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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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選択肢:「助ける」「助けない」▼




【魔王城】


 ゴルゴタは新しい武器を片手で軽々と振り回していた。


 それを蓮花はぼんやりと見つめる。

 その武器は禍々《まがまが》しく、血を吸いたいと「ぎぇええぇ……」と実際にうめき声をあげていた。


 あまりにも禍々しい剣だ。

 蓮花はもう二度とあの剣に触りたくないと考えている。


 魔王城の庭に、パイの町から攫ってきた人間たちが集められていた。


 人々は恐怖におののき、誰1人として笑っている者はいない。

 大勢いて不安に駆られているものの、子供や嬰児えいじ以外は誰一人として声を上げている者はいなかった。


 とはいえ、その嬰児も泣き始めれば「静かにさせろ!」と魔族に怒鳴られるため、母親が必死に服の中に隠しながらあやしている状態だ。


「おい、人殺し……てめぇが必要だっつーからこんな穀潰しの毛のない猿どもを集めさせたんだろぉ……? ちゃんと管理できんだろうなぁ? キヒヒヒ……耳障りで目障りだから、今すぐぶち殺してやりてぇ……」

「管理するのは問題ありません。ゴルゴタ様の手はわずらわせませんよ」


 蓮花はゴルゴタから離れて、集められた人間1人1人を品定めするように見ていた。

 ゆっくり歩きながら、老人、健康そうな若い人、子供、嬰児えいじ、それを見定める。


 ゴルゴタはその間、刀蛭とうてつでできた武器を振り回して感触を確かめていた。


 まだ誰もその剣で切っていない。


 しかし、生きた剣なのでエサは与えなければならない。

 エサは幽閉している人間の血を与えて生き永らえさせていた。


 早くこの剣でメギドの連れている人間を切り殺したいという衝動を抑え、剣を指先で弄ぶようにくるくると回転させながら遊んでいる。


 その手を滑らせてその剣が自分の方に飛んでこないことを蓮花は祈っていた。


 蓮花が人々を観察していると、1歳か2歳程度の嬰児えいじを抱えた女性が怯えながら小声で蓮花に話しかけてきた。


「あ……あなた……」

「はい」


 呼びかけに対してあっさりと蓮花は返事をする。


「あなたは……人間でしょう?」

「はい。そうです」


 蓮花の顔のタトゥーを見て、黒い星に見覚えの合った女性はかなり戸惑ったが、それでもゴルゴタや他の魔族の視線を盗みながら蓮花と話を続ける。


「そのタトゥー……あなた、回復魔法士の蓮花……?」

「そうですよ。この顔の識別記号は便利ですね。自己紹介しなくても済みますから」


 淡々と子供を抱きかかえている女性の方を蓮花は見下ろして答えた。

 女性は、恐れながらも蓮花に話しかけ続ける。


「同じ人間ならどうしてこんなこと……私たち、あなたと同じ人間なのよ?」

「? 種族は関係ないでしょう。思想の問題ですから。そういう情を引こうとする作戦は逆効果だと思いますけど」

「…………」


 蓮花の言い分を聞いて、女性は呆気にとられるように蓮花を見つめた。

 その目を蓮花は良く知っている。


 絶望、落胆の色を滲ませる目だ。


 それでも、女性は蓮花にし対して話を続けた。


「あ……あの……回復魔法士なら、この子を助けて……酷い熱なの……」

「………………」


 女性の抱いている嬰児えいじを見て、蓮花はその嬰児がどういう状態なのか理解した。


 荒い呼吸、発汗、発熱、吐いた後が口の周りと服に残っている。

 子供の頃にかかるウイルス感染症のどれかに感染しているのだろうということはすぐに分かった。


 しかし、蓮花は懇願こんがんする女性を見て黙して考え事を始める。


 数秒考えた後、話を始めた。


「そうですか。なら、試したいことがあるので付き合ってもらえますか?」

「何……?」

