一方的に玩具にされている。▼
【メギド ニューの町】
カノンは蓮花の言葉を聞いて絶句していた。
私とカノンはその話について理解しているが、タカシや他の家来がそれを分かっているとは思えない。
ただ何の話をしているのか分からないまま見つめている様子だ。
特に佐藤は話の内容などどうでもいいらしく、構えている剣の切先が震えるほどに激しい憤りをゴルゴタに対して感じているようだった。
「……もう、いいでしょう。話すことはありませんよ。私の事を思ってくれている気持ちは分かりましたけど、私には不要です。私に向けるその気持ちを、他の人に割いてください」
カノンから視線を外し、蓮花は背を向けた。
しかし、カノンは唖然としていたもののすぐに正気に戻り、去ろうとする蓮花にかけよってその手を取ろうとする。
蓮花の手を取ろうとカノンが伸ばした手は、蓮花に届くことはなかった。
「蓮花様に触れないでいただけますか」
カノンの手を止めたのはセンジュだった。
瞬時に蓮花とカノンの間に入り、センジュはカノンの手を軽く捻りあげる。
その様子を振り返って見ることはなく、蓮花は小走りでゴルゴタの方へと走っていった。
「待ってください! まだ話が――――」
「蓮花様の態度を見て分かりませんか。貴方様とお話したくないとおっしゃっております」
「放してください。僕はずっと彼女を探していたんです」
「おやめになった方が賢明です。彼女は今や、ゴルゴタ様のものですから」
カノンはセンジュの手を逃れようとするが、センジュの手からは逃れられなかった。
その様子をゴルゴタは冷ややかな目で見ながらも笑っている。
「なぁんだ……あのガキ……てめぇの知り合いかぁ?」
「いいえ。知らないです。多分、一方的に知っているだけかと思います」
「キヒヒヒ……身の程を知らねぇガキってこったなぁ……俺様の玩具に気安く話しかけやがって……」
センジュがカノンから手を離して蓮花の方へと一瞬で戻ると、カノンは悔しそうにゴルゴタを睨みつけた。
そのカノンを蓮花は相変わらず冷ややかな目で見つめている。
隣へと戻ったセンジュに対して蓮花は「ありがとうございます」と一礼した。
やはり、蓮花というものがどういう性格なのかが掴みきれない。
本人の言うように冷酷無慈悲なただの殺人鬼なのか、それともカノンの言うような心根の優しい人間なのかが分からない。
あるいは、その両方の顔があるのかどうか。
「…………」
「誰を殺してほしい? てめぇが選んでいいぜぇ……?」
私はゴルゴタが蓮花の意見を仰いでいるところを見て驚いた。
自分の意見を曲げようとしないゴルゴタが人間に意見を乞うなど、私にとっては異様な光景だった。
「……なら、剣の切先をずっとこちらに向けている彼なんてどうですか? 明確に敵意がありますし」
「へぇ……俺様はてっきりあの回復魔法士を指名すると思ったのによぉ……なぁんか庇ってんのか?」
「私は誰でもいいです。女児でも、回復魔法士でも。龍でも、狼でも。他意はありませんよ」
そう話している間ついに佐藤は堪え切れなくなり、ゴルゴタに向かって剣を構えたまま走り出した。
私はすぐに佐藤の行く先に土壁を形成して阻止しようとしたが、それよりも早くゴルゴタが動く。
その速さには私は対応しきれなかった。
一瞬で首が落ちて血が噴き出す――――
はずだったが、佐藤は生きていた。
佐藤の剣を、持っている不気味な剣でいなした。
「踊りの練習かぁ……? もうすぐ死ぬってのに愉快だなぁ……?」
「お前が俺の家族を皆殺しにしたんだろう!?」
佐藤の滅茶苦茶な剣筋をゴルゴタは軽くかわし、かわすと同時に不気味な剣で佐藤の身体を1回切りつける。
傷の深さはそれほどでもなく、これはゴルゴタの遊びに過ぎない。
一振りで首を切り落とすなり、身体を貫くなりするのは簡単だ。
あえてそうしないのは佐藤をいたぶって遊んでいるだけだと分かる。
「ヒャハハハッ! てめぇの家族なんかどうだっていい……わざわざ俺様が毛のない猿を殺すなんざ、ただの手間だろうがよぉ……」
「他の魔族を仕向けて、俺の家族を殺した! 違うか!?」
「知るかよそんなこと……死んじまった奴よりも、自分の心配したらどうだよ……!」
一方的に佐藤が嬲られている中、止めに入るかどうか考えたが、ここで入っていったところで分が悪い。
一番分が悪いと感じるのはゴルゴタだけではなくセンジュがいるという事だ。
ゴルゴタだけであったとしても厄介だが、センジュがいることで更に事が複雑になっている。
