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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
十章 奏歌くんとの十年目
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1.花火大会と奏歌くんからのキス

 奏歌くんが小学六年生の夏休みに、私は奏歌くんを花火大会に誘った。そのときに奏歌くんは「来年は僕が誘うよ」と言ってくれた。

 中学になってからの奏歌くんは忙しくてそのことをすっかり忘れてしまったのだが、私は気にしていなかった。私も劇団の男役のトップスターとして忙しいことがあったりして、奏歌くんとの約束を忘れてしまうことはよくあった。それでも奏歌くんは気にしないでくれている。


「海瑠さん、僕、ずっと誘えなくてごめん。今年こそ、花火大会に行こう」


 だから、奏歌くんが約束を覚えていてくれて、三年越しにそれを叶えてくれるということに私は浮かれていた。

 白地に黒と赤の椿模様の浴衣を取り出して、奏歌くんとの花火大会に備える。奏歌くんはあれから背が伸びたが、浴衣のサイズは大丈夫だろうか。


「受験があるのに、花火大会に行っても平気?」


 奏歌くんがあまりにもいつも通りなので受験生だということを忘れてしまいそうだったが、奏歌くんは中学三年生だった。夏休みの間にしっかり勉強しておかなければいけない。


「これで、最後にするんだ」

「え? 何が最後!?」


 最後という響きに私は恐怖を抱いてしまう。

 奏歌くんが何を最後にしてしまうのだろう。


「夏休みで遊ぶのは最後にして、これからは受験勉強に集中する。海瑠さんの部屋で勉強するのと、劇団の公演を見に行くのは変わらないけどね」


 受験が終わるまで遊ぶのはやめるという奏歌くんに私は来年の春までと分かっていても寂しさを覚えてしまう。思春期の奏歌くんは美歌さんや茉優ちゃんとも距離を置くようになったようだし、そのうちに私から離れてしまうのではないだろうか。高校生にもなったら、年上の女性と遊ぶよりも近い年齢の友達と遊ぶ方が良くなってしまうのではないか。

 色んな不安が私の中を駆け巡る。

 その不安をかき消すように奏歌くんが明るい笑顔で言った。


「高校に入ったら、後三年。三年間が終わったら、海瑠さんと二人で旅立てるんだよ」


 日本を離れることも、劇団を退団することも、私にとっては不安だらけだけれど、これだけ明るく奏歌くんが言っているのを聞くと、未来は明るいのかもしれないと思うことができる。

 奏歌くんは私にとっては導きの星のようなものだった。


「奏歌くん、花火大会、楽しもうね」

「うん、今度こそ、二人きりで行こうね」


 二人きりで。

 そうだ、奏歌くんが小学校六年生のときに行った花火大会は、美歌さんとさくらと茉優ちゃんとやっちゃんと百合が一緒だった。今度は二人きりで奏歌くんと花火大会に行く。


「え? もしかして、デート?」

「デートだよ、海瑠さん」


 ほっぺたを赤くした奏歌くんに言われて、私は当日気合を入れなくてはと思っていた。

 花火大会の日は稽古を休ませてもらった。花火大会は夕方からだが、浴衣を用意して着付けをして、お化粧をして、持っていく巾着袋にお財布やハンカチを入れて、準備をする。襟足につくくらいの長さの髪は、簪で纏めてしまう。

 夕方に奏歌くんがマンションまで迎えに来てくれた。

 白地に大胆に筆を走らせたような濃紺の模様が入っている浴衣を着ている奏歌くんは、小学校六年生のときよりもずっと凛々しい。見惚れていると手を差し伸べられる。


「ちょっと遠いけど、歩いて行こう」


 からころと下駄を鳴らして手を繋いで私と奏歌くんは商店街まで歩いた。商店街には提灯が吊るされていて、夏の夕方はまだ明るい。

 露店で私は食べたいものがあった。


「銀杏! 焼いた銀杏があったよね?」

「海瑠さん、あれ気に入ったんだ。いいよ、買おう」


 露店の前に着て網に入れた殻ごとの銀杏を炙っている店主に奏歌くんが声をかける。


「一袋ください」

「あいよ!」


 炙っていた銀杏を紙袋に入れて、塩を振りかけて店主が奏歌くんに渡す。奏歌くんは銀杏の殻を剥いて、私の手の平に乗せてくれた。ほんのりと塩味がして、もちもちの銀杏の食感に、食べていると止まらなくなる。次々と剥いて手の平に乗せてくれる奏歌くんに感謝しながら、私は銀杏をたくさん食べてしまった。


