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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
八章 奏歌くんとの八年目
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27.天ぷらでハッピーバースデー

 美鳥さんは180センチ、真月さんは177センチ。二人に入るドレスと少年の服がない。

 男役のトップスターになったので誕生日のディナーショーとお茶会は三日続けての公演となったが、そのためだけに美鳥さんに皇妃の黒いドレス、真月さんに少年時代の皇太子用の服が用意されるのだから、劇団の運営陣もこれをおかしいとは思っていないのだろうか。

 誕生日の公演の最終日はお茶会だけなので奏歌くんにチケットを渡す。奏歌くんは中学二年生になっていたが、塾には行っていないので土日は休みだった。部活もしていないらしい。


「海瑠さんのお誕生日のお茶会、行きたかったんだ。嬉しい」

「一応、二枚準備したんだけど……」

「あ! 真尋兄さんを誘えってこと?」


 少し前に奏歌くんは真尋さんを私が気にかけたら嫉妬していたから、どうかと思ったのだが、子どもっぽいことは言わずに了承してくれる。


「いいよ。でも、真尋兄さん、お母さんにチケット取られないかな?」

「そうだった。真尋さんのお母様もファンクラブ会員だったわ」


 真尋さんに真尋さんのお母様に莉緒さんに、私の周囲はファンが多いようだ。有難いことだ。こんなにも愛されていることを実感できるのも、奏歌くんのおかげのような気がしている。


「当日は真尋兄さんと行くからね!」

「うん、待ってる」


 無事にチケットを奏歌くんに渡すことができて私は安心していた。

 それにしても、練習する演目が酷い。

 私より長身の美鳥さんがドレスを着て歌うのに合わせてデュエットしたり、強引に引き寄せてダンスをしたりするのだが、どうしても美鳥さんの大きさは隠せない。


「このメンバーだと海瑠さんが小さく見えますね」

「私と海瑠さんは1センチしか変わらないんですよ」

「真月さん、巨大な皇太子じゃないですか」


 美鳥さんと真月さんは楽しそうなのでいいのだが、長身の皇妃と皇太子に挟まれる私は死の象徴としての迫力が足りないように思えてしまう。


「もっと恐ろしく、魅惑的に……」

「海瑠さんは練習で悩んでいても、本番になると役に入り込んじゃうひとだから」

「大丈夫ですよ」


 美鳥さんと真月さんはそう言ってくれるが、私は本気でやり遂げられるかを心配していた。これは秋公演の客寄せにもなるのだ。お客様には最高の演技を見て欲しい。


「お前を本当に手に入れるために、蘇らせよう」

「あなたのものになんてならないわ!」

「いつかはお前もこの手に堕ちて来る」


 声を裏返して高く保つ美鳥さんと演技を合わせるのだが、どうしても美鳥さんの立派な肩幅やしっかりとした足が目に入ってしまう。


「海瑠さん? 集中してます?」

「集中してるつもりなんだけど……」


 本番は百合がやる役なので安心だが、誕生日のディナーショーとお茶会はカオスになりそうな予感しかしていなかった。

 私の予想は当たって、シリアスな場面なのに当日、会場内はさざ波のようにざわめきが広がり、笑いを堪えているお客様までいた。

 規格外の皇妃と皇太子と雑誌に書かれてしまうのも仕方がない。

 最終日のお茶会には奏歌くんと真尋さんが来てくれた。劇場に入るときから待っていてくれて、ファンクラブの一員として真面目に順番を守っている二人の姿に誇らしくなる。知り合いと言えどもファンクラブのルールを守ってくれる奏歌くんと真尋さんは、公演にお招きしてよかったと心から思った。

