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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
十一章 奏歌くんとの十一年目
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15.私と奏歌くん主催のクリスマスパーティー

 クリスマスとやっちゃんの退職お疲れ様パーティーの料理は好評だった。美歌さんが取り分けてあげてさくらもきっちりと料理を確保していた。美歌さんと寄り添ってソファで食べるさくらが浮かれているのが分かる。


「みかさん、このオムレツ、ふわしゅわしてる」

「スフレオムレツね。奏歌も料理が上手になったこと」

「みかさんもつくれる?」


 弾んださくらの声に、さくらもクリスマスパーティーに参加できてよかったと心の底から思う。かえでが生まれたからといってさくらに我慢させるのは間違っているという海香の気持ちがよく分かった。

 私もいつか子どもを持つようになって、さくらのように他の相手に夢中になっている様子に寂しくなったり、かえでのように甘えてくる姿に大変だけど子どもを可愛く思ったりするのだろうか。

 出会ったときの奏歌くんがとても可愛かったので、奏歌くんそっくりの男の子が欲しいなんて考えていると、奏歌くんが私の手から空になったお皿を受け取って、テーブルの上に置いた。何事かと待っていると、海香が貸してくれたウエディングヴェールを被せられる。


「海瑠さんも僕の伴侶になったんだから、いいよね?」

「奏歌……まぁ、あなたももう16歳だからね」


 苦笑しながら見ていた美歌さんが、私の方を見て問いかける。


「海瑠さんはいいの? 嫌ならちゃんと言うのよ」

「私は、奏歌くんが大好きですから」


 私には母親代わりの相手もいないので、美歌さんがウエディングヴェールを捲ってくれる。奏歌くんが背伸びをして私の頬に口付けた。

 茉優ちゃんと莉緒さんが拍手をしてくれて、さくらもぱちぱちと手を叩いて、やっちゃんと美歌さんが複雑な表情で見つめる中、私と奏歌くんの結婚式ごっこは終わった。


「イギリスでは16歳から結婚できるんだよ。日本でも女性だったら16歳から結婚できるし」

「そうよね。奏歌もそんな年なんだわ」


 しみじみしている美歌さんには、私と同じく奏歌くんが6歳の頃の可愛いままでいるのかもしれない。どれだけ奏歌くんが成長しても、私は6歳の可愛い男前の奏歌くんを知っているので、そのイメージがどうしても拭えずにいた。私にとっては奏歌くんは世界で一番いい男で、男前で、かっこいいだけでなく、一生可愛いのかもしれない。


「みかさんも、あれ、して!」

「さくらちゃんはちょっと早いわ」

「かぶるだけでいいから、して」


 羨ましくなったのかおねだりするさくらに、美歌さんがちらりと私の方を見る。被っていたウエディングヴェールを外して美歌さんに渡すと、美歌さんがさくらの前でウエディングヴェールを被った。


「みかさん、きれい。およめさんみたい」

「さくらちゃんも被ってみる?」

「いいの?」


 お互いにウエディングヴェールを被せ合っている美歌さんとさくらも確かに運命のひと同士だと実感できた。

 デザートには莉緒さんが買ってきてくれたケーキと、奏歌くんのプリンが出された。一人分ずつ作るふわふわオムレツも、プリンも、さくらの分まできっちり作っている辺り、奏歌くんはさくらが参加するのを見越していたのかもしれない。

 こういう見通しが立てられない私にしてみれば奏歌くんの気遣いは細やかで本当に尊敬してしまう。

 冷蔵庫でよく冷えたプリンと新鮮なフルーツの乗ったタルトをみんなで食べる。奏歌くんが全員分の温かな紅茶を淹れてくれた。


「やっちゃん、結婚式は何月の予定なの?」

「三月に身内だけで簡単にやって、四月までにはイギリスに渡ろうと思ってる」


 手荷物預かりにできるだけのトランク一個分の荷物と、機内に持ち込めるだけの荷物を残して、やっちゃんは結婚式前にはほとんどのものをイギリスに送ってしまうと言っていた。

