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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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3.奏歌くんの初めての訪問

 奏歌くんが来る前に姉に言い聞かせられていた。

 部屋を掃除しておくこと、最低限のものは揃えておくこと、奏歌くんを困らせないこと。

 最低限のものと言われても想像がつかないので海香に聞けば、お湯を沸かすものや食器やお布団と言われた。奏歌くんはお泊りをしてくれるようだ。

 通販サイトで電気ケトルを買って、食器は貰い物があるから何とかなるだろうと思っていたら、通販サイトの鳥籠のようなハンギングチェアと鳥籠のようなソファに釘付けになってしまった。ソファは広くて奏歌くんのお昼寝にも使えそうだ。

 マンションの最上階を一階丸々使っている部屋は広く、家具はほとんどない。私が姉の海香でも部屋に入れるのが嫌なくらい縄張り意識が強いので、私は幼馴染で親友の百合ですら部屋に入れたことがなかった。

 私だけの場所で、誰かが入って来るのは不快だ。ストーカー化した男性が入り込もうとしたときには、本当に嫌ですぐに警察に通報した。そもそもマンションを教えていないのに付き纏って調べ上げてくるあたりが気持ち悪い。

 他人を自分の部屋に入れるのが嫌な私が、奏歌くんが部屋に来て鳥籠のようなハンギングチェアで寛いだら可愛いだろうとか、鳥籠のソファでお昼寝したら可愛いだろうとか考えるなんて自分でも想像もつかなかった。

 稽古は本番に向けて厳しくなっていたが、休日に奏歌くんが部屋に来るのを私は心待ちにしていた。

 当日、奏歌くんは篠田さんに送られてやってきた。チャイルドシートから奏歌くんを降ろして、篠田さんは私に大きな袋を二つ渡した。


「こっちがお惣菜で、こっちが飲み物とか」

「ありがとうございます。奏歌くんのことは気を付けてお預かりします」

「俺は納得したわけじゃないですから」


 篠田さんの視線が厳しい。

 可愛い6歳の甥っ子の運命の相手が私みたいなのだから仕方がないのだが、認めて欲しいとちょっと悲しかった。奏歌くんは青いマリンキャップに涼し気なポロシャツにハーフパンツという姿だった。靴下とハーフパンツの間から見える膝小僧が少年っぽくてすごく可愛い。


「よろしくおねがいします」


 ぺこりと頭を下げる奏歌くんにずっしりと重いバッグを持って私はエレベーターに乗り込んだ。最上階に行くと玄関から部屋に上がる。奏歌くんはきょろきょろと部屋の中を見回していた。


「かわいいいすがある。あっちはソファ?」

「うん、奏歌くんに似合いそうで買っちゃった」

「かった……え? いすとソファを?」


 驚いているが奏歌くんはハンギングチェアと鳥籠の椅子に興味を持ってくれたから買って良かったと嬉しくなる。渡されたバッグをテーブルに下ろすと、奏歌くんが中身を取り出した。

 ガラスの蓋のついた容器が幾つかと、重箱が一つと、麦茶の2リットルのペットボトルが一つ。

 冷蔵庫を開けて奏歌くんが驚きの声を上げる。


「おみずしかはいってない」

「え? いけなかった?」


 私は部屋で食事をしないし、水だけは通販で届くように姉が手配してくれていたから、ミネラルウォーターしか冷蔵庫には入っていなかった。それのどこが悪いのか私には全く分からない。


「やっちゃんやかあさんのれいぞうこには、つくったおりょうりとか、おやさいとか、おにくとか、おさかながはいってるの」


 料理をしない、できない私にはそんなものは縁遠かった。

 奏歌くんを預かるには必要だっただろうか。


「何もなかったらいけない? 買いに行く?」

「ううん、おりょうりもおべんとうももってきたからへいきだよ。むぎちゃもあるし」


 そう言ってから奏歌くんはキッチンを調べ始めた。


「やっちゃんはやかんでむぎちゃのパックをにだしてくれるんだ」

「薬缶も麦茶のパックもないなぁ」

「にだしたむぎちゃは、れいぞうこにいれておくの。わるくなっちゃうからね」

「麦茶を入れるボトルもない」


 必要なものは買っておいたつもりだったが私は全くそれができていなかったようだ。がっくりと気を落とす私を、奏歌くんは責めなかったし馬鹿にもしなかった。


「しらなかったんならしかたがないよ。しょっきは?」

「ここにあるけど」


 食器棚がないので棚に飾ってある花の模様の美しい繊細なティーカップセットと、絵皿を示すと奏歌くんが難しい顔になる。


「これは、ぼくがつかっていいものじゃないとおもう」

「そうなの? 気にしないで使って良いよ?」

「コップとかマグカップもほしいな。マグカップでやっちゃんがつくってくれるココアが、ぼく、だいすきなんだ。ミルクティーはミルクがはんぶんはいっていればのんでいいことになってるの」


