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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
七章 奏歌くんとの七年目
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17.ローストチキンと茉優ちゃんの憂い

 クリスマスの特別公演は今年やった演目を中心に、過去の演目からシーンを切り取って演じる。今回は真月さんは男役の群舞のときにソロで歌う役をもらった。

 やっちゃんと私の噂話が消えてから、真月さんはすごく努力していたので、それが報われたようで嬉しい。私もトップスターとして歌わなければいけなかったし、男女混合のダンスでは中央で百合と踊らなければいけない。

 今回は美鳥さんとの殺陣も入っていた。

 百合とのデュエットダンスに、全員でのカーテンコールの歌まで、何度着替えて、何度舞台に走ったか分からない。

 無事にクリスマスの特別公演が終わった後には、私はへとへとになっていた。


「さすがにトップスターの出番は多かったでしょう?」

「百合、これを六年やって来たの? 信じられない……」

「私がよく食べるのも分かるでしょう?」


 百合が普段からたっぷり食べているが折れそうに華奢なのも、食べた分をすべて使っているからだと今ならばよく分かる。通常の公演よりもシーンごとの切り替えが多いクリスマスの特別公演は、早着替えや移動がものすごく大変だった。トップスターになるとこんなに出番があって大変だったのかと、これまでの退団して行ったトップスターの先輩たちを思い出して尊敬してしまう。

 クリスマスの特別公演の後は、役者たちも家族とクリスマスを過ごせるように反省会は後日で帰れるし、翌日は休みになっている。毎年のように駐車場で待ってくれている奏歌くんの元に行く。

 今年は運転は莉緒さんだったけれど、車に乗せてもらって篠田家に連れて行ってもらった。


「クリスマスの特別公演をあんないい席で見られるなんて素晴らしかったです」

「最高でしたよね!」

「夢のようでした」


 莉緒さんと沙紀ちゃんは感動を分かち合っている。二人は年齢を超えて仲良くなれそうだった。

 篠田家に行くと美歌さんとやっちゃんがご馳走を作って待っていてくれている。今年はローストチキンだった。若鶏が丸々焼かれているのに驚いていると、やっちゃんが奏歌くんにナイフとフォークを渡している。


「かなくん、ばらしてみるか?」

「いいの? 僕、やってみたい」


 意欲的に若鶏を解体する奏歌くん。


「ここの関節を外したら、もも肉が綺麗に取れるよ」

「分かった。やってみる」


 奏歌くんがやっちゃんに教えてもらって若鶏を解体している間に、美歌さんがソースを作って来てくれる。ワインとマスタードの入ったソースをかけて、大きなもも肉が私のお皿に乗せられた。


「こんなにいっぱい、いいの?」

「海瑠さん、たっぷり食べて。いっぱい動いたからお腹が空いたでしょう?」


 奏歌くんに言われて、私はお腹がペコペコなことに気付く。もも肉に最初はナイフとフォークで肉を外して食べていたが、そのうちに食べにくくなって、骨を持って齧りつく。

 ぱきんっと音がして、骨が割れたのが分かった。


「鶏の骨は中が空洞だから割れやすいよね。海瑠さん、口の中怪我しないように気を付けてね」


 骨を噛み砕いてしまっても奏歌くんは私を責めたりしない。マスタードのぴりっとするソースに付けて食べるローストチキンは、皮までパリッと焼けていてとても美味しかった。焼き野菜も一緒に食べて、お腹が落ち着いたところで、やっちゃんがケーキを出してくる。

