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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
四章 奏歌くんとの四年目
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20.結婚式のリハーサルと本番

 年の瀬も迫った頃に私と奏歌くんと百合は、海香と宙夢さんの結婚式のリハーサルに参加していた。まだ参列者のいない結婚式場で、私がドレス姿の海香を薄紫のパンツスーツでエスコートしてタキシード姿の宙夢さんのところまで連れて行く。

 宙夢さんに海香を渡すと私は脇に下がることになっていた。

 海香と私の年齢差は五歳。私が小学校一年生のときに海香は六年生で、小学校に行きたくないとごねる私を引きずって連れて行ってくれた。海香がいなければ私はまともに学生生活を送れていないだろう。

 歌とダンスの教室に入ったのも、海香が通いたがったからだった。海香は10歳から、私はそれに引きずられて5歳から歌とダンスの教室に通った。そこで百合と出会ったのだから、百合との間を結んでくれたのも海香だった。

 両親が亡くなってからも、海香と一緒に暮らした。両親の遺産で私を歌劇の専門学校に入れてくれたのも海香だった。

 たった一人の姉が結婚するとなると涙も出るのかもしれないが、胸を渦巻くのは海香との思い出だった。


「海香の作ったオムレツ……酷かった」

「ちょっと、海瑠?」

「卵の殻がじゃりじゃりして……」


 海香は料理が下手なわけではないけれど、とても雑でときどきダークマターを作り上げる。食べれるようなものではないそれを、食に関心のない私は何となく口に運んで、ますます食べることに興味がなくなった気がする。

 苦手で食べるのが怖かった卵焼きも、奏歌くんのものは大好物になっていた。

 結婚式のリハーサルの最中に呟く私を海香は綺麗なドレスなのに歪んだ顔で見つめていた。

 本番さながらに結婚指輪を置くリングピローというハート形の可愛い小さなクッションのようなものを持って、奏歌くんが参列者の席を抜けて真っすぐに歩いてくる。リングピローの上に乗っているリングを受け取って、海香が肘まである白い手袋を外して、宙夢さんに指輪を着けてもらっている。宙夢さんも海香の手によって指輪を着けてもらった。


「僕、ちゃんとできた?」

「最高に可愛かった……あぁ、本番は私、写真撮れないんだ」


 可愛い奏歌くんを激写したい。

 しかし、私は海香側の家族で挨拶をしたり、最後には参列者の方々を送り出したり、やることが多くて写真を撮るまでに至らない。

 苦悩する私に、奏歌くんが表情を引き締めた。


「海瑠さん、僕、海瑠さんのためなら、手段は選ばない」


 真剣な面持ちにどきりと心臓が跳ねる。

 奏歌くんは何をしようとしているのだろう。

 子ども用の携帯電話を取り出してどこかにメールを送る奏歌くん。すぐに返事が来た。


「海香さん、カメラマンを雇いました。無料で良いそうです」

「え? どういうこと?」

「僕の父さんカメラマンなんです」


 世界的に有名な賞も何度も取っているカメラマンが海香の結婚式の撮影に来る。真里さんというひとは人格的に若干問題があるので心配だったが、その点も奏歌くんはちゃんと気を付けてくれていた。


「父さん、僕を撮るときにだけは、それに集中して、悪巧みとかできないから、安心して。僕の写真がものすごく多いだろうけど、他のひともちゃんと撮るようにお願いしてるから」


