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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
四章 奏歌くんとの四年目
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16.クリスマス公演と茉優ちゃんの決意

 本番前のリハーサルまでは、衣装が出来上がって来ないので私たちは私服の中でもそれに近いものを着て練習に臨む。厚めのジャケットとパンツからスリットの入ったチャイナドレスに着替えると、華村先輩がダンスの最中で私の太ももを高く持ち上げてスリットの中のガーターストッキングを強調させる。

 ガーターストッキングの下に厚手の肌色のストッキングは履いているので下着が見えることはないのだが、見えそうな雰囲気を漂わせるリードに私は慌てた。


「華村先輩!」

「俺は世紀の大悪党なんだよ? これくらいやらなきゃ!」


 役になり切っている華村先輩に困って演出家さんの方に顔を向けると、なぜか親指を上げて良い笑顔をしている。


「この後の金庫の暗証番号を盗む場面でも、国王を太ももを強調させて踏んで、蹴りましょう」


 更に演出が追加されてしまった。

 この演目は本当に大丈夫なのだろうかと思うが、演出家さんの言葉は絶対だ。続いての場面でスカートのスリットが大きく開くのも構わず国王役を踏んで、蹴ると、演出家さんは良い笑顔で親指を立てている。

 こんな公演を奏歌くんに見せて大丈夫なのだろうかと不安がわいてくる私だった。

 リハーサルでは衣装を着て舞台に立ったが、華村先輩も百合も喜咲さんも私のピンク色のベルベットのスーツ姿に拍手していた。


「この衣装が似合うのは海瑠しかいないわ」

「妖艶で最高だね」

「海瑠さん、素敵です」


 なんだか腑に落ちない気分にもなるが褒められているので良しとする。私の役はピンク色がイメージカラーなので仕方がないのだ。

 公演当日は展開の早い物語に、衣装替え、最後のダンスまで大忙しだった。短い演目の中で衣装を変える場面がものすごく多いので、舞台袖は混乱する。その上DVD撮りもライブビューイングで全国の映画館で流れるのも同じ日なので、クリスマス公演は一日だけのお祭り騒ぎで大忙しだった。

 性別がどちらとも言えない役をやり終えて、最後になぜか先輩に投げキッスをされるが、私は百合の女警官に心変わりした先輩の悪党役よりも、自分を貫き通した男警官に心奪われた設定なので、そちらに投げキッスをする。

 それを奏歌くんと隣りに座っている峰崎さんが目を皿にして見ているのが分かった。

 なんと、峰崎さんは興奮しすぎたのか若干本性が出ていて、目が光っている気がする。これも私のワーキャットの目が良いから分かるだけで、他の出演者は気付いていないし、観客の皆様は舞台の方しか見ていないので安心だった。

 反省会を終えると、奏歌くんの家のクリスマスに招かれている。奏歌くんの家までは百合が車で送ってくれた。


「ダーリンと素敵なクリスマスを!」

「ありがとう。百合も楽しいクリスマスを!」


 手を振ると百合はにこにこと嬉しそうに告げる。


「私、海香さんと宙夢さんの家に招待されてるんだ」


 百合は百合で、海香と宙夢さんと楽しいクリスマスを過ごすようで良かった。

 明日は休みだし、心置きなく奏歌くんと楽しめる。玄関から入ると、奏歌くんがキッチンに立つ美歌さんを手伝いながらお願いをしていた。


「明日から冬休みだから、海瑠さんの部屋に泊まりに行ってもいいでしょう?」

「お家にいない子にはサンタクロースは来ないかもしれないわよ」

「うん……がまんするから、海瑠さんの部屋に行っても良い?」


 サンタクロースが来なくても奏歌くんは私の部屋に来たいと言ってくれている。喜んでいると、オーブンから取り出したミートローフの香りが部屋中に広がる。湯気を上げるミートローフの器を鍋掴みで持って美歌さんがテーブルの上に乗せた。