 苺の乗ったタルトは、茉優ちゃんのお誕生日にタルトを買ったお店のもののように思えた。


「今日のタルトは莉緒さんからいただきました」

「ありがとうございます、莉緒さん」


 やっちゃんと美歌さんにお礼を言われて莉緒さんが微笑んでいる。


「夕飯はご馳走になるから、ケーキくらいはと思って、一人であのお店に行ってみたんです」

「苺のタルト! 僕、苺大好き! ありがとうございます!」


 きらきらと輝く粒のそろった苺に奏歌くんも大喜びだった。大きなホールのタルトをやっちゃんに切ってもらってみんなで食べる。

 楽しいクリスマスのはずなのに、莉緒さんの表情が優れない気がして、私が気にしていると、莉緒さんが言いにくそうに茉優ちゃんに話しかけている。


「実は、別れた夫が茉優ちゃんのことを調べて、死んだ息子の財産があるんじゃないかとか騒ぎ立てているらしいのよ……」

「お父さんの財産? おじいちゃんに関係あるの?」

「自分にも権利があるとか言い出したみたいで……もしかすると、茉優ちゃんのところに来るかもしれないから、気を付けてね」


 自分の息子が亡くなったときにも茉優ちゃんを引き取ろうとしなかった茉優ちゃんのお祖父さんが、お金のことになると茉優ちゃんに手を出そうとするのが浅ましい気がして、私も妙な気分になる。


「私たちも気を付けますね」

「よろしくお願いします、美歌さん、安彦さん」

「茉優ちゃんは守ります」


 やっちゃんにとっては茉優ちゃんは運命なのだから当然守るべき対象なのだろうし、茉優ちゃんはまだ中学三年生で未成年なので保護者になっている美歌さんの保護対象だ。

 茉優ちゃんの養育権を争われたら肉親であるお祖父さんに権利があると判断されないかが莉緒さんは心配なようだった。


「海香に相談してみよう……」


 私も茉優ちゃんを守るためなら手段は選ばないつもりだ。

 不穏な空気を吹き飛ばすように奏歌くんと美歌さんが立ち上がる。


「コーヒーがいいひと!」

「紅茶は僕が淹れるよ!」


 すっかりと紅茶を淹れるのも奏歌くんの仕事になってしまった。小学校六年生なのに奏歌くんは本当にできることが多い。


「私は紅茶で」

「私はコーヒーをお願いします」

「私も紅茶で」


 茉優ちゃんと私は紅茶、莉緒さんはコーヒーをお願いしていた。

 ケーキを食べ終わると毎年恒例の奏歌くんのおねだりが始まる。


「母さん、海瑠さんの部屋に行っていいでしょう?」

「本当にうちの子じゃないみたいね。学校から帰ると一番に海瑠さんの部屋に行くし」

「約束通りに宿題は終わらせてるよ! 朝も母さんのお弁当作ってあげてるでしょう?」


 私の部屋に来るためには、宿題を終わらせていることが条件のようだ。それに付け加えて、奏歌くんは私の分だけでなく美歌さんの分のお弁当も作っている。そんないい子のおねだりを美歌さんも断れるわけがなかった。


「明日の夜には迎えに行くからね。お惣菜、詰めちゃうからちょっと待って」


 こうなることを予想していたのであろう美歌さんはお惣菜を詰めてエコバッグに入れていた。

 沙紀ちゃんは莉緒さんの車で送って行ってもらって、私と奏歌くんは美歌さんの車でマンションまで送ってもらう。マンションのエントランス前で下ろしてもらって、奏歌くんが美歌さんと約束をしていた。


「明日、帰ったら冬休みの宿題をちゃんとするのよ?」

「海瑠さんの部屋でもするよ。持って来てるから」

「そういうところだけはちゃっかりしてるのよね」


 苦笑しながら美歌さんに送り出されて、奏歌くんはリュックサックを背負って私とエレベーターに乗った。小学校一年生のときには大きすぎたリュックサックも、もう小さくなって、擦り切れている。六年間大事に使ってきたのがよく分かる。


「来年の春には奏歌くんも中学生か」

「うん。できるだけ海瑠さんの部屋に行けるように、勉強頑張るよ」

「六年生の勉強って難しい?」


 部屋について宿題の冊子を見せてもらったけれど、私には何が何だかよく分からなかった。算数もこんなに難しかったのかと驚いてしまう。


「奏歌くんが大人になったみたい」

「まだまだ子どもだよ」


 でも、早く大人になりたい。

 夢見るように呟く奏歌くん。


「大人になったら海瑠さんとずっと一緒に暮らせるでしょう? 毎日、海瑠さんのご飯を作って、海瑠さんとご飯を食べて、海瑠さんが最高の役者として輝けるように、僕、サポートしたいんだ」

「専属のマネージャーになってくれる?」

「専属のマネージャー! 公私共にだね!」


 未来の話で盛り上がる私と奏歌くん。

 そんな日が早く来ればいいのにと思ったクリスマスだった。

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