 ココアなんて私は作れない。

 紅茶も淹れられない。

 あまりになにもできなくて奏歌くんは私に呆れていないだろうか。

 心配していると奏歌くんが棚の上にあった電子レンジに気付いた。


「でんしレンジはあるんだ」

「あるんだけど、壊れてて動かないのよ」


 買ったときから動かない電子レンジに付いて言えば、奏歌くんは背伸びをして本当に動かないか確かめようとしている。脇に手を入れてひょいと抱き上げると、電子レンジのボタンを押して動かないと理解した。

 奏歌くんを下ろすと奏歌くんが床を調べている。何をしているのかと思ったら電子レンジのコードを辿っていた。


「みちるさん、コンセント! コンセントがささってなかったんだよ!」

「そうなの!?」


 24歳成人女性。

 6歳の男の子に電子レンジの動かない理由を教えてもらう。

 あまりに情けなくて気落ちする私に、コンセントを刺すと電子レンジが動くことを確かめた奏歌くんが私に言った。


「おかいものにいく? おさらとか、コップとか、マグカップとかほしいな」

「分かった。薬缶と麦茶パックとボトルもね」

「それから、ぎゅうにゅうと、ココアのもとも」


 タクシーを呼んで乗ると奏歌くんは驚いていた。

 タクシーに乗るのが初めてだったようだ。


「やっちゃんのくるまか、かあさんのくるましかのったことがない」

「そうなんだ。タクシーに乗っちゃいけない理由があるの?」

「タクシーはおかねがかかるし、チャイルドシートがないからあぶないっていわれてる」


 そうだったのか!

 チャイルドシートがなければ奏歌くんは車に乗れない年齢だった。そんなことも気付かないなんて私はなんてダメな大人なんだ。

 自分がダメすぎて落ち込む私に、奏歌くんは優しかった。


「やっちゃんにはないしょにしようね」


 篠田さんに言えば奏歌くんをお泊りさせることも反対していたから、ますます強固な態度を取られるかもしれない。奏歌くんに言われて私は頷いた。

 デパートまでタクシーで行って、食器売り場に行くと、ブランド物のシンプルで美しい食器が並んでいた。これからば派手ではないし奏歌くんも使ってくれるだろう。

 カードを取り出してどれを買っても良いのだと言おうとしたら、奏歌くんの凛々しい細い眉が下がった。


「みちるさん、これ、たかいよ。ほかのうりばないのかな?」


 高い。

 高いものを買えば今までの相手はみんな喜んでいた。奏歌くんはそんなことはなく、私にお金を使わせないようにしようとしてくれる。

 驚いている場合ではないので売り場のひとに聞くと、地下の雑貨売り場にもっと安い食器が売っているとのことだった。

 地下に降りる途中のキッチン用品売り場で薬缶とボトルを買って、雑貨売り場に行った。慎重に値段を見ている奏歌くん。ブランド物よりも0が一つ少ない雑貨売り場の食器は奏歌くんのお眼鏡にかなったようだった。


「みちるさん、みて、これネコちゃんのあしだよ!」

「可愛い!」


 猫の足のコップで底には肉球も付いているものを奏歌くんと私は選んだ。マグカップも猫の描いてあるもので、お皿も猫の柄のものにする。お椀も買ってから、地下二階の食品売り場に行こうとすると奏歌くんが心配そうに私を見上げた。


「おもくない?」

「平気平気。私、劇団でゴリラって呼ばれてるんだから」


 ダンスでは男役をやるときには女役の役者を持ち上げることもある。軽々と大人の女性を持ち上げられるだけの腕力が私にはあった。

 舞台は体力仕事。走り回って歌って汗だくになって演じる。腕力と体力がなければやっていけないのだ。

 そんな私だから、荷物の重さを心配されたことも、持つと言われたこともない。


「しょっきじゃなかったら、ぼくももつんだけど」


 食器は危ないからと言ってくれる奏歌くんに、ときめいてしまった。こんな風に優しくされるなんて思わなかった。

 奏歌くんは将来いい男になるのではないかと想像していたが、今でも十分いい男過ぎて困る。

 食品売り場では麦茶のパックと牛乳とミルクで溶かすココアを買った。どこに何が売っているか分からない私に、奏歌くんは売り場のひとに聞いて手際よく籠に商品を入れていく。

 こんなに6歳とは賢く頼りになるものなのか。

 今まで出会ったどんな男性よりも奏歌くんは優しくて頼りになって紳士だった。

 買ったものをタクシーに積んで帰ると、部屋に戻って手を洗う。食器も洗って、布巾がなかったからタオルで拭いて、棚に飾っていたティーカップと絵皿を片付けて、棚に仕舞う。

 お皿を出してきて、猫の足の形のコップに麦茶を注いでくれて、冷蔵庫から重箱を出した奏歌くんが、「あ」と何かに気付いたようだった。


「おはし、かわなかったね」

「あ、そうだ……」

「ないとおもわなかった。ごめんなさい」


 でも割り箸を持って来たから大丈夫とリュックサックの中から取り出す奏歌くんに胸がきゅんとする。割り箸を割って奏歌くんは重箱の中にぎっしり詰まった稲荷寿司をお皿に取り分けてくれた。


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