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【メギド ニューの町】
「センジュか……」
センジュは蓮花の身体を軽々と丁寧に持ち上げていたが、ゆっくりと蓮花を地面に着地させた。
蓮花は自分のいた場所が凍り付いていることを確認すると、センジュに向かって軽く頭を下げる。
軽く「いえいえ」と蓮花に会釈をし、そのまま私の方へと深々と頭を下げた。
「はい。左様にございます、メギドお坊ちゃま。少しお痩せになられたのではないですか? お食事はきちんと摂られておいでですか?」
「おい、そんな世間話しに出てきた訳じゃねぇだろジジイ」
少しばかり苛立ちを募らせながらゴルゴタはセンジュを牽制する。
それに対して嫌な表情一つ見せずに、センジュはゴルゴタへと頭を下げながら言葉を続けた。
「ええ。ゴルゴタ様、申し付けられたことは遂行いたしましたので戻ってきたのですが……これはこれは……お戯れが過ぎるのではないですか?」
私の捥がれた翼を見て、センジュは険しい表情をしてゴルゴタを見つめた。
「こんなもん、ちょっとしたゴアイサツ程度のことだ……キヒヒ……」
「では、ご挨拶程度にメギドお坊ちゃまのその翼、蓮花様のお力で治して差し上げたらいかがでしょう?」
「はぁ? 何言ってやがる……?」
その反応はセンジュの想定内だったようで、柔らかい笑顔で返事をする。
「ほっほっほ……この度の訪問はメギドお坊ちゃまの連れている人間との格比べが目的のひとつでしょう。なら、その者たちの前で蓮花様の絶対的な有能性を見せつけるというのはいかがでしょう? わたくしが誘導いたしましたので、時期にその者たちも到着するでしょうから」
その者たちというのはタカシらのことだろう。
センジュは私の味方だと考えて良いだろうが、どちらにもつけないというのがセンジュの気持ちのはずだ。
私側でも、ゴルゴタ側でもない存在として扱うのが妥当だろう。
そのセンジュの提案に対して「ちっ……」と舌打ちしながらもゴルゴタはそれを了承する。
「ま……さっきも言ったけどよぉ……ただぶち殺すのも面白くねぇからそういう余興があってもいいとは思うぜ……? どの道逃げられないしなぁ……?」
「ゴルゴタ様もハンデがあっては張り合いがないでしょう。完全な状態のメギドお坊ちゃまと戦われた方が気持ちの面でも折り合いがつくかと」
「…………」
ガリッ……ガリッ……
先ほどまで笑っていたゴルゴタは険しい表情で親指の爪の付け根を噛み始めた。
これは不機嫌になった証拠ともいえるだろう。
私とセンジュはすぐにそれが分かったが、それを見た蓮花も少しばかりゴルゴタから距離を取った。
――賢明な判断だな……
「気に入らねぇなぁ…………見え透いてるんだよ、ジジイ…………てめぇはあいつが片翼になるのを心配してるだけだ……そうだろぉ……? それを別の要因に置き換えて俺様に指図するってところが気に入らねぇ……」
ガリッ……ガリッ……ブチブチッ……
その様子を見てセンジュはゴルゴタを刺激しないように丁寧に謝罪の言葉を口にする。
「……出過ぎた真似をいたしました。ご容赦ください。ゴルゴタ様」
丁寧に頭を深々と下げるセンジュを見て、指を噛み千切るのを一度やめ、センジュを見据えた。口の周りについた自分の血液と、指に付着した血液も舐めとった。
ゴルゴタはやはり不機嫌そうだった。手に持っている禍々しい剣を今振りぬけばセンジュの頭は地に落ちる。ほんの少しゴルゴタが力を入れるだけで済む話だ。
だが、ゴルゴタはそうしなかった。
「…………まぁ、いいや……別に。おい人殺し、つけてやれ」
