お気に入りの玩具を自慢してください。▼
【メギド ニューの町】
背中に違和感を覚えてからすぐに、背後から聞きなれた声が聞こえた。
振り返るまでもなかった。
この声、聞き間違えるはずがない。
「ゴルゴタ……!」
気配を消していたゴルゴタが、私が琉鬼に気を取られている内に飛びあがり私の背後から肩と翼を掴んだ。
翼を掴むことで私の飛行機能を阻害し、降下するその勢いのまま地面に私を叩き落そうとしている。
私の首には『血水晶のネックレス』がかかっている状態だ。
これを絶対にゴルゴタに渡してはならないとしっかり掴むが、ゴルゴタはネックレスになど目もくれずに私を地面に叩きつけたい様子だった。
魔法で振り払おうとも考えるが、密着していて急降下しているこの状況下ではコントロールが難しく、できない。
なんとか地面に叩きつけられるのを回避しようと翼を動かそうとするが、降下している最中に背中に燃えるような痛みを感じた。
ゴルゴタが一瞬で私の左翼を引きちぎったからだ。
「ぐぁあぁっ……!」
神経が集中している翼を引きちぎられ、私は無様に声をあげる他できなかった。
引きちぎられたのが翼でまだ良かった。
この狂気的な男にかかれば、私の首を引きちぎるのも簡単なことだ。
「ヒャハハハハッ!」
「このっ……」
ゴルゴタの手を振り払い、右翼を広げて羽ばたいて地面への衝突を回避する。
私が地面に着地すると、ゴルゴタも身軽な動きで身体を一回転させて着地した。
私の血の滴る左翼を片手に持ち、悠々とその場に立つ。
背中が燃えるように熱く、感じたこともないような激しい痛みを感じる。
「キヒヒヒ……もうそれじゃ飛べねぇなぁ……?」
舌なめずりしながら笑うゴルゴタを睨みつける。
背中からとめどなく出血している部分を氷魔法で止血した。
冷やしたことで、痛みも多少は和らいだ。
「何故ここにいる? 招待した覚えはないぞ」
楽しそうにゆらゆらと歩きながら、ゴルゴタは家の柱に立てかけてあった得体のしれない武器を掴み、私に向けてきた。
禍々しい大型の武器だ。
不ぞろいの刃がいくつもついているだけでも不自然だが、その武器は肉を纏い不気味に脈打っている。
「なんだそれは……生きているのか?」
「キヒヒヒ……俺様の新しい玩具だ。今日はこいつで兄貴の連れてるペットをぶっ殺しに来た。光栄に思えよ? まだこの武器でぶっ殺したやつはいねぇんだ……つまり処女ってこと……ヒャハハハッ……」
ゴルゴタがどうでもいい話をしている間、私はこの状況をどう乗り切るかを考えていた。
あらゆる魔法でいくら足止めしようと、ゴルゴタはかならずそれを掻い潜りクロたちの元へと行ってしまう。
縫い付けるにはどうしたらいい?
素早いゴルゴタに氷柱を突き刺して縫い付けたところでそれを折ればすぐに自由になる。
以前、タカシを殺そうとしたときも「まだ生かしておいてやる」と言っていた。
あのときのゴルゴタの裁量でタカシは生きているに過ぎない。
なら、クロたちをここから逃がす方が現実的か。
だが、クロたちに知らせたらゴルゴタはそっちを追いかけるだろう。
「でもただ殺すのは芸がねぇと思ってよぉ……タノシイ方法が良いだろぉ? キヒヒヒヒヒ……」
「お前の戯れに付き合っている暇はない」
「連れないねぇ……まだ俺様に協力する気にならねぇのかぁ……?」
「ない」
「おうおう……気の強ぇことよ……でもさぁ、お袋を殺した勇者の死体、見つかったんだぜぇ……? そのクソ野郎どもがもう少しで生き返るってワケ」
「何……?」
母上を殺した勇者を生き返らせるなど、危険な行為が過ぎる。
相変わらずその危険な行為に対してゴルゴタは楽観的な様子だ。
「危険だ。止めておけ。お前が殺されるかもしれないという危険性をお前は理解していない」
「かってぇなぁ……兄貴はさぁ……? いたぶって遊ぼうぜ? その方がタノシイだろ……キヒヒヒ……」
「お前の考えは安直すぎる。その後の事など何も考えていない。無鉄砲だ」
「無鉄砲なのは兄貴の方だろ……毛のない猿のペットなんか連れて、俺様のとこに遠足でもしに来るのかぁ……? ヒャハハハハッ!」
――クロたちを逃がすことに注力するよりは、全員で対抗する方が可能性があるか?