「私ならその子を助けられますよ。でも、私がその子を見捨てたら、貴女は私に対して“子供を見捨てた”と、私を恨むのかどうか確かめたいんですけど」


 どうしてそのような疑問の言葉を自分に投げかけられているのか、女性は分からずに何度も瞬きして蓮花の方を見つめた。


「え……何を言っているの……?」

「要するに、私はその子を見捨てようと思うんですよ」


 淡々と述べる蓮花の言葉を、女性は受け入れられずにただ固まるしかなかった。


 蓮花からすると、散々世の中から唾棄だきされた自分に今更手の平を返したように助けを求められるのは、ただただ気分が悪いことでしかなかった。


 それに、どうせ遠くない内に人間は皆殺しにされる。

 その確信を持っていた蓮花にとってはここで助けようが助けまいが、結果は大きく変わることはない。


 そういった気持ちもありながら、蓮花は女性がどういう反応を示すのか確かめたいという気持ちが強くあったので、女性を試すことにした。


「助けられない理由があるの……? あの悪魔に指示されているから……?」

「そういう訳じゃないです。私はある程度自由を与えられていますから」

「じゃあ……なんで……?」


 なぜ助けられるのに助けてくれないのか、という考え方をしている女性を見て、蓮花は過去にあった嫌なことを鮮明に思い出す。


「見捨てようと思ったからってだけです」

「えっと……なんで? なんで見捨てようと思ったの……? 助けるのは難しい……?」

「いえ。簡単です。手間としては顔を洗う程度の手間で助けられます」

「…………? どういうこと……?」

「…………私は……――――」


 持っているナイフをギュッと握りしめて、蓮花は女性から視線を外す。


 そして過去のことを考えると蓮花は一瞬険しい表情になった。


 しかし、すぐにその表情から無表情に戻り、女性を再び見下ろした。


「……自分の手で守るべきなんですよ。自分の大切なものを、誰かに依拠いきょするのは馬鹿馬鹿しい事だと思うんです」


 女性は蓮花が何を言っているのか、内容を懸命に理解しようとするがあまり頭に入ってこない。


「つまり、自分が守れるだけの力がないからいけないんです。助けられるだけの力を持ちながら、それをしなかった人を恨むっていうのは……その子の死を相手のせいにするっていうのは私には納得できない事なので」


 そこで蓮花は女性と目線を合わせる為にしゃがみこんで、女性の目を覗き込んだ。覗き込まれた女性は無意識に蓮花の目ではなく顔のタトゥーの方へを視線を移してしまう。

 それを蓮花は容易に見て取れた。


「どうですか? 貴女はその子を助けない私が“殺したんだ”って思いますか? それが知りたい」

「……そんなこと……助けられるなら助けて……! それが回復魔法士でしょ……?」


 もう蓮花は正式には回復魔法士ではない。

 技量はあるが、正式な資格はない。


 ただの脱走した死刑判決を受けた特級咎人でしかなかった。


 それを都合のいいときだけ咎人の側面に目をつむり、回復魔法士という面にだけ目を向けられても、蓮花としては不愉快にしか感じない。


「…………知ってますか? この世には、救える立場でありながら、救おうとしない者は沢山いるんです。それを恨むんですか? どうして? 自分のことを棚に上げるんですか? 無知で無力な自分は少しも悪くないって、そう言うんですか?」


 武器を振り回すことに満足したゴルゴタは女性と話し込む蓮花を発見した。


 険しい表情で女性と話している蓮花を見て「なにやら面白そうだ」と感じ、遠巻きにその話に耳を傾ける。


「だとしたらクソみたいな考え方ですね。そんな考え方をする人からはクソみたいな子供しか育たないって思うんですよ……そしてまたその考え方を布教していくと。だからその血は途絶えた方がいいんじゃないですか?」


 蓮花の辛辣な言葉に、女性は首を左右に振りながら震える唇で言葉をつむぐ。


「子供に罪はないじゃない……どうして……」

「その子供に貴女と同じ罪を背負わせるのは、他ならない貴女なんですよ。いいじゃないですか。罪を背負う前に死ねるなんて、幸せなことです。一番良いのは生まれてこないことだと思いますけど」

