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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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【メギド ミューの町 宿】


 目の前に正座させている男は、もう正座の負荷に脚が耐えられないようで落ち着かない様子で私の顔色をうかがっていた。


 もうすでに何度も何度も水をかけた後だったので、その男――――琉鬼の周りは水たまりができている。


 琉鬼本人は今まで雨に打たれていたのを風呂に入って着替えて乾いていたのにも拘らず、再びずぶ濡れになっていた。


「つまり、私たちと別れた後にベータの町に一時は向かおうとしたが、この世界の危機を救うのは自分しかいないと思い直して、パイの町にあった魔機械族が作った二輪車を巧みに操縦し、私たちが向かうと言っていたミューの町の付近まできたら悪魔族らに捕えられた…………と。そういう訳か?」

「はい……」

「悪運の強い奴だ。この状況で魔族に出くわせば即時食料にされても不思議ではないのに」

「ふっふっふ……それは我が転生者という数奇なる天命を纏いし漆黒の使者で――――」


 バシャン。


 相変わらず懲りない奴だ。

 これだけ水をかけられてもまだふざける余力を残しているとは恐れ入る。


「なぁ、話は分かったけどさ、連れていくのか?」

「……連れて行かないと言っても、この末期はついてくるつもりだろう?」

「琉鬼です!」

「はははは、俺も琉鬼の名前思い出せなくて“末期”って言ったんだよな。俺とメギド、発想が似て――――」


 バシャン!


 タカシの頭部にも水を強めにかける。

 こっちも大概凝りていないようだ。


「私はこの男を背には乗せないぞ」


 この話が始まったときにはクロは即座に拒否をした。


 それはそうだろう。

 この男は相変わらず異臭がする。


 端的に言うと、汗の匂いと、股間の辺りからの独特な不衛生な匂いがまじりあったような匂いがする。


 話し合いをする前に風呂に入れと強制的に風呂に入れたわけだが、この男の身体の洗い方ではいつになっても異臭は取れないだろう。


 しかし、私が「そこをこうやって洗え」などと教えるというのは絶対に回避したい。


 ――多少考えてみれば、これだけ異臭がすれば他の魔族に食料にされる可能性は低いか……


「我はバイクでついていきます! この世の危機に、おめおめと逃げ帰るなど、末代までの恥……」

「安心しろ。お前がその末代だ」

「え?」


 こんな異臭のする醜い男を伴侶にする女がいるとも考え難い。


 ――いや……この異臭は人間にとっては惹かれるフェロモンのような役目があるのか……?


 この部屋の中にいるのは私、タカシ、佐藤、カノン、クロ、琉鬼だが、この中でこの話がまともに通じるであろう存在はカノンか佐藤だろう。


「一応聞きたいのだが、人間は異臭がするほど異性を引き付けるという習性があるか?」

「えーと……フェロモンとかって話なら……うーん……人間においてのフェロモン有効説は僕の記憶ではなかったはずですが……」

「私の記憶にもない。つまり、異臭がする限りは人間の女が寄ってこない。お前は一生伴侶を獲得できないということだ。身体を隅々までもう一度洗ってこい」

「そ……そんなに臭いですか……? 結構洗ったつもりなんですけど……そんなにはっきり言われると傷つきます……」


 そう言いながら琉鬼は自分のわきの辺りの匂いを嗅ぐ。


 違う。

 特に異臭がするのはそこではない。


「自分では体臭は分からないだろう。魔族の嗅覚からすると、結構な異臭がする。もっと隅々まで洗ってこい」

「隅々まで洗いましたよ? 指の隙間とか、爪の隙間とか……」

「…………」


 違う。

 異臭がするのはそこではない。

 何故分からないんだ。


 いや、確かに自分の嗅ぐことのできる範囲の匂いではないから分からないものなのか。


「……もういい。それよりも、ついてくるならある程度の技量が必要だ。役にも立たないのについて来られても困る。パイの町での実力が全てなら、却下だ。特技はあるか?」

「うっ……就職面接……えっと……特技は初対面の人とでも打ち解けることができることです」


 嘘を言っている訳ではないだろうが、私と初対面のときに急に襲ってきたり、少し理論で詰めたら癇癪かんしゃくを起こして自宅に走って引きこもってしまったような男が、初対面の者とそう打ち解けるとは思えない。


