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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
六章 奏歌くんとの六年目
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18.元旦の挨拶回り

 年明けは客間で着物を着ていると、美歌さんも客間に着物を着にやってきた。美歌さんは留袖にお太鼓結びで、私は振袖に飾り結びをする。お互いにちょっとずつ手伝って着物を着るのも毎年のことだ。

 一人でも着られるのだが時間がかかってしまうので、手伝ってもらえるのは本当に助かる。


「海瑠さんは出会った頃から着物が自分で着られたわよね」

「衣装で何度も着たことがありますから」


 早着替えの関係である程度省略されているが、着物は衣装で出てくる。それだけでなく新年の専門チャンネルの番組に出るときには着物を着なければいけないこともあって、専門学校時代に着付けはきっちりと叩き込まれた。


「歌にダンスに着付けまで教えられたの?」

「ピアノも歌の音取りのために覚えました」


 演劇の専門学校での二年間は本当に濃い時間だったと思い起こす。自分のしたいことだったので熱心にやれたが、そうでなかったら私はさっさと辞めていただろう。

 舞台に立ちたい。それだけを願って私は演劇の専門学校で頑張っていた。勉強は真ん中くらいだったけれど、ダンスと歌は高く評価されていた。


「海瑠さんの努力が、もうすぐ実るのね」


 年が変わって、今年の春の公演で私は正式な男役のトップスターになる。演目が三銃士で、アラミスが男装の美女であるとかいう倒錯的な内容だが、それもまた私だからできる脚本には違いない。


「海香の無茶ぶり、いい加減にして欲しいなぁ」


 ぼやきつつリビングに出ると奏歌くんがシャツとセーターとスラックス姿で待っていてくれた。やっちゃんは和服を着てテーブルにお節やお雑煮を並べている。


「明けましておめでとうございます、海瑠さん。今年もよろしくね」

「奏歌くん、私の方こそよろしくお願いします」


 挨拶をして席に着くと重箱のお節料理を奏歌くんが取り分けてくれた。海老の殻まで剥いてくれる勇姿に胸がドキドキしてしまう。


「海瑠さんの振袖が汚れないようにね」


 ハンカチを出して私の膝の上に置いてくれた奏歌くんは完璧な紳士だった。

 お節とお雑煮をいただいて、まずは奏歌くんと茉優ちゃんにお年玉を渡した。受け取ってお礼を言った後で二人はお年玉をお財布に移していた。やっちゃんと美歌さんからもお年玉が二人に渡された。

 お年玉を子どもたちがもらうと、恒例の神社へのお参りに行く。狛犬の代わりに狐の石像のある峰崎神社にお参りに行くと、沙紀ちゃんが巫女さんの姿でお神酒を配っていた。私たちに気付くと手を振って来る。


「新年のバイトなんですよ。お神酒、いかがですか?」

「これから車を運転するから」

「あー甘酒なら奏歌くんと茉優ちゃんも飲めたんですけどね」


 やっちゃんに断られて、沙紀ちゃんは残念がっていた。

 お参りを終えると、まず莉緒さんの家にご挨拶に行く。インターフォンを鳴らすと綺麗な着物を着こなした莉緒さんがまとめ髪で出てきた。


「茉優ちゃん、奏歌くん、よく来てくれたわね。いらっしゃい」

「明けましておめでとうございます、お祖母ちゃん」

「今年もよろしくお願いします、茉優ちゃんのお祖母ちゃん」


 挨拶をする茉優ちゃんと奏歌くんに莉緒さんが笑み崩れる。お年玉を渡されて二人はお礼を言っていた。


「孫が二人になったみたい。茉優ちゃんが篠田さんのお家に引き取られたおかげだわ」

「僕も、孫?」

「茉優ちゃんの弟みたいなものでしょう? それなら、私の孫みたいなものだわ」


 孫と言われて奏歌くんが嬉しそうにしている。

 お茶とお菓子をいただいて、莉緒さんの家を辞した。続いて海香の家に行く頃にはお昼ご飯どきになっていた。海香の家の近くでやっちゃんが車を停めて歩いていくと、家の中から泣き声が聞こえる。

 インターフォンを押すとさくらを抱っこした宙夢さんが出てきた。


「いらっしゃいませ。早く入って」

「さくら、どうしたんですか?」

「海香さんたちが来るって聞いたから、待たせてたら、お腹が空き過ぎたみたい」


 十時におやつは食べたのにもうお腹が空いて泣いているさくらを、美歌さんが抱っこしようとする。


「着物が汚れます」

「これ、洗える着物だから気にしないでください」


 美歌さんに抱っこされると、仰け反って泣いていたさくらはピタッと泣き止んで「みぃ?」と可愛い顔をしている。そのまま美歌さんのお膝でお昼ご飯を食べさせてもらったさくらはご機嫌だった。


