玩具のお披露目会に出てください。▼
【メギド ミューの町 宿】
朝は億劫だ。
一番億劫に感じるのは朝という時間帯に起きなければならないことだ。
私は本来夜行性だが、人間は夜目が利かない上に昼に活動をする生き物だからそれに合わせるのは非情に億劫に感じる。
人間の町の宿に宿泊している以上はそうせざるを得なかった。
二番目に億劫なのは自分で身支度をしなければならないという事だ。
城にいた頃は私の世話は何もかもをセンジュがしていた。
起きて服を着るのも、靴を履くのも、髪を整えるのも、食事の手配をするのも、何もかもをセンジュがしていたので、自分でそれをしなければならないのは面倒に感じる。
昼過ぎからそうするのはそれほど億劫でもないのだが、寝起きはどうにも一挙一動が重くなりがちだ。
それを漸く乗り越えて食事に向かうと、朝からやかましい連中に囲まれて食事を摂る羽目になる。
特にタカシとレインがやかましい。
妖精族の嬰児のミザルデの方がどんなに静かな事か。
昨日から1人面倒なのが増えたので、いつもにも増してやかましく感じた。
それ以上に琉鬼の食べ方が汚いということの方が私は苦痛に感じる。
「おい、咀嚼音と食器をカチャカチャと音を立てるな。もっと上品に食事ができないのか」
などと、朝から言わなければならない。
賑やかと言えば聞こえはいいが、私にとってはやかましいだけに思う。
早く優雅な生活を取り戻すべく、食事を済ませて身支度を整えたら早々にミューの町を出ることにした。
琉鬼以外はクロの背に乗って、目指すニューの町方向の跳ね橋を兵士に降ろさせた。
琉鬼は魔機械族の作った二輪車に乗って並走して本当についてくるつもりのようだ。
とはいえ、クロの速度についてこられなかった場合は琉鬼のペースには合わせないとは言ってある。
「町長には“結界を二重に張っておいたから心配するな”と伝えろ」
「かしこまりました。それでは魔王様、お気をつけて」
跳ね橋が降り終わったとき、私たちはミューの町を出てデルタの町へ向かう途中にあるニューの町を目指した。
◆◆◆
約半日ほど移動を続け、森を越え、草原を越え、いくつかの魔族の住処を越え、私たちはニューの町へと近づいてきた。
魔族の住処を越えたと言っても、別段私たちを見て襲ってくるということもない下級魔族の住処の近くを通っただけだ。
途中で何度か休憩を取ったが、琉鬼は執念深くというべきかしっかりとついてきている様子だった。
特に取柄はないように思ったが、二輪車の運転についてはかなり上手い。
どうやら前の世界に同じような乗り物があったらしく、乗ったことがあったらしい。
燃料になっている魔鉱石も大量に数量がある為にかなりの距離を走ることができる。
クロも走り通しで疲れていて、レインも走っているクロの身体の冷却をし続けなければならずにかなり疲弊が見えていた。
魔機械族の住処に行った際に何か移動に便利な機械をもらってもいいだろう。
クロとレインが疲弊していると、まともに戦えるのは私しか残っていない。
乗っているだけのタカシやカノン、佐藤も気を抜くと落ちてしまうために気を張り続けて疲れているのか、いつもやかましいタカシも黙って休息を取っていた。
「クロ、大丈夫か? あともう少しで町に着くが」
息がまだ整えられていないクロに私がそう問いかけると、クロはうんざりしたように返事をした。
「…………こんな役割を受けなければ良かったと後悔しているところだ」
「そうだな。これだけ背中に乗せて長時間移動し続けるのはかなりの大義だ。馬で移動していたら2日、3日とかかるところを半日で来るのは疲弊しても仕方がない」
「……労う言葉をかけられても、貴様が結果を出せなければ私がお前を咬み殺す」
「安心しろ。私が本気を出せばそれほど難しい事でもない」
「どうだか……」
そう悪態をついているクロの元にメルがやってきて、クロの身体を優しく撫でた。
「クロさん運んでくれてありがとうです」
「……貴様は軽いから、そう気にするほどの事でもない」
「私からもお礼を言わせてください。ミザルデと私を運んでくださってありがとうございます」
ミューリンもクロの元へと飛んできて頭を下げた。
それを見て、クロは気まずそうに顔を背ける。
「私は魔族の楽園までの同行になりますので、もうすぐお別れですが……私だけではここまでくることはできませんでした」
「妖精族は長距離を移動しないからな」
「はい……ミザルデも『嫉妬の籠』から出られないままですし……」
その後ろ向きな言葉にクロは何と返事をしていいか少しばかり迷った末に、ふと思い出したように私の方を見た。
「魔道具であれば魔機械族が詳しいのではないか?」
クロのその質問に対し、「そうだ」とも「そうでない」とも答えるのが難しい。