「どうかしてる……そんな考え方狂ってるよ……」


 女性は蓮花に向かって感情的になって罵る言葉を使った。


 自分の子供が「生まれてこなければよかったのに」と言われているようで不愉快だったからだ。


「思想の違いがあるからと言って“狂っている”って言うのはどうかと思いますけど。信仰している概念の違いにショックを受けているのかも知れませんが」


 淡々と話す蓮花の姿を見て女性は絶望した。


 子供がこのまま死んでしまうかもしれないという絶望、失望、どうにもならない現実に苦悩する。


 しかし、それ以上に蓮花も女性に失望していた。


 この関係、この会話に、蓮花はなんの意味も見いだせない。


「自分の尺度で測れない物事を“狂ってる”で片付けられる貴女のような人は、私は嫌いです。私は自分の罪を背負っています。目を背けたことはありません。でも貴女は自分の無知からも、努力せずになんとかしてもらいたいという本音からも目を背けてる」

「……うぅっ……うっ……」


 女性は絶望に打ちひしがれて苦しそうにしている嬰児を抱きながら、声を出して泣き始めた。

 それを見て蓮花は更に顔をしかめる。


「もう一度言いますよ? 自分の大切なものは自分の手で守るべきなんですよ。私ではなく、それができない自分の無力さを呪ってください」

「うっ……あんまりよ……酷い……うぅっ……」

「酷い? 泣かないでくださいよ……涙を見せれば助けてもらえると思ってるのなら、それは間違いです。泣こうが、喚こうが、誰も手を差し伸べてくれないですよ。自分で勝ち取らなければ何も得られないんです」


 ゴルゴタは蓮花の方へと近づき、話をしている蓮花から少しばかり離れた場所に胡坐あぐらをかいて座って、自分の脚に肘をつけ、頬杖をついて笑いながら蓮花の話に耳を傾けた。


 女性は蓮花の背後にいるゴルゴタに気づくと恐怖に顔を引きらせた。それを見て蓮花も背後を向いてゴルゴタを見る。


「俺様に構わず続けろ。キヒヒヒヒ……」


 女性の方へと蓮花は向き直って顔を見つめた。


 女性はゴルゴタの方が気になるらしく、目を見開いて恐怖を滲ませた。

 もう自分も子供も死んでしまうかもしれないという気持ちから、何に縋っていいか分からなくなってしまう。


 縋るものなんて何もない。


「……助けて……神様……」

「神様? 今、神様って言いましたか? ……だから、無力な貴女は大切なものを簡単に失うんですよ」


 こんなときに出てくる言葉が「神様」だ。


 この女性はこの状況を第三者に委ねて助けてもらおうとまだ考えている。


 それを蓮花は心の底から気に食わないと感じた。


「子供だから無条件に守られるなんて、そんなことないと思うんですよね。まぁ、自分の遺伝子を残すために自分の子供を守るという行為は不自然ではないですけど、人間の場合は過剰に思います。助からない、もう駄目だって思ったら潔く見捨てるのも立派な選択肢の1つだと思うんですけどね。助からない苦痛にむしばまれ延命だけは続けられる相手の気持ち、考えた事ありますか?」


 蓮花は苛立ち、感情の制御が徐々にできなくなっていった。


「昔の考え方の1つにありましたけど、何かに襲われた際に親か子供かどっちかが救えないってなったら、子供をおとりに使って親が逃げることがえらいって言われてたんですよ。だってそうじゃないですか。親が残ってたらまた子供を作ればいいんですから。子供だけで生き残っても生きていける可能性が低いから共倒れになってしまう可能性が高い。でも、親が生きていればまた子供を作ることができる。合理的でしょう? だからその子供は捨てて、貴女自身が生き延びて新しく子供を作るって考えに注力した方が生産的なんですよ」

