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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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状態異常:盲目▼




【イオタの町の近くの森 メギド】


 完全敗北と言っても過言ではないと私は感じていた。


 センジュがゴルゴタ側についているということは、私の想定外の出来事であったのも理由の1つとしてあげられる。

 だが、仮にセンジュがいなかったとして勝算があったかどうかは分からない。


 1番の誤算はセンジュがゴルゴタ側についていたことではなく、蓮花がゴルゴタ側についていた事だ。


 それでも、意図は分からないが私たちが空間転移をする際にはそれを黙認し、結果として私たちを逃がした。


 何にしても、私は解呪の術を1つ失ったことは事実だ。

 元々特級咎人を宛てにしていた訳ではないが、それでも可能性が1つずつ潰れていくことに私は焦りをも感じる。


 空間転移した先は、ニューの町からそれほど遠くない天使の息のかかったイオタの町の近くのどこかだ。


 木が生い茂っているところを見ると、森の中らしい。


 咄嗟の転移先として目的地付近を選択したが、ここはニューの町からそう遠くない。


 今、追撃を受けたら壊滅しかねないのでゴルゴタらが追ってくるとしたらすぐに体制を立て直し、実を隠さなければならない。


 近場に転移したことは推測もされやすく悪手かとも考えたが、ゴルゴタは私に蓮花とあの不気味な剣を見せびらかしにきただけで、殺しを目的としていなかった。

 追ってくる可能性はそう高くないだろう。


 まして、遠く離れた場所に転移したところで、ゴルゴタらも転移魔法を使えることを考えると遠くに転移しても無駄だ。

 それに、遠くに転移すれば、私たちは再び移動の労力を割かなければならない。


 注意を払い辺りを見渡すが、ゴルゴタやセンジュらしき気配はない。


「カノン、転移の負荷が来る前にすぐに回復魔法を展開しろ」


 私の目の前で背を向けているカノンに対して指示を出した。


 しかし、カノンは動かない。


 聞こえていない訳でもないはずなのに、声をかけてから1秒、2秒と時間が過ぎても何の反応もなかった。


「カノン、聞こえているだろう。早くし――――」

「どうして……!」


 カノンが地面を拳で殴るとほぼ同時に、カノンは空間転移負荷がかかり倒れ込む。


 当然私の後方にいる家来たちも空間転移負荷がかかり、後方からうめき声や咳き込む様子、何かを吐瀉している声が聞こえた。


「感傷に浸るのは後にしろ……お前は回復魔法士の仕事を全うする義務があるだろう」

「……っ!」


 回復魔法を展開するが、それはすぐに消失してしまった。

 身体の苦痛に対して緻密な回復魔法が展開できないのだろう。


 ――これは、想定していた範囲のことだ……


 あの場から逃げおおせなければ、確実に半数以上が殺されていたはずだ。

 あるいはゴルゴタの提案通りに私の腕1本を失うことになっただろう。


 とはいえ、空間転移の不可がかかり命を落とす可能性も十分にある。


 倒れているのはカノンだけではない。


 後方を振り返るとタカシ、メル、ミューリン、佐藤、ミザルデは同様にぐったりとして口から血を吐き出しながら苦しそうにしている。


「だ、大丈夫か!?」


 その中で、唯一平然としてタカシらに駆け寄ったのは琉鬼だった。


 琉鬼も当然空間転移の不可がかかったはずだ。

 なのに、他の者とは異なり別段苦しそうにしている様子はない。


「お前……平気なのか?」

「え……何がですか?」