「なぁ、これ、佐藤が勝てる見込みあるのか……?」
タカシが『縛りの数珠』を手に持って佐藤とゴルゴタの間に入ろうと身構える。
「やめておけ。センジュがいる以上、外野が中に入れる可能性はない。大人しくしていろ」
「でもよ……!」
「状況を冷静に判断できなければただ殺されるだけだ。待っていろ」
幸いにしてゴルゴタは佐藤を殺すつもりはないようだ。
センジュが蓮花の護衛として来ているだけならば、振り切って全員で逃げることは可能だろうか。
あるいは『縛りの数珠』を使えばゴルゴタの動きは封じられる。
しかし、それには誰かがここに残らなければならない。
それは見捨てていくことに他ならない。
それに、離れて行動していた琉鬼が出てこない。
ゴルゴタを見て流石の空気の読めない琉鬼であっても恐怖を感じて身を隠しているようだ。
いっそのこと、今、二輪車に乗って逃げていけばいいが、そういう考えもないらしい。
――ゴルゴタだけ縛られたとしても、センジュがいる以上は難しい
センジュとゴルゴタを同時に縛ることができれば隙は作れる。
しかし、素早い相手に簡単には『縛りの数珠』をかけることはできない。
それに、蓮花に『縛りの数珠』を解除させないために、隔離するか、気絶させるか、殺すしかない。
――蓮花を殺せばカノンが黙っていないだろうな。蓮花がゴルゴタ側についている以上は、生きている方が危険だが……
「おい、人殺し」
「はい。なんですか?」
「俺様と会ったときにやったやつ、見せてやれよ」
「俺と戦ってるんだから俺を見――――!」
グチャッ……
おそらく、佐藤は何が起こったのか分からなかっただろう。
ゴルゴタは、ボロボロで血まみれになっている佐藤の首を一瞬で切り落とした。
「!」
それを見た蓮花はセンジュの横から走って佐藤に駆け寄った。
佐藤の首が上空を舞っている間、レイン、クロは魔法を展開してゴルゴタと蓮花を狙う。だがその魔法が狙い通りに届くことはなかった。
センジュが魔法をすぐさま展開したからだ。
魔法を展開すると同時に、一瞬でレインとクロの間にセンジュは移動する。
「蓮花様を殺せば、お仲間は死んでしまいますよ」
その言葉の意味はすぐに分かった。
転がった佐藤の首を乱暴に掴んだ蓮花は、すぐに元の身体に接合し始める。
蓮花の目は佐藤の首の接合面の状態をせわしなく追っていた。
到底それがふざけているようには見えない。
角度としては良くは見えなかったが、あっという間に佐藤の首は繋がって、佐藤は息を吹き返した。
「はぁっ……! はぁっ……はぁっ……!」
「まだ動かないでください。脳のダメージを調べますから」
激しく息を吸い込む佐藤の頭を蓮花は確認する。
そして調べ終わろうという頃に佐藤は蓮花に向かって剣を振りぬいた。
「…………」
佐藤の振った剣はこめかみの辺りでピタリと止まった。
止まったというよりは、センジュに止められたというべきだろう。
センジュの指先で剣はピタリと止められてピクリとも動かなくなった。
先ほどまでクロとレインの間にいたセンジュが一瞬で佐藤と蓮花の元へと移動し、佐藤も何が起こったのか理解が及んでいないだろう。
「命の恩人に対して、随分荒っぽいことをされるのですね」
「っ……ゴルゴタが目をかけているこの女を殺せば、俺と同じ思いをさせられるんですよ!」
「……そんな浅ましいところを蓮花様に見せないでくださいませ」
悲し気にセンジュはそう言った。
その言い方に私は違和感を覚える。
心の底からそう思っているように言う姿を見て、センジュと蓮花には何か繋がりがあるのだろうと感じた。
いくら心根の優しいセンジュであっても、人間の咎人にそう簡単に心を開いたりはしない。
特級咎人で更生の余地なしということは分かっているだろう。
「私なら平気です。よくあることですから」
ゴルゴタは満足そうに私やカノンの表情を見ている。
カノンは蓮花の回復魔法を見て愕然としている様子だ。
私も、一度とんだ首が再び繋がって話ができるほどに回復するなど、見たことがない。
本来ありえないことだ。
首が飛べば当然即死するが、それを回復したところを見ると『死の法』に臆せずに魔法を使った。
余程の裁量があるか、無謀な愚か者かどちらかだ。
「蓮花様を殺させるわけにはいきません。剣を引いてください」
そう言っても佐藤は剣を引かなかった。
動くわけがないのにセンジュの手から剣を引き抜こうと躍起になっている。