「分かったわよ。ご飯を食べて、海瑠さんにお願いしてからね」

「はーい。いらっしゃい、海瑠さん」


 キッチンから出て私に気付いた奏歌くんが飛び付いてきた。抱き留めると奏歌くんは大きなハニーブラウンの目で私を見上げてくる。


「今日の公演、不思議な感じだったけど、海瑠さんすごく素敵だったよ」

「ありがとう」

「男のひとも女のひとも演じ分けられる海瑠さんは天才だね」

「そうかな。男役のトップになりたいんだけどね」


 話していると茉優ちゃんも近付いてくる。


「沙紀お姉ちゃんがすごく喜んでました。私はちょっと難しかったけど、楽しかったです」

「ありがとう、茉優ちゃん」


 誉め言葉がこんな風に貰えるのは嬉しい。

 二人ともにお礼を言って席に着いたところで私は慌てて立ち上がった。呆然と立ちすくむ私に、奏歌くんも茉優ちゃんも目を丸くしている。


「クリスマスプレゼント! 忘れてた!」


 大人は子どもにクリスマスプレゼントを贈るもの。それが分かっていたはずなのに、私は自分の公演に頭がいっぱいでクリスマスプレゼントを忘れていた。

 愕然と立ち尽くす私に、やっちゃんが小声で言う。


「とりあえず、座って? みんなが食べられないから」

「あ、はい」


 大人しく座ると、茉優ちゃんと奏歌くんが口々に言ってくれた。


「クリスマスプレゼントは気にしなくても良いですよ」

「僕も、海瑠さんの部屋にお泊りできればそれでいいな」


 二人ともがっかりした顔すらしていない。私を許す顔の茉優ちゃんと奏歌くんにますます申し訳なさが募る。その間にも美歌さんがミートローフを切り分けて、お皿に乗せてくれていた。

 厚切りのスパイスの入ったミートローフと、焼き野菜の晩御飯。ナイフとフォークでいただこうとしたが、さっさと奏歌くんがお箸で食べ始めているのに、私も倣うことにした。

 お箸でも十分ミートローフは切れるし、焼き野菜はお箸の方が摘まみやすい。さすが奏歌くんだと感心していると、やっちゃんが苦笑した。


「フランス公演のときには、箸入れが必須だな」


 来年の秋公演の話をやっちゃんが口にすると、茉優ちゃんが視線を彷徨わせる。何かを言いたそうに唇がわななくのだが、何も言えないままに終わってしまう。


「やっちゃん、茉優ちゃんも行きたいんじゃないかな?」

「茉優ちゃんまで?」


 年齢的には茉優ちゃんは一人でお留守番をしていい年にはなるが、美歌さんが夜勤の日などは篠田家で一人で眠らなければいけない。小さい頃に美歌さんが夜勤で一人で眠っていた奏歌くんは、部屋が寒かったと言っていた。それを寂しかったと置き換えると、茉優ちゃんも美歌さんの仕事が忙しくて一人になるのは寂しいのではないか。

 奏歌くんが連れて行けて、茉優ちゃんが連れて行けない理由が、私にはあまり分かっていなかった。


「茉優ちゃん、来年の秋公演、フランスに行きたいのかな?」


 真剣にやっちゃんが問いかけると、茉優ちゃんは小さく頷く。


「お家に一人でいるのは嫌なの……安彦さんと離れるのも嫌」


 茉優ちゃんにとってはやっちゃんは自分を暴力と熱中症と空腹の中から救い出してくれたひとで、運命を感じ取っているのだろう。傍を離れたくないという気持ちは、私が奏歌くんと離れたくないという気持ちのようでよく分かる。


「茉優ちゃんの小学校を休ませるのか……」


 難しい表情になっているやっちゃんに、美歌さんが提案する。


「シルバーウィークで休みの期間もあるし、完全に休む日数はそれほど多くないわ。中学生になったらこんなことできないんだから、連れて行ってあげたら?」

「でも、俺たちの仕事中はホテルで待っていることになるんだよ?」


 それが小学生の正常な姿ではないと言われてしまうと私は口出しができない。そこに口を挟んだのが奏歌くんだった。


「僕は、良いのかな?」

「へ?」

「僕も、ホテルで待ってないといけないんでしょう?」


 奏歌くんの問いかけに私が「そんなことない」と口を開いた。


「奏歌くんは私のマネージャーさんと一緒に行動してもらって、リハーサルも全部一緒にいてもらうつもりだよ?」

「それなら、茉優ちゃんも一緒でもいいんじゃない? 僕の方が年下だし、茉優ちゃんはしっかりしてるから、迷惑をかけたりしないよ」


 奏歌くんに許されるのならば、茉優ちゃんにも許されていいはずだ。

 奏歌くんの主張は真っ当なものだった。

 迷っているやっちゃんも言い返せずにいる。


「安彦さんのそばにいたいんです。もし、安彦さんに血が必要になったら、躊躇わず私の血を飲んで欲しい。安彦さんは私を助けてくれた、大事なひとです。私の大好きなひとなんです」


 ほっぺたを真っ赤にして告白する茉優ちゃんにやっちゃんが戸惑っているのが分かる。やっちゃんの肩を叩いて美歌さんが告げた。


「あんたの負けよ。茉優ちゃんを連れて行きなさい」


 美歌さんの許可が出た。

 篠田家で一番発言力があるのは美歌さんで、奏歌くんと私のこともやっちゃんは反対していたが美歌さんに押し切られて渋々協力してくれていた。美歌さんが認めたのならば茉優ちゃんはフランス公演に行くことができるだろう。


「茉優ちゃん、一緒にいようね」

「うん、奏歌くん、一緒ね」


 可愛く手を取り合う奏歌くんと茉優ちゃん。

 この可愛い風景に誰も文句は言えない雰囲気だった。

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