 私は辺りを観察し、この場にある何かが使えないかと探った。


 周囲には目立って何もなく、すぐに使用できるものはない。

 ともすれば、()()を使うしかない。


 私はあまり使いたくはなかったが、クロが担いでいる荷物の中から透明な液体の入った瓶をいくつか取り出した。


 いくつかを琉鬼に投げ渡す。

 いくつか慌てて落としたりもしていたが、瓶本体は割れなかった。


「なんですかこれ?」

「怪しげな試作品の回復薬だ。説明している余裕はない、それを倒れている者の頭にかけろ。優先させるべきはカノンだ」

「はい!」


 私もいくつかの怪しげな回復薬を持って症状が重そうなミューリンとミザルデに駆け寄り、回復薬を身体に垂らした。


 以前、ゴルゴタに空間転移をさせられた時は持ちこたえていたようだが、今回も同様に耐えられるかどうかは分からない。


 魔法負荷の耐性が人間よりはあるにしても、それでも元々の身体の耐久性のない種族だ。危機的な状況になりかねない。


 怪しげな回復薬が垂れて身体に付着すると回復魔法が展開され、徐々にミューリンとミザルデの転移負荷の傷を癒していく。


「一応、効果はあるようだな」

「そんなのどこで手に入れたの?」


 レインは不思議そうに怪しげな回復薬を見ながら私にそう尋ねてくる。


「ミューの町で町長から進呈されたものだ。あまり信用はしていないが、応急処置程度には使えるだろうと持っておいて正解だったな」

「それ、僕の分もある? 空間転移の負荷……しんどい……」


 レインは私の肩の上でぐったりとこうべを垂れて項垂れている。


 クロは何も言わなかったが、それでも空間転移の負荷に耐えていることは明白だった。


「カノンが治ればこれは必要ない。応急処置でしかないからな。少し耐えろ」


 ミューリンとミザルデはまだ体調が優れない様子であったがなんとか一命を取り留めたようだ。

 ぐったりとしているが、致命的な損傷は回避できたと言える。


「なんであの人間だけ無事なのかな?」

「さぁな、全く役に立たない男だと思っていたが、意外な才能があるのかもしれない」


 転生者と言っていたが、その恩恵があるのか。

 ただの冴えない男だと思っていたが、何かしらの特異体質なのかもしれない。


 不慣れな手つきで琉鬼は妖しげな回復薬をカノンに使用すると、カノンは重い身体を起こして頭を抑えた。

 まだ頭痛や吐き気は収まっていないのだろう。


 私は倒れているメルに一先ずは妖しげな回復薬を使用して応急処置を図る。


「カノン、至急回復魔法を使え」

「………………」


 カノンは放心状態で私の命令を聞いて遂行しようとしない。

 よほど先ほどの事柄で精神的なショックを受けたようで、私の声など耳に入っていない様子だ。


 メルの様子が少し安定した後に、私はカノンに近づいて腕を掴んで無理やり立たせた。


「先ほどのことが余程応えているようだがな、お前がやらないと手遅れになる者もいた。感傷に浸るのも時期を見計らえ」

「…………」


 どうやら、論理的は話をしてもカノンには届かないようだった。


 論理的な話が通用しないのなら、情に訴えるような話をすればいいだけのこと。


「お前はあの女に助けられたのだ。そんなことも分からないのか」

「……助けられた? 僕がですか?」


 普段は賢いカノンだが、今はあまりのショックにそんなことにも気づいていないようだった。

 私の言葉を聞いて、光を失っていた目に光が戻ったように見える。

 

 ――……?


 私はカノンの身体を見ると、弱い魔法がかかっているのが見えた。


 ――ただの回復魔法ではないな。形状記憶回復魔法とでも言うべきか……徐々にカノンの身体の負傷が治って行っている……カノンがこれを? いや……そんな高等技術ができるのなら事前にしていたはず……


