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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
八章 奏歌くんとの八年目
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15.瓦蕎麦と海香からの大ニュース

 年越しはここ六年程篠田家で奏歌くんと過ごしているが、今年は茉優ちゃんが受験生だ。受験がどのようなものか私にはあまりよく分かっていない。歌劇の専門学校の受験は筆記試験と歌とダンスの試験があったはずなのだが、私の記憶にあまり残っていないのは、その頃は周囲に興味がなかったからだろう。

 奏歌くんにとって茉優ちゃんは姉のような存在だし、やっちゃんの運命のひとでもある。私も篠田家の吸血鬼である奏歌くんの運命のひとなので、茉優ちゃんは他人ではないような気がしていた。


「今年も海瑠さんはうちで年越しするよね?」

「いいのかな?」


 せっかく誘ってくれているが私は遠慮してしまっていた。茉優ちゃんは塾にも行かず家で勉強している。その邪魔にならないだろうか。


「茉優ちゃんのことを気にしてるのかな? 茉優ちゃんと学業の神様のところに参りしに行けばいいよ!」

「私がお願いするの?」

「お願いするひとが多い方が、神様も聞いてくれるんじゃないかな」


 奏歌くんの話では茉優ちゃんは志望校は合格圏内だそうだ。


「圏内ってなに?」

「合格できる実力があるってこと。私立だから茉優ちゃんは迷ってるけど、背中を押してあげて」


 私立と公立の違いも奏歌くんから聞くまで知らなかった私だが、茉優ちゃんの背中を押すことができるだろうか。不安はあったが私は篠田家で今回も年越しをすることに決めた。

 美歌さんが車で迎えに来てくれて大きなキャリーケースを乗せてもらって、車で篠田家に行く。部屋で勉強していた奏歌くんは私が来たのに合わせて、リビングに参考書や辞書を持って移動して来た。

 客間に荷物を置かせてもらって、奏歌くんの隣りに座ってお茶を飲む。緑茶は美歌さんが淹れてくれたものだった。


「晩ご飯はいつもの通り年越し蕎麦よ。海瑠さん、今年はちょっと違う感じにしてみるけどいい?」

「違う感じに?」


 よく分からないけれど、年越し蕎麦を食べられるのならば私に文句はない。年越し蕎麦でなくても、作ってもらえるものに文句を言うような私ではなかった。

 晩ご飯の時間が近付くと、お風呂の用意をした奏歌くんが私に言ってくれる。


「海瑠さん、先にお風呂に入って来て良いよ」

「それじゃ、遠慮なく」


 お風呂に入っている間にキッチンでは晩ご飯の準備が整っているようだった。私の後には茉優ちゃんが入って、茉優ちゃんの後には奏歌くんが入る。

 パジャマ姿の私と茉優ちゃんと奏歌くんのつくテーブルに置かれたのは、大きなホットプレートだった。


「瓦蕎麦って知ってる?」

「かわらそば? 河原で食べる蕎麦?」

「そっちじゃなくて、屋根瓦の瓦」


 聞いたことのない単語に聞き返すと奏歌くんが説明してくれる。


「茶そばに、牛肉と錦糸卵と海苔を乗せて、ホットプレートで下がカリッとなるまで焼くんだ。それをつゆに浸けて食べるんだよ」

「カリッと……」

「そう、カリッとなったところが美味しいんだって。炊き込みご飯のおこげみたいな?」


 テレビで見て美味しそうだったので奏歌くんは挑戦してみたかったのだと話してくれた。ホットプレートの上に緑色の茶そばが乗せられて、その上に炒めた牛肉と錦糸卵と海苔が乗せられる。じじじじとホットプレートが茶そばの底を焼いている音がする。


「みっちゃん、紅葉おろし使う?」

「もみじおろし?」

「大根に唐辛子を差し込んで卸した、辛い大根おろしだよ。僕は普通の大根おろしで食べる」


 教えてもらって私は奏歌くんと同じく大根おろしを選んだ。紅葉おろしは辛そうだったのだ。


「みっちゃん、辛いの苦手?」

「どうかな? 分からない。奏歌くんと同じがいいからそうするだけ」


 辛い物を食べたことがないというか、私は食べ物に薬味をほとんど使わない。奏歌くんが用意してくれる粒マスタードやネギは使うが、辛子やトウガラシを使った覚えはない。

 食べようと思えば食べられなくもないのだろうが、奏歌くんと同じものでないと安心できない私がいた。


「もう焼けてると思うよ。つゆに浸けて食べてね」


 奏歌くんに促されて私は底が硬くなった茶そばをパリパリと割りながら大根おろしの入ったつゆに入れた。食べると茶そばの風味とカリカリに焼けた部分がつゆを吸ってとても美味しい。ホットプレートに乗っている瓦蕎麦はあっという間になくなった。

