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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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13.ストーカーの影

 舞台は大成功だった。

 カーテンコールが鳴りやまず、最後には客席のお客様が立ち上がって拍手をしてくれた。アンコールでは私と百合がデュエットダンスを踊った。百合の身体をリフトして回転するところもものすごく安定していて、百合がリフトされたままで体の位置を美しく保てているのが分かった。

 客席の前の方に座っている奏歌くんに声をかけたかったけれど、舞台は舞台。感想も今日は反省会があるのですぐに聞くことはできない。メイクを落として着替える合間に『今日は来てくれてありがとう』とだけやっちゃんにメッセージを打つと、『かなくんがとても喜んでいました。ありがとうございました』という返事が返って来た。

 反省会で初日だったので幾つかの改善点は挙げられたが、これまでにない出来だったと演出家さんにも褒められた。


「海瑠、今日は物凄く良かったわ」

「私もすごく良い感じだった」

「全部ダーリンのおかげかしら」


 揶揄うような百合の口調に、私はそれを否定できなかった。夏の初めの頃は休憩時間毎に死にそうになっていたのに、奏歌くんが訪ねてくるようになって、お泊りもしてくれて、私は生活がかなり変わった。

 真面目に食事も摂るし、ぐっすり眠ることができるようになった。

 初日も終わってファンから送られたお手紙を受け取ってマネージャーの津島さんに部屋に送ってもらう。劇団ではファンからの差し入れはお手紙だけは許可されているのだ。

 車の中でお手紙を見ていたら、奏歌くんからの分が入っていた。

 大きな字で一枚の便箋に「みちるさ」と書かれて、次の一枚に「んすき」と書かれていた。


「小学校に行ってないのに、字が書けるんだ……」


 篠田奏歌という差出人の名前はやっちゃんか美歌さんに書いてもらったのだろう。暖かな気持ちの伝わるお手紙にほっこりしていると、差出人が書かれていない手紙を見つけた。


「津島さん、これ」


 嫌な予感がしながらも開いてみて、私は津島さんにそれを見せる。車を道の脇に止めて津島さんがそれを確認した。


「これは……警察に相談した方がいいかもしれませんね」


 中身は自分の体の一部を撮った写真と、「海瑠、もうすぐ迎えに行く。今度こそ二人で幸せになろう。俺を拒むなら、あの子どもがどうなるか考えるんだな」という脅迫状だった。


「あの子どもって、奏歌くんのこと!?」

「そうでしょうね……奏歌くんの保護者の方にも連絡してもらえますか?」

「分かりました」


 せっかくの舞台の大成功で高揚していた気持ちがしぼんでいくのが分かる。美歌さんとやっちゃんに連絡すると、それぞれに気を付けてくれるという返事が返って来た。


「多分、以前に海瑠ちゃんの部屋に押しかけて来たストーカーでしょうね」


 接近禁止命令は出ているはずなのに、まだ私を追いかけているようだ。

 このせいで奏歌くんをもう預けられないと言われたらどうしよう。

 不安になる私に津島さんが言ってくれる。


「マンションの管理人さんにも伝えますし、警察にも巡回を増やしてもらうようにお願いしましょう」


 奏歌くんのいない生活なんて考えられない。

 いざとなったら私が奏歌くんを守らなければいけない。

 ゴリラと言われる腕力もこのためにあったのだったら、今まで言われてきたことも全部気にならなくなる。

 翌日も公演で奏歌くんに会うことはできなかった。

 公演が始まると土曜日と日曜日は必ず舞台が入っているので、平日が休みになる。休みの平日に合わせて、美歌さんが奏歌くんの保育園を休ませてくれた。


「奏歌がどうしても海瑠さんと過ごしていって言ってて。保護者がお休みの日は保育園はお休みしても良いことになっているんです。海瑠さんも奏歌の保護者みたいなものだから」


 公演期間は毎日が充実しているので寂しさなんて感じたことがなかったはずなのに、奏歌くんと出会ってから奏歌くんと会えない日は部屋に帰ると部屋がとても寒いような気がしていた。

