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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
十一章 奏歌くんとの十一年目
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17.奏歌くんとのお節作り

 年末の休みに入ると私はすぐに篠田家にお邪魔していた。


「海瑠さん、お節とお雑煮作りには時間がかかるから覚悟して!」

「はい! 私にできるかな?」

「一緒にやればきっとできるよ」


 奏歌くんに言われていたので年末のお休みは全部お節とお雑煮作りに費やそうと思ったのだ。

 最初の日にお雑煮のお出汁をとる。あごと呼ばれるトビウオの一種と干し椎茸でだしを取るのが篠田家流だった。お雑煮の具は丸く薄く切った大根、出汁を取ってから取り出した椎茸、湯通しして臭みを消した鰤、鰹菜と別に煮て用意しておく。


「お餅は当日に煮るんだ。先に煮てると溶けちゃうからね」

「お餅は溶けちゃうの?」

「そうなんだよ。長く煮るととろとろに溶けちゃうんだ」


 お餅も用意してあったが、それは当日に煮ると教えてもらう。

 続いてはお節料理だった。

 まずは数の子を水に浸して塩気を抜く。

 ゴボウの皮を包丁の背で削いで、一口大に切っていく。人参、里芋も皮を剥いて一口大に切る。鶏肉を切るのは難しいので奏歌くんに任せた。


「こんにゃくは生臭さを取るために一度湯通しするんだ」

「鰤と同じね」

「生臭さを取るために湯通しするものはいっぱいあるよ」


 湯通ししたこんにゃくは一口大に千切るのだと奏歌くんが教えてくれる。


「こんにゃくは千切った方が味が染みやすいんだ」


 言われるとおりに千切って、全部合わせてお出汁で煮込んだ。煮込んでいる間に奏歌くんと二人でいりこの選別に入る。


「大きくて頭の取れてないいりこを選んで」

「頭が取れてたらダメなの?」

「ごまめにするからね。形が綺麗な方がいいんだ」


 選んだいりこはクッキングシートの上にのせて電子レンジでからからに乾かした。その間に奏歌くんはフライパンで醤油とみりんと砂糖を溶かしたたれを作っている。

 からからに乾いたいりこの上にたれをかけて絡めて電子レンジで数秒間だけ慣らすように溶かしたらごまめの出来上がりだ。


「意外と簡単だった」

「フライパンでやると焦げるのが心配だけど、電子レンジだとすぐだからね」


 本当はフライパンでやるのだと聞いて、私は絶対に無理だと思う。飴状のたれを作るのも奏歌くんに任せてしまったのだ。

 ゴボウの皮を削いで、人参を花形に抜いて、蓮根も花形に抜いて、茹でてからお出汁と酢と砂糖で味付けした中に付け込んでいく。


「うちは酢人参、酢蓮根、酢ゴボウって言って、酢の物にするんだ」

「奏歌くんのお家は酢の物」


 覚えながら次に進む。

 次は黒豆だった。黒豆は既にお汁の中に入っていた。


「黒豆は時間がかかるから前日から煮汁の中に入れておくんだ」

「煮ておくの?」

「汁が煮立ったら火を止めて、黒豆を入れて一晩置いておくんだよ」


 既に黒豆の入っている鍋を火にかけて、煮立ったらアクを取る。落し蓋と蓋をして奏歌くんはお鍋から離れた。


「三時間から四時間煮なきゃいけないから、その間に他のことしよう」


 黒豆には前日から手がかかる上に、当日も三時間も四時間も煮込まなければいけないという難関が待っていた。黒豆がお節の中で一番難しいと言われていることも奏歌くんは教えてくれた。

 弱火でことことと煮られる黒豆が本当に成功するのかどうか、私はドキドキしていた。

 かまぼこは紅白のものを切って、白と赤の市松模様になるように入れ替えて重箱に並べれば出来上がり。海老は殻のまま味の付いたお出汁で煮るだけ。

 次々と作られていくお節料理に私はついていくのが精一杯だ。


「海瑠さん、栗きんとんを作ろう」

「栗きんとん? これ、サツマイモじゃないの?」

「栗は高いからサツマイモで代用するんだよ」


 電子レンジで火を通したサツマイモを潰して裏ごしして、お砂糖と少しの塩で味を調えて、シロップとみりんを入れてねっとりとするまで混ぜる。よく混ざったら、清潔な布巾で茶巾に絞っていく。