ゴルゴタを『縛りの数珠』で捕らえれば後はどうにでもなる。
だがそれはタカシらの元にあってすぐには使えない。
それを取りに行くのは無理だ。
ゴルゴタの方が圧倒的に早い。
何よりも無理だと感じるの理由は、片翼を失った私は飛ぶことができない。
それに、翼がなくなったことで片方が軽くなり、バランス感覚が掴めない。
「キヒヒヒヒ……今日は楽しくなりそうだなぁ……なぁ? 言っただろ……今日は玩具のお披露目に来たんだって……兄貴の一番のお気に入りのペットをぶっ殺してぇんだ。連れて来いよ。どの道逃げられねぇぜぇ……?」
「……私にお気に入りのペットなどいない」
「良く言うぜ……身体中からくっせぇ匂いがしやがる。獣の匂いに、毛のない猿の匂い、それに羽虫の鱗粉……よく耐えられるなぁ?」
そう言うゴルゴタの身体からも人間の匂いがした。
それも少しではない。
集中してゴルゴタから発せられる匂いを追うと、それなりに人間の匂いがついている。
「…………そういうお前も人間の匂いがするぞ」
「ヒャハハハハッ……そうだぜ? 俺はお気に入りがいるんだよ。おい! 出てこいよぉ! 玩具のお披露目会だ!」
――お気に入りの……人間……?
誰に向かってそう言ったのかは分からないが、ゴルゴタがそう言ったすぐ後に何者かが走って近づいてくるのが分かった。
琉鬼と話をしていた者がいた方角だ。
左の家屋の影から長い黒髪の人間の女が走ってきた。けして早くない速度だった。
片手にナイフを持っていて、ゴルゴタの前までまっすぐ走ってくると私の方へと向き直った。それほど大した距離を走った訳でもないのに、息を切らして俯きながら話し出した。
「はぁ……はぁ……こんばんは。初めまして……はぁ……はぁ……貴方がメギドさんですね……」
顔に髪がかかっていて顔は良く見えない。
確かに人間の女であるということと、息を切らしていることだけは分かる。
「何息切らしてんだよ」
「全力でっ……走ってきたんですから……大目に見てくださいよ……」
「かっこつかねぇなぁ……ま、こいつが俺様の新しい玩具だ。見ての通り毛のない猿だがな」
「……えーと……ご紹介に預かりました。私は――――」
顔にかかっている髪が身体を起こしたときに払われ、顔に数字と記号のタトゥーが見えた。
『011713★』その数列には見覚えがある。
「お前は……」
「蓮花と申します。回復魔法士……です。もう除名されてますけど……」
「………………」
それを見て、最悪の組み合わせだと感じた。
死者の蘇生を目論むゴルゴタと、それを実現可能にする上位の回復魔法士。
まさか、魔の手を逃れる為に魔の中に飛び込むとは、余程肝が据わっていると見える。
これでは解呪を依頼するのは確定的に無理だ。
第二の呪印を解く方法がこれで潰された。
「こいつは俺様のお気に入りなんだ……他の毛のない猿と違って使い道がある」
「お気に召していただいて光栄です」
それにしても実物を見ると、調書やカノンの話から聞く私が抱いていた印象とは全く異なった。
礼儀正しく粛々としており、ゴルゴタを立てるような話し方や立ち振る舞いをしている。
調書の文面から見る面や、実際に犯した罪状の内容から照らしても傲慢さがあまり感じ取れない。
――本性と建前と言ったところか……場を弁えて空気を読んでいるとも考えられるが……
私はこの状況が信じられない気持ちもあった。
気性の荒い人間嫌いのゴルゴタが「気に入っている」と言っている。
やはり殺人罪の特級咎人であるから気に入っているのだろうか。
――それに……何故ゴルゴタと共にいる……?
