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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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2.運命のひとは六歳児だった!

 楽屋に入って鍵をかけると、私はハンカチをそっと広げた。

 茶色の塊は確かに蝙蝠だったが、まだ子どものようだ。体も小さいし、色も薄い。ハニーブラウンの篠田さんの髪の色と似ていると思っているとぱちりと目を開けた蝙蝠が動いた。


「みちるさん? なんで、おっきいの?」

「蝙蝠が喋った!?」


 この声は奏歌くんだとなぜか分かった。

 蝙蝠が喋ったことに驚いていると、蝙蝠の方も驚いている。


「え? ぼく、コウモリなの?」

「あなた、篠田さんの甥っ子の奏歌くん?」

「うん、ぼく、かなた」


 答える奏歌くんは自分が蝙蝠だという自覚がないようだった。

 どうすればいいのか迷っていると蝙蝠の奏歌くんが喋り出す。


「おやつあげちゃったから、おなかがすいて、げんきがなくなっちゃったの」

「お腹が空いたら蝙蝠になっちゃうの?」


 そんな人間がいるとは初耳だったが、幻聴でなければこの蝙蝠は奏歌くんの声で喋っているし、奏歌くんだと自分でも言っている。

 どうして自分が蝙蝠になったのか分からない奏歌くんと、どうすればいいのか分からない私。


「篠田さん! そうだ、叔父さんを呼んでくればいいかな?」

「う、うん……ひとりにしないでぇ」


 泣き声になっているのは蝙蝠になったのが心細いからだろう。私が守ってあげないといけない。奏歌くんを持ち上げると、ふらふらと奏歌くんが飛びあがった。


「いいにおいがする……」

「あ……っ!」


 首筋に噛み付かれたと思ったら蝙蝠の姿が解けて元のリュックサックを背負った男の子の姿に戻った。


「まずい!」

「え?」

「みちるさんのち、まずいよ!」


 不摂生のせいか私の血はとてもまずくて飲めるようなものではなかったようだ。男の子の姿に戻った奏歌くんが顔を顰めているのを抱き上げて、私は篠田さんのところに駆けて行った。篠田さんも奏歌くんを探していたようで、稽古場を駆け回っていた。


「瀬川さん……かなくん、瀬川さんのところにいたの? 勝手にいなくなっちゃダメだよ。探したんだよ」


 そのまま説教をされそうな奏歌くんのためにも私は篠田さんに説明をしなければいけなかった。


「奏歌くん……蝙蝠になったんですけど」

「え……嘘……。かなくん、蝙蝠になっちゃったの?」


 ぎくりと篠田さんの表情が固まる。これは何か裏がありそうだ。


「きがついたらなってて、みちるさんからすごくあまくていいにおいがして、かみついちゃったんだけど、すごくちがまずかったの」

「かなくん、瀬川さんのこと、噛んだの!?」


 倒れそうになっている篠田さんに私は「気にしなくて良いですよ」と言ったものの、目の前で蝙蝠が男の子の姿になったのを見てしまったのはまずい気がしていた。


「すみません、瀬川さん……ちょっと、説明をさせてもらえますか?」


 重大な話だと理解して私は奏歌くんを抱っこしたまま篠田さんを楽屋に招いていた。お茶もなければお菓子もないのだが、どうしようもない。楽屋の椅子に座ってもらって、篠田さんに説明を受ける。