 まだ残暑の季節なのに、クーラーもかけずに震えて眠る私に、奏歌くんの来訪は闇の中に光が差し込んだようだった。


「舞台はとても楽しいの。でも、終わって帰って来ると、部屋が寒いのよ」

「きょうはぼくがいるよ」

「うん、あったかい」


 奏歌くんの体調を考えてクーラーをつけても部屋が寒いとは感じない。部屋に上がると奏歌くんは興奮した様子で話してくれた。


「ぶたいのうえのみちるさん、すごくかっこよかった! ほんとうにおとこのひとみたいだった! おんなのこをおいかけてもんのまえでうたうの、すてきだったし、さいごのふたりのダンスもさいこうだった!」


 こんなにも素朴で熱のこもった感想を直にもらえることがあっただろうか。そういえばと奏歌くんのお手紙を持って来る。


「お手紙書いてくれたんでしょう? すごく嬉しかったよ」

「かみがちいさくて、もじがいっぱいかけないの」


 奏歌くんの幼い手ではまだ小さな文字を書くのは難しいようだった。


「きれいにかこうとおもったら、じがどうしてもおおきくなっちゃって、かんがえてることぜんぶかけなかった」

「奏歌くんが私のこといっぱい好きなんだって伝わって来た。すごく嬉しかった」


 ありがとうとお礼を言うと奏歌くんの頬が赤くなる。

 ミルクティーを淹れて二人で飲んで部屋で寛いだ。

 奏歌くんはずっと私に舞台の歌のリクエストをしてくる。


「ほかのひとのきょくも、うたえる?」

「全部歌えるよ」

「あのおんなのこのうたってたきょく」

「これかな?」

「そっちじゃなくて……」


 午前中は舞台の話をして、歌を歌って過ごした。

 お惣菜を選んで温めて、お昼ご飯にして、午後は奏歌くんと劇の音楽をかけて踊る。ダンスを教えると奏歌くんは砂が水を吸うように覚えていった。

 ソファを端に寄せてスペースを作って二人で踊る群舞。ポーズを決めるのまで奏歌くんはとても上手だ。


「奏歌くんって、歌を奏でるで、私にぴったりな名前だね」

「うんめいだからだよ」


 休憩して冷たい麦茶を飲みながら話していると、ふとあの脅迫文が頭を過った。私が自分のものにならなければストーカーは奏歌くんを襲ってくるかもしれない。


「みちるさん、げんきがなくなっちゃった。どうしたの?」


 心配されて私は素直に奏歌くんに脅迫文のことを白状していた。


「変なひとが、私を自分のものにしたいんだって。できなかったら奏歌くんがどうなるかみたいなことが書かれててね」


 説明すると奏歌くんも眉を下げて困った顔になっていた。


「やっちゃんとかあさんから、そのはなしはきいたんだ。ぼうはんブザーもかってもらって、リュックサックにつけてる」

「ごめんなさい、私のせいで奏歌くんを危険な目に遭わせるようなことになって」


 心底申し訳ない。

 口を突いて出て来た謝罪に、奏歌くんはふるふると頭を振る。ハニーブラウンの柔らかな髪がふわふわと揺れた。


「みちるさんがわるいんじゃないよ! みちるさんにへんなおてがみかいたひとがわるいんでしょ? みちるさんはあやまらないで」


 優しく言われて私は奏歌くんの小さな体を抱き締める。


「ありがとう……なにかあったら奏歌くんのことは必ず守るからね!」

「みちるさんは、じぶんのしんぱいをして」

「奏歌くん……分かった、危ないことがないように注意する」


 手間はかかるが劇団への行き帰りは津島さんが送り迎えしてくれるし、休日はできるだけ外に出ないようにしていた。そんな不自由をストーカーのせいで強制させられるのは不本意だったけれど、私の身が守れなければ色んなひとに迷惑がかかる。

 何より、私はストーカーのものになるつもりなど全くなかった。


「奏歌くん、私、もっと色んなことができるようになる」

「みちるさん?」

「電子レンジも使えなかった、ご飯も炊けなかった、洗濯もできなかった、紅茶も淹れられなかった、緑茶も淹れられなかった、でも奏歌くんと出会ってできることがいっぱいになった」


 今では薬缶に麦茶のパックを入れて水を注いで煮出して、粗熱を取ってボトルに入れて麦茶を冷蔵庫に常備しておくことまでできるようになったのだ。奏歌くんと出会う前の私では考えられないことだった。


「ぼくも、いろんなことができるようになる。いっしょにがんばろうね」


 差し出して握ってくれた奏歌くんの手は湿って暖かかった。

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