死刑を急いでいたような咎人だ。
生き永らえたいという意志を調書からは感じなかった。
魔に取り入ってまで生き永らえたいと思った理由が別にあるか、あるいは人間をまだ殺し足りないとでも思っているのか、それは分からない。
「あの……そのゴルゴタ様が持っている翼は……」
「俺様が引きちぎってやったんだ」
「あぁ……そうなんですね…………」
「なんだよ」
「いえ、私にも翼があったら、ゴルゴタ様に足首を掴まれて運ばれることもなくなるのかと思いまして」
――?
その言葉が嘘だという事は私にしか分からなかったことだ。
ゴルゴタは咄嗟の嘘に気づいていない。
別のことを考えたが、それを誤魔化す為に別のことを言っている。
――今の会話に何か隠したいことでもあったか……?
私は蓮花に少し探りを入れてみることにする。
「ちょうどお前を探しているところだった。探す手間が省けたぞ」
「なんだ、こいつのこと知ってんのか……?」
「あぁ……同族を何十も苦しめて殺し、死刑判決を受けた特級咎人……詳しい者から他にも色々話を聞いた」
私のその言葉を聞いて蓮花は顔をしかめる。
「……私の話はやめてくださいよ。私はお二方の話題に昇るに足る程の存在じゃないんですから」
どうやら、そのことには触れられたくないらしい。
ここまであからさまに態度に出るのなら、ゴルゴタの前で本性を隠しきれるわけがない。
「なぁんだ、お前、有名なのか……?」
「まぁ……不名誉に有名だと思います。黒い星がつく咎人はそういませんから」
「知らずに側に置いているのか?」
どうやらゴルゴタはこの蓮花とやらの実態を良くは知らないようだ。
この世の法則を乱しかねない上に、特級咎人という危険な存在だという認識が欠けているらしい。
「詳しい事は知らねぇけどよ……更生不可能な人殺しってのは面白れぇと思ってるぜぇ……? こいつ、同族に対して容赦ねぇ」
「譲歩は見せたじゃないですか。それに約束も守りましたし」
「でもてめぇのせいで1匹死んだだろ? キヒヒヒヒ……」
「選択したのはあの女性です。私は選択肢を提示しただけで――――」
会話の内容は物騒で興味深いものだが、それをただ黙って聞いている訳にもいかない。
ゴルゴタと蓮花とやらが話しをしている間、私は魔法を展開してゴルゴタの周囲に外に出られない結界を張った。
二重、三重と周囲に幾重にも結界を張って行くが、すぐにゴルゴタがそれに気づいて会話をやめ、私の方に向き直る。
「無駄だって分かってるだろ?」
一振り拳を振るうだけで、結界は泡が弾けるように簡単に壊れた。
他の魔族はこの程度でどうにかなったとしても、ゴルゴタを止めることはできない。
氷で身体中の自由を奪おうとしても、服が破れようと、皮膚が氷に癒着して剥がれようと、ゴルゴタは気にすることなく目的を遂げようとするはずだ。
――なら……
私は蓮花のほうを狙った。
それでゴルゴタの注意が逸れるかどうかは半々程度。
いくら気に入っているからとはいえ、人間をゴルゴタが庇うとは限らない。
脚を潰せば行動不能になるだろう。
と……、蓮花の足元を氷の魔法を展開したそのときに、捉えられない程の素早さで何かが動き、蓮花は空中へと浮き上がった為に私の魔法からは逃れた。
そして、トン……と軽い足取りでソレは着地する。
「お久しぶりでございます」
見慣れた燕尾服、聞きなれた穏やかな声、紳士的な振る舞い、そして、他種族が恐れて手を出すことを躊躇う絶対的な暴力を持つ鬼……――――
魔王家の執事、センジュがそこにいた。