 そう考えると蓮花が回復魔法をカノンにかけていたという事が濃厚になってくる。


 私たちを助ける方向に何故動くのか分からない。


 人類を滅ぼそうとしているのは嘘ではなかった。

 ともすれば、私たちがいることは蓮花にとっては不都合なはず。

 助ける道理はないはずだ。


 それに、カノンと話していた蓮花は嫌そうな態度をとっていた。

 それを鑑みれば、消そうとしても不思議ではない。


 ――逐一行動が読めない女だ……


「意図は不明だが私たち全員が助けられた。後で話してやる。知りたかったらさっさと仕事をしろ。あの女に成長した姿を見せろと言われただろう」

「…………分かりました」


 自分の力で立ち、少しばかり深呼吸をしてからカノンが回復魔法を発動させると、顔色が悪かった顔に血色が戻り、険しかった表情も幾分かマシになった。


 蓮花の回復魔法の効果もあるのだろうが、まだカノンはそれを自覚していないようだ。


 それから症状が重そうな者から順番に、カノンは回復魔法を使って治療を始めた。


 回復魔法を展開している内に暗い表情から真剣な表情となり、自身の職務を全うしようという気が見て取れる。


 琉鬼はカノンの指示で怪しげな回復薬を順次使って応急処置を続けていた。


「クロ、大丈夫か」

「私はそれほどでもない。それよりもそこの人間が不味い状態なのではないか」


 クロが視線を向けた先には血を吐き出しながら小刻みに痙攣しているタカシがいた。


「ヒロシ、大丈夫か」

「……こ……こんなときまで……やらせるか……俺の名前はタカシ……だ……!」

「元気そうだ。問題ない」


 冗談はさておき、タカシの状態もかなり危うい状態だ。

 多少、勿体ないとは思いながらも私はタカシに怪しげな回復薬を使用して応急処置をした。


「はぁ……見殺しにされるかと思ったぜ……」

「それも少し考えたが、寝覚めが悪くなるので助けてやった」

「考えたのかよ……!」

「それだけ元気なら大丈夫だろう」


 メルや佐藤もカノンによって回復がされ、危機的状況は全員が脱することはできた。


 集中しているのか、カノンもいつもより回復魔法の展開速度が速いように見えた。

 早いとはいえ、いい加減にやっている訳ではない。


 よほど私の話を早く聞きたいらしい。


「クロ、レイン、対峙して分かっただろうが、あの男が私の倒すべきゴルゴタだ」

「すっごい嫌な奴だったね。魔力も……性格も。血の匂いでいっぱいだったよ」

「あれだけ様々な血の匂いがする者も珍しいだろうな……寒気のするような者だ」


 あの魔力、あの血の匂いだけでどれほど危険な男なのかはクロやレインも分かっただろう。


「奴は強大な力を持っている。だが、私が手を出さなかったのは、ゴルゴタ当人はさることながら、センジュが向こう側についていたからだ。分が悪すぎるから転移で避難したというわけだ」

「センジュとはあの鬼族のことか。強大な魔力や血の匂いがあるわけでもなかったが只者ではないな……何者だ?」

「あれは代々魔王家に仕えている執事だ」

「ひつじ?」

「羊ではない。()つじだ。私の世話係の者という意味だ」

「何が楽しくて魔王の世話なんてしてるの? もっと別の事に力を使えばいいのに。そもそもさ、魔王の世話係なのになんであっち側についてるの? 魔王家のしつじだから魔王交代したら魔王に興味なくなるってこと?」

