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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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12.小さな嫉妬と公演初日

 私の生活は奏歌くんを中心に回っていた。

 美歌さんに聞いたお惣菜の宅配サービスで何食分か選べるので、奏歌くんの来る日の分を増やして注文する。あまり飲みたがる方ではないが、蝙蝠になってしまったときに奏歌くんに血が美味しいと思ってもらえるように、冷凍のお惣菜を電子レンジで温めて、炊飯器で炊いたご飯と一緒に朝晩食べるようになった。

 そのせいか私は前よりも動きが良いと言われていた。


「海瑠、最近ダンスのキレが良いわよ。調子いいのね」

「ご飯食べてるからかな」

「海瑠さんがちゃんとご飯食べてるんですか?」


 幼馴染で親友の百合に言われて、後輩の団員に聞かれて私は胸を張る。

 

「炊飯器でご飯が炊けるようになったんだからね! 洗濯もできるようになったし、紅茶だって淹れられる!」

「嘘っ!? 海瑠が!?」

「海瑠さん、何があったんですか!?」


 心配されるほど驚かれてしまった。


「そうか……あの男前のダーリンは海瑠を変えるほどいい男だったのか。今度海瑠をお願いしますって挨拶しなきゃ」


 百合は奏歌くんのことを知っているのですぐに察したようだった。

 稽古の終わりに差し入れのお饅頭が残っていた。今日はこれから奏歌くんを保育園にお迎えに行く日だ。奏歌くんにこのお饅頭を食べさせたい。


「この余ってるお饅頭、もらってもいいかな?」


 声をかけると団員がざわめいた。


「海瑠さんが自分から食べ物を欲しがっている!?」

「海瑠さんがいつもいらないって言うから、海瑠さんへの差し入れを食べてたんで、海瑠さんに権利はもちろんありますけど」

「海瑠、食べることに目覚めたの?」


 団員と百合に言われて私は奏歌くんのことを考えて顔がにやけてしまった。


「今日は奏歌くんがお泊りなんだ」

「奏歌くんって、海瑠のダーリンね!」

「前に篠田さんと来てた小さな子ですよね」

「うん、すごく男前でかっこよくて可愛いの!」


 惚気たつもりだったが団員と百合はなぜかしみじみとしている。


「海瑠さんにご飯を食べさせられる存在がいたなんて……なんて有難い」

「ずっと一緒にいてくれるといいわね、ダーリン」

「大きくなって飽きられないでくださいよ」


 大きくなったら奏歌くんは私に飽きる。

 そんなことを言われて私は呆然と立ち尽くした。

 今は6歳の幼さで私のことを大好きでいてくれるけれど、大きくなるにつれて私のような何もできない女はダメだと気付くのではないだろうか。そうなったときに奏歌くんが去って行ったら、私はきっと生きていけない。

 やっと奏歌くんがいてくれてご飯も美味しくて、毎日が楽しくなったのに。


「逃がすなってそういうこと?」


 海香も言っていた奏歌くんを逃がすなというのはそういうことだったのだろうか。ようやく気付いた私は、奏歌くんを迎えに保育園に急いでいた。

 保育園の門は大人しか開けられない位置に鍵がある。それを開けて入ると、奏歌くんの6歳児クラスに向かう。6歳児クラスは帰る前の紙芝居の時間だった。

 集まって座る子どもの中で髪の色の薄いハニーブラウンの奏歌くんはよく目立つ。


「かなたくん、わたしのとなりにすわってよ」

「かなたくん、いっしょにみよう」


 同じくらいの年の女の子二人に挟まれている奏歌くんを見て、私はどきりとした。今は私のことが好きだと言ってくれているけれど、大きくなったら自分と同世代の女の子が良いと言い出すかもしれない。

 立ち竦む私に奏歌くんが振り返った。

 ハニーブラウンの瞳がパッと輝く。


「みちるさん、おむかえにきてくれたの?」

「う、うん。紙芝居、良いの?」

「うん、おむかえがきたら、せんせいにいってかえっていいんだよ」


 紙芝居も両隣りに座っていた女の子も振り返らずに、奏歌くんは部屋にいたもう一人の先生にお迎えが来たことを知らせていた。先生が連絡帳の位置を教えてくれる。


「お昼もよく食べてましたし、元気に過ごしていましたよ」

「せんせい、またあした!」

「はい、奏歌くん、また明日」


 先生とハイタッチをして奏歌くんはリュックサックに荷物を纏めて私と手を繋いだ。紙芝居にも他の女の子にも勝った優越感を抱きながら私は奏歌くんをタクシーに乗せて部屋まで連れ帰った。


