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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
四章 奏歌くんとの四年目
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24.入り待ちをする沙紀ちゃんと奏歌くん

 沙紀ちゃんと奏歌くんが来る春公演の日、劇場の出演者入口の前に並ぶファンの中に奏歌くんと沙紀ちゃんの姿があった。ファンは入会順に番号があって、その番号順に整列して私が劇場入りをするのを待っているのだが、奏歌くんと沙紀ちゃんは後ろの方だった。

 一人一人からお手紙を受け取っていると、奏歌くんの番になったらそっと囁いてくれた。


「母さんが沙紀ちゃんとなら行って良いよって言ってくれたんだ」


 美歌さんと一緒に行くと公演時間ギリギリにしか来られないことが多いが、沙紀ちゃんと一緒ならば私が劇場入りする時間に待っていることもできるわけだ。これからは沙紀ちゃんと一緒に奏歌くんが来たがるかもしれないと思いながら、朝から二人を見られていい気分で劇場に入った。

 簡単なリハーサルをして、楽屋で化粧をして衣装に着替える。私は今回は有名バレエダンサーなので、普段着にバレエの衣装と着替えが多かった。

 幕開けから春公演は全く普段とイメージが違った。

 バレエの曲が流れて私が幕が上がると一人踊り出す。それを観客に見せながら、舞台の後ろの方で主人公の男性が私の演じる有名バレエダンサーを使った会社の宣伝を任される場面が入る。

 私は踊りながら舞台袖に入って素早く部屋着に着替えた。

 次は主人公の男性との初対面の場面だ。

 有名バレエダンサーの滞在するホテルにやってきた主人公の男性は、ホテルのドアを叩いて有名バレエダンサーを叩き起こす。

 最悪の出会いから、少しずつ友情が生まれ、有名バレエダンサーは潰れかけたバレエ教室のメンバーと一緒に舞台を作り上げていく。

 踊りっぱなしの舞台だったが、私は汗だくになりながらも最後まで演じ切った。

 最後にバレエ教室のヒロインは海外留学の権利を勝ち取り、主人公の男性は有名バレエダンサーの右腕として引き抜かれて、三人で海外へと旅立つ。

 演目が終わると慌ただしく着替えてダンスだ。

 男役と女役のダンス、男役の群舞を終えて、百合と華村先輩がデュエットダンスを踊っているのを確認しながら、カーテンコールの衣装に着替える。

 華やかさが売りの劇団なのだから、どこまでも気は抜けない。


「本日はお越しいただき誠にありがとうございました!」


 華村先輩の挨拶に劇団員全員で頭を下げると、拍手喝さいと共にスタンディングオベーションが起きる。

 今回の公演も大成功だった。

 沙紀ちゃんと奏歌くんは帰ってしまうが、私は反省会を終えて、明日に備えなければいけない。

 帰りの鞄の中に沙紀ちゃんと奏歌くんの書いた手紙が入っているのは、私の楽しみだった。ファンの方から頂くお手紙は全部大事に読んで保管しているが、奏歌くんからのお手紙は特に大事な私の宝物である。


「『海瑠さんの演技が大好きです。歌う声も、ダンスもすごくすてきです。これからもがんばってください』……奏歌くんったら」


 私の名前も漢字でしっかりと書けるようになっているし、文面も長く書けるようになっている。便箋に文字が入り切れなくて「だいすき」とだけ書かれたお手紙も嬉しかったが、文章がきっちり書かれているお手紙も嬉しくて堪らない。

 枕元に置いて、その日は何度も奏歌くんのお手紙を読み返して眠った。

 沙紀ちゃんのお手紙は漫画のような絵が描かれていて、よく意味の分からないことが書かれていたけれど、私のことがとても好きなのだというのは伝わって来た。

 春休みなので奏歌くんが平日にも私の部屋に来られる。

 この機会を私は逃すつもりはなかった。

 奏歌くんも同じ思いのようで、私が休みの日に前日からお泊りにやってきた。私の部屋でお留守番をするのは慣れているので、公演の間はお留守番をしてもらっていて、急いで帰ってくる。ちょうど昼公演だけだったので、夕食までには帰ることができた。