「魔機械族の今の技術よりも古い魔法式で作られているからな。対応しているかどうかは分からない。行ってみる価値はありそうだが」
「そもそも魔道具誰が作ったのか知っているか?」
「作った者は不明だ。城にあるものもあれば、人間の手に渡ったものもあるし、魔族の手に渡ったものもある。いつ、誰が、何のために作ったのかは分からない」
「そうか……」
話しに一区切りがついたところで、クロは身体を起こして身体の動きを確認した。
「もう十分休んだ。あと少しなら日が落ちる前に町に着くだろう」
「もう行くの……? 僕、もうすっごい疲れてるから、狼の身体冷やす役割、魔王代わってよ」
「普段は随分余裕そうなのに、弱音を吐くのだな」
「だって半日ずーっと調整しながら魔法使ってるんだよ? そりゃ疲れるよ」
「持続力の訓練だ」
「体力のない魔王にだけは言われたくないんだけど」
クロが動けるようになったところで私たちは再びクロの背に乗って、ニューの町へと向かった。
琉鬼もしっかりと私たちに二輪車でついてきている。
日も大分傾いてきて、辺りも暗くなってきていた。
そうして走り続ける事15分程度、ニューの町がやっと見えてきた。
「…………」
遠目から見えるニューの町はいたるところが破壊されていた。
どうやらすでにもう魔族が襲った後らしい。
しかし、パイの町と決定的に違う点はかなり建物が損壊しているという事だ。
どちらかと言うとタウの町のような壊れ方をしている。
「ゴルゴタの配下の魔族がいるかもしれない。慎重にいくぞ」
町に近づくにつれて血の匂いが濃くなってきた。
それに、何やら「ガンッ……ガンッ……!」という金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。
「何の音だ……? 動いているのは金属を殴打している者だけのようだが……」
「死臭がする。死後かなり経っている者の匂いだ……」
クロが立ち止まったところ、後ろから琉鬼が二輪車で横につけて停車した。
「どうしたんですか?」
「何やら音がするが、何の音なのか分からない。その音のせいで音波によっての判断が出来ず、他のものの場所が正確に把握できない」
「なら、ここは我が行きます。何、ほんのひと撫でしてやるだけのこと……」
「むやみに入るな――――」
意味不明な言葉を吐き捨てて、私が止める間もなく琉鬼は町の中へと二輪車を走らせて入ってしまった。
「なぁ、琉鬼が入っていったらまずいんじゃねぇか……?」
「…………ネズミ捕りにかかりに行ってくれるなら、好都合なのだがな……」
何かの罠か、あるいは生存者が何かしているのか……。
何にしてもあまりいい予感はしない。
「私が上空から確認する。危険があるようなら町には入らない」
クロの背から私は自身の翼で飛び立った。
上空から見るとニューの町は予想以上に凄惨な状態になっているのが分かる。
死体がいくつも横臥していて、建物はそこかしこが壊れていた。
だが煙が出ているでもなく、死体もネズミや野鳥に食い荒らされているところを見ると、恐らく、魔族の暴動が始まって間もなく襲われた町なのだろう。
「…………」
ガンッ……! ガンッ……!
私が上空からその様子を観察すると、その音を出していた者は先に町に入った琉鬼と話をしている様子だった。
普通に話をしているところを見ると、恐らく人間だ。
(はぁ……はぁ……あなたは……誰?)
声からして女の声だということは分かるが、屋根が邪魔をして上空からはその姿は確認できない。
(我は漆黒の使いの勇者……可憐な乙女よ、我が来たからにはもう安心だ)
(漆黒の……勇者? こんなところに何しに来たんですか……?)
(それは我も訪ねたい。貴殿はこの町の生存者なのか?)
と、琉鬼の元へと降りようとしたところで、「ヒュンッ!」と何かが急激に動く音が聞こえ、私は急激に空中でバランスを崩した。
ソレが何か気づいたときには手遅れの状態だった。
「よぉ……兄貴ぃ……久しぶりだなぁ?」
◆◆◆
【蓮花 ニューの町】
体力がある方ではないと自覚している。
頭を働かせる仕事ならそれなりに心得があるが、身体を使う仕事はあまり得意ではない。
にも、関わらず蓮花はゴルゴタの指示で懸命に金属棒を建物の金属部分に叩きつけていた。
ガンッ……! ガンッ……!
――き……きつい……いつまで続ければいいの……?
叩きつけ続けて20分。
蓮花はもう体力の限界が来ていた。
それでもゴルゴタの指示とあらば勝手に止めるわけにはいかない。
一度打ち付けると手がビリビリと痺れるほど強く殴打を続けているせいで痛みも感じている。
聞くところによると、音波による反射で物の位置が分かる能力を鈍らせるためにわざわざこんな古典的な行動を強いられているようだ。
「文明の機器とか……ないんですかっ……!」
ガンッ……! ガンッ……!
