奏歌くんのほっぺたにご飯粒が付いていたので私は指で摘まんで自分の口に入れた。

 ぽぅっと奏歌くんの頬が赤くなる。


「み、みちるさん!?」

「なにかいけなかった?」

「う、ううん」


 照れているような奏歌くんとの間に微妙な空気が流れる。

 そう言えば奏歌くんはランドセルを持ってきておらず、リュックサックにお泊りセットだけだったが良かったのだろうか。


「奏歌くん、小学校は?」

「ふゆやすみだよ」


 冬休み。

 そんなものがあったことを私はようやく思い出す。去年もクリスマスの次の日は奏歌くんは冬休みだったのに、そんなことはすっかり忘れていた。


「それなら、今日一日は一緒に過ごせるね」

「うん、よろしくおねがいします」


 頭を下げられて他人行儀な様子にちょっと寂しくなる。

 することが決まっていなかったので、鳥籠のソファに座って二人でDVDを見た。ハニーブラウンの目が輝いてテレビ画面に釘付けになる。


「みちるさん! みちるさんがでたよ!」

「え? 分かったの?」


 まだ私が十代の頃の舞台で端役しかもらえなかったのだが、唯一の見せ場のシーンで奏歌くんはちゃんと私に気付いてくれた。


「わかるよ。みちるさん、かがやいてるもん」


 しかも、嬉しいことを言ってくれる。

 こんな端役でも私を一番に見つけてくれて輝いていると言ってくれる奏歌くん。


「うたもダンスもじょうず……みちるさん、すてきだな」


 うっとりと見ている奏歌くんに私は妙に安心していた。

 私の記憶がないけれど、奏歌くんが奏歌くんであることは変わりがない。忘れられているのは悲しいけれど、奏歌くんが一目で私を広い舞台の中から見つけてくれたのが嬉しくて涙が出そうになった。

 泣きそうになっている私の顔に顔を近付けて、奏歌くんが両腕を広げる。遠慮なく私は奏歌くんに抱き締められた。


「とうさんがなにかしたんでしょ。それで、ぼくはみちるさんのことをわすれちゃったんだね。ごめんなさい、ぼくのうんめいのひとなのに、みちるさんのこと、わすれちゃって」


 奏歌くんのせいではないのに奏歌くんは責任を感じて謝ってくれる。しょんぼりとした奏歌くんに私は大丈夫と微笑んだ。


「奏歌くんが奏歌くんであることには変わりないもの。忘れたままでも、もう一度好きになってもらえるように頑張る」


 告げると奏歌くんはぎゅっと私にしがみ付く。


「もう、すきだよ」

「本当? 嬉しい」

「ごめんなさい、おもいだせたらいいんだけど」


 思い出せないことに奏歌くん自身も焦りを感じているようだった。

 百歳を超えた自分よりもずっと強い吸血鬼に記憶を封じられたのだ、簡単に元に戻るとは思っていない。ずっとこの状況が続くのは嫌だが、奏歌くんは私のことが好きだと言ってくれているし、気も許してくれているようだ。

 お昼ご飯はパンにハムとチーズを挟んで、ミルクティーと一緒に食べる。


「ぼくののんでもいい、ミルクがはんぶんのミルクティーだ」

「私のも同じだよ」

「みちるさん、おとななのに、ものたりなくない?」


 最初から奏歌くんとは半分こにしていたので聞かれたことがない質問に、私の胸がちくりと痛む。私の奏歌くんはこんなことは言わないという思いが半分と、私を気遣ってくれている優しさが嬉しいという思いが半分。


「ずっと奏歌くんと同じものしか飲んでないよ。その前は水だったんだから。それに比べたら、私の食生活はずっと豪華になったの」


 以前もこんなことを奏歌くんに話したことがある。奏歌くんは覚えていないだろうが、思い出すきっかけになりはしないだろうか。

 じっと奏歌くんを見つめる私に、奏歌くんがしょんぼりと俯く。


「ごめんなさい、おぼえてないんだ」

「焦らないで行こう」


 口には出したけれど、一番焦っていたのは私かもしれない。

 お昼ご飯の後は奏歌くんとハンモックで寛いだ。二人でハンモックに入ると密着するので奏歌くんは照れているようだった。


「このハンモックとテントは、私がストーカーに狙われたときに、外に出られない分ベランダで遊ぼうと思って買ったんだけど、寒すぎて部屋の中に入れたんだ」

「ふゆだったの?」

「そう、ちょうどこの時期かな」


 ハンモックとテントも買ってからもう一年になるのだと考えると感慨深い。


「きもちいいね……こんなところにおおきなねこちゃんとはいりたい」

「え? 奏歌くん、思い出したの?」

「ぼく、なにかへんなこといった?」


 大きな猫ちゃんと言われたから私のことを思い出したのかと勘違いしてしまったが、奏歌くんはただの願望としてそれを妄想していたようだった。しかし、大きな猫ちゃんという単語が出る辺り、記憶は封印されているだけで消えていないのかもしれないと期待がわいてくる。


「大きな猫ちゃんが見たい?」

「かってるの?」

「そうじゃないけど……」


 本性を見せるのは奏歌くんならばいいだろうと猫の姿になると、奏歌くんは驚いて目を丸くしていた。


「みちるさん、ひょうなの!?」

「豹? 私、猫ちゃんだよ」

「あ、ね、ねこ。うん、わかった、ねこなんだね」


 ちょっと戸惑っているようだけれど奏歌くんは私の胸のふかふかの毛に顔を埋めて背中を撫でる。


「すべすべ、ふかふか……きもちいい」

「夢が叶った?」

「うん、さいこう!」


 上機嫌の奏歌くんに私はしばらく撫でられていた。

 ハンモックで寛いだ後は私は奏歌くんを誘って歌って踊り始めた。いつも通りに過ごした方が奏歌くんは思い出しやすいだろう。そう考えて、いつも通りにミュージカルごっこを始めたのだ。

 手を取って歌って踊っていると、奏歌くんも一生懸命ついてこようとする。体を持ち上げて一回転すると、歓声が上がった。


「すごい、みちるさん、たのしい!」

「奏歌くんも踊って」

「うん、おしえて!」


 二人で笑いながら踊っていても、奏歌くんは私のことを忘れているという事実は胸から消えない。

 息を切らせて踊り終えると、私はため息を吐いてしまった。


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