「もうやめて……お願い……」


 心の底から軽蔑した目を蓮花は女性へと向ける。


「動物実験って可哀想だと思いますか?」

「…………」

「思うか思わないか、答えてくださいよ」


 女性は無言で首を縦に振った。


「可哀想ですか。私はそうは思わないんですよね。だってその動物実験で得られたデータから人間に使える薬になるかどうかっていうのが判断されるんですよ。可哀想可哀想って、貴女たちは目先のことしか考えない。可哀想に思うなら身体を張って助けてあげたらいいじゃないですか。動物実験より人体実験の方が手っ取り早くデータ取れますから」

「…………うぅっ……っ……」


 何の話をしているのか分からないと女性は感じていた。


 もう考えることを放棄している。


 ただただ何故責められているのか分からないまま、恐怖と絶望で混乱していた。


「言うだけで何もしないところが本当に腹が立つんですよ。可哀想可哀想って、自分はその気持ちに見合う働きをしているんですか? 可哀想に思うなら自分がまず行動を起こしてから言えって思うんですよ。あるいは、その恩恵を受けないってことで徹底的に抗議してからにしろって、そう思いませんか? 牛肉は食べるけど牛を殺すのは可哀想みたいな、そういう感じですか?」

「っ……やめて……お願い…………」


 女性が泣きながら懇願しても、蓮花は苛立ちに任せて話を続ける。


「そういう人に限って“命の重さは平等ですか?”って聞くと“平等です”って答える癖に、本当は相手の命の重さを選別して気に入らないという理由だけで簡単に排除している。なのに可哀想とか上辺だけの言葉を上げ連ねてくる」


 その激しい怒りと憎しみの言葉に、ゴルゴタはゾクゾクして心の底から笑みがこぼれた。


「貴女たちに処方される薬や手術、回復魔法の技術ひとつとっても、おびただしい犠牲の上に作られたものなんです。自分たちはその恩恵おんけいを受けながら、それでも可哀想だなんて軽率な言葉を口にするんですか?」

「やめて……っ……ごめんなさい……」

「それでも主張するなら自然の成り行きに身を任せて死んだらいいんですよ。動物を使うのが可哀想だって思うなら、貴女本人が身体を差し出すべきじゃないですか。できないでしょう? 結局自分が可愛いんですよ。別にそれは誰でも同じです。だったら最初からそう言えばいいのに、偽善者っていうのは本当に虫唾が走りますね」


 蓮花の言葉を聞いていた他の人間も、蓮花をまるで異物を見るかのような目で見ている。

 その目が蓮花は大嫌いだった。歯を食いしばってその悔しさを我慢する日々にはうんざりしている。


 人間が憎い。

 人間が許せない。

 人間なんて1人残らずいなくなればいい。

 人間というのはどこまでも失敗作だ。


 こんなに醜い生き物を他に知らない。

 自分がその失敗作の1つであることに失望している。


 蓮花は苛立ちを隠しきれず、立ち上がって女性から目を逸らすと、女性はそれでも必死に蓮花の足元にすがりついて尚も助けをうた。


「お願い……助けて……! お願い! ごめんなさい! ごめんなさい! 私が悪かったから……この子を助けて!」


 その見苦しい様子を見て、蓮花は苛立ちを通り越して激しく嫌悪する。

 そしてゴルゴタの顔を見て視線を一瞬絡ませ、そしてその後ろにいた魔族が持っていた剣に視線を移した。


「あぁ……良いことを思いつきましたよ。ゴルゴタ様、剣を2本借りても良いですか?」

「好きにしろ。おい、こいつに剣2本渡してやれ」


 他の魔族が持っていた剣を、蓮花は2本受け取った。

 そして、そのまま女性の前に剣を2本落とした。


「……?」


 何を求められているのか分からない女性は、蓮花の方を黙って見つめ返した。


 察しの悪い女だと蓮花は目を細める。


「その剣で、誰かと戦ってください。貴女が勝てば、貴女の子供の病気を治してあげますよ」


 ゴルゴタはその発言がおかしく「クククッ……」と声を漏らして後ろで笑っていた。




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