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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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10.食生活改善の結果

「みちるさんのおかげで、ことしのなつやすみはすごくたのしいよ! みちるさんのおへや、すきだな」


 海香が帰った後で鳥籠のソファで寛ぎながら奏歌くんと舞台のDVDを見る。一幕が終わって、休憩にDVDを止めてお手洗いとおやつの時間にすると、奏歌くんはにこにこと嬉しそうに話してくれた。嬉しそうな奏歌くんに対して、私はショックを受ける。


「もしかして、夏休みが終わったら、奏歌くんは気軽には私の部屋に来られないのかな?」

「なつやすみがおわったら、あさの7じからゆうがたの6じまでほいくえんがあるよ。やっちゃんとかあさんがむかえにこられないときは、えんちょうほいくで8じになることもある」


 夏休みとは終わるものだった。

 私も学生時代は過ごしているので夏休みを経験したはずだったが、あまりよく覚えていない。奏歌くんに聞いて初めて奏歌くんが気軽に私の部屋に来れなくなる事実に気付いたくらいだった。


「お休みの日はないの?」

「どようびもやっちゃんとかあさんがしごとなら、6じまではほいくえん。にちようびはおやすみだよ」


 劇団の休みは曜日が決まっていない。これから休みを合わせるのが難しくなる現実の前に私は打ちひしがれた。

 奏歌くんが私の部屋に来てくれない。

 また寂しい日々が始まってしまう。


「かあさん、やきんのときもおおいから、ぼく、やっちゃんのいえにとまることもおおいんだよね」

「やっちゃんの家に……」


 奏歌くんの言葉に私ははっと息を呑んだ。

 自分の家で過ごせないのならば、やっちゃんの家で泊るのも、私の家で泊るのもあまり関係ないのではないだろうか。問題は私がご飯を作れないことなのだが、その辺もどうにかならないだろうか。

 急いで美歌さんにメッセージを打つと、返事が返って来た。


『忙しいときに使ってるおかずの宅配サービスを教えますね。安彦は嫌がるかもしれないけど、私は奏歌の味方ですので、保育園の登園とお迎えの仕方を教えるように言っておきます』


 返って来たメッセージを見て私はガッツポーズをした。

 美歌さんが夜勤のときには奏歌くんを私が迎えに行って、この部屋に連れて帰ることができる。


『安彦も奏歌に構ってばかりで、恋人も作れないだろうし、気になってはいたんです。奏歌が懐いているし海瑠さんなら安心です。よろしくお願いします』


 安心されてしまったけれど、私は電子レンジのコンセントが刺さっていないことにすら気付かなかった女だ。炊飯器には生米を入れる、洗濯は今日できるようになったけれどそれまでは全部クリーニングで下着は買い替えていた。


「奏歌くん……美歌さんには私がダメ人間なこと、内緒にしててね」


 お願いすると奏歌くんは頷いた後に私を真っすぐな目で見上げる。


「ダメにんげんじゃないよ。みちるさんは、ぶたいにたつためにうまれたひとなんだよ。だから、ほかのことができないのは、ぼくがおおきくなってできるようになればいいでしょ?」


 洗濯ができないことを海香は呆れていたのに、奏歌くんは呆れるどころか自分ができるようになればいいと言ってくれる。


「奏歌くんは優しいね。大好き」

「ぼくも、みちるさんがだいすきだよ」


 にっこりと微笑む奏歌くんに私も微笑み返した。

 おやつは奏歌くんが冷凍庫から出してきてくれた。いい銘柄のアイスクリームだそうだ。


「ぼくはまっちゃがすき。あと、いちごとバニラがあるけど、みちるさんはどれにする?」

「奏歌くんと同じに……したら、次から奏歌くんが来たときに食べる分が減っちゃうか」

「きにしないでいいよ。バニラもいちごもすきだから。いっしょにたべよう!」


 抹茶のアイスクリームを九個入りの箱から出して奏歌くんと私と一個ずつ食べた。


「抹茶ってこんな味なんだ」

「にがて?」

「ううん、とっても美味しい」


 奏歌くんと同じものを食べているという幸せがアイスクリームの味を一段と美味しくする。牛乳とアイスクリームのおやつを食べて、DVDの続きを見ていたら晩ご飯の時間になった。

