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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
六章 奏歌くんとの六年目
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24.男役トップスターのお披露目

 今年の春公演は私にとっては特別な公演だ。演目に関して納得がいかないところはあったとしても、私が男役トップスターに就任して初めてのお披露目公演となる。

 二番手のまま他のひとたちが私を追い越してトップスターになっては退団して行った六年間。同期の喜咲さんが男役のトップスターになったときには、私はもうトップスターにはなれないのではないかとも囁かれた。

 それが男役トップスターに選ばれて初公演を前にしている。

 役柄は男装の美女という男役トップスターとしてどうなのかと疑問を持ってしまうものだったが、物語の内容自体はダルタニアンに恋をした男装の美女アラミスが恋と友情との間で揺れ動き、最終的にダルタニアンと共に戦う道を選ぶという友情もので美しく纏められていた。

 私より先に劇団の脚本家になって劇団に入っていた海香は、やはり人気のある脚本家だというだけはある。途中のコミカルな部分も、男装を解いたアラミスがダルタニアンと踊るロマンチックな部分も、盛りだくさんに入った豪華な演目となっていた。

 ライバル役の百合も最終的には女として生きるのではなく、男としてダルタニアンの隣りで戦うことを選ぶアラミスを応援する同志となって、親友になるのだ。


「つまり、百合さんと海瑠さんもラブラブだし、海瑠さんと美鳥さんもラブラブってことですね!」


 公演のチケットを私に行ったときに沙紀ちゃんが前評判を聞いて言ったことは、ちょっと意味が分からなかった。

 男装の美女役の私と若き未亡人役の百合がラブラブで、私とダルタニアン役の美鳥さんもラブラブってどういうことだろう。詳しく聞くとますます訳が分からなくなりそうなので、そっと聞かなかったことにしておく。

 私の部屋の近くの公園までチケットを取りに来てくれた沙紀ちゃんは、何度もお礼を言って帰って行った。その後で部屋に戻って奏歌くんにもチケットを渡す。


「沙紀ちゃんと一緒に行くね。海瑠さんのアラミス、すごく楽しみ!」


 大事にチケットを抱き締めて、リュックサックの背中側の貴重品入れに仕舞う奏歌くんの可愛さに胸が高鳴る。もうすぐ六年生になるのに奏歌くんは少年らしい華奢な印象のままに背だけ伸びて、ほっそりとしていた。

 それでも玄関に脱いで揃えた運動靴が大きくなっていることには気付いていた。私も足は大きい方だけれど、奏歌くんは男の子なのでやはり手足がそこそこに大きい。手の平を合わせてみると、指の長さは私の方が長いけれど、手の平自体の大きさはそれほど変わらなくなっている。


「奏歌くんも大きくなってるんだね」

「僕は小さい方だよ。五年生で170センチ超えてる子もいるよ」


 奏歌くんは140センチを超えたくらいなのだが、同級生には170センチを超える子もいるようだった。その子に比べると奏歌くんは自分のことを小さいと思っているようだが、6歳のときから知っている私としては、手足も身長も大きくなったとしみじみしてしまう。


「奏歌くんは奏歌くんなりの成長でいいよ」

「僕が海瑠さんより大きくなれなくても、嫌いにならないでね?」

「なるわけないじゃない」


 奏歌くんのことがこんなに好きなのだ。

 身長が私より小さいからといって嫌いになるはずがない。

 思わず抱き締めてしまってから、嫌かと思って奏歌くんの顔を見るとほっぺたを赤くして嬉しそうに微笑んでいる。


「僕、海瑠さんのこと大好きだよ」

「私も、奏歌くんが大好き」


 抱き締め合ってから、鳥籠のソファに移動して奏歌くんが豹の姿になった私の頭を膝に乗せて撫でてくれる。


「初めて会ったときから海瑠さんに一目惚れして、結婚しようと思ってたけど、僕、結婚ってよく分かってなかったのかもしれない」


 6歳のときの奏歌くんは私に格好良くプロポーズしてくれたけれど、その頃は結婚というものがよく分かっていなかったと話してくれる。


「結婚したら赤ちゃんができたり、赤ちゃんを育てたり、子どもが大きくなった後もずっと一緒にいたり……結婚っていうことをすれば、僕は海瑠さんとずっと一緒にいられるんだと思ってたけど、そうじゃないんだよね」