 ご飯を炊いて、奏歌くんと順番にお風呂に入る。


「海瑠さん、疲れたでしょう? 先にお風呂に入って良いよ」


 優しい奏歌くんは私を労ってお風呂の順番を譲ってくれた。ゆっくり湯船に浸かって寛いで出ると、入れ違いに奏歌くんが入る。髪を乾かしていると奏歌くんがパジャマ姿で出て来た。


「今日の晩御飯はマーボードウフだよ」

「中華なんだ」


 朝に送り届けてくれたやっちゃんが持たせてくれたお惣菜は今日は麻婆豆腐だった。


「卵スープも持って来たんだ。本当はユーリンチーや、餃子も海瑠さんに食べさせたいんだけどね、まだ僕、揚げ物は無理だし、餃子は包めるけど、焼けないんだ」

「ユーリンチーって何?」

「鶏のから揚げのネギソースかけだよ」


 食べたことのないユーリンチーという料理が思い浮かばない。餃子は食べたことがある気がするが、ユーリンチーは分からない。


「食べてみたいな……」

「揚げたてが美味しいから、冷えちゃうとね……」


 持って来ることのできない揚げ物料理。無理なものよりも今食べられるものに集中しよう。

 麻婆豆腐を温めると、奏歌くんはご飯の上に乗せてしまった。フリーズドライの卵スープもお湯で溶かす。


「四年生になったら、クラブ活動が始まるんだよ」

「クラブ活動って、何?」

「自分で選んだクラブに入って、したいことをするんだ」


 小学校には四年生からクラブ活動というのがあって、茉優ちゃんは手芸クラブに入ってペーパークラフトや縫物をしているらしい。


「奏歌くんは何クラブに入るの?」


 問いかけると、麻婆豆腐をご飯の上にかけて麻婆豆腐丼にしていた奏歌くんがほっぺたにご飯粒を付けながら顔を上げる。


「お料理クラブだよ!」


 なんて奏歌くんにぴったりのクラブ!

 それならばクラブ活動も楽しいだろう。


「お菓子を作ったりするから、持って来られる日は海瑠さんに残しておくね」


 春休みが明ければ奏歌くんは四年生。

 夏の誕生日には10歳になる。

 10歳というのが何となく引っかかる。

 茉優ちゃんが10歳のときになにか行事があったような気がするのだ。


「成人式……は20歳だし……なんだったっけ?」


 呟いた私に奏歌くんがほっぺたにご飯粒を付けたまま教えてくれた。


「ハーフ成人式だよ」


 茉優ちゃんのときはそんなものがあるのだとただ聞いていたが、奏歌くんもそんな年齢になったのだと感慨深くなってくる。


「20歳の半分は10歳でしょう? 成人の半分まで育ったことをお祝いするんだって」

「奏歌くんのお祝い……私も出て良いのかな」


 聞いてみると奏歌くんは首を傾げている。


「茉優ちゃんのときは、母さんが仕事で行けないから、やっちゃんが仕事を休んで保護者として出席したよ」

「それ、美歌さんわざと仕事を休まなかったんじゃない?」

「多分ね」


 茉優ちゃんがやっちゃんに来て欲しいけれど、自分からは仕事を休んでくれるように言い出せなかったのを、美歌さんが気を回した可能性は十分にあった。

 そんな美歌さんならば、私も参加して良いと言うのではないだろうか。

 食べ終わるとお茶を飲んで食休みをしている間に、いそいそと私は携帯電話を取り出した。

 美歌さんに確認のメッセージを送る。


『奏歌くんのハーフ成人式に私も出たいんですけど、どうですか?』


 メッセージは食器を洗い終えてから返って来た。


『海瑠さん、来年のできごとなのに気が早いですよ。奏歌には祖父母もいないし、父親も参加することはないので、海瑠さんが参加してくれたら喜ぶと思いますよ』


 快い返事をもらって私は携帯電話を持ったままガッツポーズをする。


「海瑠さん、どうしたの?」


 歯磨きを終えた奏歌くんが近付いてきたので私は携帯電話の液晶画面を見せた。美歌さんの返事を見て奏歌くんも喜ぶ。


「来年の一月なんだけど、もう海瑠さんが来てくれることが決まっちゃった!」


 10歳の奏歌くんの半分の成人式を私もお祝いすることができる。

 まだまだ先の出来事だけれど、私は奏歌くんの成長を祝える日が楽しみでならなかった。


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