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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
十一章 奏歌くんとの十一年目
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28.久しぶりの動物園デート

 五月の連休には奏歌くんが休みに合わせて私も休みを取った。たっぷりと奏歌くんにお誕生日を祝ってもらえる。奏歌くんはお弁当を作って出かける準備をしているようだった。


「久しぶりに水族館か動物園に行かない?」

「動物園! ずっと行ってないわ。行きたい」


 奏歌くんからのデートのお誘いだ。

 出会ってから初めて行ったデートも動物園だった。日除けの手袋を落とした私に、奏歌くんは蝙蝠になって手袋を拾ってくれた思い出の動物園。もう十一年も前のことになるのか。

 お弁当をリュックサックに入れた奏歌くんと一緒に動物園までバスで行った。バスにもICカードが使えるのだと奏歌くんは教えてくれる。


「入口でタッチして、降りるときにまたタッチするんだ」

「それで自動的に料金が計算されるの?」

「そうだよ。ICカードにしっかりチャージしておかないといけないけど」


 バスの中でもチャージできると聞いていたけれど、一万円札とICカードの入った定期入れを握り締めて私はバスの先頭の方で緊張していた。


「チャージお願いします」

「一万円ですか?」

「はい」

「先にお金を入れて、タッチしてください」


 緊張しながらもお金を入れてから機械にICカードをタッチすると、ピピッと電子音が鳴ってチャージされた金額が表示される。これを赤信号の間にやらなければいけなかったから、かなり大変なミッションだった。やり遂げた私はほっとして奏歌くんの隣りの席に座って寛いでいた。

 降りるバス停が近付くと奏歌くんが教えてくれる。


「次で降りるよ」

「分かった。ボタンを押せばいいのね」


 降りる方はボタンを押してくださいと言われているので、ボタンを押そうとしたが、誰かが先に押したようだった。動物園に行くバスで、今は連休なので親子連れが多く乗っている。


「ボタン、おせたよ!」

「よかったね」


 小さな男の子がお父さんに報告している姿を見ると、6歳の頃の奏歌くんとやっちゃんを思い出してしまう。あんな風にやっちゃんと奏歌くんも話していたのだろうか。私と出会ってからの奏歌くんしか知らないが、その前からやっちゃんは奏歌くんを知っているのだと思うと、ちょっとだけ妬けるような気がした。

 動物園前で降りて、日傘を差して動物園まで歩いて行く。日焼け止めも塗っているし、日除けの手袋も帽子もしっかりと被っていた。

 券売機の前に立つと、奏歌くんに教えてもらったことを思い出す。あの頃の私は入場のチケットを買う方法も知らなかった。今は分かるのでチケットを買って中に入る。奏歌くんと一緒にチケットを見せて動物園に入ると、奏歌くんが地図を取って来てくれた。


「動物園は改装されたみたいだね。ちょっとフロアが変わってる」

「本当だ。象の檻が広くなったのね。カワウソの赤ちゃんが生まれましたって書いてある」


 地図のお知らせを見ていると、象の檻が広くなって見やすくなっているのと、カワウソに赤ちゃんが生まれたことが書いてあった。どちらも見たくて私が地図を握り締めていると、奏歌くんが私の気持ちに気付いてくれた。


「どっちも見に行こうね」

「うん、行こうね」


 手を繋いで奏歌くんが最初に行ったのは、象の檻だった。象のプールの場所がガラス張りになっていて、水浴びをする象が見えている。間近で見る象の大きさに圧倒されていると、私の手を引いて奏歌くんが別の場所に導く。象の檻の中は広い空間になっていて、木が植えられていてサバンナを想定しているようだった。


「子どもの象がいるよ?」

「え? どこ?」

「大きい象の傍に隠れてる」


 見てみると大きな象の傍に二回りくらい小さな象が隠れるようにして立っていた。象の檻の前の看板で確かめてみると、三年前に生まれた象と書いてあった。


「三歳の象なんだ」

「かえでより大きいのね」

「かえでくんとさくらちゃんも誘えばよかったかな?」

「えぇ? 奏歌くんと私のデートなのに?」


 奏歌くんと私で顔を見合わせて笑い合う。

 二人で手を繋いでカワウソの水槽のある場所に向かって歩いて行く。途中で檻がトンネルのようになっていて、その上に豹が寝転がっているのを見て、私は真顔になってしまった。