「……勘違いしているようですけど、ゴルゴタ様は私が死んでも貴方が家族を亡くして悲しむような気持ちにはならないですよ。残念ですが、それが現実です。私はただの玩具なんですよ。玩具が壊れたって、新しい玩具を仕入れたらいいだけですから」
「貴女の代わりなんていませんよ! どうしてそんなに自分のことを粗末にするんですか……蓮花さんの代わりなんて、誰もできないってあの男は分かっていないんですよ!」
そこまでカノンが言ったところで、蓮花は佐藤が構えている剣に手を触れながらセンジュに目配せした。
そのまま蓮花は剣を素手で掴んだまま、自分の喉元に当てた。
「センジュさん、手を放してください」
「なりません」
「何を……」
近づこうとするカノンに対して、センジュは「来ないでください」と牽制する。
「大丈夫ですよ」
佐藤の目をまっすぐに蓮花は見ていた。
まるで深い闇を見つめているような、何も見ていないうつろな目だ。
「貴方……この剣をどうすれば私が死ぬか分かりますか?」
「簡単ですよ……強く引けばあなたの頸動脈は裂ける」
「…………そうですか。貴方は人を殺したことがないんですね」
「どういう意味ですか……?」
「強く引いてみてください」
「蓮花様、なりません」
センジュは不安げに佐藤の剣を止めている。
しかし、蓮花はそれを気にする様子はない。
「放してやれよ、ジジイ」
「しかし……」
「キヒヒヒ……その方が面白いだろぉ……」
そうゴルゴタから指示を受け、ゆっくりとセンジュは佐藤の剣から手を放した。
蓮花が剣に手を添えて自分の首元へと刃をつける。
「いいですよ。強く引いてください」
「なんで……俺にそんな指示をするんですか?」
「簡単ですよ。この鈍の剣で切り殺すのは相当に強い力でなければなりません。ですが、人間が物を引っ張るときの力なんて程度が知れています。それに、貴方は右利きですよね? この向きでは利き手に上手く力が入らないので、尚更私の首の頸動脈が切れることはありません」
「…………」
「それに、私を手にかけようとするのは賢明な判断ではありません。貴方が剣を思い切り引くより早く、また貴方の首が地面に落ちますよ。命を大切にした方が良いです。私が首をすぐに繋げなかったら貴方は生きてません」
そう言って佐藤はしばらく蓮花の目を見つめていたが、戦意がそがれたタイミングで蓮花は佐藤からゆっくり離れた。
その言葉を聞いていたゴルゴタは面白そうに笑っている。
「……どうして俺の事を助けたんですか」
「ゴルゴタ様の命令だったからです」
「そんな理由で助けたんですか……! 侮辱するにも程がありますよ!!」
「落ち着いてくださいよ。私の推測に過ぎませんが、ゴルゴタ様は貴方の町を魔族に襲わせたりしてないと思います。ここ数日一緒にいますが、そんなことをするようには見えません」
「実際にパイの町を襲ったじゃないですか」
「それは、私が――――」
「おい、人殺し。その辺にしとけよぉ……」
牽制された蓮花はすぐに黙り、ゴルゴタの半歩後ろへと下がっていった。
「どうだよ……? てめぇのペットよりも、俺様の玩具の方が優秀だって分かっただろぉ……?」
「確かに私の家来には、荷物を持つ程度のことしか役に立たない駄目な者もいるが、王の価値は王自体が決めることだ」
私がそう言った後タカシは何か言いたげだったが、すぐさまタカシの口を魔法で塞いだ。ここで喋らせるのは得策ではない。
それにどうせ「さりげなく悪口を言うな!」というようなどうでもいい内容を口にしようとしただけだ。
「てめぇと俺様じゃ、話にならねぇんだよなぁ……こうしてお話してる間にもいつでもてめぇの首なんざ取れる……遊び足りねぇなぁ……? 天下のメギド様も大したことねぇってことだなぁ……キヒヒヒ……」
「玩具のお披露目が済んで、その不気味な剣も使い終わったところで帰ったらどうだ」
「ヒャハハハッ! そんな連れねぇこと言うなよぉ……そうだ、イイコト思いついたぜぇ……? キヒヒヒ……」
その「イイコト」がろくでもないことであることくらい、この場にいる全員が分かったことだろう。
「このまま戦って俺様に皆殺しにされるか、あるいはてめぇが3匹差し出すヤツ選ぶなら、3匹殺すだけにしてやるよぉ……それか、てめぇの腕をその一回死んだ奴が持ってる鈍の剣で切り落とせ」
そのゴルゴタの条件の提示に、ただ1人蓮花だけは視線を泳がせて落ち着きのない様子で遠くを見つめた。