 真里さんの人格を知り尽くした奏歌くんの頼もしい言葉に、私はホッと胸を撫で下ろす。海香の結婚式はカメラマンも確保された。

 年越しは毎年のように篠田家にお邪魔して、新年のお雑煮をいただいて、峰崎神社に初詣に行って過ごした。

 一月の始め、まだ奏歌くんが冬休みの間に海香の結婚式は行われるので、新年が明けてすぐには最後の準備で大忙しだった。

 引き出物や帰りに渡すお菓子など、手配するものが多い。私はそれほど手伝えなかったが、海香と宙夢さんは大変そうだった。

 結婚式当日はとても寒くて小雪がちらついていた。

 海香はお腹がちょっと出てきているので胸のところで切り替えがあるふんわりとしたドレスを着て、宙夢さんは白いタキシードに身を包んでいる。

 百合と津島さんご夫婦と劇団関係者が少しと、やっちゃんと美歌さんと茉優ちゃんと奏歌くんに私だけの小ぢんまりとした身内だけの結婚式。

 式場には真里さんもカメラを持って入っていた。

 準備の段階からカメラで写真を撮っていく。

 参列者が結婚式場に入って、後から宙夢さんが入場して、最後に私が海香をエスコートして宙夢さんのところに連れて行く。

 参列者の前で誓いの言葉を口にする、人前式というもののようだった。


「私、瀬川海香は、葛木宙夢と結婚し、新しく生まれてくる家族と共に、幸せな家庭を築くことを誓います」

「私、葛木宙夢は、瀬川海香と結婚し、健やかなるときも病めるときも、生涯変わらず愛し、共に生きることを誓います」


 そこで海香のヴェールを宙夢さんが捲ってキスをするはずだったが、海香は自分でヴェールを外してしまった。そのヴェールを宙夢さんの頭にかける。

 結婚式のヴェールを上げる儀式には、それまで両親に守られていた花嫁を今度は花婿が守るという誓いの意味があるらしいのだが、海香には両親はいないのだからこういう行動に出たのだろう。


「私が一生守ってあげる。私の色に染まりなさい!」


 堂々と宣言して宙夢さんに被せたヴェールを上げた海香に、宙夢さんは頬を染めて「はい」と答えていた。

 誓いのキスに真里さんのシャッターが何度も切られる。

 指輪の交換で奏歌くんの出番が来た。

 奏歌くんはセーラー襟のシャツを着て凛々しくリングピローを持って歩いてくる。奏歌くんの差し出すリングピローから海香と宙夢さんが結婚指輪を取ってそれぞれにはめる。

 完璧なリハーサル通りの流れだ。

 奏歌くんが登場してから真里さんのシャッターを切る勢いが激しくなった気がするのは置いておくことにする。

 披露宴の席では私から海香に感謝の手紙を読み上げた。


「両親が亡くなってから、姉としてずっと私を心配してくれた海香。海香が結婚するというのは、本当に嬉しいことだと思っています。これからは宙夢さんと海香自身の幸せを追求して行ってください」


 続いて百合が海香に花束を渡す。


「海香さんは私にとって姉のような存在です。両親が揉めていて家庭に居場所がなかった時に、海香さんがいつでも来て良いと言ってくれたこと、本当に支えになりました。これからも私の姉のような存在としてよろしくお願いします。本当におめでとうございます」


 花束と手紙を受け取る海香は本当に幸せそうだった。

 奏歌くんと同じテーブルについて食事をしようとしても、お祝いを言いに来るひとや、劇団関係者に話しかけられてしまって、なかなか落ち着けない。

 妊娠している海香はお酒は全く飲めないので、結婚式ではソフトドリンクだけになっていたのは助かった。お酒は飲めないわけではないが、味があまり分からないし、美味しいのか分からない。

 百合もお酒が飲めるが飲むと陽気になるから、お酒の出る場所では気を付けなければいけなかった。今日はその心配もない。

 あまり食べないままに式が進行して行って、最後の参列者の皆様を見送る時間になってしまった。ケーキカットもあったはずなのだが、慌ただしすぎて何があったのか私は目を回しそうだった。

 台本のある舞台ならば得意なのだが、こういう予測のできない場所で、誰が話しかけてくるか分からない状態というのは落ち着かない。

 海香と宙夢さんが来てくださった方たちにお菓子を配っているのを手伝いつつ、お礼を言って、頭を下げて、結局私はほとんど何も口にしないままに結婚式を終えてしまった。


「海瑠さん、僕、母さんと帰るけど、大丈夫?」

「あ……奏歌くん、帰っちゃうんだ」


 挨拶に来てくれた奏歌くんにしょんぼりしていると、茉優ちゃんとやっちゃんにも声をかけられる。


「今日はお疲れ様」

「結婚式なんて初めて来ました。すごく素敵でした」


 茉優ちゃんが喜んでくれたのならば良かったと私も思うことにする。

 帰ろうとする奏歌くんに手を伸ばして、私はつい奏歌くんのシャツのセーラー襟の端を摘まんでしまった。


「海瑠さん?」

「あ、ご、ごめんなさい」


 帰って欲しくない。

 大人なのに奏歌くんに甘えそうな自分を内心で叱咤していると、奏歌くんの方が美歌さんに聞いてくれる。


「海瑠さん、今日はいっぱい頑張ったし疲れてると思うんだ。僕、海瑠さんの部屋に泊まっちゃダメ?」

「疲れてるのに奏歌がいた方がいいの?」

「僕がおにぎり作って、卵焼き焼いてあげるんだ。だって、海瑠さん、全然食べてなかったもん」


 奏歌くんには全部お見通しだった。


「仕方ないわね。海瑠さん、奏歌のことよろしくお願いします」


 許可をもらった奏歌くんは私の家に泊れることになった。

 その様子も真里さんがしっかり写真に撮っていたのを、私は視界の端に入れていた。

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