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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
九章 奏歌くんとの九年目
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7.真尋さんのお礼

 真里さんの騒動が終わって、真尋さんと百合と私で篠田家で晩ご飯を食べさせてもらった。やっちゃんも仕事終わりに篠田家に寄って、茉優ちゃんの隣りの席で晩ご飯を食べている。少し狭いが篠田家では食卓の椅子を増やしたようだった。


「茉優ちゃんのお祖母ちゃんも来ることがあるし、沙紀ちゃんも来るかもしれないから椅子を買い足したんだ」


 元々六人用のテーブルに椅子を買い足して八人まで座れるようにしているので、美歌さん、奏歌くん、茉優ちゃん、やっちゃん、真尋さん、百合、私の七人でも座ることができた。


「豚肉の生姜焼きとキャベツの千切りに具沢山のお味噌汁と焼き茄子だけど」

「うわー豪華。晩ご飯はいつも軽く済ませるから、ありがたいわ」

「百合さん、いっぱい食べてね」


 手を合わせて歓喜の声を上げている百合に、遠慮している真尋さんも食べ始める。美歌さんの料理は奏歌くんのものと味が似ているので、私にはすごく美味しく感じられた。

 食べ終えてコーヒーを飲んで寛いでいると、真尋さんが小声で奏歌くんに聞いているのが耳に入って来た。ワーキャットの耳は鋭いので小さな音もとらえるのだ。


「百合さんに何かお礼がしたいんだけど、百合さんの好きなもの、奏歌くん分かる?」

「百合さんは手作りのお弁当が好きだよ!」

「手作りのお弁当……」


 呟く真尋さんに、奏歌くんが興味津々で聞いている。


「真尋兄さんは料理は得意?」

「母子家庭で母が仕事で忙しかったからね。料理は大概できるようになったよ」

「百合さんにお弁当を作ったらいいよ」


 兄弟の可愛い会話を聞きながら目を細めていると、百合が私の方に身を乗り出す。


「ダーリンに見惚れてるわね? 本当にラブラブなんだから」

「奏歌くん、最高に可愛いんだもの」


 こんな風に穏やかに話せるのも真里さんの脅威がなくなったおかげだ。今後真里さんに声をかけられても真尋さんは「また中二病のひとが何か言っている」としか思わないだろう。

 現代に吸血鬼がいるなんてことを普通のひとは簡単に信じたりしない。それを百合が上手に助けて教えてくれた。

 真尋さんとのスキャンダルが雑誌に載ったときにも百合は勇敢に経営陣と戦ってくれたし、私にとって百合は守護神のような気がしてくる。


「百合、いつもありがとう」

「私の旦那を守るのは当然よ」


 劇団に於いては男役トップスターと女役トップスターは夫婦のように振舞うべし。それを完全に実践している百合に私は感謝しかない。奏歌くんがいてくれたから男役トップスターになれたが、そこに百合の存在は欠かせないものだった。

 私にとって百合のいない人生なんて考えられない。


「百合、私が人間じゃないって言ったら、私のことも中二病だと思う?」

「海瑠は人間じゃないでしょ」

「え?」

「性別を超越した存在なのよ。人間じゃなくてもおかしくないわ」


 真里さんに関してはあれだけ懐疑的だったのに私に関してはあっさりと受け入れてくれる百合に驚いてしまう。


「私も人間じゃなくて、妖精さんだからね」


 劇団員はその美しさから妖精に例えられやすい。百合はそのことを言っているのだろう。


「百合は妖精の女王ね」

「あら、よく分かってるじゃない」


 納得して頷けば百合もまんざらではない顔をしていた。

 奏歌くんにお休みなさいを言って百合の車に乗せてもらってマンションまで送ってもらう。マンションに帰ると、バスタブにぬるめのお湯を溜めてゆっくりと入った。

 エアコンのきいた部屋の中で涼んでからベッドに入る。目を閉じると奏歌くんがハニーブラウンの目を煌めかせて微笑んでいる様子が浮かんで、私も微笑みながら眠りについた。

 早朝に目が覚めたのは虫の知らせだったのだろうか。

 起きてすぐに美歌さんからメッセージが入っていた。


『早朝にすみません。奏歌が蝙蝠になって戻れません。そちらに連れて行っていいでしょうか?』


 大丈夫だということをメッセージで送り返すと、美歌さんはすぐにやって来た。今日は美歌さんに送ってもらうということで、百合には迎えを断るメッセージを入れておく。

 美歌さんが蝙蝠の姿の奏歌くんを手の平の上に乗せて現れた。


「朝に蝙蝠になっていることは多いんですが、今日は果物を食べさせても戻らなくて」


 毎朝お弁当を作るために奏歌くんは早朝に起きてキッチンに立つ。それが今日は全然人間の姿に戻れなくてキッチンに立てなかったようなのだ。


「ごめんね、海瑠さん。今日のお弁当、ないんだ」

「気にしないで、奏歌くん。部屋に行って血を飲みましょう」


 奏歌くんとリュックサックを受け取って部屋に戻っている間、美歌さんはマンションの前に車を停めて待っていてくれた。

 部屋で奏歌くんがソファに座った私の首に歯を立てる。ちくりという僅かな痛みと、恍惚とするような感覚に目を閉じていると、奏歌くんは人間の姿に戻って私の前に立っていた。

