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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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20.初めての年越し蕎麦

 我妻清という男は、妻子がいたが他の女性とも不倫をしていて、その女性に貢いでいたらしい。それで嵩んだ借金を私に背負わせるために近付いてきた。

 海外に一時期逃げていたがマネージャーの津島さんのおかげで背負わされた借金は我妻のものに戻っていたし、私は一銭も損をせずに済んだのだが、我妻は不倫と借金の件がバレて奥さんから離婚された。

 海香に教えてもらって調べてみると週刊誌が書き立てているせいか、情報は意外と集められた。

 それができたのも私には奏歌くんという運命のひとがいるという自信があったからだった。

 奏歌くんと出会って大事にされるまで私は舞台以外の自分に自信がなく、寂しさに任せて近付いてくる男性たちに翻弄された。奏歌くんに出会わなければ同じことを繰り返していたかもしれない。


「だから、奏歌くんには五百円を二枚上げても良いと思うんですよ」


 海外旅行用のキャリーケースを持って美歌さんに迎えに来てもらった私が力説すると美歌さんは楽しそうにきゃらきゃらと笑っていた。


「海瑠さんが上げたいなら構いませんよ。奏歌も来年小学生だし、買いたいものがあるかもしれませんし」


 お年玉のために私は今年作られた新品のぴかぴかの五百円玉を二枚準備していた。可愛いポチ袋も海香から習って準備している。


「それにしても大荷物ですね。女優さんだから必要なものがたくさんあるんですか?」

「お泊りが初めてで何を持って行けばいいのか分からなかったんです」


 正直に白状すると美歌さんは朗らかに答えてくれた。


「国内だし、足りないものはコンビニで何でも買える時代ですよ」


 そうなのか!

 コンビニで買えば良かったのか。

 急に生理になったらどうしようとか思って生理用品やサニタリーパンツ、着替えも多めに持って来たし、着物も一式入れてある。化粧品も入れて、防寒具も入れて、パジャマも入れてと荷物は多くなる一方だったが、海外旅行用のキャリーケースしか持っていないのが幸いして、全て入ってしまった。

 一泊のお泊りには多すぎたようで美歌さんには驚かれてしまったが。


「みちるさん、いらっしゃい。ぼくのへやにおふとんしいたんだよ」


 庭先で待っていてくれた奏歌くんが車を降りた私に飛び付いてくる。キャリーケースを下ろすと奏歌くんが押して運んでくれた。

 クリスマスにもお邪魔した一軒家だったが、あのときには事件の後で余裕がなくて奏歌くんの部屋までは見せてもらっていなかった。奏歌くんに導かれて階段を上って二階に行くと、南向きの日当たりのいい部屋に奏歌くんは招いてくれた。

 シングルベッドと学習机と椅子のある部屋は来年新一年生になる奏歌くんに相応しい。

 椅子は机の中に仕舞われて、床には私用のお布団が敷かれていた。同じベッドで寝るには奏歌くんのベッドは狭すぎるのだろう。一緒に寝たかったのにちょっと残念だったが仕方がない。

 荷物を置いて一階に降りるとやっちゃんが紅茶を淹れてくれた。


「ミルクは?」

「半分」

「半分?」


 聞き返されてしまったが奏歌くんと同じ飲み方しかしたことがないので、私にとってはミルクティーはミルクを半分入れるのが普通になっていた。


「きょうのばんごはんは、としこしそばなんだよ!」

「年越し蕎麦って普通のお蕎麦とは違うの?」


 蕎麦は知っているけれど年越し蕎麦は知らない。

 聞いてみると奏歌くんが解説してくれる。


「あなたのそばに、ほそくながくいられますようにっていうねがいをこめて、おおみそかにたべるのがとしこしそばなんだ」


 お正月と言えばお節料理とお雑煮はさすがの私でも知っていたが、大晦日にそんなイベントがあるなんて知らなかった。海香も教えてくれたらよかったのに。


「海瑠さん、海老は平気ですか?」

「アレルギーはありません」

「ぼくね、てんかす、いっぱいいれてもらうの。おだしをすって、おいしいんだよ」

「天かす……私も同じにしたい」


 キッチンで揚げ物をしている美歌さんの方を見ると、分かったというように頷いていた。

 夕飯まで少し時間があったので、奏歌くんの部屋で二人きりで過ごす。奏歌くんは私に話があるようだった。


「ぼくのとうさん、かあさんとけっこんしてないんだけど……ずっととしうえのきゅうけつきなんだって。としをとっても、きゅうけつきはおじいちゃんにならないから、いっかしょにすめないっていって、かいがいをとびまわってるの」


