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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
十一章 奏歌くんとの十一年目
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11.かえでの誕生日と未来の話

 秋公演の最中は土曜日も日曜日も休みが取れない。大抵のファンの皆様が土曜日や日曜日が休みで、そこで公演に来て下さるので、その日は必ず公演が入っているのだ。

 それでも、公演が午前中だけのこともある。その日に合わせて奏歌くんと約束をして、私はかえでのお誕生日お祝いに行くことにした。

 子どもが育つのは早いものだが、さくらももう一年生になっていて、かえでも2歳になる。去年のかえでのお誕生日は秋公演の最中で祝うだけの余裕がなかったが、今年は奏歌くんと綿密に計画を立てていた。

 奏歌くんと作ったパウンドケーキ。さくらが小さい頃にもよく作っていたが、久しぶりに作った気がする。

 パウンドケーキとお誕生日プレゼントを持って行くと、かえでは宙夢さんに抱っこされていた。


「かえでくん、お誕生日おめでとう!」

「かえで、プレゼントがあるのよ。おめでとう」


 声をかけるとぎゅっとかえでは宙夢さんにしがみ付いていた。


「さくらと違ってものすごく甘えっ子なのよ。さくらは何だったんだろうって思うわ」

「さくらちゃんには運命のひとがいたからね」


 微妙な顔になっている海香に、「まぁま!」と手を伸ばしてかえでが抱っこされる。ごしごしと顔を胸に擦り付けて甘えている様子は、確かにさくらでは見られなかった光景だ。


「みちるちゃん、かなちゃん、いらっしゃい」

「さくらちゃんにもプレゼントがあるよ?」

「え? わたしにも?」


 身を乗り出したさくらに、奏歌くんがハンドタオルの入った箱を渡している。箱を開けてさくらはハンドタオルを胸に抱いた。


「わたしのおなまえかいてある! うれしい! ありがとう、みちるちゃん、かなちゃん!」

「どういたしまして。さくらちゃんのお姉ちゃん二周年おめでとうの日でもあるからね」


 お姉ちゃんになったことを祝う奏歌くんの試みはさくらにとってとても嬉しかったようだ。大事にハンドタオルを畳んで部屋に持って行っている。


「かえでにはこっちよ」

「海瑠さん、奏歌くん、ありがとうございます」

「さくらにまでありがとうね」


 お礼をまだ言えないかえでの代わりに宙夢さんと海香がお礼を言う。紅葉柄のスタイをつけられてかえではハッとして抱っこから降りて子ども用の椅子に座った。お手手をぎゅっと握り締めて、食べ物が出て来るのを待っている。


「スタイをつけるとご飯がもらえるって思ってるから」

「食いしん坊はさくらそっくりだわ」


 期待して待っているかえでのために、奏歌くんがパウンドケーキの包みを出した。宙夢さんに切ってもらって、奏歌くんが紅茶を淹れて、かえではミルクだけ、さくらは半分以上がミルクのミルクティーを飲んでおやつにする。

 パウンドケーキは海香と宙夢さんと私と奏歌くんが食べてちょうどなくなるくらいの量だった。


「かえちゃん、おいしいね」

「おいちっ! おいちっ!」


 握る手に力が入るのでボロボロにしてしまっているが、かえではお皿の上に落ちたパウンドケーキの欠片まで全部摘まんでお口に入れていた。さくらは優雅にフォークで食べている。

 初めて出会った頃の奏歌くんと同じ年くらいだが、さくらは記憶の中の奏歌くんよりも幼く思えてしまう。奏歌くんがどれだけ可愛くて男前だったか、私は語り出したら止まらない気がする。


