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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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ミューの町の町長を連れ出してください。▼




【メギド ミューの町 町長の家の前】


 クロの走る速度を以ってすれば、町の端から中心地にたどり着くのはほんの数分程度だ。


 大雨の後で町民がまだあまり外に出ておらず、クロにとって走りやすかったということも、町長の家に早く着いた要因の一つだろう。


 私たちが到着した際には、丁度町長の家の雨を防ぐためのシャッターを執事やメイドが開けているところだった。


 クロを外で待たせ、私とレインで町長の家へと向かう。


「町長はどこだ?」

「あ……えっと、魔王様。こんばんは……」


 執事らしきものは私が声をかけると、おどおどとしてしどろもどろにどうでもいいような返事をする。


「町長はどこだと聞いている」

「お部屋の司令室に恐らくいらっしゃるとは思いますが……」


 町長の家には高い場所に、町の全貌が見渡せるガラス張りの部屋があるのが外から確認できる。恐らく、この町で一番高い建物だ。


 カノンと佐藤の話を少々聞いたが、どうやら光のパターンでここから指令を出したり、伝令を受けたりしているとのことだった。


 指令室というのは、恐らくそのガラス張りの部屋の事だろう。


「連れてこい」

「その……申し訳ございません。公務の最中でありますので、接見は申請をしていただいて許可が下りたら――――」

「駄目だ。急用なのだから大人しくすぐ取り次ぐか、あるいは私が押し入るか、そのどちらかしかない。外にいる魔族の件だ。すぐに取り次げ。5分以内に」


 こんなときに申請をして許可が下りたらなどと、随分悠長なことを言っている印象を受ける。


「ねぇ、待つの? 窓割って入っちゃおうよ。面倒だなぁ」


 レインは待つのは嫌いらしい。強引な手段を提案してくる。


「町長の出方次第だ」

「は、はい。かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

「5分以内に戻ってこなければ押し入ることになる。早くしろ」


 私は、太った執事が肉を弾ませながら走って階段を登っていく後姿を見つめた。


 あぁはなりたくない。

 というよりも、最近食事が質素で困っている。


 早く城に戻って私の好物を作らせて優雅に暮らしたいものだ。


「そこに置いてあるお菓子食べても良い?」


 町長の家の玄関には、来客をもてなす為なのかクッキーなどの菓子類が置いてあった。


「ここの食事は脂質と糖質が多すぎるから、あまり身体によくないぞ」

「育ち盛りだから大丈夫だよ」


 レインはそう言って私の肩から飛んで、そのクッキーの中に飛び込んでクッキーを食べ始めた。


 当然、クッキーの中に飛び込んだのだから、また身体が粉塗れになってしまった。


