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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
十二章 奏歌くんとの十二年目
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19.バレンタインのディナーショーでの怪我

 劇団にベリーのフォンダンショコラを持って行って、百合と美鳥さんと真月さんと雪乃ちゃんに渡すととても喜んでいた。


「これって、フォンダンショコラじゃないんですか?」

「そうなのよ。今年はベリーのフォンダンショコラを奏歌くんが作ろうって誘ってくれたのよ」

「ベリーのチョコレートが入ってるんですね」


 『電子レンジで温めて食べてください』というメッセージカードだけで雪乃ちゃんはこれがフォンダンショコラだと分かったようだ。もしかすると雪乃ちゃんもお菓子を手作りしたりするのかもしれない。


「海瑠のフォンダンショコラだわ! ダーリンにもお礼をしなきゃ」

「ダーリンさんと作ったんですね。ずっと仲良しですよね」

「もう17歳でしたっけ。微妙なお年頃なのに一緒にお菓子作りしてくれるんですね」


 お菓子作りだけでなく、クリスマスにはお洒落なボディケア用品のアドベントカレンダーをプレゼントしてくれたり、クリスマスのディナーを作ってくれたり、思い出のDVDを用意して二人で見られるようにしてくれたり、お節料理とお雑煮を作ってくれたりする、スペシャルな男前なのだと語りたいのだが、ここは劇団で、相手は百合だけではない。劇団の規則として恋愛は禁止だ。

 奏歌くんと私は6歳からの付き合いで、恋愛感情もしっかりとあるのだが、奏歌くんは私に対して節度を持って紳士的に接してくれている。奏歌くんの努力を無駄にして、私が劇団を追い出されるようなことになれば、悲しむのは奏歌くんなので、私は必死に語り出したいのを我慢していた。


「本当の甥っ子でもそんなにしてくれないですよ」

「あ、海瑠さん、聞きました? 美鳥さん、甥っ子が生まれたんですよ」

「え? 本当? 美鳥さん、おめでとう」


 初めて聞いた情報に美鳥さんにお祝いを言うと、美鳥さんが携帯電話で写真を見せてくれる。産着を着たぽやぽやの髪の毛の新生児は、どこか美鳥さんに似ていてとても可愛い。


「妹の子どもなんですけど、先日生まれて、病院に会いに行ってきました。こんなに可愛いものなんですね」

「美鳥さんも伯母さんデビューしちゃったんですね」

「両親からは私も結婚しろって言われるけど、劇団にいるのが今は楽しいから、結婚はまだまだ先かなって思ってます」


 美鳥さんは学年的にも年齢的にも私の一つ下なので、両親から結婚を急かされる年なのだろう。私は両親を中学生のときに亡くしているから分からないが、生きていたら両親は結婚を急かしていたのだろうか。

 私と海香を置いて自由に旅行に行くような両親だったから、私の結婚についても放任だったかもしれない。

 そんなことを考えながら、バレンタインのお茶会とディナーショーの稽古に入った。どの曲も私が出る部分は問題なく稽古が進んでいたが、真月さんと美鳥さんのリフトに関しては若干不安がないわけではなかった。


「やっぱりリフトは危険かもしれませんね」

「失敗しても怪我をしたことはないし、九割は成功するんです」

「この成功率を本番までには十割に持って行きますから」


 演出家の先生は渋い顔をしているけれども、美鳥さんと真月さんのリフトが成功すると、確かにものすごくダイナミックで映えるので、猛反対はできない雰囲気だった。

 美鳥さんと真月さんの言う通りに、十回に一回くらいは真月さんがバランスを崩すことがあるが、なんとかそれを美鳥さんが支え切って真月さんも美鳥さんも怪我をするようなことはない。

 それでも舞台は何が起きるか分からないものだ。最悪の事態を想定しておかなければいけないから、演出家の先生も軽々しくやらせることはできないのだろう。


「リフトはなしの方向にしませんか?」

「お願いします、やってみたいんです」

「これで成功出来たら、これから先の自信にも繋がると思うんです」


 熱っぽく語る美鳥さんと真月さんは、私が退団した後のことを考えているのかもしれない。特に真月さんの方が今回のリフトには乗り気だった。私と百合と美鳥さんが一度に退団してしまった後も、真月さんは劇団を守るために残ってくれる。真月さんの想いを考えると、私もリフトを応援したかった。

 迎えた本番で、お茶会の午前中の公演は問題なくうまくいった。ディナーショーでは奏歌くんを招いているので、私は奏歌くんの座る位置を意識しながらそちらに投げキッスを送れるように最終リハーサルに臨んでいた。

