魔族の軍勢が現れました。▼
【勇者連合会オメガ支部】
「戦況はどうだ?」
「魔族に押されていますが……それでも前線を保っています」
「くそっ……『理沙ちゃんは俺の嫁』と『†死神†』が殺されたってよ……」
「あの2人が……!?」
「正直、『†死神†』なんて全然名前に関係ない弱い奴だったから、当然だな。よくそんな名前でよく登録できたよな」
「『理沙ちゃんは俺の嫁』は……理沙ちゃんって誰だよって思いながらも、いいやつだったのに……」
オメガ支部にいた10人の勇者たちの数人は前線に出ていた。
その数人が命を落としたという話を聞いていたが、名前のせいで緊張感が薄れてしまっている。
「どうしたらいいのか……力の差は圧倒的。今までどうして侵略してこなかったんでしょうか」
「何かきっかけでもあったのか……? まさか、報告に上がってないだけで馬鹿な勇者が魔王城に乗り込んで盛大に喧嘩売ったのか?」
「それはありえません。きちんと毎日報告会をしていましたけど、ときどきそういうアホはいましたけど、全員魔王の御前にたどりつくまでもなくつまみ出されてたはずですよ」
「…………戦況は圧倒的に不利だ。攻め落とされるのも時間の問題だぜ……」
どう考えても人間に勝てる望みが薄いと、勇者連合会の者たちは絶望の色を滲ませる。
「全面降伏しますか……? 白旗をあげれば命だけは助けてもらえるかも……」
「馬鹿言うな! クロザリルが支配していたときの奴隷のように死ぬまで働かされるぞ」
「……仮に、魔王を倒したとしても魔族の数は膨大です。いう事を聞かせられるとも思いませんが……」
「魔族と人間の全面戦争だな……勝てる気がしねぇけど……」
暗い表情の会議は、まだ続いていく。
明確な打開策など、彼らには何もなかった。
◆◆◆
【ゼータの町 タカシ】
「おーい! こいつは魔王だけど、悪いやつじゃないんだって! 勇者をやっつけたから安心してでてきていいぞー!」
俺が声を出し、ゼータの町の住民に対して懸命に呼びかけるが一向に町民は出てこようとしなかった。
カーテンの隙間からこっちを見ていても、俺が見るとシャッ……とカーテンを引かれる。
「なんで出てこないんだ……? 勇者たちに“魔王は悪い奴”って刷り込まれてるのかな……」
「ゆうしゃのいう事なんて、早々誰も信じませんよ。まおうさまの方がずっと善良だってみんな知ってますから」
「それは納得できないな。私は人間どもが恐れおののく凶悪な魔王様だからな」
「そうですか? まおうさまは強いし、かっこいいし、勇者から助けてくれる救世主様ですよ!」
「救世主はやめろ。私は世界を救う気はない」
メルが楽しそうにそう言うと、メギドはまんざらでもなさそうに「私がかっこいいのは当然だ」と得意げにする。
相変わらず馬の背中に仁王立ちで日傘をさしていることに、俺はもはや何の違和感も覚えないでいた。
「メギドが変な馬の乗り方してるから、警戒されているんじゃないか?」
からかう目的で俺がそう言うと、メギドはわざわざ魔法を使って俺に水をぶっかけてくる。
「バシャッ!」と盛大に水をかぶったのは俺だけで、馬には飛沫がかかった程度だった。
「なにすんだよ!?」
「私の馬の乗り方よりも、お前の顔の方がずっと変だ」
「顔は生まれつきだ! そういうこと言うな! 傷つくだろうが!?」
「あははははは、タカシお兄ちゃんずぶ濡れですね」
「メルも笑いごとじゃないぞ。こういう横暴な大人になったら駄目だ――――へぶっ!」
バシャン。
また水を浴びせられた。
話している途中で水をかけられたので、俺は変なところに水が入って盛大にむせた。
「メル、いいか? こういうどうしようもない人間になったら駄目だぞ」
「はぁーい!」
「げほっ……げほっ! どうしようもないのはどっち――――がはっ!」
バシャッ!
