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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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4.6歳児は男前だった!

「ぼくがだいすきだから、いなりずしをやっちゃんはよくつくってくれるんだ。ぼくもてつだったんだけどね」

「お手伝いできるの?」

「うん、いろんなあじがあるからね」


 シンプルな甘いゴマの稲荷寿司が一列、佃煮海苔を混ぜ込んだ稲荷寿司が一列、梅肉を混ぜ込んだ稲荷寿司が一列、高菜を刻んで混ぜ込んだ稲荷寿司が一列、ワサビを刻んで混ぜ込んだ稲荷寿司もあった。


「ワサビはおとなようだけど、やっちゃんもかあさんもだいすきなの。みちるさんもたべてみて」


 私のお皿にはシンプルなゴマの稲荷寿司と、梅肉の稲荷寿司と、ワサビの稲荷寿司を奏歌くんが取り分けて割り箸を添えて渡してくれた。奏歌くんのを取り分けようとしたが、自分でさっさと取り分けている。


「お箸が上手ね」

「うん、6さいのたんじょうびがきて、やっとじょうずにつかえるようになったんだ」


 褒めると奏歌くんは誇らしげだった。

 稲荷寿司を食べると、梅肉は量が多すぎず酸っぱ過ぎないし、シンプルなゴマの稲荷寿司は甘くて、ワサビはぴりっと辛さがアクセントになっている。


「美味しい! こんな美味しいもの食べたことない」

「きにいってよかった」

「稲荷寿司って食べたの初めてかもしれない」


 食に関して関心のない私は今までに何を食べたか全く記憶にない。奏歌くんと食べた稲荷寿司は一生忘れられない味になりそうなくらい美味しかった。麦茶も今まで飲んでいた水に比べたら物凄く美味しく感じられる。


「今まで、食べたくもないのに詰め込んでたのに、奏歌くんと食べるご飯は美味しいね」

「やっちゃんがじょうずなんだよ」

「奏歌くん、お皿に取ってくれるし、お茶も注いでくれるし、優しいんだもん」


 お代わりをするときも奏歌くんは「いっこ? にこ?」と丁寧に聞いて私のお皿に取り分けてくれた。

 麦茶も飲み干すと自然に注いでくれる。

 こんなに男前で良いのだろうか。

 どきどきして落ち着かない私に、奏歌くんが欠伸をした。


「眠いのかな? お昼寝する?」

「ほいくえんでは、しょうがっこうにむけて、おひるねがなくなってるんだけど……ちょっとだけねようかな」

「え? 保育園? 6歳って小学生じゃないの?」


 子どものことなど全然分からない私に、食後の歯磨きをしながら奏歌くんが教えてくれる。


「ぼくは7がつがたんじょうびで、なつやすみまえに6さいになったから、らいねんがしょうがくせいだよ」

「そうなんだ。確りしてるね」

「かなたくんはしっかりしてるって、ほいくえんのせんせいにもよくいわれる」


 奏歌くんを確りしていると思っているのは私だけではないようだ。やっぱり奏歌くんは大人っぽい男前の6歳だ。

 鳥籠のソファにタオルケットを準備しておくと奏歌くんが横になる。近くに椅子を持ってきて私は奏歌くんの様子を見ていた。タオルケットにくるまって寝がえりを打つ奏歌くんが強請って来る。


「みちるさん、うたって」


 お金を貸して。

 これを買って。

 体の関係を持ちたい。

 今までの男性のような下心満載のおねだりではない。

 それどころか、私の得意分野のおねだりだ。

 息を吸って私は高らかに歌いだす。子守唄に相応しい歌なんて知らなかったので、劇団で歌ったことのある歌だったが、歌っていると奏歌くんは寝息を立てて眠っていた。小さなお腹が上下する様子が可愛い。

 奏歌くんを視界に入れて、私は椅子に座ったまま台本を読み始めた。

 二時間くらい時間が経っただろうか。

 集中していると全く何も聞こえなくなる私だが、奏歌くんが身じろぎして目を覚ましたのには気付いた。起きた奏歌くんはお手洗いに行って、手を洗う。


「おやつははんぶんこしようね」


 リュックサックから奏歌くんがお菓子を取り出す。一日分ずつ袋に分けられている。袋から取り出したお菓子を私は大人だから断らなければいけなかったのかもしれない。自然と分ける奏歌くんに私は何も言えなかった。

 二枚入っているビスケットは一枚ずつ、一個しかないマドレーヌは半分ずつ、ミニチョコパイは五個だったので私に三つで奏歌くんは二つ。小さなチョコレートは二つずつ。

 きれいに分けると奏歌くんがコップに牛乳を注いで持ってきてくれる。

 牛乳と一緒に食べるお菓子は美味しかった。


「差し入れで甘いものをもらったりするんだけど、美味しいって思ったことがなかったのよね。奏歌くんといると美味しい」

「なにをもらったの?」

「なんだったっけ? 有名なお店のお菓子とか言ってたけど、覚えてない」


 海瑠には食べさせ甲斐がない。

 姉の海香にも親友の百合にも何度も言われたことだった。

 何か食べている時間があるなら私は歌いたかったし、踊りたかった。栄養を摂らなくても生きていけるならそうしたかったが、食べなければ動けないので無理やり口に詰め込んでいるだけだった味気ない食事。

