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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
十章 奏歌くんとの十年目
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15.奏歌くんの高校合格と私のボーナス

 一月の中旬、嬉しい知らせが二つあった。

 私が部屋に帰って来て奏歌くんに報告しようとすると、奏歌くんの方が先に話し出した。


「僕、高校決まったよ!」

「え!? 推薦入試で受かったの!?」

「うん、推薦枠がもらえて、無事に試験を受けて合格通知が来た」


 他の受験生よりも一足早く奏歌くんは受験勉強を終えていた。

 私の方も嬉しい知らせを報告する。


「私、ボーナスが出るみたいなの! 朗読CDの企画が上手く行ってるから特別に」


 私だけではなく、出演した劇団員全員にボーナスが出ることになったのだが、百合と私は二人だけのリスニング文章や古典や現代文の受験用CDの収録もあったので、ボーナスの金額が他のひとたちよりも多かった。

 お金に拘る方ではないし、劇団の男役トップスターとして劇団では一番給料はもらっているはずなので、特に生活に困ったことはない。贅沢はあまりしないけれど、奏歌くんの望むものを買えるくらいには資金的な余裕がある。その程度で満足していた私にとっては、この臨時収入は奏歌くんのために使いたかったのだ。


「奏歌くん、卒業旅行に行かない?」

「卒業旅行!? 僕、まだ卒業してないよ?」

「奏歌くんが中学を卒業したら、長めの春休みがあるでしょう? そのときに卒業旅行に行きましょうよ」


 ボーナスを奏歌くんとの卒業旅行に使いたいと提案すると、奏歌くんは頬を染める。


「二人きりじゃないよね?」

「あ……二人きりじゃダメかな?」


 奏歌くんと二人きりで旅行に行くとなると、また隙だらけとか奏歌くんを困らせてしまう事態になるかもしれない。ボーナスを奏歌くんのためだけに使うつもりだった私にとっては、それはちょっと残念ではあったけれど、他のひとも誘った方がよさそうだ。


「やっちゃんと茉優ちゃんを誘わない? やっちゃんと僕が同室で、茉優ちゃんと海瑠さんが同室なら、問題ないと思うんだ」

「もしかして、ダブルデートってやつ?」

「うん! やっちゃんは恥ずかしがるかもしれないけどね」


 やっちゃんと茉優ちゃんも来年の春にはイギリスに行ってしまうので、私も二人と一緒に過ごしたい。ホテルで泊まるときにはやっちゃんと奏歌くん、私と茉優ちゃんが同室で、観光をするときには別行動をしてもいいのだ。

 そう考えると奏歌くんの卒業旅行も楽しみになる。

 お祝いの約束のDVDも届けなければいけなかったので、その日は美歌さんに連絡して篠田家で晩ご飯を食べさせてもらうことにした。奏歌くんは自転車を押して私と並んで歩いて篠田家まで行ってくれる。少し距離があるけれど、歩くのは体力があるので平気だ。

 私は二時間を超える公演も休みなしで踊っていられる体力があるのだ。外は少し寒くてコートとマフラーが必要だったけれど、冷たい風が顔に当たって心地よかった。

 篠田家に行くとやっちゃんと茉優ちゃんがリビングで寛いでいた。美歌さんはキッチンで晩ご飯の用意をしている。


「美歌さん、急にすみません」

「いいえ、安彦が下ごしらえしてくれてたのを仕上げただけだから」


 鶏肉のトマトソース煮と野菜たっぷりのポトフにパンの晩ご飯を食べながら、私はまず美歌さんに許可を取った。


「奏歌くんと卒業旅行に行きたいんですが、いいですか?」

「海瑠さんと奏歌だけで?」

「いえ、やっちゃんと茉優ちゃんも誘おうかと思っています」


 私の言葉にやっちゃんと茉優ちゃんが顔を上げる。


「私と安彦さんも行っていいの?」

「どこに行くつもりなんだ?」


 春の旅行だからどこに行けばいいのか私はまだ決めていなかった。行きたい場所があるとすれば、奏歌くんと桜を見たい気持ちがあるくらいで、桜が見られるところならばどこでもよかった。