 今まで聞いたことのなかった奏歌くんのお父さんの話。

 それをする真意を私は知りたかった。


「ぼくがちをわけたら、みちるさんは、ぼくとかいがいをとびまわらなくちゃいけなくなるかもしれない……かあさんとやっちゃんも、ぼくがおとなになったら、べつのばしょにひっこすっていってるし」


 奏歌くんは奏歌くんなりに、自分が他の人間と同じだけの時間を生きるわけではないということに苦悩していた。


「みちるさんのへや、だいすきだけど、おひっこししなきゃいけなくなるかもしれないんだよ。それでも、ぼくのこと、すきでいてくれる?」


 たった6歳の奏歌くんの世界は狭い。家とやっちゃんの家と私のマンションと保育園が全てなのではないだろうか。それをいつか手放さなくてはいけないと考えるだけでハニーブラウンのお目目が潤んでくる。

 手を伸ばして私は奏歌くんを膝の上に抱き上げた。


「奏歌くんと一緒なら、どこに行っても楽しいだろうな」

「みちるさん、そんなにかるくいっていいの?」

「どこに行っても、奏歌くんは一緒にいてくれるんでしょう?」


 海外に行っても、別の場所で新しい名前で暮らすことになっても、奏歌くんだけは私を忘れない。奏歌くんだけはずっと私の傍にいてくれる。奏歌くんだけは私の人生に寄り添ってくれる。


「私、奏歌くんが吸血鬼で良かったと思ってるんだ。だって、年の差を気にしなくて済むし、奏歌くんと同じだけ生きられるんだもん」


 明るく言えば奏歌くんは私の胸に顔を埋めた。セーターの胸がじんわりと濡れる感触がする。


「みちるさん、ぼくがおおきくなるまで、まっててね」

「うん、待ってる」


 ベッドに腰かけて私と奏歌くんは抱き締め合った。

 美歌さんに呼ばれて一階に降りていくと、奏歌くんとお風呂に入るように言われた。着替えを持ってバスルームに行くと、奏歌くんが教えてくれる。


「こっちのハンドルが、おんどちょうせつ。こっちがシャワー。はんたいにまわしたら、じゃぐちからみずがでるよ」

「分かった。奏歌くんの髪と背中を洗うね」

「ぼ、ぼくも、みちるさんのかみをあらってみていい?」


 奏歌くんの髪と体を洗った後で、お風呂の椅子に座って私は奏歌くんの小さな手で髪を洗ってもらっていた。力は弱いけれど、一生懸命洗おうとしているのは伝わってくる。


「気持ちいいよ、奏歌くん」

「ほんとう? うれしい!」


 奏歌くんが洗った後仕上げに私が自分で頭皮を洗って、シャワーで流した。バスタブは私の部屋と変わらないくらいの広さで、二人で入ってもゆったりと寛ぐことができた。

 お風呂から出ると、ドライヤーで奏歌くんの髪を乾かす。


「ドライヤー、持って来たんですか? うちにもありますよ」

「あ、ホテルのドライヤーって壊れてたり、風が強すぎたりするから」


 奏歌くんの家にドライヤーがあることを想定していなかった私に美歌さんは笑っていた。


「かなくん、俺のドライヤーは嫌がるのに」

「みちるさんはやさしいし、あつくないもん」

「俺も優しくしてるよ?」

「やっちゃん、あついんだもん」


 やっちゃんに言う奏歌くんに私は優越感に浸ってしまった。

 年越し蕎麦をみんなで食べる大晦日。

 初めての体験だったが、奏歌くんの家族になれたようで私は嬉しかった。

 年越しの番組をテレビで見ていると奏歌くんの瞼がとろんと眠そうに落ちて来る。


「そろそろ寝ようか」

「うん……みちるさん、ねよう」


 奏歌くんの部屋に行くと私は布団に入る。ベッドに寝ようとしていた奏歌くんを手招きした。

 布団を捲り上げると、奏歌くんはすぐに気付いたようで潜り込んでくる。


「かあさんとやっちゃんにはないしょだね」


 約束したのに、翌朝起こしに来た美歌さんに見つかってしまって、「奏歌は甘えん坊なんだから」と言われるが、甘えたかったのは私の方だと胸中で呟いていた。

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