 そして、それが何の役に立つのか私には解らない。


「……それが何か役に立つのか?」

「えーと……円滑な人間関係を築くことで、ホウレンソウをしやすい環境を作り、伝達ミスをなくし、確実な仕事を可能にします」


 なにやら定型文を読み上げているような話し方が気になるが、それよりも単語の意味が解らずに私は琉鬼に聞き返した。


「…………ホウレンソウとは?」


 そもそも私が聞いているのはそういう事ではない。


 魔法が得意とか、武術ができるとか、剣技ができるとか、私が聞きたいのはそういうことだ。


 伝達ミスをなくすとは言うが、既にここで伝達ミスが発生している。

 全く当てにならない奴だ。


「ホウレンソウとは、報告、連絡、相談です。その頭文字をとってホウレンソウと言います」

「離れている場所から連絡を直ちに行える魔法が使えるのか? 通信係なら欲しいところだが」

「え? えーと……それは……できません……」


 歯切れ悪く、琉鬼はできないと小声で言った。


「……で、他に特技は?」

「後は……えーと……待つのは得意です」

「…………」


 ――それは果たして特技と言えるのか?


 私は待たされるのは嫌いなので、待たされるのが得意というのは確かにある意味才能と言えなくもないが……。


「お前が人類の滅亡を待つのは容易だろうな。違う。私が聞いているのは戦闘になった際に役に立つ特技だ。お前の人間性には興味がない」


 私がそう言って切り捨てると、琉鬼は「うーん……」と言いながら目を左右に泳がせる。


「…………我は闇と契約せし宣告者……我と戦う者は塵も残らず消え失せる……」

「おい、ミヨシ、こいつをどこかに捨ててこい。逃げられないようにどこかに括りつけておけ」

「ミヨシじゃなくてタカシ! それは流石にちょっと可哀想だろ。俺だってそんなに役に立つわけじゃないけど同行してるから、大きなことは言えないし……俺も結界の外で守りながら戦うのは大変だって分かったから簡単に連れて行こうとも言えないし……」


 タカシは琉鬼も人質にされている中、琉鬼を助け出して自分自身の身も守った。

 その時に守りながら戦う事の大変さを身をもって感じただろう。


「分かっているなら話は早いな」

「でも、他の魔道具も手に入れてから魔王城に行くんだろ? だったら連れて行っても良いだろ。俺らだけでいくつも魔道具使えないしさ」

「この男ではなくとも他に適任はいるだろう。魔道具を使うのはセンスが問われる。各魔道具にリスクがある以上、練習して使いこなせるようになるまで待つことはできない」

「でもさ、行きたくない奴連れていくよりも、やる気のある奴の方が良いじゃん」

「やる気があるに越したことはないが、技量が伴っていなければ同行はさせられない」


 はっきりと私が断ると、琉鬼はシュン……と肩を落として俯いた。

 少ししてからグズグズと泣きだし、涙を拭うような仕草をし始める。


 人間の成人している男とは思えない情けなさだ。

 タカシは琉鬼よりも年下だが、グズグズと泣きだすようなことはない。


「泣いても無駄だぞ。泣き落としに動じるほど私は安くない」

「……俺は……転生前も駄目駄目で……そんなやつがこっちに来ても更生する訳でもなく、やっぱり駄目駄目で……でも、変わらなきゃってずっと思ってたけど……きっかけがなくて……でも、このまま待ってても人間滅びるって言うから……俺も最後なら頑張ろうって思って…………これが転機になればって……」

「…………」

「また転生できるかどうか分からないし……そうしたら今度こそやり直そうと思います……」


 唯一、この冴えない男に価値があるとしたら、それは転生者という点だ。


 転生者には詳しくないが、同じ転生者のレインは龍族の幼体でありながら私と張り合う力を持っている。


 ――本人が自覚していないだけで、本当はすさまじい能力を秘めているのか……?