「信じてもらえないかもしれないけど、俺とかなくんは吸血鬼なんです」


 吸血鬼。

 話で聞いたことはあるし、舞台で演じたこともある。

 実際にいるとは想像もしていなかったけれど。


「吸血鬼は生涯に一人だけ自分と同じだけの寿命を与えられる伴侶がいて、それが吸った血が誰よりも甘美に感じられる相手だという伝説があって」

「奏歌くん、私の血がまずいって言ってましたよ」

「それは、多分、貧血とかで……かなくんの運命のひとは……嘘だろ」


 篠田さんも認めたくないようだった。

 それでも奏歌くんは私に抱き付いたままではっきりと言う。


「みちるさん、いいにおいがする! ちも、おいしいものたべたら、おいしくなるんじゃないかな」


 子どもの柔軟さで自分が吸血鬼だということは奏歌くんは受け入れてしまったようだった。

 数々の男運の悪さの果てに、運命のひとがこんなに小さい男の子だという結論が出てしまった。


「奏歌くんはこんなおばさん嫌でしょ?」

「みちるさんはおばさんじゃないよ。げきで、すごくかっこよかった。すごくきれいだった。うたもじょうずで、ダンスもじょうずで、すごかった」


 興奮のままに聞かされる感想は素朴なものだからこそ私の心を打つ。今までに知り合った男性で一人でも私の舞台をこんなに称賛してくれた相手はいただろうか。

 私にとっては舞台が生きる場所で、いつか舞台の上で死にたいと思っていた。命を懸けるほどに私は舞台にのめり込んでいた。


「次の休みに、かなくんの母親とも話をしたいので、お手数ですがうちに来てもらえますか?」


 篠田さんの申し出を断ったらどうなるのだろう。

 二度と奏歌くんとは会えなくなるかもしれない。

 この小さな男の子が私は既に可愛く感じていたので、もう少し話を聞いても良いかと思ったのだ。

 稽古が終わってから電話で今日のことを姉の海香に話すと、海香は突拍子のない話なのに馬鹿にせずに真剣に聞いてくれた。それに関しては私の方でもちょっとした理由があるのだが、それは内緒にするということで海香と話がまとまり、海香が奏歌くんのお母さんと会うときに同席してくれる約束をしてくれた。

 海香の運転する車で奏歌くんの家まで行くと、菓子折りを差し出した海香が「あら」と奏歌くんのお母さんを見て声を上げた。


美歌(みか)さんじゃない?」

「あー! 瀬川先輩じゃないですか!」


 話を聞けば海香と奏歌くんのお母さんの美歌さんは高校の先輩後輩だった。

 昔話に花が咲く前に、私が切り出す。


「奏歌くんの運命のひとが私だって話なんですけど」

「奏歌は海瑠さんからいい匂いがしたって言い張ってるし、吸血鬼にとって運命のひとは生涯会えるかどうかも分からない伝説のようなものなんです。もし本当なら、この関係を大事にしたいと思っているんですが」


 そうでなければどうなるのだろう。


「吸血鬼だというのは内緒なんですよね?」

「はい……瀬川先輩とその妹さんなら大丈夫と思いますが、もし騒ぎ立てるようなら、私たちのことを忘れてもらうことになります」


 自分たちの記憶を消す能力が吸血鬼にはあると美歌さんは話した。そうでないと人間よりもずっと長く生きていることを怪しまれたりして、居場所を転々とするときに狙われる可能性があるからだ。


「奏歌くんのことを忘れる……」


 解けかけたチョコレートの包みを解いて渡してくれた奏歌くん。麦茶を水筒の蓋のコップに入れて飲ませてもくれた。

 可愛く優しい男の子。

 私が出会った中で最高の男性かもしれない。


「海瑠は男運が悪いんです。妻子持ちの年上の俳優に借金押し付けられて逃げられてから、食べ物も喉を通らなくなったし」


 それまでにも降り積もった男性関係の心労で食べ物が喉を通らなくなっていて、口にすると吐いていたのが、奏歌くんのお菓子は平気だった。あれから水分は喉を通るようになったし、少しだけ食べ物も食べられるように復活していた。

 奏歌くんが私を救ってくれたようなものだ。


「血が、必要なんですか?」


 お礼に血くらいあげてもいいと口にした私に奏歌くんが言う。


「みちるさん、ごはんたべないと。みちるさんのち、まずかった」


 そうだった。

 私の血は奏歌くんには薄くてまずいものだった。

 食べていないせいで貧血になっているのだろう。まずはそれを改善しなければいけない。


「それにほしいのは、ちじゃなくて、みちるさん」

「え?」

「みちるさんに、げんきになってほしい」


 優しい言葉に私は目が潤むのが分かった。

 純粋な幼い言葉でかけられる優しさがこんなにも染みるだなんて思いもしなかった。


「奏歌くん……」


 感動して奏歌くんの小さく湿った手を握り締めている間に、海香と美歌さんの間で私と奏歌くんのお試し期間の取り決めが始まっていた。


「姉さん、かなくんはこんなに小さいんだよ」

「運命のひとに出会えるなんて奇跡みたいなものなんだから、絶対に手放しちゃダメ。奏歌を海瑠さんのうちにお休みのときに預かってもらいましょう」

「姉さん」

「海瑠は家事ができないだけど」

「お弁当とお惣菜を持たせます。作るのは安彦だけど」

「ちょっと、姉さん!」


 篠田さんは反対しているが、話は進んでいく。常識派の篠田さんには申し訳なかったが、私も奏歌くんのことを忘れるのは嫌だったのでその話に乗ることにした。

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