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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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18.奏歌くん、6歳の悩み

 ランドセルのカタログ。

 私は自分のランドセルが何色か覚えていない。

 多分、スタンダードな赤だっただろうが、ランドセルの色を選ぶような興味は全くなかった。

 ミルクティーを淹れて奏歌くんと鳥籠のソファに小さなテーブルを置いて二人でランドセルのカタログを見る。

 黒や赤は当然として、青、緑、黄色、オレンジ、水色、薄紫、紺、ピンクなど色とりどりのランドセルがカタログには載っていた。このランドセルを奏歌くんが背負って小学校に行く。

 これまではイルカの柄のリュックサックを背負っていたが、これからはランドセルになる。奏歌くんが大きく成長したような気分になる。保育園で行う学童保育の説明会にも私は出るように言われていたのを思い出した。


「みちるさん、どれがいいかなぁ」

「奏歌くんはどれか決めてるの?」

「あおかみずいろがいいんだけど、みずいろはおんなのこむけなんだよね」


 水色は女の子に人気。

 不思議な気分で見ていると奏歌くんがページをめくって水色のランドセルを詳しく見せてくれた。


「ここにハートのししゅうがはいってるでしょ? こっちは、ラメがはいってるの。もっとシンプルなみずいろのがあったらほしかったんだけどな」

「水色って女の子の色なんだ」

「ランドセルはそうみたい」


 シンプルなものもあったけれど、今度は奏歌くんは値段のことで悩みだす。


「これはたかすぎるんだよね。しょうがっこうでつかうだけだから、そんなにたかくないのでいいんじゃないかなっておもうんだ」

「奏歌くんが六年間大事に使えば良いと思うよ。私、お金出すよ」


 言ってしまってから私は後悔した。

 すぐにお金を出すなんていうのが奏歌くんは嫌だったのだ。

 特に贅沢をせずに劇団で稼いでいる私にはそれなりの貯金があった。使うあても時間もないから貯まっているだけなのだが、それを目当てに近付いてくる男性はたくさんいた。

 奏歌くんはそんな男性とは全く違って、私にお金を大事にするように言ってくれる。


「みちるさんのおかねは、みちるさんがつかいたいものにつかって」

「奏歌くんに使っちゃダメなの? 奏歌くんに使いたいんだけど」


 どうしても奏歌くんの欲しいものは買ってあげたい。

 奏歌くんの笑顔が見たいのに、奏歌くんは表情が曇ってしまう。


「そ、そういうの、ヒモっていうんだって、ドラマでいってた」

「ヒモ!?」


 私がご飯を食べられるようにしてくれて、食事を毎食とるようになって、夜も寝つきが良くなって、仕事も充実しているのに、それを6歳の奏歌くんがヒモと認識していたなんて想像もつかなかった。

 そもそも、ヒモという言葉を6歳の子どもが知っているとは驚きだ。


「ヒモって何か知ってるの?」

「えっと……おかねをかせがずに、ほかのひとからおかねをもらってばかりのひと?」


 大体合っている気がする。

 奏歌くんは私の想像よりも賢かった。


「私は奏歌くんを預かることがあるから、奏歌くんの保護者の一人でしょう? 保護者が子どもに必要なものを買うのは、ヒモって言わないんだよ」

「そうなの?」

「誰かが奏歌くんにそんなことを言ったのかな?」


 問い詰めると奏歌くんはもじもじとしながら答えてくれた。


「ときどきおむかえにくるひと、じょゆうなんでしょって……だからおかねがあって、かなたくんはいいわねって……クラスのこのおかあさんが……」


 誰だか知らないけれど、そのクラスの子のお母さん許すまじ!

 奏歌くんは決してお金目当てで私に近付いてきたわけではないし、身体目当てでもない。それは奏歌くんと過ごした日々でよく分かっている。


「遠慮しないで! 美歌さんとやっちゃんには私から話しをする!」


 携帯電話で美歌さんにメッセージを送ると、お昼の休憩だったのかすぐに返事が返って来た。


『奏歌は遠慮して欲しいランドセルを私に言えなかったみたいなんです。お金は私が出すから、奏歌が欲しいものを選べるように背中を押してあげてください』


 美歌さんもちゃんと奏歌くんのことを考えていた。

 ハートの刺繍やラインストーンの付いていないシンプルな水色のランドセルを、気になってはいたけれど他よりも少し高めなので口に出せていなかった奏歌くん。こういうときこそ私の出番だと美歌さんは任せてくれた。


「美歌さんも奏歌くんが本当に欲しいものを買って欲しいって思ってるよ。小学校の間だけしか使わないって言ったけど、奏歌くんの小学校は一生に一度しかないんだから、一番気に入ったランドセルを背負って行って欲しい。きっとやっちゃんだってそう言うよ!」


 力説した私に奏歌くんは小さく頷いた。


「わかった……かあさんに、これをおねがいしてみる」


 奏歌くんは自分の欲しいランドセルを美歌さんに伝える決心をしたようだった。

 お昼ご飯は洗ったお弁当箱におかずとおにぎりを詰めて、テントの中で食べることにした。二人が入ると結構狭くなるのだが、真ん中に小さな折り畳み式のテーブルを置いて二人で向かい合って食べる。