「タコ焼き食べよう」

「熱いから上手に食べられるかな」


 前回食べたときに熱くて苦戦した思い出もあるが、美味しかったのは確かなので食べたいと答えれば奏歌くんは銀杏の袋と殻を捨てて、たこ焼きの露店に行った。ひと船を買って、マイ箸を出してくれるのもあのときと同じ。


「奏歌くん、ありがとう」

「いいえ、海瑠さんが食べやすいのが一番だからね」


 楊枝を使うのは不安な私に配慮してくれる奏歌くんは、小学校六年生のときと変わらず男前な紳士だった。

 フライドポテトを食べたり、ベビーカステラを食べたりしながら、日が暮れるのを待つ。


「海瑠さん、今年は盆踊りどうする?」

「今年はいいかな」


 広場での盆踊りに参加すると、沙紀ちゃんや美歌さんやさくらに会いそうな気がして、二人きりの特別なデート気分が壊されるのが嫌で、私は今年は盆踊りには参加しないことにした。

 飲み物を買った奏歌くんと一緒に川べりまで歩いて行く。川の向こうから花火は打ち上げられる。ペットボトルの蓋を開けてくれた奏歌くんにお礼を言って受け取ると、私はそれを一気に半分くらいまで飲んでしまった。暑くて喉が乾いていたようだ。


「ごめんなさい、つい飲んじゃった」

「大丈夫だよ。僕のは別に買ってあるから、海瑠さん、遠慮せずに飲んで。暑いから熱中症になったら大変だよ」


 奏歌くんは私と自分の分二本もペットボトルを買っていて、どっちとも持っていてくれたのだ。ぼーっとしてそういうことに気付かない私と違って、細かいところにまで気配りのできるいい男だった。


「奏歌くんが毎年いい男になってて、私困っちゃう」

「僕、いい男になれてる?」

「出会ったときから私にとって最高の男前だったけど、年々格好良くなって、素敵で、優しくて、最高の婚約者だよ」


 素直に自分の気持ちを口にすると奏歌くんが頬を染めて喜んでいる。

 光が打ちあがって、一瞬遅れてドーンと音が鳴る。見上げれば空には巨大な花火が上がっていた。

 打ち上げ花火を見ながら奏歌くんと私は手を繋いでいた。周囲にひともいるが、早めに来ていたので私たちはいい場所で花火を見ることができた。

 ハート形の花火や、途中で色の変わる花火、菊花火、牡丹花火など、奏歌くんが三年前に教えてくれた花火が次々と打ちあがる。


「綺麗……」


 呟く私の手を奏歌くんが引っ張った。腕を引かれる形になって、屈んだ私に奏歌くんが目を閉じる。目を閉じても花火の光がちかちかと瞼の裏に焼き付いていた。

 唇を重ねて、離れると、奏歌くんが顔を真っ赤にしている。


「い、嫌じゃなかった?」

「ううん、素敵だった」


 花火の下で二人でキスをする。ロマンチックな夜を二人で過ごすことができた。

 これ以降奏歌くんが受験が終わるまで遊びに出掛けないと言っていたが、最高の思い出をもらったようで私は嬉しかった。

 花火が終わると手を繋いで奏歌くんがマンションまで送ってくれた。


「海瑠さん、お休みなさい。今日は楽しかった」

「私もとっても楽しかった。お休みなさい」


 夜遅い時間になっているのに、私が奏歌くんを送って行くのではなくて、奏歌くんが私をマンションまで送り届けてくれる。その扱いも私を婚約者と認めてくれているようで嬉しくなる。

 浴衣を脱いでシャワーを浴びながら、私は奏歌くんと口付けた唇に指で触れていた。

 奏歌くんの14歳の誕生日に初めて唇にキスをした。15歳の誕生日にも唇にキスをした。そして今日が三回目のキス。

 これまで二回の唇へのキスは、私からだったが、今回は奏歌くんからキスをしてくれた。

 胸がドキドキして、身体が熱い。

 奏歌くんの唇は渇いていて、私の手を引っ張った手は筋張っていた。


「奏歌くん……」


 いつかあの腕に抱き締められる日が来るのだろうか。

 出会って十年目の夏。

 奏歌くんは確実に大人に近付きつつあった。

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