16.クリスマスの日のストーカー事件
奏歌くんとまた会えるようになって私は調子を取り戻した。
クリスマスの特別公演には奏歌くんと美歌さんをお招きすることになっていた。前回の公演にも美歌さんは来たかったようなのだが、仕事が入っていて来られなかった。今回は奏歌くんだけではなく奏歌くんのお母さんにもいいところが見せられるかもしれないと私は張り切っていた。
「海瑠、声の調子もダンスのキレも良いわね」
「奏歌くんと奏歌くんのお母さんが来てくれるんだー」
「ダーリンへの愛なのね!」
百合は私が体調が良くなって、良い演技をして歌もダンスも良くなったことで、すっかりと奏歌くんを「ダーリン」と呼んで奏歌くん派になっていた。マネージャーの津島さんも奏歌くんには感謝しているので、劇団内で障害は全くない。
今回のクリスマス公演は海香が脚本に関わっているので、海香も劇団に何度も来ていた。
クリスマスの特別公演は一つの劇をやるわけではなくて、ここ数年でやった公演のメドレーを歌ったり、短いひと場面を演じたりする。クリスマスの一日だけの公演なのでチケット争いも熾烈だとは聞いていた。
それでも奏歌くんと美歌さんの分のチケットはきっちりと確保できたのは、津島さんのおかげでもあった。
「一時期ストーカーのせいで奏歌くんと会えなくて海瑠ちゃん、体調崩しそうになってたけど、また会えるようになって元気になりましたからね。海瑠ちゃんの健康を支えてくれる奏歌くんにはこれからも一緒にいてもらわないと」
こういうときは奏歌くんが6歳で良かったと痛感する。
劇団は恋愛が禁止なので大人の男性と一緒に過ごすことはできない。友達のつもりだった男性たちは酷い奴らばかりだったので、私は完全に縁を切っていた。
「海瑠ちゃんが変な男に騙されなくなったのも良かったですし」
奏歌くんがいるのに他の相手に目移りすることなんてない。私の人生に男性は奏歌くん一人でいいのではないかとまで私は思い出していた。
クリスマスの特別公演の当日、リハーサルを終えて衣装に着替えると百合と津島さんが楽屋に顔を出した。
「反省会は後日やるそうなので、今日は奏歌くんとお母様とクリスマスを楽しんで来てください」
「良いんですか?」
「みんなもクリスマスだから楽しみたいし、海瑠はダーリンと過ごしたいでしょ?」
一日だけの公演なので、その後の公演がないために反省会が明日以降に持ち越されることになった。劇団員や演出家さんもクリスマス当日なので家族と過ごしたいとか要望があったのだろう。
奏歌くんと楽しいクリスマスを過ごせるかもしれない。
急いでその旨を美歌さんにメッセージで送ると、返事が返って来た。
『うちでパーティーをしましょうか? 安彦も仕事から帰ってきたら呼びましょう。帰ってからご馳走作るから、遅くなるかもしれませんけど』
奏歌くんの家で美歌さんとやっちゃんとパーティー。
これは海香も誘わなければいけない。
できればその場で私は自分の秘密について打ち明けたいと思っていた。
海香にメッセージを送ると、海香も参加できるということで美歌さんにも了承を取る。
今日は特別な日になりそうだ。
期待に胸膨らませて挑んだクリスマスの特別公演。
全ての歌、全てのセリフ、全てのダンスの振り付けが完璧だった。
台詞が抜けることや、歌の歌詞を間違うこともよくあるのだが、前回から私は絶好調だった。百合がダンスの途中に靴が脱げて飛んで行ったのも上手にフォローできた。
最高の出来で終わった公演の高揚感に浸りながら、私はメイクを落として衣装を着替えて、美歌さんの車を停めているという駐車場に向かっていた。
道を塞ぐ不審な影。
冬というのにコートも着ていない、鍛え上げた筋肉がぱつんぱつんに見えているパンツしか身に付けていない男性が私の前に立っていた。
なにこれ! 気持ち悪い!
「海瑠、君のために鍛えたんだよ。あの写真、気に入ってくれた?」
手紙の中に混じっていた体の一部を撮った写真。あれは筋肉を誇示するためのものだったのか。
発想からして生理的に無理!