「もう、美歌さんがうちにいて欲しい」


 もうすぐ2歳のさくらはますます自己主張が激しくなっているようで、海香はぐったりとしていた。宙夢さんのお手製のお節とお雑煮を食べる。

 お雑煮はお澄ましに丸餅、三つ葉と金時大根が入った、鶏肉のお雑煮だった。


「海香さんの家の味を教えてもらったんです」

「瀬川家の味よ」


 瀬川家と言えば私の家の味なのだろうが全然覚えていない。私にとってはすっかりと奏歌くんの家のお雑煮が自分の味になっていた。


「これはこれで美味しい」

「あんたって本当に食べさせ甲斐のない奴よね」

「海香のご飯、酷かったもん……」


 記憶に残っているのは卵の殻の入ったじゃりじゃりのオムレツと、水気の抜けていないびしゃびしゃの焼きそば。もっと酷いものも食べさせられたのかもしれないが、記憶に残っていないのでそれだけ嫌だったのだろう。

 食に興味のない人間に育ってしまったのは、海香にも原因があるのではないかと思ってしまうが、仕事をしつつ中学生だった私を育てた海香も大変だったのだろうと今は思えるようになった。料理が簡単なものではないことを奏歌くんに教えてもらって知ったからだ。

 奏歌くんに出会えなければ海香とこんな時間を過ごすこともなかっただろう。

 食べ終わる頃にはさくらの頭が美歌さんの膝の上でぐらぐらしていた。


「ねんねするひと?」

「あい!」


 お手手を上げて返事をして美歌さんにベビーベッドに連れて行ってもらうさくら。ベビーベッドで美歌さんが丸いお腹を撫でていると、さくらはすやすやと眠ってしまった。


「今年のさくらちゃんのお誕生日は何を上げたら良いですか?」


 さくらを美歌さんが寝かしつけている間に奏歌くんが宙夢さんと海香に聞いている。まだ一月も始まったばかりだが、一月は行く、二月は逃げる、三月は去ると、時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。三月のさくらの誕生日が奏歌くんは気になるようだった。


「食べ物だと喜ぶと思うわ。ものすごく食いしん坊だから」

「ケーキを焼こうかな。ね、やっちゃん、茉優ちゃん、さくらちゃんのお誕生日にケーキを焼かない?」


 お願いされてやっちゃんと茉優ちゃんが微笑んでいる。


「良いよ。シンプルなのが良いかもしれないな」

「私でもできるかしら」


 デコレーションのないシンプルなケーキを作ることで三人の話は纏まりそうだった。


「焼き菓子でもいいかもしれません。焼き菓子は日持ちがするから」

「ダメよ。さくら、あったらあるだけ食べちゃうわ」


 宙夢さんの提案は海香に却下された。


「ケーキを作ってくれるんだったら、美歌さんも来て一緒に食べて帰ってくれると嬉しいわ。残ってると、どこに隠しても『ちょあい!』ってうるさいからね」


 食べ物に関してこれだけ執着するさくらは逞しい。ぼーっと生きて来た私とは全然違うタイプのようだった。

 海香と宙夢さんからもお年玉をもらって、奏歌くんと茉優ちゃんはお礼を言って家に帰る。篠田家に戻ると私は振袖を脱いで普段着に着替えた。


「海瑠さんを送って行くんでしょ? 僕も泊まりに行って良い?」


 新年から奏歌くんが美歌さんにおねだりをしている。

 三が日は私もお休みなので奏歌くんが泊まりに来るのは大歓迎だった。


「本当に海瑠さんのことばかりなんだから。宿題は終わったの?」

「全部終わらせてる!」

「海瑠さん、良いですか?」


 堂々と宿題が終わったことを告げた奏歌くんに美歌さんの方が折れた。

 問いかけられて私は笑顔で返事をする。


「喜んで」


 三が日は奏歌くんと過ごせる。

 残り二日何をしよう。


「みっちゃん、お惣菜詰めるから、荷物纏めてて」


 やっちゃんが冷蔵庫の中を見て奏歌くんと私の分のお惣菜を詰めてくれる。

 今年も奏歌くんと過ごす時間がたくさん取れそうな予感に私はわくわくしていた。


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