「おい、また身体が粉塗れだぞ。食べるにしても、もう少し上品に食べられないのか」

「んー? そんなの気にしてるの魔王くらいしかいないよ。っていうか、これ美味しい。魔王も食べる?」

「……いらん」


 ――もう空間転移の負荷から立ち直ったのか。私はまだ気分が悪いが……


「食べたクッキーを私の肩の上で吐いたら、尻尾を切り取るからな」

「吐かないよ。でも水ほしい」

「水がほしいなどと言って、その粉塗れの身体でグラスの水に特攻して、ドロドロになったのを私が運ぶことが容易に想像できる。却下だ」

「ちょっと服が汚れるくらい、我慢したらどう?」

「その原因を積極的に作るな」


 という会話をしている間に、先ほど走って階段を登っていった執事は汗だくになった状態で再び私の前に現れた。

 息切れしているし、しきりにハンカチで汗を拭っている。


「あの……はぁっ……えっと……お待たせ……しました……はぁっ……あの……はいっていただいて……結構ですので」


 かすれた声で一生懸命声を振り絞って出している様子が見て取れた。


「そうか……」

「ご案内……いたし……いたします……」

「いや、お前は少し休んでいろ。というよりは、日常的に多少運動をしたほうがいいぞ。肥満体系は様々な疾患を引き起こす原因になるからな」

「はぁっ……はぁっ……恐れ入ります……」


 クッキーを食い荒らしているレインの身体を手で持ち上げ、私は大袈裟に呼吸をしている執事を横目に階段を上がっていった。


「なんであんなに苦しそうだったの? 毒でも盛られたんじゃない?」

「単純に運動不足による体力の低下に起因する息切れだ。毒を盛られたわけじゃない」

「凄い息切れしてたよ。魔王といい勝負だね」

「私とあれを同列に考えるな。あれは太り過ぎだ。それよりも身体についているクッキーの粉を落せ」


 レインは私に言われたとおりに身体についているクッキーの粉を懸命に振り落とした。

 概ね粉を落し終わった頃に私は自分の肩へとレインを乗せた。


 いくらか階段を登った先に指令室があり、その扉を私は開けた。


 ここの町長を見るのはこれで二度目だが、相変わらず目に余るほどの肥満体系だった。

 歩くのに支障がでそうなほど、身体中に肉が乗っている。

 膝などの関節部分にかかる負担は尋常ではないだろう。


「ノックくらいしていただきたいものですね。急用だと伺いましたが、どんな御用ですか?」


 傲慢なその態度に、私は不快感を覚える。

 この世の全ての理不尽から、金と権力と魔道具で隔離されていると確信しているようだ。


「跳ね橋まで同行してもらいたい」


 そう言ったものの、クロはこの太った人間を背中に乗せるのは良しとはしないかもしれないと考えた。


 だが、家の外に魔鉱石で動く車が置いてあったから、それに乗せれば問題ないだろう。


 しかし、私の考えとは裏腹に町長は否定的な態度をとった。


「それは出来かねます。私はここで、いつなんときも町を守るためにここで待機しているのです。『雨呼びの匙』は、使用した場所を中心に雨雲が発生しますから、町の安全を考えるとここで使用する他ないのです」