「海香はいつ頃海外に行くつもりなの?」


 紅茶にミルクを入れて飲みながら問いかけると、海香も考えていることがあるようだった。


「宙夢さんと話はしてあるんだけど、奏歌くんが18歳になったら、海瑠は劇団を退団するでしょう? 海瑠の退団の脚本までは私が書きたいのよね」


 姉としてではなく脚本家として、海香は私を非常に評価してくれている。


「海瑠以上に私の脚本を完璧に演じられる役者はもう現れないと思ってる。妹だということ以上に、私は役者としての海瑠に期待しているの」

「私が退団したら、海香も同じ時期に海外に行くの?」

「海瑠は退団の時期をどう考えてるの?」


 問いかけられて私は少し答えに詰まってしまう。

 奏歌くんが高校を卒業した春の公演まで舞台に立つつもりでいたが、やっちゃんは移住のために手続きがあるので次のクリスマスの特別公演を最後に退職してしまう。私もどんな手続きがあるか分からないが、マンションの処理とか、移住した先での準備などを考えると、春では遅すぎるのかもしれない。


「奏歌くんの高校三年生のクリスマスの特別公演までは舞台に立ちたいかな」


 これは奏歌くんにも相談していなくて、初めて口にすることだった。


「やっちゃんはクリスマスの特別公演を最後に退職するって言ってる。私も手続きを考えたら早い方がいいのかもしれないと思い始めたの」


 心の内を明かせば、奏歌くんが反対する。


「手続きはできる限り僕がやるから、海瑠さんにはギリギリまで舞台に立って欲しい」

「でも……」

「海外に行くのが少し遅れてもいいよ」


 どこまでも奏歌くんは私を応援してくれるファンでいてくれる。そのことをありがたく思いながら私はもう一度言い直す。


「できれば奏歌くんが卒業した後の春公演まで舞台に立ちたいけど、そうなると結婚式も、出発も遅れちゃうから悩んでるの」

「海瑠さん、僕が19歳になっちゃうけど、結婚式は夏にすればいいよ。それから日本を旅立てばいい」

「奏歌くん……」

「海瑠さんの公演を一つでも多く僕は見ておきたいんだ」


 熱く語ってくれる奏歌くんに私は甘えることにした。

 退団は奏歌くんが卒業式を終えた春で、その後に奏歌くんと結婚式を挙げて、海外へ旅立つ。まだ先の話だが順調に決まっていく。


「それなら、私たちも出発は奏歌くんが卒業した春の公演を終えてからにするわ」

「ヨーロッパは秋から新学期と聞いてるから、さくらも秋から始めればいいですし」


 宙夢さんの言葉に私は聞き返してしまった。


「ヨーロッパに行くんですか?」

「そのつもりです」

「フランス公演でお世話になった劇場からお声がかかっているのよね」


 海香はフランスに行くつもりのようだ。私も奏歌くんと最終的に行く場所は決めていなかったが、ヨーロッパは回りたいと思っているから、また海香とは会えるかもしれない。


「海瑠はどうするの?」

「最初はイギリスの茉優ちゃんとやっちゃんのところを訪ねて、その後は決めてないけど、ヨーロッパを回ろうかって話になっているの」

「海瑠さんがルーブル美術館とか、モンサンミシェルとか、サグラダファミリアとか見たいって言ってたんだよね」


 ほとんど海外旅行をしたことがない私には、見たことのないものがたくさんある。これまで劇団一筋で演技に全てを傾けていたのだから、今度は新しく世界の美しいものを見に行っても悪くないかもしれない。

 それがまた演技の糧になるかもしれないのだ。


「劇団は探して、どこか所属すると思う。色々隠してかもしれないけど」

「フランスに来なさいよ。私が脚本を書いてあげる」


 海香からのお誘いはとても魅力的なものだった。

 海香の脚本ならば慣れているし、私も相手が海香だと思えば警戒せずに演技することができる。


「一人芝居に挑戦してもいいと思うわ。パントマイムもいいわね。舞踏劇も悪くないし」


 海香の中では私にやらせたいことがまだまだあるようだ。


「海瑠さんが海外に行っても演技が続けられるといいよね」

「私にとっては舞台は人生だもんね」


 小さな頃から歌とダンスにしか興味がなかった。記憶しているのは歌とダンスのことばかりで、私は百合と小学校が同じだったことも、歌劇の専門学校が全寮制だったことも覚えていなかった。それだけ私の人生は演劇にだけ向けられているのだ。

 これだけ努力して、歌とダンスが好きでやってきた演劇を、劇団を退団して海外に行くとしても私は辞められる気がしない。

 人生が終わるときまで、私は舞台に立っていたい人間なのだと再確認していた。

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