私の左翼をぞんざいに蓮花の方へと投げて渡した。
蓮花は突然の事に狼狽し、私の翼を落としそうになったがなんとか両手でそれを受け止める。
「わかりました……」
「少し待ってろ。ペットがもう少しで到着するみてぇだからなぁ……」
そう話している間に、クロが近づいてくる気配を感じた。
もうそう遠くない。
私がクロたちを逃がそうと魔法を展開しようとしたが、ゴルゴタはそれを見逃さなかった。
ゴルゴタが私を一睨みするのを見て、私は魔法を発動させるのを止める。
「余計なことはしねぇ方がいいぜぇ……もう片方の翼を毟り取られたくなかったらなぁ……? キヒヒヒヒ……」
「……ならば、待っている間にその蓮花という者と少し話がしたい」
私がそう申し出ると、ゴルゴタは目を細めて私を見つめる。
そこに少しの優越感が混じっていることは私は分かった。
「こいつと……? なんだよ、俺様の玩具に興味があるのかぁ……?」
「そうだな。人間嫌いのお前が気に入る人間には興味がある」
「へぇ……」
「…………………」
蓮花はゴルゴタと私を交互に見て、不安げな表情をしたままゴルゴタの後ろ姿を見つめていた。
あまり話したくなさそうであることは明白だ。
「……いいぜぇ? ほら、ご指名だ」
そう言われてから、蓮花はぎこちない動きで首肯し、私の翼を抱えたまま少しばかり前に出て私に対して軽く頭を下げた。
あまり乗り気ではなさそうであったが、私の目をまっすぐに見つめる。
顔のタトゥーは長い黒髪に隠れがちだが、確かにそこに入っている。
同じ番号をふざけて別の人物が顔に入れたのでもなければ間違いなく蓮花本人だろう。
「私に何か、ご用命でしょうか……?」
「何故ゴルゴタの元にいる? 人類を滅ぼそうとしている者に取り入って延命する為か?」
「……いいえ。私は人類が滅ぼされるとき、時を同じくして死ぬ覚悟でいます。私がゴルゴタ様の元にいる理由は、人類を滅ぼすという目的の一致です」
そう聞いても、私は驚かなかった。
蓮花という特級咎人の考えが如何に突飛な考えだったとしても驚きはしない。
蓮花は嘘を言っている様子はない。本当に人類を滅ぼしたいと考えている様子だ。
「……人間を滅ぼそうという理由は?」
「話すと長くなりますが……魔王を長くしていた貴方様なら分かる部分があると思います。人間は害悪なんですよ。救う価値がない。だから滅ぼす方に加担しようと思いました」
「ほう……そう思うようになった理由があるだろう。大量の同族を犯した動機は?」
そう尋ねると、途端に蓮花は口を閉ざした。
ずっと私の方をまっすぐ見ていた視線を落とし、何度か瞬きをしながら目を泳がせる。
手に持っているナイフに視線を向けたり唇を軽く噛んだりしている。
「…………ごめんなさい。答えられません。未だにその事に対する気持ちの整理がついていないんです」
「では質問を変えよう。死者を蘇生させる研究を熱心に行っていた理由は?」
その質問に対しても蓮花は長い沈黙があった。
ゴルゴタはそれを急かすでもなく、ただ見守っている。
それ自体が不自然だ。
――ゴルゴタらしくないな。「早くしろ」と言いそうなものだが……
時間にして4秒、5秒程度の間を置いてから、やっと蓮花は口を開いて返事をする。
「……………………回復魔法士として、その行為に可能性を感じていたからです」
「それは上辺だけの回答でしかない。生き返らせたい者がいるのではないのか?」
「……どうでしょう。今となっては分かりませんね……これはもう、妄執って言葉が正しいように思うんです。でも、生き返らせようとは思ってないですよ」
――生き返らせようとは考えていない……?