「それは別の者にさせればいいだろう。執事でも、メイドでも」

「私にしかできないのですよ」


 嘘だ。


 明らかにこの太っている男は嘘をついている。


「嘘をついても無駄だ。私は嘘を見抜く魔道具をつけている。くだらない時間を取らせるな。その業務を他の者に委託して同行しろ」

「……ほう。あなたも魔道具をつけていらっしゃると」

「早くしろ」

「その嘘が分かるという魔道具を、いくらでしたら売ってもらえますか? お金ならいくらでも持っておりますよ」


 話が全くかみ合っていない。


 どうやらこの男は脳の中まで贅肉が詰まっていて伝達回路が圧死しているらしい。


「頑なに拒むなら、強硬手段に出るまでだ。大人しくついてくるか、強引に攫われるか、選ばせてやってもいい」

「本当に……魔族と言うのは野蛮で、話が通じなくて嫌になりますね」


 私はその言葉で少しばかり苛立った。


 話が通じていないと感じているのは私の方だ。


 これ以上話をしていても無駄なことだと判断する。

 辺りを軽く見渡すと司令室の中には金属品が多く、私はそれを使うことにした。


「…………私が知っている人間の拷問史の中では、対象の()()が出て絶命するまで引きずり回すというものがある」


 金属品を頑丈な鎖に変形させる魔法を発動したと同時に、町長は叫ぶように私を制止した。


「何をしているんですか!? やめてください!」


 走って近寄ってこようとする町長の足元を拘束魔法で固着させ、動きを封じた。


 脚が急に動かなくなった町長はその場に崩れ落ち、必死に上半身を動かして匍匐ほふく前進をしようと動き回る。


 そのあまりにも醜悪な姿に私は顔をしかめる他なかった。


「それは私が集めた珍しい鉱石から独自の技術で抽出した新しい金属で――――」

「やかましい。素直に同行しなかったお前が悪い」


 足の拘束を解くと、町長は立ち上がって私に対して近づいてきたので、すぐに出来上がった金属の鎖を町長に投げた。


 ぐるぐると遠心力で鎖が町長の身体にしっかりと巻き付いた。

 太っているせいで鎖の長さが少し足りないかもしれないが、拘束することができたので問題ない。


 少しきつめに巻いたので、町長がどれほど抜け出そうともがいてもそれは外れなかった。


「承諾もなしに拘束したり連行することは罪に問われる行為ですよ!」

「ばっかじゃないの? 僕ら魔族だし。人間のルールが適応される訳ないじゃん」

「全くその通りだ」


 私が鎖を引っ張ると、重々しい感触がして町長はその場に転がる。


 鎖はしっかりと巻き付いているのでこのまま引きずっていけばいいだろう。


 現場で実際にどうなっているのか、この町長に知らしめなければならない。


 かなり重いものの、200キロ前後の感触だ。いくら私が体力がないとはいえ、多少重い人間1人引きずっていくくらいは問題ない。


「やめてください! ちょっと! 誰か! 誰か助けて!」

「やかましくできている内はまだ余裕がある証拠だ。その調子だぞ」


 階段で町長を引きずり落としながら、玄関に向かって歩いて行く。


「軽く聞いたが、水害を訴えている魔族の言い分を全く聞かないそうだな」

「誰か! おい、そこのお前! この無礼者をなんとかしろ!」


 町長に「そこのお前」と言われた者はビクビクと震えていて私に向かってくる様子はない。


「何かあった場合を想定し、司令室で待機していろ」

「ちょ……町長をどうしようって言うんですか……?」


 一応、抵抗する姿勢を見せた。

 近場にあった三俣の蝋燭ろうそく立てを握ってほんの少しばかり威嚇してくる。


 それに対して返答を面倒に思っていたところ、レインがからかうようにわざと小規模な炎をおこして脅かしたものだから、その者は走って指令室方面へと逃げて行ってしまった。


 炎を見て、町長も喚いていたところをビクリと身体を震わせて黙った。


「レイン、今のはいい判断だな」

「ちょっとからかってやっただけだよ」


 玄関の外まで引きずって出すと、クロは鎖で身動きが取れなくなっている町長を見て、かなり怪訝けげんな表情で私の方を見る。


「強引すぎるのではないか? 角が立つのを嫌っていたのに急にどうしたのだ」

「状況が変われば、私の心境も変わる」

「……まさかとは思うが、その球体のような人間を私の背に乗せると言い始めるのではないだろうな?」

「いや、乗せるのではなく引きずっていく」

「引きずっていく!? このままですか!?」


 町長は必死に逃れようとするが、暴れられると面倒なので動きを封じる魔法を施し拘束した。


「引きずられるのが嫌だったら、自分で同行するか?」

「こんなこと、不当ですよ! こういうことがあるから人間と魔族の戦争に――――」


 どうやら自分の意志で同行する気はない様子だったので、口も封じて黙らせた。