 お風呂に入ってから、ミートローフとラザニアを電子レンジで温める。


「このボタンを押せばいいのかな?」

「うん。あつあつになっちゃうとたべられないから、1ぷんでいいよ」


 やっちゃんの家の電子レンジと似ているから使い方は分かるという奏歌くんに教えてもらって、私がミートローフとラザニアを温めた。取り分けてくれるのは奏歌くんだが、ラザニアは崩れやすい。


「ラザニアってどうなってるの?」

「ゆでたおおきなパスタきじに、ミートソースとホワイトソースをはさんでオーブンでやくんだよ」

「よく知ってるね」

「やっちゃんのおてつだいしてるから! ぼくおりょうりおてつだいするの、すきなんだよ!」


 頼りになる奏歌くんの言葉に私は熱すぎないミートローフとラザニアを食べて、ポテトサラダも食べ終えた。ご飯が欲しいかと思って炊いていたが、奏歌くんはご飯を欲しがらなかった。


「ご飯、余っちゃった……」

「ラップにつつんでれいぞうこにいれておけばへいき」


 ラップがあったかと探してみると海香が買っておいてくれたものがあった。しゃもじでラップに取り分けて粗熱を取って冷蔵庫に入れる。粗熱を取るというのも奏歌くんに教えられて初めて知った。


「私もお料理できたかな?」


 炊いたご飯を冷蔵庫に仕舞っただけだが、何かできたような気持になった私に、奏歌くんが「うん!」と力強く頷いてくれる。奏歌くんが教えてくれるならこれくらいは私でも頑張れそうだ。


「奏歌くんの言葉は魔法の言葉みたい。私でもできるかなって思える」

「みちるさんはいままでしなかっただけで、ほんとうはできるんだよ」

「そうなのかな」


 私の存在を全肯定してくれる優しい男前の奏歌くん。

 歯磨きをして、仕上げ磨きをして、奏歌くんを抱き締めてベッドに入る。


「明日は水族館に行こうか?」

「すいぞくかんもいいけど、なつやすみさいごだから、おうちでだらだらしたいな」

「そう? それじゃ水族館は今度にして、お菓子を食べながら、明日もDVD観ちゃう?」

「うん! そうしたいな!」


 自分のしたいことをはっきりと教えてくれるのも助かる。奏歌くんが嫌なことは私はしたくなかったし、何をすれば奏歌くんが喜ぶのかを知りたかったのだ。

 穏やかに寝息を立てる奏歌くんの髪を撫でていると、私も心が落ち着いてくる。

 私の可愛い運命のひと。

 ずっとずっと一緒にいてくれるだろうか。

 大人になったら私のことが嫌になったりしないだろうか。

 少しの不安と、奏歌くんを抱き締めている現実に揺れながら、私は眠りについた。

 奏歌くんは早寝早起きだ。

 目を覚ました私は奏歌くんの姿がなくて驚いた。

 お手洗いに行ってしまったのだろうか。

 リビングの方を見ても明かりがついている気配はない。


「ん……」


 起き上がったら胸の上からぽろりと小さな茶色い塊が落ちた。


「奏歌くん!?」

「あれ? みちるさん、おおきい……」


 何故か分からないが奏歌くんは小さな蝙蝠の姿になっていた。


「どうしたのかな? おなかはすいてるけど……」

「安心したら蝙蝠になっちゃうとかあるのかな?」


 そうだとすれば外出時も奏歌くんが蝙蝠にならないように気を付けなければいけない。このことはやっちゃんと美歌さんにも相談するとして、今は奏歌くんに戻ってもらうことが先決だった。

 首筋に導くと、ちょっと躊躇っている。


「みちるさん、こうえんがあるのに、くびにきずがついてたらこまらない?」

「コンシーラーで誤魔化しちゃうから平気!」

「でも……」


 こんなときでも奏歌くんは私の舞台の心配をしてくれる。

 血を吸う場所がどこでも良いのだったらと、私は手首を差し出した。奏歌くんと出会ってからちゃんとご飯を食べるようになったおかげで、私の腕には点滴が刺されることもなく、点滴の痕も綺麗に消えていた。

 ちくりと手首に痛みが走って奏歌くんが人間の男の子の姿に戻る。戻っても奏歌くんはうっとりとした表情で私の手首を吸っていた。


「奏歌くん?」

「あ、ごめんなさい……おいしかったから」


 美味しい!

 私の血は奏歌くんにとって美味しくなっている。


「奏歌くんのおかげだよ! 奏歌くんのおかげで私、健康になったんだ!」


 血液検査などしなくても分かる。私は奏歌くんのおかげで食生活が改善されて血が美味しくなっていた。


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