 寝起きだったのでパジャマ姿の奏歌くんは、奏歌くんの部屋に入って着替えてくる。このためにリュックサックを渡されたのだと私は理解した。

 着替えた奏歌くんとマンションのエレベーターに乗って、美歌さんの元に戻って来る。


「奏歌も中学二年生になって、血が必要になってきたんでしょうね」


 毎日のように血が必要になるならば、奏歌くんの部屋はあるのだし一緒に暮らしても構わないと考えてから、私ははっと気が付く。


「同棲!?」

「え? どうしたの、海瑠さん」

「う、ううん、なんでもない」


 奏歌くんがまだ14歳だとしても同棲はちょっと早いような気がする。


「私の部屋に来た日は、帰りに必ず血を分けるようにしましょうか」

「お願いします、海瑠さん」


 同棲はできないので、折衷案として私は奏歌くんが来た日は帰りに血を分けることで美歌さんと奏歌くんと合意した。それにしても、お弁当がないのはちょっとだけ寂しい。

 そう思っていたら、稽古場に行くと百合が廊下で踊っていた。


「おはよう、百合。ご機嫌ね」

「海瑠ー私は手に入れたのよー!」


 歌うように言いながら百合は手に持っている箱を布で包んだようなものを高く掲げた。それが何か、私には何となく分かった。


「お弁当?」

「仲の良い劇団員さんと食べてくださいって、真尋さんがー」


 百合は歌うようにして言いながら踊っている。踊るほどお弁当が嬉しかったのだろう。


「私、今日奏歌くんのお弁当ないんだけどな」

「私は慈悲深い妖精の女王ー! 海瑠にもこの幸せを分けてあげましょう」


 歌って踊る百合に私も百合の腰に手を回して踊り出す。リフトをしても百合はお弁当を落とすことはないという信頼感があった。

 廊下で劇団の男役トップスターと女役トップスターが踊っているということで、他の劇団員も集まってくる。

 百合の持っているものに気付いた美鳥さんは、真月さんと共にダンスで合わせてくる。


「女王様、私たちにもその恩恵を!」

「我らが女王様、私たちにも慈悲をください!」


 即興のミュージカルが始まって、踊る百合が恭しく重箱の包みを差し出す。


「求めるものには与えましょう。それが女王の役目なのです」

「女王様万歳ー!」

「女王様最高!」


 真尋さんが作ってくれた重箱入りの大量のお弁当は、私と百合と美鳥さんと真月さんの四人で食べることになった。

 お弁当があるという期待感のためか、その日の百合の稽古は非常に出来がよく、私もそれに引きずられるようにして歌の伸びもよく、ダンスも軽やかだった。


「儚げな死の象徴もいいですね」

「海瑠さんにしかできませんね」


 美鳥さんと真月さんが称賛の声を送ってくれるが、私は儚げかどうかよく分かっていない。死の象徴なのだから、冷ややかに沈着であらねばならないような気がするのだが、私の死の象徴はそうは見えないようだった。

 演出家の先生からダメ出しはないのでこれでいいのだろうが、秋公演で成功するかは気になるところだ。

 昼休憩になると百合と私と美鳥さんと真月さんで食堂に行って重箱を囲んだ。奏歌くんのときのように紙皿と割り箸が準備されている。


「おにぎりは、カリカリ梅と、高菜と、昆布ですって。おかずは……」


 添えられていたメッセージを読みながら百合が説明してくれる。おかずの重箱を開けると、ぎっしりと中身が入っていた。ハムのような四角いものを焼いたもの、卵焼き、ちくわにキュウリを詰めたもの、枝豆、焼いた鮭……豪華なお弁当の中身に百合の目が輝く。


「いただきますー!」

「百合さん、真尋さんありがとうございますー!」


 美鳥さんと真月さんも遠慮なく取り分けている。

 ハムのようだが柔らかな食感のものが何か分からないまま、私は食べていた。真尋さんのお弁当は美味しくないわけではないが、奏歌くんの解説が欲しいと思ってしまう私だった。


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