「クロの走る速度で引きずっていくと全身打撲で満身創痍になるから、ゆっくり歩いて戻ればいい。それなら背中に乗せるわけではないからいいだろう?」

「……急いでいないなら、貴様の力で引きずっていったらどうだ? 貴様が背に乗るなら、結局私が引きずっていくことになるではないか」

「背に乗せるよりはいいだろう」


 長考させると尚更クロは嫌がる意思を明確に示してくると判断し、私は飛んでクロの背中に乗った。


 鎖の長さは調節していたので、町長はしっかりと地面に顔や身体をこすりつけている状態だ。


「ねぇ、引きずる拷問の話してたけど、これってそういう意図があるの?」

「さて、何の事だろうな」

「魔王、性格悪い」

「急用なのだぞ。悠長なことをしてられない。話を聞かないものがいたら、引きずってでも連れていく」


 納得していなさそうであったが、クロはゆっくりと歩き始めた。


 クロにとってはゆっくりだろうが、引きずられている方からしたら早く感じているだろう。


 とはいえ、多少すりむく程度で中身が出ることはないはずだ。

 服や鎖が緩衝材かんしょうざいになってそれほど痛手にはならないと考える。


 まぁ、多少すり減ったところで、身体を守る脂肪がふんだんについているのだから、ちょっとやそっとで中身が出てくることはないだろう。


 引きずられる町長を見て、周りの人々は恐怖に顔を引き攣らせることはあるものの、誰一人としてクロや私を見て町長を助けようとする者はいなかった。


 そうして引きずり続ける事、15分から20分程度。


 漸く魔族らを拘束している跳ね橋のところまで戻ってきた。


 私が戻ると、兵士らは青ざめた顔をしていたが、一番驚いていたのはタカシかもしれない。


「な、なにしてんだよ? その人町長だろ……?」


 と、かなり動揺している。


 カノンや佐藤も驚いた顔をしていたが、そこまで引きずってきた町長の状態を確認した。

 多少表面の皮膚が擦れて血が出ている程度で、大怪我をしている訳ではない。


「カノン、治してやれ」

「は……はい……」


 カノンが町長の擦過傷さっかしょうを治し終えた後に、町長にかけた拘束魔法と口封じを解いて開放してやったところ、町長は怒り心頭と言った様子で私に抗議してきた。


「なんなんですか!? 痛かったじゃないですか! 正気じゃないですよ! 私を誰だと思って――――」


 バシャン!


 私は強めに水を町長にかけた。


 これで少しは頭も冷やせたはずだ。


 なんとか立ち上がった町長をそのまま引っ張って結界の終わりまで連れて行き、結界の際に校則してあった魔族らに対面させる。


 水棲族と鳥獣族を拘束していた氷山を溶かして奴らの拘束を解いてやった。


 身体が凍えてしまっていて上手く動けない者も多くいるが、骨が折れている者たちはその患部が冷やされて多少痛みが治まったことだろう。


「お前を連れて来たのは、この者たちと私とお前で話をするためだ」

「ちょっと、私が話しているんですからいきなり水をかけるなんておかしいじゃ――――」


 バシャン!


「私の話しをくだらない言葉で遮る度に、お前の大好きな雨水で身体を濡らすことになるぞ」

「そんなことしたら、テイタイオンショウになっちまうぜ」


 後ろからついてきたタカシが口をはさんでくる。


「低体温症? この太った男が? これだけ太っていればそう簡単に深部体温は下がらないだろう」

「え? そうなの?」

「いや、私の偏見だが」

「偏見かよ!」

「こんなことして、ただで済むと――――」


 バシャン!


 その後も私は町長がくだらない口答えをするたびに水をかけて黙らせた。


 数度それを繰り返した後に、やっと町長は大人しくなって話ができる体制が出来上がった。


 周りの兵士や勇者は町長を助けようとするそぶりを見せるものの、武器を向けてくる様子はなかった。

 外の魔族を敵に回すよりも、私を敵に回す方がまずいことになるということくらいは理解しているらしい。


「よし。話し合う気になったところで紹介するが、この、血と余剰よじょうの脂肪がつまっている皮袋が町長だ。『雨呼びの匙』を使ってこの辺り一帯に雨を降らせている張本人だ」


 魔族らに町長を軽く紹介する。

 悪魔族は大してそれに興味はなさそうだったが、水棲族と鳥獣族はかなり険しい表情をしていた。


「鳥獣族と水棲族の代表者がいたら出てこい」


 そう言うと各種族の代表者が2名、前へ出てきた。


 代表者は他の者よりもずっと険しい表情をしているように見える。

 町長はその形相に少しばかり震えている様だった。


「よし。この度魔族側がミューの町に来た理由を簡潔に話せ」


 そうして、私、町長、悪魔族、鳥獣族、水棲族の話し合いが始まった。




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