「さぁな……事情は分からないが、敵ではない。少なくとも、敵には回したくない」


 何故センジュがゴルゴタに協力的なのかは私も分からない。

 逃げ出す隙などいくらでもあったはずだ。


 センジュがゴルゴタから『血水晶のネックレス』を奪い、私に戻せばすべての事にけりがつくということくらいセンジュも分かっているはずだ。


 だが、ゴルゴタに寄り添いたいセンジュの気持ちも解らなくもない。


 しかし、そのほかに何か目的があったように感じる。

 それも、私に言えない何か事情があるようだった。


 ――センジュのことだ、何か考えがあるのだろう。センジュが私を裏切るわけがない


 センジュが中立だからこそ、この厄介な状況が生まれている。


 完全にどちらかにセンジュがつけば、人間の命運など良き方にも悪い方にも如何様いかようにもすることができる。


 そう話している間にカノンは最後にタカシの回復が終わり、漸く一息つくことができたようだ。


 だが、カノン以上にこの状況に不満を訴えたのは佐藤だった。

 ゴルゴタにあっさりと殺され、そしてゴルゴタの仲間によって生き返らせられた。


 今も情けで生きているという状況に、佐藤は強い屈辱感を感じて声を荒げた。


「どうして……どうしてゴルゴタを始末しなかったんですか!?」

「無理だと分かっただろう。ゴルゴタ単体でも手を焼くのに、センジュがついていたとあらば勝ち目はない。無鉄砲に突っ込んでいくやつがあるか。反省しろ。カノンもだ」


 カノンはしおらしく反省の色を見せるが、佐藤は反抗的な目で私の方を睨みつけてくる。


「お前は出会ったときから相手の力量を見誤っている。それどころか、復讐する相手すら見誤っている可能性まである」

「魔王様もあの特級咎人の女が言っていたことを信じるんですか!? ゴルゴタが俺の家族を殺したに決まってるじゃないですか! 直接要因じゃなくても、その原因を作ったのはあの男なんでしょう!? それに、現に町を襲って人間を攫っているじゃないですか!」

「もっと良く調べるべきだ。ゴルゴタがわざわざ人間を攫うとは考えにくい。それに、あの女がそれを誘導しているような発言もあった。いつ出会ったのかは明確ではないがな」

「そんなこと、あるわけないですよ!」


 カノンまでもが興奮した様子で話に割って入ってくる。


 これでは話が全く進んで行かない。

 佐藤は明らかに正常な判断ができていないことに気づいていないようだ。


「カノンさんはどうしてあんな特級咎人に入れあげているんですか。ゴルゴタに縋りついて自分だけ助かろうとしてる姑息な女じゃないですか!」

「彼女はそんな人じゃないです! 訂正してください! 蓮花さんがいなかったら佐藤さんは今頃死んでいたんですよ。ゴルゴタからの指示があったからとはいえ、反射的にあなたを助けたのは、彼女の純粋な善心に他なりません!」

「特級咎人に純粋な善心なんてあるわけがないじゃないですか! ただの咎人ではなく、特級ですよ!? しかも更生の余地なしの黒星の……俺だってあの女が何をしたかくらい知っていますよ」

「違います。佐藤さんは彼女のことを分かっていない。空間転移後の負荷から僕が立ち直れたのは、蓮花さんが僕に回復魔法を付与してくれたから……でなければ僕は皆さんを回復することはできなかったと思います」


 ――カノンも気づいていたか。冷静になればわかることだ。カノンはある程度落ち着きを取り戻したようだな


「自分の負傷は自分では鮮明に治すことができないんです。見えないですから……回復薬の効果もあったと思いますが、これは回復魔法によるものだと判断できます。あの場にいたのは回復魔法を使えるのは僕を除いては蓮花さんのみ……そうとしか考えられません」

「仮にそうだとしたら、ますます分からないな。人間を滅ぼしたいと言っていたのは嘘ではなかったが……」

「そんなこと、蓮花さんが言う訳ないです……!」


 これは人間によく見られる“恋”という病だ。


 好意を持つ対象に異常に執着する傾向がある。

 脳内の分泌物が異常に出ており、恍惚状態で正常な判断を欠くことが特徴だ。


 それは私たち魔族にもあるが、魔族にはあまり見られない。


 だが……身近でその病にかかっている者を知っている。


 そして、その病のせいで私は多大なる迷惑をこうむっているのだから、その症状が出ている者を放置しておくことはできない。


 ――厄介だな……


 このままでは埒が明かない。


 カノンや佐藤が特に動揺しているのは分かる。


 いつもうるさいタカシもこの深刻な空気ではふざけていられないようで黙ってカノンと佐藤の言い争いを聞いている。


「言い争いは止めろ。今は体勢を立て直し、一刻も早く目的を遂げることが優先される。この付近にある魔族の楽園に向かい、ミューリンとミザルデを保護してもらう。それから吐き気のする天使のいる町に行かなければならない」


 と、私が心底嫌厭するべき話をしている際に少し遠方から魔族の気配がした。




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