 結婚しても別れてしまう夫婦もいるし、子どもができない夫婦もいる。6歳のときから六年間かけて奏歌くんは色々な形を見て来たのだろう。

 子どもができても可愛がらずに放り出した莉緒さんの旦那さん。その旦那さんと別れることを決めて離婚調停をした莉緒さん。子どもができて育っても、何がどうなるか未来のことは全く分からない。

 そういう例を見たからこそ、奏歌くんは結婚の意味をもう一度考えたのだと教えてくれた。


「僕は良いお父さんになれるか分からないし、海瑠さんにとっていいパートナーになれるかも分からない。でも、海瑠さんとずっとずっと一緒にいたい気持ちは6歳のときと同じだよ。ただ、結婚が終点じゃなくて、結婚した後も大事なんだって思い出しただけで」

「結婚は終点じゃない……そうだよね、結婚した後も奏歌くんとの人生は続いていくんだもんね」


 小学校五年生……もうすぐ六年生になるとはいえ、既に私との生活を考えてくれている奏歌くんに胸がじんと熱くなる。奏歌くんは私と長く一緒にいることを考えて、結婚が終着点ではなく通過点だということに気付いてくれていた。

 私も結婚してしまえば奏歌くんを独り占めできると軽く考えていたところがあったので、奏歌くんの言葉に深く考えさせられた。

 できれば一生奏歌くんを私一人のものにして、ずっと私を撫でていてもらいたい。


「猫が飼えるお家にしようよ」

「猫ちゃん?」

「うん、結婚したら猫を飼うんだ」


 結婚後のことも奏歌くんは想像しているが、猫が飼いたいという言葉にはちょっと私は返事をしかねた。猫がいたらきっと私とどっちが良いか争ってしまいそうな気がする。奏歌くんにとって一番の子猫ちゃんは私でいたいのだ。

 そんな子どもっぽいことを口にしたら呆れられそうだし、子どもが生まれたときも子どもと私とどっちが可愛いか争うかもしれないと危惧されそうな気がして、私は沈黙を貫いた。

 春公演が始まる頃には奏歌くんは六年生になっていた。

 春休み期間中に公演に来られるように初日のチケットを園田さんが確保してくれていて、奏歌くんと沙紀ちゃんは初日の劇場入りのときに並んで待っていてくれた。ファンクラブの皆さんにご挨拶をして、お手紙を受け取ってちょっとだけ沙紀ちゃんと奏歌くんに手を振って劇場に入る。

 男役トップスターとして初めて舞台に立つ日に奏歌くんが見ていてくれるというのは大きな勇気になった。

 楽屋でストレッチをして、最後の打ち合わせをして、軽食を摘まみながら化粧をして衣装に着替える。三銃士の衣装はダルタニアンも合わせて四人とも同じようなものだったが、私は胸に花が付いていて、マントに煌めくラインも入っている。


「よろしくお願いします! 春公演、頑張って成功させましょう!」


 劇団員で集まってコールをかけるのも私。

 本当に男役のトップスターになれたのだという実感がわいて来て、やる気に満ち溢れた舞台になる。

 国を憂いて立ち上がる三銃士とダルタニアン。ダルタニアンが酒場で若き未亡人に話しかけられているところを見て、胸の痛みを覚えるアラミス。


「女としての心は捨てたはずなのに」


 国を救うためにアラミスは女の心を捨てて、男として三銃士の一員となったのだ。しかし、どうしてもダルタニアンへの気持ちが捨てきれず、宮廷の舞踏会でドレス姿でダルタニアンと踊る。

 アラミスだということに気付いていないダルタニアンは、アラミスに囁きかける。


「あなたに似ているひとを知っています。とても勇敢で素晴らしいひとなのです。美しく……」

「ダルタニアン様」

「今だけは、全てを忘れて踊りましょう」


 二人のロマンスは一瞬だけのこと。

 一夜が終わればまたダルタニアンとアラミスは戦友に戻る。

 ルイ十三世の王妃の消えた侍女を探したり、枢機卿の陰謀を暴いたりと、物語は進んでいく。

 ダルタニアンと協力して事件を解決していくうちにアラミスはダルタニアンと長く共にいられる戦友という立ち位置を選ぶ。

 演目が終わってカーテンコールに出てくると、スタンディングオベーションで観客の皆様が迎えてくれた。


「今日は初日の公演をご覧いただきありがとうございました! 千秋楽まで走り抜けていこうと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 舞台挨拶も私で、本当に私は男役トップスターとしてその日、デビューを果たした。


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