 それが奏歌くんが一緒だと楽しく幸せになる。


「奏歌くんは、イルカが好きなのかな?」

「うん、だいすき!」


 水筒もリュックサックもイルカ柄なのでそうだろうと思っていたが当たった。

 これは奏歌くんを喜ばせたい。


「私、動物園って行ったことないんだけど、奏歌くんはある?」

「どうぶつえんなら、やっちゃんもかあさんもつれていってくれたし、ほいくえんのえんそくでもいったことあるよ」

「それじゃ、楽しくないかな?」

「あんないできる!」


 明日の計画を立てると奏歌くんは乗り気だった。

 そのときの私は動物園に興味がなかったから知らなかったのだ。動物園にはイルカがいないことを。

 何も知らないままに明日の予定を決めると、奏歌くんが冷蔵庫の前に連れて行ってくれた。

 冷蔵庫に入っている蓋つきのガラスの容器について説明してくれる。


「これ、ラタトゥイユ! おやさいをトマトでにこんだの。ズッキーニがはいってて、やっちゃんのとくいりょうり」

「ラタトゥイユ……」

「こっちはローストビーフ。ここにあるタレをかけてたべるの。やっちゃんのとくいりょうり」

「ローストビーフ……タレ」

「これが、サーモンのマリネのサラダ。ぼく、サーモンだいすきなの」

「サーモンのサラダ……」

「こっちは、いなりずし。おひるごはんにたべたのこり」


 稲荷寿司は食べたので分かったが、他が全然分からない。

 これまでに食べたことがあるのかもしれないが、興味がなかったので記憶から飛んでいる。記憶の容量は決まっているので私は無駄なことにそれを使いたくなかった。私が覚えておきたいのは舞台のことだけなのだ。


「食べることに興味がないっていうか……私、舞台以外はポンコツなの」


 正直に白状すると奏歌くんは「そんなことない!」と言ってくれた。


「ひとつのことにいっしょうけんめいなだけだよ、みちるさんは!」


 これまで出会った男性も、劇団の仲間も、親友の百合も、姉の海香ですらも、私は何もできない舞台しかない女だと言って来る。奏歌くんのように一つのことに一生懸命と私を庇ってくれるひとは初めてだった。

 本当に運命なんじゃないだろうか。

 私は6歳の男の子を前にして真剣に考えてしまう。

 もしかすると、奏歌くんは私を馬鹿にしないかもしれないと、告白してみた。


「今日も、奏歌くんが来るからお部屋の掃除くらいしておこうと思ったのに、掃除機のどこを押せばいいのか分からなくて」


 いわゆるルンバという自動掃除機を使っているのだが、動かなくなってしまった。ランプがついているのだが、意味が分からない。ルンバの前に奏歌くんを連れて行くと、「これ、いえにもある!」と心強い返事が返って来た。


「これ、なかのごみをすてればいいんじゃないかな」

「そうなの?」


 教えてもらってごみをごみ袋に捨てるとルンバは動き出した。

 奏歌くんはこんなことまでできる。

 奏歌くんの運命のひとが本当に私だったら嬉しいのに。小さな奏歌くんは可愛いし、大きくなったらきっと最高のいい男になる。なにより、今でも私を全く馬鹿にしないし、責めないし、優しくてとてもいい子で頼りになる。


「私は中学を出て歌劇の専門学校に行って、そのまま歌劇団に入ったの。女性だけの歌劇団で、男役も女役もできる万能のスターって言われてるんだけど」


 友達が欲しくて知り合った男性と仲良くしたら、勘違い野郎ばかりだった。挙句の果てには妻子持ちというのを隠した俳優に騙されて借金を背負わされて逃げられた。

 借金に関しては海香とマネージャーさんがどうにかしてくれたけど、私は積み重なる心労で倒れる羽目になった。


「両親の仲は良かったけど、中学のときに事故で亡くなっちゃったから、ずっと、寂しかったのかな」


 6歳の子になにを話しているのだろうと自分でも思うけれど、話し出すと止まらない。


「外食すると、大皿からどうやって食べればいいか分からないの。親友の百合(ゆり)がいてくれたら全部取り分けてくれるんだけど、そういうこと誰もしてくれないから」


 話していると黙って聞いていた奏歌くんがキッチンに行って戻って来た。ミルクで溶かして作る冷たいココアの入ったマグカップを渡してくれる。


「みちるさん、これのむとげんきになるよ」

「奏歌くん……」


 こんなにも奏歌くんは優しい。

 感激していると奏歌くんの口から嬉しい言葉が出た。


「ぼくがいっしょういっしょにいてあげる」


 こんなに可愛くて優しくて男前な子が一生一緒にいてくれたらどれだけ幸せだろう。

 他人を入れることを拒んでいた部屋にすら奏歌くんは入れても平気だった。

 奏歌くんは、私の特別な相手に既になっていた。

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