「…………気に入らないな。転生できる前提か? 転生者というのはかなり珍しいものだ。前世の記憶を宿したまま別の世界で生きるなど、そうやすやすとできることではないぞ」

「なんで自分がそうなったのかは分からないですけど……でも、神様ってきまぐれじゃないですか……」

「神などと……見たこともないくせにあたかもいるように話すのだな。何か法則性があるはずだ。偶然にしろ必然にしろ、必ず理由がある」

「そうなんですよ。だから我は……この世を救うために遣わされた救世主……」


 もう私は呆れ果て、水をかける作業もする気にならない。

 とんでもない誇大妄想家だ。


「……はぁ……どうせ、来るなと言っても勝手に来るのだろう。この思い込みの激しい男は……もう好きにしろ」

「本当ですか!?」

「勘違いするな。私はお前が危機的状況になったとしても助けないからな」

「これで俺も魔王パーティ……クックック……我の二つ名に相応しい、闇に染まりし堕ちた漆黒の天使……」


 バシャン!!!


「ごほっ! ごほっげほっ! がはっ!!」

「良いか、ついてくるのなら二度と私の前で天使を語るな。分かったな?」

「げほっ! げほっごほっごほっ……わか……げほっ……! わか……りました……げほっ!」


 正面から水を受けた琉鬼は盛大にむせている。

 タカシは「うんうん、俺も通った道だ」と頷いていた。


「天使と聞いて気分が悪くなった。お前たちももう休め。私ももう休む。明日早くにここを出るから準備はしておけ」


 もう夜も遅い。


 今日は色々なことがあって皆も疲れている。

 早く休まなければ明日に支障が出るだろう。


「カノンは私の部屋へ来い」

「はい」


 私はカノンを連れて自分の部屋へと移動し、部屋の中の明かりをつけた。


 そして椅子に座ってカノンに向き直る。

 カノンが気になっているであろう話を私は話し始めた。


「なんで呼び出したか分かるか?」

「はい。特級咎人のことですよね」

「そうだ。結論から言うと、いなかった」


 カノンはそう聞いて、少しばかり自分の唇と噛み浅く頷く。


「連れていなかったので、そうかなとは思ってました」

「だがな、死体もなかった。それに、拘置所の収監されていた場所の鎖を見たら、魔法で分解されているような壊れ方をしていた。他の状況をかんがみると魔族がわざわざそうする可能性は低い。つまり、蓮花とやらは逃げた可能性がある」