ゴルゴタに尋ねられて咄嗟に誤魔化した以外は、蓮花は嘘をついている様子はない。
「しかし研究は続けていたはずだ。生き返らせるかどうか迷っているからではないのか? なら、何故人類を滅ぼし、自分も破滅に向かう選択をする? それとも、ゴルゴタに上手く取り入って何か企んでいるのか?」
「……私は……本当に人類を滅ぼしたいだけなんですよ……。ゴルゴタ様にお願いをするとしたら、必ず人類を滅ぼしてほしいという事だけです。死者の蘇生の研究をしているのはそれが完成すれば選択肢が増えるからです。生き返らせるか、眠らせたままにするか選べるじゃないですか。今は誰もそれを選べない。ただ“死”というものに翻弄されているだけです。私も同じく“死”に翻弄されているだけの存在でしかないんですよ」
蓮花のその言葉をセンジュもゴルゴタは静かに聞いていた。
その言葉には確かに実体験に基づいた説得力のある言葉に聞こえる。
しかし、物事の核心部分に触れさせないようにと本題に入ることを拒否するものの言い方をしていることくらいすぐに分かった。
「かわすのが上手いな。抽象的な表現で核心に迫る事柄については話さないつもりだということが分かる」
「ええ……そうですね。どうしてそんなことを聞いてくるんですか? 事件については人間の間の話で、魔族の方には関係ないことなのに。貴方も魔族なら、人間がいなくなった方が話しが簡単でいいじゃないですか」
途端に話の筋が雑になった印象を受ける。
今まで慎重に言葉を選び、吟味していた話の筋が急激に幼稚になった。
露骨に話を逸らしたいという意図がくみ取れる。
それほどまでに話したくないのなら、今は無理に聞こうとしても口を割らないだろう。
私はその話に合わせてやることにした。
「死者を蘇生させるほどの力をゴルゴタの恣意的に使われては困るのでな」
「人間に悪用されるより、ゴルゴタ様の要望に応える方に私は力を尽くしたいです」
「それがどれほど危険な事か、お前ほど賢いのなら分かっているだろう」
「勿論様々な面で危険が伴うのは理解しています。ですが、万全を尽くすつもりです。リスクは最大限避けるつもりでいます」
「お前が考えるリスクをゴルゴタも同様に考えるとは限らない。指示されたら相当なリスクがあったとしても従うだろう」
「……理念に反することはするつもりはありません」
「いや、お前はすることになる」
強く言った私のその言葉を聞いて、首をゆっくりと横に振り蓮花は否定した。
「……いいえ。しません。ゴルゴタ様もそれは理解していただいていると思います」
「何? ゴルゴタが理解しているだと?」
到底ゴルゴタがそれを理解しているとは考えられない。
無理にでも従わせようと考えるはずだ。
蓮花当人の考えなど、容認するはずがない。
「ええ……私は理不尽な要求に屈することはしません。従いたくなければ、すぐにでも自決します」
手に持っているナイフを見つめながら、蓮花はそう言った。
ナイフで自決するには相当に覚悟を決めないとできない事だ。
しかも、持っているナイフの刃を見るとあまり鋭利なようには見えない。
「ほう……希死念慮のある者が苦痛を与えられることを選ぶわけがない。ゴルゴタがそう簡単にお前を死なせると思うか?」
「いいえ。でも、自決の手段なんていくらでもありますから」
「へぇ……?」
その言葉に対して、ゴルゴタは面白そうに蓮花を見た。
そのいくつもある自決の手段で自分から逃れられるのか試したいと思っているのだろう。
そこまで話したところで、私の後方からクロたちが到着した。
クロは警戒しながらゴルゴタを威嚇している。
レインも警戒しながら私の肩へと飛んできた。
私の背中の状態を確認した後に、身体中の鱗を逆立てて威嚇しながらゴルゴタらを睨みつける。
「魔王、翼が……こいつらがやったの?」
私の翼を抱えている蓮花とゴルゴタに対して激しい敵意を剥き出しにして、レインは魔法を展開しようとする。
レインにしては珍しく怒っているような口調だ。
「どうということはない……奴らの力量が分からない訳でもないだろう。やめておけ」
「奪い返してつけてもらった方が良いよ」
「へぇ? てめぇも回復魔法士を連れてるのか……」
ゴルゴタはいつも私を「兄貴」と呼ぶが、兄弟だとは知られたくないのかそう呼ばない。
私としてもそれは好都合だ。
この様子だと、蓮花にもそれは言っていない様子。
――とはいえ、「てめぇ」などとぞんざいに言われるのは癇に障るのだがな……
私が負傷しているのが見えたのか、クロの背中から降りたカノンはゴルゴタたちを警戒しながらもまず私の背中の状態を確認した。
その後に、蓮花の持っている翼を見た後に再び私の患部を見てから、一瞬カノンの動きが止まる。
カノンにとっては何かの見間違いかと思っただろう。
蓮花の方を向いてカノンは目を見開いた。
「蓮花さん……?」
そう問いかけるカノンの言葉に、蓮花は冷たい視線を向けて黙していた。