愚痴をこぼしながらも懸命に金属同士を殴打させる蓮花の元に何やら「ブゥウウウン……」という音が近づいてきた。
もう蓮花は疲れていてその音を警戒することすらもままならない。
それでも殴打を続けていたら、二輪車に乗った太っていて禿げている長髪の不細工な男がやってきて、なにやら蓮花の方を見つめていた。
もじもじとしていて話しかけてこようとはしているらしいが、なかなか話しかけてこない。
「はぁ……はぁ……あなたは……誰?」
蓮花からそう尋ねると、その男――――琉鬼は突然勇猛果敢に訳の分からない話をし始めた。
「我は漆黒の使いの勇者……可憐な乙女よ、我が来たからにはもう安心だ」
「漆黒の……勇者? こんなところに何しに来たんですか……?」
息を切らしながら琉鬼に尋ねる。
正直、こんなところに不審な男がやってきたことについては蓮花にとってはどうでも良かった。
「それは我も訪ねたい。貴殿はこの町の生存者なのか?」
「はぁ……はぁ……ちょっと、待ってください……はぁ……はぁ……えっと、そういう訳じゃないんですけど、用事があってここに来たんですよね。貴方、旅の人ですか? だったらとばっちりが来る前に逃げた方が良いですよ……」
膝に手をつき、下を向きながら息を必死に整えようとする。
「……とばっちりとは?」
「…………」
説明をするのが面倒くさいと蓮花は感じていた。
顔のタトゥーを見せればきっと恐ろしくなって逃げるだろうと考え、顔をあげて琉鬼の方を向いた。
「ほら、これ……これを見れば大体分かるでしょう?」
汗で顔に張り付いている髪を手で避けながら琉鬼へと見せた。
「なんと。顔に刺青を入れるなんて……」
「解ったでしょう。面倒なことになる前に逃げた方が――――」
「なかなかワイルドだ……カッコイイ……」
「……は?」
何を言っているのか蓮花には解らなかった。
金属棒を振り回している異常者に殺されないようにというお世辞かと考えたが、男は興味津々に蓮花の顔を覗き込んでいた。
そうやらそういう訳でもないらしい。
「我も顔に入れたらワイルドでイケてる男になれるだろうか……」
「……この識別記号の意味、知らないんですか?」
「識別番号とな? なるほどなるほど……その設定はかなりイケイケでカッコイイ……顔はなかなか抵抗があるが、二の腕くらいに入れる分には……いや、顔に入れるからこそワイルドでカッコイイのか……」
――冗談でしょ? 本当に知らないの……? 顔にタトゥー入れるのは咎人だけって知らない人がいる……?
「…………」
そうこうしている間に、ゴルゴタと誰かが話をしている様子が遠目で見えた。
蓮花はゴルゴタのいる場所から家屋を何棟か挟んだ場所におり、誰と話しているか、会話の内容などは聞こえなかった。
しかしこの町に来たゴルゴタの目的は魔王メギド。
話をしている相手は見えないが、それがメギドであることは推察できる。
もう音を出し続ける仕事をしなくて済むと思い、金属棒をその辺に捨ててマメが出来ている自分の手に回復魔法を施した。
「死にたくなかったら逃げた方が良いですよ」
「? どういう意味だ?」
「あそこ、見えるでしょう?」
蓮花がゴルゴタの方を琉鬼に示すと、琉鬼はゴルゴタが見える位置まで移動する。
「……誰かいるのが見えるが……」
「…………もしかして、ゴルゴタ様の事も知らないんですか?」
「ゴルゴタとな……! 名前は知っているぞ。魔王メギドが討ち倒そうとしている悪逆非道の現魔王……!」
――悪逆非道っていうか……なんというか……
「まぁ……そういうことですよ」
「可憐な乙女よ、ここは危険だ。我と共に離れよう……!」
「え? あぁ……まぁ、私は大丈夫です」
「逃げよう、見つからない内に……!」
自分はゴルゴタの一派だということを蓮花は言いたくなかった。
「私はゴルゴタ様の配下です」というのは、ゴルゴタの威を借るような脅し文句でどうにも言うのは抵抗感がある。
どう伝えるべきかと考えていたところ、ゴルゴタは蓮花に聞こえるように大きな声で蓮花を呼んだ。
「おい! 出てこいよぉ! 玩具のお披露目会だ!」
ゴルゴタとメギドの間に入るのは嫌だと考えたが、元々見せるつもりで連れてこられたことは理解していた。
なので覚悟を決めて蓮花は出て行くことにする。「では」と短く言って琉鬼を置いて蓮花は走ってゴルゴタの元へと向かった。
琉鬼は蓮花を止めようとしたが、急に走り出した蓮花を琉鬼は止められずにおろおろと家の陰に隠れて様子を伺った。
――走って登場するの、ダサくない?
そう思いながら蓮花なりに走っていくのだが、あまり早くない。
家の間から出てゴルゴタの元へと到着し、相対しているメギドの方へと向き直った。




