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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
十章 奏歌くんとの十年目
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17.入り込んだ雑誌社の男性

 出来上がった生チョコを箱に入れてラッピングしたものを私は劇団の稽古に持って行った。少し早いバレンタインデーに百合と美鳥さんと真月さんはとても喜んでくれる。


「これは、私一人で作ったのよ。スーパーに買い物にも一人で行ったし、作るのも全部一人だったの」


 誇らしく私が宣言すると百合と美鳥さんと真月さんがじっと生チョコを見ている。


「ちゃんと食べられるんでしょうね?」

「奏歌くんと食べたけど美味しかったよ、失礼ね」

「海瑠さん一人の手作り……まさかそんな女子力が海瑠さんにあったなんて」

「海瑠さんも変わりましたね」


 褒められているはずなのだが、あまり褒められている気がしないのはなんでだろう。私が一人で生チョコを作ったというのがそんなに信じられないことなのだろうか。


「ちゃんとチョコレートをボウルに割り入れて、沸騰寸前まで生クリームを温めて、混ぜて固めたのよ!」

「え!? それだけ!?」

「百合さん、海瑠さんにとってはすごい進歩ですよ」

「私はチョコレートは買うことはあっても作ろうと思わないですからね」


 百合にはそれだけと言われてしまったが、美鳥さんと真月さんは評価してくれる。私は百合の手から生チョコの箱の入った包みを取り上げた。


「文句があるならあげません」

「あ! いる! ごめんなさい」


 百合より十センチ背の高い私に生チョコの包みを取り上げられて、取り返せなくて即座に百合が手の平を返す。謝ってくれたので私は百合に生チョコを返した。


「生クリームに種類があるとか全然知らなかったし、買い物も大変だった」

「生クリームに種類があるんですか?」

「植物性と動物性があるみたいなのよ。動物性は牛乳から作られているけど、植物性は植物油から作られてるんだって」


 美鳥さんもしらなかったようなので説明していくと、尊敬の眼差しを向けられる。自分で調べて自分で買い物も調理もできる。私は本当に成長した気分で誇らしかった。

 バレンタインのディナーショーは秋公演のファリネッリの演目から高い音域でオペラアリアを歌うシーンが入っていた。ファリネッリの演目での私の歌が素晴らしかったとファンの皆様の間で噂になっていたのだ。

 男性の女装姿を演じるのは多少解せないところはあったが、ファリネッリの演目自体は素晴らしい脚本だったし、大成功したので、歌の練習には気合を入れる。


「15歳の少年の演技がとても上手だったと評価されていますね」

「15歳までは子ども役の役者を使う案も出てたけど、挑戦してみてよかったって演出家の先生も言われてますね」


 バレンタインデーのディナーショーに一緒に出てくれる美鳥さんと真月さんに言われて、私は15歳の少年という言葉に引っかかりを感じた。これはなんだろう。


「15歳……あ、奏歌くんが15歳だった!」


 15歳の奏歌くんの前で私は15歳の少年を演じた。無意識のうちに奏歌くんの姿を演技に取り入れていたのかもしれない。純真なハニーブラウンの瞳、幼いあどけなさが抜けて来た少し大人びた横顔。

 奏歌くんがモデルだったのだと理解すると、私は自分が違和感なく演技できたことにとても納得した。


「ダーリンさんはもう15歳ですか」

「年が過ぎるのって早いですね」


 私と出会った頃には奏歌くんは6歳で、その頃にはもう美鳥さんも真月さんも劇団にいた。深い付き合いではなかったけれど、私が奏歌くんといるところを何度も美鳥さんと真月さんは目にしているだろう。


「バレンタイン特集のための撮影が入ってます。明日の午前中は稽古場ではなくて撮影所にお願いします」


 稽古が終わると、私はマネージャーの津島さんから連絡事項を聞いてマンションに帰った。マンションに帰ると奏歌くんが勉強をしながら私を待っていてくれた。手と顔を洗ってさっぱりして奏歌くんの正面に座ると、奏歌くんは勉強道具を片付ける。


「海瑠さん、明日もお仕事?」

「そうだよ。奏歌くんは学校だよね」

「中学が休みになっちゃったんだ」


 話を聞けば、中学の他のクラスでインフルエンザの生徒がかなりの数出たらしい。受験生だということで、感染を広げないためにも学年閉鎖ということで、三日間の休みになったと奏歌くんは話してくれた。


「学年閉鎖……どういうこと?」

「強い感染性のある病気が流行ったときには、そのクラスだけがお休みになることがあって、それを学級閉鎖って言うんだけど、今回はみんな受験を控えてるからうつらないように三年生の学年全部を休ませたんだ」

「中学校もそういうことをするんだね」


 中学校がそんなに感染に対する意識が高かったなんて私は全く知らなかった。私も小学校や中学校のときに経験したかもしれないが、そういうのはあまり記憶に残っていない。小学校も中学校も行かなければいけないから行っていただけで、楽しい思い出はなかったので、私にとってはどうでもいいことだった。