メギドは容赦なく俺に水をかけてくる。
わざわざ魔法を使って。
徐々に威力が強くなってくる。
「がはっ……悪かった。俺が悪かったって……もう、水……かけないで……」
俺がむせているとメギドは馬の脚を止めさせ、町の外を見つめた。
「どうしたんですか? まおうさま?」
「なにやら、大勢の足音と雄叫びが聞こえる……こちらに近づいてきているな」
「なに……? なにも聞こえないぞ?」
「タケシ、お前は聴覚野も腐っているようだな」
「タカシだ! お前が耳いいだけだろ! 人間にはきこえねぇんだよ!」
「タカシお兄ちゃん、聞こえますよ。なんだか……物凄い数です」
「え、マジ? …………あ……ほんとだ……なんか聞こえる」
「ウォオオオオオ!」というような掛け声と、「ドドドドドドドド……」という地響きと音が聞こえてきて、徐々にそれが大きくなってきている様だった。
「こっちだ。お前たちは私の後ろにいろ」
メギドは町の外へと向かった。それに俺たちも続く。
すると、草原の遠くから多くの魔族が押し寄せてきているのが見えた。
もう町との距離がそうない。
あと数十秒で町に到着するだろう。
「魔族!?」
「あれは小人族と、獣族だな。中級魔族だ。とりあえず足を止めるように威嚇射撃しておこう」
「は?」
まだ遠くにいる魔族たちに向かってメギドは魔法を発動させる。
すると、草原と町の間に大きな火柱の壁ができた。
それを見て魔族たちは脚を止め、火柱を見て驚いていた。
当然俺も火柱が「ゴォオオオッ」と激しく立ち上っているのを見て、唖然としていた。
「なんだこれは!? 勇者か!?」
町の近くまで来ていた小人族と獣族の隊長と思しき者たちは驚き声を上げる。
そこに魔族側の水の魔法が向けられるが、焼け石に水だった。
炎は弱まることを知らない。
――すげぇ魔力だ……こんな術師、滅多にいないぞ……
俺が圧倒されている中、メギドは馬から降りて炎の壁を一度収める。
魔族たちは姿を現したメギドの姿に明らかに動揺している様だった。怯えて腰が引けているのが見える。
「メ、メギド様!?」
「なぜこんな町に!?」
獣族の隊長らしき魔族はその四足歩行の姿に、いくつもの装飾品がついていた。
魔族も装飾品をつけるのかという基本的な疑問が浮かんだが、魔王がジャラジャラとつけているのだから、他の魔族もつけるのかもしれないと俺は納得する。
小人族の隊長もピアスをいくつも開けていたり、骨でできた首飾りをつけていたりしていた。
「何をしている、貴様ら」
そのメギドの問いに、魔族たちは後ずさるのみで応えようとしない。
「下がれ」
メギドがそう言うと、一層魔族たちは後ずさった。
「お、おい、一回退くぞお前ら!」
魔族たちは来た道を一目散に逃げるように退散していった。
「なんだったんだ? 何しに来たんだあいつら……」
「………………」
「なんだか怖かったです……武器持ってましたし……」
「どうしたんだ、メギド?」
「いや……臭い獣族や小人族の匂いを嗅いで、気分が悪くなっただけだ」
「……お前、魔族にも辛辣だな……」
メギドは再び町の中に馬に乗って戻って行った。
メルもそれに続いて戻っていく。
――なんだったんだ……?
そう思いながらも、俺もメギドの後をついていった。
「なぁ、メギド、さっきのは――――」
「うるさい。話しかけるな。お前は黙って壺師を探せ」
「なんだよ……」
有無を言わせないその態度にむかつきながらも、俺は「はぁ……」とため息をついてそれ以上は聞かなかった。
――血だらけで倒れてたし……他の魔族となんかあったんだろうな。あんまり聞くとまた水かけられそうだから、やめとくか
俺が遠慮していると、後ろから声をかけられる。
「あ、あの……!」
俺たちが振り向くと、町民が何人かおずおずと出てきていた。
不安そうな顔をしている。
「魔族を追い払ってくれたんですよね……?」
初老の男性が振り絞るような声でそう尋ねてくる。
「そうだ」
「魔族に町を襲わせるつもりだったんじゃないんですか?」
「私が町を襲わせて何の得があるんだ。勇者にそう吹き込まれたのか?」
「はい……魔王メギドは町を襲ってるって……」
「逆だよ、逆! 俺たちは町を勇者から解放してるんだ」
町民たちはなんだかホッと胸をなでおろして安心したようで、緊張していた面持ちを解いて笑顔を向けてくる。
「そうですよね。勇者のデタラメですよね?」
「当然だ」
「まおうさまは救世主ですよ!」
「…………救世主ではない」
メルが笑顔でそう言うと、町民は子供の言う事だからか素直に信じたようだった。
「魔王様、失礼しました。ようこそ、ゼータの町へ」
「有名だという壺師を探しているのだが、どこにいるのだ? 家来にしたい」
「それでしたらこの水路をまっすぐ下っていたところに店を構えています」
「そうか。行くぞタケシ、メル」
「タカシだ!」
「はぁーい」
そうしていつも通り俺は無視されながら、俺たちは壺師のいる店の方へ向かった。
このとき俺は事の重大さに全く気付いていなかった。
それは、すぐ後に解ることになる。