「…………」


 私がそう告げると、カノンは少しばかり嬉しそうな表情をした。


 安堵しているような表情だった。

 分かりやすい奴だ。


「ごめんなさい。ちょっと嬉しくて……死刑判決を受けるような人が逃げているのは喜ぶべきことじゃないんですけど……」

「可能性の話だ。確実なことは言えない。あまり期待するな。それにこの国のどこに逃げているのか、その後生き延びているのかは分からないぞ」

「はい。わざわざ確認しに行っていただいてありがとうございます」


 丁寧に頭を私に向かって下げ、カノンは礼の言葉を口にした。


 カノンはまだ人間としても幼い類なのに随分しっかりしている。

 タカシや琉鬼とは大違いだと感心せざるを得ない。


「いくつか気になった点について確認したい。ライリーという回復魔法士は知っているか?」

「ライリーですか……? うーん……いえ、ごめんなさい」

「本人がライリーという回復魔法士がどうなったのか気にかけているような調書があった。それから、裁判記録の改ざんがあった可能性がある」

「改ざんですか?」

「本人が裁判記録が抜けていると感じていたようだ。詳しいことは書かれていなかったから、それを真とするのであればの話だが」


 カノンは口元に手を当てて視線を逸らして考えるそぶりを見せた。


「……改ざんは容易に想像できます。国が死刑にしたがってましたから、咎人にとって有利な証拠は隠滅されていてもおかしくありません」

「まぁ……当人としては死刑にしてほしいと思っていたようだがな。お前の言っていた通り、動機については何も語っていなかったようだ」

「そうですか……」

「それから、ずっと何やら解読不可能な書き物をしていたようだ。その書いたものは発見できなかったが、恐らく他に知れたらまずい何かを書いていたのだろう」

「暗号記録ですか……誰かに宛てて書いていたのでしょうか」

「さぁな。記録が少なすぎて解らない。ただ、傲慢な性格なのは見て取れた。実力がある者として傲慢になるのは仕方ないことだがな。色々なことを隠しているのも理解できた。自分の中にとどめたまま死刑になって終わらせようとしているようだった。まぁ……カノンが気になる気持ちも十分に分かる。魔王としてあまり個々に執着しないのだが、今後の死者の蘇生術に関わる重要な存在に思う」


 不幸中の幸いというべきか、傲慢な性格が幸いして誰かに恣意的に使われるということはなさそうだ。


 弁護士にすら非協力的であったことを鑑みると、自分が納得できないことに対しては非協力的な態度を取るだろう。


「……分かりました。本当にご足労いただいてありがとうございました。どこにいるかは分からないですけど、希望を持って探したいと思います」

「そうか。私も他の魔族に目撃情報を聞いたりして協力しよう。死者の復活ができるような存在が野放しになって好き放題されたら困るからな」


 とはいえ人間らしい価値観が破綻しているようだったので、何をするのかは未知数だ。

 安心することはできない。


「話はそれだけだ。今日はもう遅い。ゆっくり休め。明日は早くにニューの町を目指す。『雨呼びの匙』も、町長の財産も手に入ったことだしな」

「分かりました。ありがとうございました」


 カノンは私に深く頭を下げて「おやすみなさい」と言ってから部屋から出て行った。


「…………」


 ――『雨呼びの匙』は手に入れられたが、これから向かうデルタの町付近の天使の領域で『時繰りのタクト』が手に入るかは賭けだな……私が悪魔族の血を引く以上に、過去の遺恨もある……大人しく渡すとは考えにくいが『時繰りのタクト』は手に入れておきたい魔道具だ。策を考えておかねばな……


 そう考えながら私は自身に刻まれた呪印を服をたくしあげて見つめる。


 ――蓮花とやらは何を考えているのか解らないが……行くとすればどこに行く? 特級咎人であるなら人の目のある場所は行けない。とすれば、再び『呪われた町』か……? いや、長時間の滞在は不可能だろう。それに、魔王城に近づく方向に行けば危険がついて回る……だとしたらタウの町から逃げたなら外側方面のカッパの町方面かゼータの町……イプシロンの町方面か……?


 日が経つごとに形跡を追うのが難しくなってくる。


 早めに発見できればそれが一番良いが、この現状でこの国にいるたった1人を探すのは難しい。


 ――身体の一部があれば探知魔法を使えるが……それを多少期待して行ったものの、あの部屋の中にはそれらしいものは見当たらなかった


 髪の毛一本落ちている様子もなかったのはかなり不自然だが、体液がべったりついていて硝子が内側に散らばっていたが、他は清潔にしている印象を受けた。


 ――追跡魔法を恐れて自分で掃除をしたのか……? あるいは髪の毛などで紐を作って自殺するのを防止する為……?


 いくら想像でしても答えは分からない。


 情報と行動できる範囲が限られている中それを正確に追及していくのは難しい。


 ――()()()()、私が不意を突かれなければこんなことにはならなかったのだが……


 それを考えても生産的ではない。


 私はベッドに身体を投げ出し、目を閉じて眠りについた。




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