「この形を茶巾って言うのね」

「丸くてふっくらして可愛いよね」


 茶巾に絞った栗きんとんは、重箱の中に納められた。

 最後に塩抜きをした数の子を出汁と砂糖と醤油の中に付け込んで味をつける。

 黒豆はまだ煮終わりそうになかったので、私は先にお風呂に入ることになった。


「みっちゃん、終わったのか?」

「うん、もうほとんど終わったわよ。後は黒豆だけ」

「黒豆も手作りしてるのか。毎年買ってるのに」


 リビングで声をかけて来たやっちゃんに答えると、やっちゃんは驚いていた。やっちゃんも前日から仕込んでおいて時間のかかる黒豆は自分で作るよりも買った方が楽だと考えていたようだ。


「海瑠さん、お風呂どうぞ」

「ありがとう、茉優ちゃん」


 お風呂から出てきた茉優ちゃんと入れ違いにお風呂に入ると、バスルームは蒸気に包まれていて暖かかった。体と髪を洗って、バスタブに浸かってゆっくりと体を伸ばす。

 奏歌くんと一緒だったが慣れない料理をたくさんして肩が凝っているような気がする。ゆっくり浸かってから、髪を乾かして出ると、続いて奏歌くんがお風呂の準備をしている。


「筑前煮も黒豆も出来上がったから器に移して粗熱を取ってるよ」

「最後までありがとう」

「海瑠さんも頑張ったね」

「奏歌くんのお陰よ」


 お節料理という難関を無事に超えられて私はホッとしていた。

 次の日は大晦日で、奏歌くんと篠田家でゆっくりと過ごした。奏歌くんは高校の課題があるので、自分の部屋に篭る時間もあったけれど、その間は邪魔をしないようにリビングにいた。

 リビングでは茉優ちゃんとやっちゃんが寄り添ってイギリス移住の手続きの話をしていたりする。私も奏歌くんと寄り添って話をしたかったが、ぐっと我慢していた。

 大晦日の晩ご飯には、やっちゃんと美歌さんが天ぷらそばを作ってくれた。小柱のかき揚げとゴボウと茄子とサツマイモと海老の天ぷらのあるとても豪華な天ぷらそばを私はありがたくいただいた。

 客間に昨日から泊めてもらっているので、食事の後はお風呂に入って客間で少し寛いでいた。篠田家で一人きりでいるのも悪くはない。同じ屋根の下に奏歌くんがいるのだと思えば寂しい気持ちは全然なかった。

 お正月のための着物の準備などを終えてリビングに戻って来ると、奏歌くんがテレビの歌番組を見ていた。毎年年末に放映される歌番組の中に、今年はミュージカル特集があるという。


「兄さんが出るんだよ。録画してるけど、海瑠さんも見よう」

「真尋さんが出るの?」


 真尋さんは海外のミュージカル映画の吹き替えをやったそうで、映画の主人公の衣装で歌っている。隣りで歌っているのは真尋さんの劇団の女優さんだった。


「歌える声優さんか役者さんをって言われて、兄さんが選ばれたんだって」

「真尋さん、こういう仕事もしてたんだ。知らなかった」


 驚きながらも女優さんとデュエットをする真尋さんの歌を聞く。

 聞いているうちに時刻も遅くなって、寝る時間が近付いてきた。

 年が変わるまで歌番組を聞いていてもよかったのだが、奏歌くんが私以外のひとの歌を聞くのは何となく面白くない。どうやって阻止しようかと考えて、私は客間の荷物の中から朗読CDの見本を持ってきた。


「奏歌くん、朗読CDの見本が出来上がってるのよ」

「聞いていいの?」

「もちろん!」


 私の前で私の朗読を聞かれるのも微妙ではあったが、他人の歌を聞かれるよりはまだマシだ。計算した私は奏歌くんにCDを渡す。やっちゃんにCDを渡してパソコンから携帯電話に音源を取り込んでもらっている奏歌くんがぽつりと呟いた。


「やっちゃんがいなくなったら、こういうことしてくれるひともいなくなっちゃうね」


 もうすぐ年が明ける。冬が過ぎて春が来ればやっちゃんはイギリスに行ってしまう。


「かなくんにパソコンを買ってあげるよ」

「本当?」

「すぐに自分でできるようになる」


 やっちゃんはそう言っていたが、パソコンだけの問題ではなくてずっと可愛がってくれていた叔父さんがいなくなるという事実に奏歌くんが揺れ動いているのではないかと思う。


「海瑠さんのCDは予約してあるから、パソコンを買ったらパソコンにデータを入れておこう」


 嬉しそうにしている奏歌くんの中にも寂しさがあるのではないだろうか。

 年が明ける。

 やっちゃんと茉優ちゃんが日本を去るまでに残り四か月を切っていた。

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