 最終リハーサルが終わって、ディナーショーが始まる。

 美鳥さんと真月さんと三人で出て踊る始まりから、私は役に入り込めていた。美鳥さんと真月さんが舞台袖に入って、私一人で歌い出す。客席の奏歌くんに投げキッスを送ると、周辺のお客様から悲鳴が上がる。

 歌って踊って、衣装替えのために舞台袖に入ると、入れ替わりで美鳥さんと真月さんが出てきた。これから二人のリフトのあるダンスが始まる。衣装を着替えながらちらちらと舞台を確認していると、真月さんが大きく体勢を崩した。美鳥さんがギリギリで受け止めたが、美鳥さんと折り重なるようにして真月さんは舞台の上に倒れる。

 十回に一回のミスが本番で起きてしまった。

 私は素早く舞台の上に上がって、美鳥さんと真月さんに舞台袖に行くように視線で指示する。美鳥さんを抱きかかえるようにして真月さんが舞台袖に入っていく。

 これからどうすればいいのか考えながらも、身体は勝手にステップを踏み、歌は唇から自然と流れ出す。歌って踊って、舞台袖に入ると、アナウンスが入った。


「これより、十五分の休憩に入ります」


 ディナーショーの予定では休憩はなかったはずだ。これは異常事態なのだと私も勘付いていた。

 舞台裏で美鳥さんが手当てをされていて、真月さんがそれに寄り添っている。


「美鳥さんはどうなの?」

「着地のときに私を支えようとして足を酷く捻っていて、腫れてて、とても踊れそうにないです」

「すみません、海瑠さん。私がどうしてもリフトをやりたいって言ったから」

「それは、私も同じです。ごめんなさい、海瑠さん……私、震えてるんです。美鳥さんがこんなことになって、平気で舞台に立てない」


 震える手を見せる真月さんに、美鳥さんが首を振る。


「真月さんのせいじゃないんです。私が真月さんを支えきれなかったから」

「いいえ! 私が体勢を崩したのが始めなんです! 美鳥さんはそれを受け止めて、下敷きにまでなってくれた。ごめんなさい、美鳥さん」


 泣いている二人はお化粧も崩れてしまっている。

 休憩時間は十五分。それ以上長引かせることはできない。


「真月さん、お化粧を直してきて」

「でも、私、こんな精神状態じゃ舞台に立てない!」

「立つのよ! 私がやるっていってるんだから、やるの! 美鳥さんだって、真月さんに舞台を降りて欲しいわけじゃないでしょう?」


 始めた舞台を途中で降りるわけにはいかない。ここには私と美鳥さんと真月さんしかいないのだ。美鳥さんが踊れなくなったのならば、真月さんと私がそこをフォローするしかなかった。


「真月さん、私の代わりにしっかり踊って来て」

「美鳥さん……」


 涙を拭った真月さんがお化粧を直している間に、スタッフが劇団員の男役を連れて来てくれた。


「今日はお客として来てたんですけど、美鳥さんが怪我をしたと聞いて駆け付けました。男役の(らん)です。美鳥さんの大ファンで、美鳥さんのパートはほとんど覚えてます」

「とりかえばや物語の演目の曲は歌える?」

「歌えます!」


 せっかく休日にチケットを取って見に来てくれていたのに申し訳ないが、私と真月さんは蘭ちゃんに美鳥さんの代役を頼むことにした。


「このお礼は必ずします」

「いえ、美鳥さんは病院に行ってください。私、頑張るので、任せてください」


 男役では四番手くらいにあたる蘭ちゃんが偶然客席に居合わせてくれたのは本当に幸運だった。大急ぎで動きを打ち合わせして、蘭ちゃんに美鳥さんの衣装を着てもらって、お化粧もして、舞台に立ってもらう。

 蘭ちゃんと真月さんで歌って踊っている間に、私は最後の演目のために着替えていた。

 最後はファリネッリのオペラアリアだ。

 舞台に出てきたドレスを着た私に、お客様が息を飲むのが分かった。

 蘭ちゃんと真月さんを侍らせるようにして歌い出すと、うっとりと二人が私にしなだれかかって来る。それを手で払い、ときに頬を撫でて、誘惑と突き放す動作を交互に行う。

 最後の曲を歌い終わると、客席から割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 舞台が終わると私は奏歌くんにメッセージを送っておいた。今日は一緒に過ごせそうにない。

 美鳥さんの様子を見に、病院に行くのだ。

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