 イギリスの住所も決まっていて、大家さんが荷物を受け取ってくれることになっているらしい。


「やっちゃん、本当に長年お世話になりました」

「みっちゃんに頭を下げられるとちょっと調子狂うな」

「本当にやっちゃんには感謝してるの」


 奏歌くんとのことで何度も相談に乗ってもらったし、料理も教えてもらった。私が奏歌くんの誕生日に西京焼きを焼けたのも、スポンジケーキを作れたのも、晩白柚を剥けたのも、全部やっちゃんのおかげでしかなかった。

 頭を下げるとやっちゃんが苦笑している。


「年が離れすぎてるし、かなくんとは釣り合わないってあれだけ反対したのに、今はみっちゃんも努力して家庭のこともできるようになったんだよな。みっちゃんのこと、認めるよ」

「今まで認めてなかったの!?」

「叔父としてちょっと面白くないと思ってても仕方ないだろう」


 叔父としては可愛い奏歌くんを奪っていく女として私は面白くなく思われていたようだ。それでもやっと認めてくれるという言葉に安心する。


「俺がイギリスに行っても、かなくんのこと頼むよ」

「それは任せて。ううん、奏歌くんが私のこと頼まれてくれるんだけど」

「そこはちゃんと大人として頼まれとこう?」

「だって、奏歌くんの方が格好良くて男前なんだもの」


 二人で話していると、ウエディングヴェールを畳んで箱に入れた奏歌くんが茉優ちゃんと一緒にこちらにやってくる。


「海瑠さんとやっちゃんが笑いながら話してるなんて珍しいね」

「安彦さん、海瑠さんにも優しくなったのね」


 私はすっかりと友達の気持ちでいたが、やっちゃんは私に対して態度が厳しかったとそこで初めて知る。奏歌くんのことばかり見ていたから気付いていなかった。

 楽しいクリスマスとやっちゃんの退職お疲れ様パーティーは大成功で終わった。

 パーティーが終わった後に、オーディオセットの場所を戻して、ハンモックや鳥籠のソファや鳥籠のハンギングチェアの場所も戻して、テーブルの位置も正して、完璧に片付けて奏歌くんは帰る準備をしていた。洗い物はやっちゃんと茉優ちゃんがしてくれて、美歌さんは遅くなったので先にさくらを海香と宙夢さんとかえでの待つ家に送って行った。

 ウエディングヴェールは美歌さんに預けて海香に返してもらうようにお願いした。


「本当に楽しかったわ。海瑠さん、奏歌くん、ありがとうございました」


 上品に和服を着こなした莉緒さんが頭を下げて帰っていく。

 奏歌くんも茉優ちゃんと一緒にやっちゃんの車に乗って帰る。


「海瑠さん、今日は楽しかった。もう冬休みだけど、補講があるから、終わったら明日もマンションに来るね」

「うん、待ってるわ」


 玄関先で靴を履く奏歌くんを見送って、ぱたんとドアが閉じた瞬間、感じた寂しさは嫌なものではなかった。

 賑やかで楽しかった分、今日は寂しくても明日も奏歌くんが来てくれると分かっている。お風呂にお湯を溜めて私はゆっくりとお風呂に入って温まってベッドに入った。

 目を閉じると今日の出来事が浮かんでくる。

 デパートに食器を買いに行ったのも、スーパーで卵を買い足したのも、奏歌くん主導だったけれどお料理を少しだけ手伝ったのも、パーティーでやっちゃんと茉優ちゃんが結婚式のようなことをしたのも、私と奏歌くんがウエディングヴェールで結婚式ごっこをしたのも、美歌さんとさくらがウエディングヴェールを被せ合っていたのも、減っていく料理も、プリンとタルトのデザートも、全部全部色鮮やかに瞼に浮かんでくる。

 クリスマスパーティーなどしたことがなかった。

 したことがあるのかもしれないが、奏歌くんに出会う前の私は記憶が曖昧だ。クリスマスパーティーだと認識して自分たちで準備をしたのは初めてだった。

 楽しい一日の終わりには寂しさもあるが、明日への希望もある。

 布団にくるまって私は明日奏歌くんが来たらどうしようかと考えていた。

 明日は朗読の収録の仕事が入っているが、早く帰れるはずだ。

 新しい朗読のCDを奏歌くんは欲しがるだろうか。

 新年に発売されるCDを奏歌くんにプレゼントすることを考えながら私は眠りについた。

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