「桜を見に行きたいんだけど、どこがいいかな?」

「僕、京都には行ったけど、伏見稲荷に行ったことがないよ」


 伏見稲荷大社は私も聞いたことのある神社だった。

 携帯電話で調べてみると、桜の名所とある。


「千本鳥居があるんでしょう? 僕、上まで登ってみたい」

「伏見稲荷大社なら、京都だな」


 奏歌くんの要望をやっちゃんが纏める。

 京都には行ったことがあるけれど、私も伏見稲荷大社にはお参りしたことがなかった。お稲荷さんと聞いて思い浮かぶひとも一人いる。


「沙紀ちゃん!」

「沙紀お姉ちゃんも誘ってみましょうか?」


 お稲荷さんは沙紀ちゃんの本性で、伏見稲荷大社にもとても縁が深いのではないだろうか。沙紀ちゃんも大学を卒業する時期だし、卒業旅行に誘うのはちょうどいい。

 晩ご飯を食べ終えた茉優ちゃんが沙紀ちゃんに連絡を取ってくれて、やっちゃんが宿を探してくれる。


「駅の近くの宿があるな。二人の部屋にエキストラベッドを入れて三人にしてくれるらしい」

「やっちゃん、予約お願いできる?」

「みっちゃん、予約したことなくて卒業旅行に行こうとしてたのか?」


 言われて私は自分が宿の予約もできないことに気付く。奏歌くんと二人で頑張ればできたかもしれないが、やっちゃんがいてくれてよかったと心底思った。

 奏歌くんの部屋に入れてもらうと、約束のDVDを紙袋に入れたものを手渡す。


「奏歌くん、高校合格、本当におめでとう」

「ありがとう、海瑠さん。これは、海瑠さんがいないときに見るね」

「うん、約束だからね」


 紙袋の中のDVDを確認する奏歌くんに、私は開けっぱなしになっている部屋のドアがきになっていた。閉めようと手を伸ばすと、奏歌くんに止められる。


「二人きりで密室は良くないから」

「密室!?」


 ミステリーのような単語を使っているが、奏歌くんの表情は真剣である。ドアを開けておきたいのならば奏歌くんの思うとおりにするのだが、ちょっとだけ廊下からの風が寒い。

 コートが温かいし、部屋の中も暖房が利いていて暖かいのをいいことに、私は少し薄着で来てしまったようだった。寒くてカットソーの上から腕を摩っていると、奏歌くんがカーディガンを差し出してくれる。身長は奏歌くんの方が低いし、奏歌くんはまだまだ華奢だが、ロングカーディガンは私が着てもおかしくない大きさだった。


「奏歌くんも大きくなってるんだね」

「これからもまだまだ大きくなるよ」

「私の身長を越すかな?」


 奏歌くんが私の身長を越しても越さなくても、可愛いことには変わりがないので気にしないのだが、奏歌くんはハニーブラウンの眉をへにょりと下げてしまった。


「今でやっと百六十センチくらいなんだよね。高校でも伸びるとしても、海瑠さんの身長には届かないかもしれない」

「そうかな」

「うん。僕の父さんの身長、分かるでしょ?」


 奏歌くんの父親の真里さんは背が高いひとではなかった。女性にしてはそこそこ長身の美歌さんと比べても、真里さんの方が小さかったような気がする。奏歌くんは色彩は美歌さんに似たけれども、外見は真里さんにそっくりだった。


「私が大きすぎるんだから気にしないで!」

「海瑠さんは大きすぎないよ。すごくかっこいい」


 慰めるつもりが私が慰められてしまった。


「奏歌くんの身長が高くても、低くても、私には関係ないよ。奏歌くんが好きだから」


 大人のいい女になれているか奏歌くんに聞いたときに、帰ってきた答えは「海瑠さんはいい女とかそういうのじゃなくて、僕の大事な海瑠さんだよ」だった。それと同じように私にとって奏歌くんは身長など関係なく、最高のいい男だった。


「ありがとう、海瑠さん。身長のことは遺伝だからどうしようもないよね」

「そうだよ。奏歌くんは6歳のときから最高に男前で、今も格好いいんだから、気にしないで」


 私の言葉に奏歌くんが笑顔になる。


「伏見稲荷大社の千本鳥居、見られるかな」

「雨が降ってないといいね」

「天気雨かもしれない。狐の嫁入りで」


 天気雨のことを狐の嫁入りというのだと奏歌くんは私に教えてくれる。狐がお嫁入するときには天気雨が降るのだという伝承があるらしい。お稲荷さんは狐なので、伏見稲荷大社で天気雨が降るのはありそうだ。


「折り畳み傘を持って行かないと」

「今から準備するのは早すぎるよ」

「そっか」


 楽しみ過ぎて帰ってからでも準備したくなっている私を止める奏歌くんも楽しそうで、私は奏歌くんの卒業旅行に期待していた。

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