「筋力ゴリラなんて言われてる君に相応しくなるには、この方法しかないと思って」
男性が私の手を掴もうとする。
逃げるために身構えたら、男性の後ろに美歌さんと奏歌くんが見えた。まだ距離があるので私には気付いていないが、気付いたらどうなるのだろう。
このストーカーは奏歌くんがどうなるか分かっているかと手紙に書いて寄越した。私が逃げてしまったら、この男性は奏歌くんと美歌さんの方に行くかもしれない。
「さぁ、車に乗って、お姫様」
暗がりの中、奏歌くんと美歌さんが私を探しているのが分かる。
「みちるさーん?」
可愛い奏歌くんの私を呼ぶ声が聞こえる。
この声は目の前の男性に聞こえていないわけがない。
「かあさん、みちるさんが」
「海瑠さん?」
美歌さんと奏歌くんが私に気付いたときには、私はストーカーの車に乗っていた。ストーカーの車は少し走って近くのラブホテルに入る。駐車場から直接部屋まで行ける作りのラブホテルからどうやって逃げようかと考えている間に、エレベーターに詰め込まれてしまった。
腕を掴んで引っ張る男性の息が荒い。強く腕を掴まれてそこがじんじんと痛んだ。
「海瑠、クリスマスに俺たちは結ばれるんだ」
「放して! あなたなんか、興味ない!」
分厚い胸を突き飛ばして部屋に入る前に逃げようとすると、ストーカーが携帯電話を見せた。液晶画面に映っているのは奏歌くんの姿だった。
「この子を可愛がってるんだろう? こんな小さな子、腕を捻ったら簡単に折れるだろうなぁ」
「かな……その子に何もしないで!」
「俺の言うことを聞くなら何もしない」
写真を撮っているということは奏歌くんの家や保育園を突き止めたのだろうか。そうだったら奏歌くんが危ない。
心配をしている間に私は怪しい雰囲気の部屋に連れ込まれていた。
「暖房が効きすぎてる……タバコ臭い」
窓を開けたストーカーはそれで満足したのか、じりじりと私の方に迫ってくる。
ベッドに押し倒されそうになったときに、私の胸の上にぽとりと茶色い小さな塊が落ちた。
「奏歌くん?」
「みちるさん、だいじょうぶ?」
どうしよう。
私一人ならば逃げる方法がないわけでもないのに、奏歌くんが助けに来てしまった。
「逃げて、奏歌くん」
「みちるさんをおいてにげられない」
ひそひそと小声で喋っていると、ストーカーが訝しそうに私を見ている。胸に張り付く奏歌くんを私は急いで隠そうとしたが、それより先に奏歌くんは人間の男の子の姿に戻っていた。
「どこから現れた!? 邪魔だ!」
ストーカーが乱暴に奏歌くんを引き剥がす。体が軽いので奏歌くんは吹っ飛ばされて床の上に尻もちをついた。尻もちをついている奏歌くんに構わず、私のコートを脱がそうとするストーカーを私は思い切り突き飛ばす。
尋常ではない腕力で突き飛ばされたストーカーは、ベッドから落ちて頭を打ったのかふらふらと立ち上がった。
「どうしても拒むのか。それならこの子を……」
「おまえなんか、だいきらいだ! みちるさんににどとちかよるな!」
立ち上がった奏歌くんが私とストーカーとの間に入って叫んだ。
奏歌くんのハニーブラウンの目が血のように真っ赤になった気がした。
「みちる……み……あれ? なんで俺はここにいるんだ?」
ストーカーの様子がおかしくなったのに気付いて私は奏歌くんを小脇に抱えてラブホテルから走り出ていた。
安全な場所に避難してから警察に連絡すると、ラブホテルにストーカーを確保に行ってくれた。
警察の話を聞いて私は驚く。
「しらばっくれてるのか分かりませんが、この男性は完全に瀬川さんのことを忘れていますよ」
警察に迎えに来てくれた美歌さんが、私を家に連れて帰ってくれた。
帰りの車の中で美歌さんが話してくれる。
「海瑠さんの匂いを辿って、奏歌、蝙蝠になって飛んで行っちゃって。海瑠さんが無事でよかったです」
「ありがとうございます。奏歌くん、あんな危ないことしちゃだめだからね」
「ごめんなさい、どうしてもみちるさんをたすけたくて」
ストーカーが私のことを完全に忘れたのは、吸血鬼が正体がバレそうになったときに相手の記憶を奪う能力だったようだ。小さな奏歌くんはそれを使ったことはなかったけれど、私を守るために本能的に使ってくれたようだ。
「ありがとう。かっこよかったよ。奏歌くん、大好き」
これでもう奏歌くんに危害が及ぶこともなければ、あのストーカーが私をつけ狙うこともない。
全てが奏歌くんのおかげで、私は心から奏歌くんに感謝した。
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