 第二弾を奏歌くんとやっちゃんと美歌さんが準備してくれる。

 焼けたてを食べていると止まらなくなりそうだった。

 お腹がいっぱいになると茉優ちゃんは部屋に戻って勉強をして、奏歌くんはリビングで勉強をしながら年末の歌番組をちらちら見ている。


「私、年明けにテレビに出るかも」

「え? 専門チャンネルじゃなくて?」

「うん、歌番組のミュージカル特集でオファーが来てたって、津島さんが言っていたような」


 相変わらず津島さんの話をきちんと聞いていない私だが、奏歌くんは興味津々だった。


「いつ放映されるのかな?」

「いつだったっけ? えっと、ちょっと待ってね」


 海瑠ちゃんは話しを聞かないからメッセージで送っておきます。後で確認してください。

 そんなことを津島さんに言われていた気がするので奏歌くんとお揃いの携帯電話を取り出すとメッセージを確認した。津島さんからのメッセージに日時が書いてある。


「年明けの始めの仕事で収録で、放映は一月の半ばくらいね」

「録画予約しなくちゃ!」


 リモコンを持って奏歌くんが私の携帯電話を覗き込んで録画予約をする。私と百合と美鳥さんと真月さんの四人を中心にミュージカル曲を披露することになっていた。曲名は覚えて練習しているのに日程は覚えていない辺りがとても私らしい。


「すごく楽しみ!」


 録画予約をした奏歌くんはにこにこしていて、とても可愛かった。

 客間に泊まらせてもらって、次の朝には着物を着付けてリビングに出る。美歌さんはさくらに会うためか、今年は和服を着ていない。


「海瑠さん、私、身長がもうあまり伸びないみたいだから、来年から美歌お母さんが着物を買ってくれるって言ってくれてるんです。着付けを教えてもらえますか?」

「もちろん、教えるよ、茉優ちゃん」


 ワンピース姿の茉優ちゃんも来年からは着物を着るようだった。

 毎年行っている峰崎神社にもお参りに行った後で、少し遠くにある学業の神様を祀った神社にもお参りに行った。莉緒さんも誘っていたようで、駐車場で一緒になった。


「茉優ちゃんのこと、しっかりお願いしないとね」

「お祖母ちゃん、ありがとう」

「私も茉優ちゃんのことお願いするよ」

「僕も」

「まぁ、俺もするかな」


 みんなに言われて茉優ちゃんは嬉しそうだった。

 お参りをして莉緒さんがお守りを買って茉優ちゃんに渡す。私は奏歌くんに学業お守りと交通安全のお守りを渡した。

 お参りが終わると莉緒さんが茉優ちゃんと奏歌くんにお年玉を渡していた。


「今年もたくさん会いましょうね」

「はい、お祖母ちゃん」

「茉優ちゃんのお祖母ちゃん、ありがとうございます」


 お礼を言う茉優ちゃんと奏歌くんの姿に和む。

 お昼近くになっていたので、海香に連絡して海香と宙夢さんとさくらの家でご飯を食べさせてもらうことになった。

 インターフォンを押すとさくらが玄関で待っていた。


「みぃたん!」

「さくらちゃん!」


 美歌さんに飛び付くさくらを、美歌さんが受け止めて抱き締める。


「みぃたん、さく、ねぇねよ」

「え? さくらちゃん、お姉ちゃんになるの?」

「あい。ねぇね」


 驚いている美歌さんに私も聞いていないと海香を見る。


「二人目、どうしようか迷ってたんだけど、迷ってるうちにできちゃったのよね」


 海香の告白に私は苦笑するしかない。


「だって! さくらが! 美歌さんに! 夢中なんだもん! 私! 寂しくて!」


 そんな理由で二人目を考えていたのか。まぁ、確かにさくらは温泉旅館で部屋から抜け出そうとするくらい美歌さんに夢中だった。運命のひとだから仕方がないのだろうが。


「僕は二人目ができて嬉しいんですよ。海香さんには負担がかかるけど、支えていくつもりです」


 大らかな宙夢さんの態度に少しだけ安心する。

 今年も色々と忙しくなりそうだった。

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