 公演では前評判もあったせいか、最終日はそれほど笑われなかったけれど、それでも笑いを堪えているひとたちはいた。

 公演が終わって楽屋に戻ると、楽屋の前で奏歌くんと真尋さんが待っていてくれた。


「海瑠さんの死の象徴、ものすごくよかったよ!」

「美鳥さんと真月さんは、ちょっと予想外でしたけど」

「海瑠さん、素敵だった」


 真尋さんはちょっと笑っているようだったが、奏歌くんはハニーブラウンの目をキラキラと輝かせている。

 奏歌くんにとって満足のいく演技ができたのならばよかったと胸を撫で下ろして、二人に聞く。


「どうやってここに入ったの?」

「やっちゃんにお願いしてたんだ」

「これ、海瑠さんのお誕生日お祝いです。奏歌くんと食べてください」


 真尋さんから手渡されたのは有名店のチーズケーキだった。ふわふわのそれは、通販でも売れている人気商品だ。


「奏歌くんに何がいいって聞いたら、海瑠さんはチーズが好きと教えてくれました」

「とても嬉しいです。奏歌くんと食べますね。ありがとうございます」


 本当はファンからはお手紙しか受け取ってはいけないのだけれど、真尋さんはファンではなく奏歌くんのお兄さんとして私にプレゼントしてくれたのだと、喜んで受け取らせてもらった。

 真尋さんの車で送ってもらってマンションに帰ると、奏歌くんは晩ご飯の準備をしてくれていた。


「天ぷらだよ! 海瑠さん、目の前で天ぷらを揚げたのを食べたことある?」

「ない!」


 答えてから私は目を丸くする。

 奏歌くんはホットプレートのプレートがお鍋になっているものを用意してくれていて、そこに油をとぽとぽと注いでいた。トレイの上にはアスパラガス、ヤングコーン、大葉、サツマイモ、楊枝を刺した玉ねぎ、茄子などが乗っている。別のトレイに乗っているのは魚だろうか。


「これは何の魚?」

(きす)と太刀魚だよ」


 鱚と太刀魚。

 どちらも聞いたことがあるような気がするが、味の記憶は全くない。


「こっちには小柱と三つ葉も用意してるんだ」

「奏歌くん、揚げ物をしてもいいって言われたの?」

「うん。これまではやっちゃんとやってたけど、中学二年生になったから、そろそろ誰か大人がいるときにはやってもいいって言われたんだ」


 一人ではいけないけれど、誰か大人がいるときには油を使ってもよくなった奏歌くん。ますます料理が上達している。

 氷の入ったてんぷら粉を溶いた液を油の中に落として浮かんでくる時間で油の温度を見ているのもかっこいい。油の温度が上がると、てんぷら粉を潜らせて、次々とお野菜を上げていく。


「大根おろしとつゆで食べてね。お塩も美味しいよ」

「どっちにしようかな」


 奏歌くんの揚げてくれた、揚げたての天ぷらを食べる。サツマイモはほっこりと揚がっていて、ヤングコーンもアスパラガスも食感が楽しく、茄子はとろりとして、玉ねぎは甘くて美味しい。

 鱚の天ぷらが上がると、私は迷ったが大根おろしとつゆに浸けて食べた。口の中で蕩けるような美味しさと熱さに、はふはふと息が漏れる。


「すごく美味しい! あぁ、ご飯が欲しいわ」

「ちゃんと炊いてあるよ!」

「奏歌くん、完璧!」


 完璧すぎる13歳の奏歌くんは、炊飯器でご飯まで炊いていてくれた。お茶碗に盛って鱚の天ぷらと一緒に食べるとご飯が進む。


「太刀魚は大葉と一緒に巻くんだ」

「へぇ、美味しそう」

「美味しいよ」


 器用にくるくると太刀魚の身を大葉と一緒に巻いて奏歌くんが揚げてくれる。大根おろしとつゆに浸けて食べると、大葉がアクセントになってとても美味しい。


「最後はかき揚げだよ。バラバラにならないといいんだけど……」

「奏歌くん、頑張って!」


 三つ葉と小柱のかき揚げは纏めてそっと奏歌くんが油の中に落としていく。バラバラにならずに綺麗に纏まる姿に、私は拍手を送っていた。

 かき揚げは昆布塩で食べる。さっぱりとして箸が止まらず、お茶碗のご飯も全部なくなっていた。

 食べ終わって奏歌くんと二人で後片付けをする。

 食器類は軽く水で流して食洗器に入れて、トレイやボウルは手洗いする。


「最高のお誕生日だった」

「海瑠さん、まだだよ」

「え?」


 奏歌くんに指摘されて、私は冷蔵庫の中に入れた真尋さんから貰ったチーズケーキを思い出した。


「ハッピーバースデーの歌は僕が歌ってあげる」


 奏歌くんにハッピーバースデーの歌を歌ってもらって、私の32歳の誕生日は過ぎて行った。

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