「キャンプみたいだね」

「テント買って良かったな。いい買い物だった」


 鳥籠のソファも鳥籠のようなハンギングチェアもテントもハンモックも奏歌くんが来るようになって揃えたもの。それまでは広いリビングはがらんとしていて、大型のテレビとオーディオ類と簡素なテーブルセットがあっただけだった。

 何もないからあんなに寒かったのだろうか。それとも奏歌くんが来たから暖かくなったのだろうか。私はそのどちらともだと思っている。

 食後はハンモックで毛布にくるまって二人で少しだけお昼寝をした。

 お昼寝から起きると劇団のDVDを流しながら歌って踊る。奏歌くんもダンスがかなり上手になっていた。


「奏歌くん、身体が柔らかいんだね」

「からだがやわらかいほうがけがしないって、やっちゃんとストレッチしてたんだ」

「やっちゃんもストレッチするんだ」

「やっちゃんはこしがいたくなるから、ストレッチはかかせない! っていってた」


 劇団のポスターを作ってくれたり、雑誌の記事を作ってくれるやっちゃんこと篠田安彦さんの仕事を、知っているようで私はよく知らない。写真は撮影しただけでは使えなくて、様々な加工をするのだと百合は言っていた。そういう仕事をやっちゃんはしているはずだ。それに加えて記事を書くライターの仕事もやっているのだからすごい。

 体を動かさずずっと椅子に座ってパソコンを見続けたら腰も痛くなるだろう。

 やっちゃんのことを考えていて、私はあるDVDのことを思い出した。

 やっちゃんが焼いてくれたDVD。

 ほとんど使っていないノートパソコンを鳥籠のソファに持ち込んで、立ち上げてDVDを入れると、動画が再生される。


『てって、ないない!』

『かなくん、お手手繋がないと、道は歩けません』

『ないのー!』


 オムツでお尻がぷっくりした2歳くらいの奏歌くんが、お手手を背中に隠して手を繋がないと意思表示している。

 可愛すぎる。

 あまりの可愛さに悶えそうになった私に、覗き込んだ奏歌くんが悲鳴を上げる。


「やっちゃん、なにこれ!? みちるさんにこんなのみせないでよ!」

「やだ、可愛い。絶対見る!」


 続いての動画は遡って奏歌くんが1歳になる前くらいのハイハイをしている動画だった。何故か奏歌くんはオムツ一枚しか履いていない。


『姉さん、かなくんそっちに逃げたー!』

『奏歌、お洋服着ましょうね』

『あだー!』


 両手を広げて奏歌くんを捕まえようとする美歌さんから逃げて奏歌くんが爆走ハイハイしていくのをカメラは追いかけ続ける。


『安彦! 撮ってないで捕まえて! 奏歌が風邪を引く!』

『だって、可愛いし』

『安彦!』


 私も申し訳ないがやっちゃんと同感だった。可愛い奏歌くんのハイハイをもっと見ていたい。昔から奏歌くんはハニーブラウンのふわふわの髪の毛で、お目目が丸く大きかった。


「やっちゃんは、なんなの!? ぼくのはずかしいどうがを、みちるさんにわたして」

「可愛いのを選んだんじゃないかな?」

「やだ、はずかしい! みないで!」


 見ないでと奏歌くんに頼まれても私はついつい次の動画も見てしまう。

 つかまり立ちの奏歌くんがテレビの音楽にお尻を振り振り踊っている動画だ。オムツのお尻がぷっくりとしてとても愛らしい。


『かなくん、音楽大好きだね。奏でる歌って名前だもんね』

『うー! あー!』

『あー!? かなくーん!?』


 捕まっていたローテーブルの端から手を放してしまって、後ろに倒れていく奏歌くんと駆け寄るやっちゃん。ぶれぶれの画面が臨場感を添える。


「可愛すぎる……」

「もう、みちるさん、きらい!」


 余程恥ずかしかったのか奏歌くんは逃げてテントの中に籠ってしまった。奏歌くんがいないのにDVDを見るのは申し訳なくて、私はそれを取り出してもう一度ケースに仕舞う。


「奏歌くん、出てきて?」

「もうみないって、やくそくするまで、でてこない!」

「もう見ちゃダメなの? 可愛かったのに」

「やーだー! みちるさんのいじわるぅー!」


 珍しく奏歌くんが大きな声を上げて嫌がっている。

 これも珍しくて可愛くて動画におさめたいが私は撮るのが下手だし、奏歌くんを怒らせそうなのでぐっと我慢した。


「見ないから、出てきて」

「ほんとう?」

「うん、本当だよ」


 奏歌くんがいるときは見ない。奏歌くんがいないときに見よう。

 その一言は飲み込んで奏歌くんに約束をすると、奏歌くんはテントの中から出て来てくれた。


「もう一回踊ろうか」

「うん、おどろう」


 機嫌を直してくれた奏歌くんと私は手を取って踊り出した。


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