 問題は奏歌くんだ。


「奏歌くんは平気なの?」

「インフルエンザの予防接種は受けたし、罹っても軽症だと思う。他のクラスだから多分大丈夫だよ」


 奏歌くんが休みなのに私は休みではない。普通の日ならば有休をとることも考えられたが、明日は写真撮影が入っているのでどうしても休めない。


「三日間休みなのね。それなら、残り二日のどっちかに休みを入れよう」

「海瑠さん、休みを入れてくれるんだ。二人で過ごせるね」


 バレンタインデーのお茶会とディナーショーの稽古もあったけれど、まだ一月の終わりで時間はある。ダンスと歌は完璧に覚えていて、合間のトークの打ち合わせくらいしか不安な場所はなかったので、私は津島さんに連絡を取った。

 スケジュールを確認してもらうと、明日は無理だが明後日ならば休めるということで、明日午前中の撮影を終えて午後の稽古場に行ったら有休を申請することにした。

 その日は奏歌くんの晩ご飯を食べて、帰っていく奏歌くんを見送って平和に夜を過ごした。

 翌日の撮影所まで百合に送ってもらってから、私と百合で撮影をする。私単独の写真と、百合との絡み、百合単独の写真を撮ってもらって、インタビューに答える。


「河本さんは九年目、瀬川さんは四年目のトップスターですが最初と印象は変わりましたか?」

「基本的に心構えは変わっていません。私は海瑠が男役トップスターになるのを待っていたし、海瑠が続ける限り続けるつもりでいます」

「私は最近になって他のひとたちをフォローすることに気が回るようになって、これまでもたくさん先輩方にフォローされて来たんだと実感するようになりました」


 インタビューに答えていると、広報のトップであるやっちゃんも来ているのが見えた。やっちゃんの傍にはなぜか奏歌くんがいる。


「秋公演では男役トップスターが15歳の少年役をやって、女装もするということで観客を騒がせましたが、どうでしたか?」

「身近にモデルになってくれるひとがいたので、無意識にそのひとのことを考えていたようで、15歳の演技も無理なくできました」

「海瑠の女装はいつものことですよ。ドラァグクィーンをやらされたこともあったし」


 取材陣から笑い声が上がるのを聞きながら、私は奏歌くんの方にばかり気を取られていた。

 撮影と取材が終わると、そっとスタジオを抜けて奏歌くんと合流しようとする私についてくる人物がいる。誰だかよく分からないが、男性が私の近くに来ていた。


「雑誌社のものですが、瀬川さんには内緒でお付き合いされている方がいるというのは本当ですか?」

「内緒でお付き合い? 私は劇団の男役トップスターですよ。劇団規則を破るはずがないじゃないですか」

「百合さんにもそういう噂があるんですよ。それを雑誌に書かれたくないでしょう?」


 何を言っているのだこのひとは。私が奏歌くんと婚約しているのは確かだけれど、それは絶対の秘密にしているし、百合は規則を破るような相手ではない。


「バラされたくなければ、それ相応の対価は払った方がいいですよ?」

「脅迫ですか? 警備員を呼びますよ?」

「脅迫なんて怖いことは言いませんよ。ただの取引です」


 笑顔で迫ってくるその男性が怖くて横にずれると、男性は壁際に私を追い詰めようとする。金銭を要求して来るのか、身体を要求して来るのか。そのどちらも私は受け入れるつもりはなかった。


「海瑠さんに近付くな!」


 ドンッと私の隣りで音がした。

 男性と私との間を遮るように奏歌くんがシューズを履いた足を壁につけて助けに入ってくれている。


「海瑠さんが参考にしたのは僕だし、僕は海瑠さんのお姉さんの海香さんの後輩の息子で、海瑠さんには甥っ子みたいに可愛がってもらってるだけだよ」

「年下男子との禁断の恋……いい見出しになりそうですね」

「海瑠さんに二度と近付くな!」


 奏歌くんのハニーブラウンの目が赤く光るのを私は見てしまった。にやにやとしていた雑誌社の男性は頭を押さえて蹲っている。


「頭が割れるように痛い……助けて」

「余計なことは忘れてしまえ!」


 奏歌くんの言葉通りに雑誌社の男性は今回のことに関して記憶を消されたようだった。頭を押さえて蹲っていたのから立ち上がると、首を傾げている。


「なんだったっけ……? 何かいいネタが……?」


 その男性を放置して奏歌くんは私の手を引っ張って廊下の端に連れて行った。


「やっちゃんがお弁当を忘れちゃったから届けに来たんだよ。やっちゃんに場所を聞いたけど、結構遠かった」

「お弁当! それで奏歌くんがいたのね」


 それにしても奏歌くんは格好良かった。

 雑誌社の男性に怖じることなく立ち向かって、壁に足ドンして私を守ってくれた。


「奏歌くん、ありがとう。格好良かったよ」


 お礼を言うと奏歌くんは顔を赤らめて照れていた。

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