「きがえはせんたくしちゃう? それだったら、あしたきていけるんだけど」

「うん、洗濯しちゃおうか」


 晩ご飯の前にお風呂に入る奏歌くんに、炊飯器でご飯を炊いてから、私も脱衣所で服を脱ぐ。脱いだ服は洗濯機に入れて、液体洗剤を入れてボタンを押す。洗濯機が回っている間にお風呂に入って温まって、晩ご飯のお惣菜を選んだ。


「サラダチキンだって。これ、あしたのあさごはんにしよう」

「サラダチキンは明日の朝ご飯ね」

「ごもくにと、ぶりのてりやき! これ、2つずつあるよ」

「それじゃ、それにしようか」


 電子レンジで温めている間に、電気ケトルでお湯を沸かしてフリーズドライのお味噌汁をお湯を注いで作った。

 炊き立てのご飯と鰤の照り焼きと五目煮を食べて、デザートに私はお饅頭を取り出した。バッグの中でちょっと潰れていたけれど、中の餡子ははみ出ていない。


「これ、稽古場の差し入れなんだけど、奏歌くんと食べようと思ってもらって来ちゃった」

「えぇ! きぐうだね。ぼくも、やっちゃんに、おねがいしたものがあったの」


 リュックサックを探って奏歌くんが取り出したのはお茶の入った袋だった。上がチャックになっていて、粉茶と書いてある。


「おゆでも、おみずでもとかせる、いれるだけでりょくちゃがつくれるおちゃなんだ」

「緑茶とお饅頭! ぴったりだね!」

「ね! すごいね! きせきみたい!」


 私がお饅頭を持ち帰った日に奏歌くんは私の部屋で飲もうと粉茶をやっちゃんにお願いして買ってもらって持ってきていた。あまりにもタイミングが良すぎて驚いてしまう。

 沸かしたお湯が少し冷めていたのでそれでマグカップに粉茶を溶かして緑茶を作って、お饅頭と一緒に頂く。外側はもちもちで中は甘いこしあんのお饅頭に、緑茶はよく合った。

 食べ終わるとお腹がいっぱいで、奏歌くんはソファで少し休んでいた。その間に私は保育園の連絡帳を確認する。

 保育園の送り迎えのために、私は海香に協力してもらって様々なものを揃えた。その一つが体温計である。毎朝保育園に行く前に検温して体温を連絡帳に書いて行かなければいけないとやっちゃんのメモには書いてあった。


「みちるさん、せんたくがおわってるみたい」

「あ、忘れてた」


 回したままだった洗濯機のところに行って、洗濯物を取り出して、空き部屋に設置した洗濯物干しスタンドに干していく。パンパンと皺を伸ばすのも忘れない。


「お洗濯もできて、ご飯も炊けて、紅茶も淹れられる……今日は、緑茶も淹れられるようになっちゃった」

「すごいね、みちるさん」

「奏歌くんのおかげだよ」


 奏歌くんがいると私の世界が広がる気がする。

 舞台以外に興味のなかった私が人間らしい生活をできているのは全部奏歌くんのおかげだった。

 翌朝は奏歌くんを保育園に送って行く。


「ぶたいであおうね!」

「待ってるね」


 検温した体温を書いた連絡帳を担任の先生に渡して、奏歌くんとハイタッチをして私は劇場に向かった。

 今日が秋公演の初日。

 奏歌くんを劇場に招いている日でもある。

 メイクやセットにも気合が入る。

 今回の劇は「レ・ミゼラブル」、いわゆる「ああ無情」と訳される原作を題材にしたものだった。貧しさゆえに盗みを働いた主人公が、捕まって修道士に突き出されるが、修道士はそれをあげたのだと言う。それから改心した主人公は親を亡くした女の子を引き取り、街の名士となって生きていく。

 百合が育った女の子役で、私はその女の子と恋に落ちる革命を志す貴族青年の役だった。

 稽古は見てくれていたけれど、衣装を着てメイクをして髪もセットした状態で、全編通してみるのは初めての奏歌くん。

 奏歌くんの目に私がどう映るのか。

 場内アナウンスが流れて客席の灯りが落とされる。


「頑張ろう!」


 百合の号令に劇団員が一斉に頷いた。

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