「豹……これが豹?」

「海瑠さん?」

「私と似てないよね? 私、こんなに怖くないよね?」


 海香が私のことを豹というのが思い出されて、こんなに大きくて怖くないと主張するために、私が言えば奏歌くんがちょっと目を反らす。


「海瑠さんは僕には可愛い子猫ちゃんだよ?」

「そうよね。私は子猫ちゃんよね」


 奏歌くんの言葉にホッとしながら、カワウソの水槽に行った。カワウソの水槽は筒状になった透明の通路が作られていて、その中をカワウソが通るのが見れるようだ。親のカワウソに五匹の赤ちゃんカワウソが纏わりついていて可愛い。親のカワウソは纏わりつかれて動くこともできないような状態だが、団子になっているのも可愛い。


「カワウソの赤ちゃん、小さくて可愛いね」

「お母さんなのかな、お父さんなのかな? 全然動けないようになってるね」


 奏歌くんと話しながら見ていると、2歳くらいの子がバンバンと水槽のガラスを叩いていた。


「カワウソさんが驚いちゃうよ」

「ぴゃ!? びえええええ!」


 奏歌くんがその子に注意をすると驚いたのか泣き出してしまう。


「すみません、うちの子が」

「いいえ、カワウソさんに見て欲しかったんだよね」


 母親らしきひとがその子を抱っこして謝ると、奏歌くんは大らかに受け入れていた。カワウソの水槽からナマケモノの檻、孔雀の檻を見て、動物園内を歩いて行く。


「ピーコックグリーンだ」

「孔雀だね。海瑠さんのスーツと同じ色」


 孔雀の檻の中には白い孔雀もいたが、ほとんどが私のスーツと同じピーコックグリーンの羽を広げた孔雀たちだった。

 休憩室に移って、奏歌くんはお弁当を取り出した。重箱の中には、ぎっしりと稲荷寿司が入っていた。


「海瑠さん、覚えてる? 初めて動物園に行ったときのお弁当」

「稲荷寿司を持って行ったのよね」

「甘いゴマの稲荷寿司と、佃煮海苔を混ぜ込んだ稲荷寿司を、梅肉を混ぜ込んだ稲荷寿司と、高菜を混ぜ込んだ稲荷寿司と、ワサビを刻んだものを混ぜ込んだ稲荷寿司を作って来たよ」


 稲荷寿司のメニューも奏歌くんが6歳のときと同じだった。16歳の奏歌くんと、6歳のときの奏歌くんのことを思い出しながらデートをしている。その状況が私にとってはとても楽しかった。

 動物園を堪能して、帰りにケーキを買ってマンションに帰ると、奏歌くんは晩ご飯の準備をしてくれた。晩ご飯のメニューは油淋鶏と青椒肉絲と麻婆豆腐と卵スープの中華だった。


「今年は中華で纏めてみたよ」

「すごく美味しそう」

「中華は難しいけど、頑張ってみた」


 油淋鶏を食べると鶏の唐揚げにネギソースがとても美味しい。青椒肉絲もよく炒められていて、麻婆豆腐はご飯の上に乗せるとご飯が進む。最後に卵スープまで全部飲んで、お腹がいっぱいになった私は奏歌くんに提案していた。


「美味しくて食べすぎちゃった。ケーキは明日にしない?」

「いいよ。僕も食べすぎちゃったよ。中華って作る量が分からなくて、ついいっぱい作っちゃう」


 こういうのも修行しなきゃいけないと言っている奏歌くんは更に高みを目指しているのだろう。美味しい中華料理でお腹いっぱいになった私に、奏歌くんがジャスミンティーを淹れてくれた。

 いい香りのジャスミンティーを飲んでいると、いっぱいになったお腹が落ち着いてくる気がする。

 連休はまだまだ日にちがある。残りの期間を奏歌くんとどう過ごすか。


「海瑠さん、明日は水族館に行く?」

「水族館も久しぶり。いいわね」

「海瑠さんとしっかりデートしておきたいんだ」


 日本にいられる期間ももう残り二年を切ってきている。それを意識している奏歌くんの発言に、私は明日も楽しくデートができそうな予感にワクワクしていた。

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