特級咎人の素性を調べてください。▼
【メギド タウの町 拘置所】
特級咎人「蓮花」の情報を仕入れている最中、色々と思うことがあった。
本人と会って話したわけではないが、生活態度の記録や、弁護士との面会記録などを真実だとするのであれば概ね性格は理解できる。
我儘で、自己肯定感が強く、傲慢、しかし真面目で、物事に対して移り気、気分屋、だが信念を強く持っている。
狂気に身を投じて犯行に及んだわけではなさそうだ。
――なら、『幻夢草』を買い付けて何に使っていた? 自身が常用していたら正気ではいられないはずだが……医療用に使用していたのか? だが、人間の間ではあれを医療用に使う習慣はない……
それについての記述はどの資料にもなかった。
ただ、『幻夢草』を売買人から買い付けていたということだけは自白している。
何に使ったのかは不明だ。
健康被害の多く出ている『幻夢草』の研究を行っていたという理由であれば尤もらしいが、その研究資料などは出てきていないようだ。
なによりも愚かだと感じるのは、それを規制しようという動きがないことだ。
恐らく、人間の間の権力者連中が愛用しているせいもあるのだろう。
――逆か……? 十分に危険性を理解していたからこそ、その研究だけは絶対に公にしなかったという考え方もできる。だが、研究するにしても何のためだ? 研究費であれば国から補助金が出るのに、個人的な売買だったと記されている……
脳疾患患者収容施設職員を毒殺した毒が『幻夢草』から抽出される毒だったという考え方もできるが、使用された毒の出どころとしては『悋気草』という別の植物の成分だったと書かれている。
――『悋気草』か……遅効性で無味無臭という観点から使ったのか、あるいは苦しめる為に使ったのか……
その『悋気草』という植物は、葉が渦を巻く小さな可愛らしい植物で、美しい白い花が咲くのだが、その実は血の色のように赤い。
名前の由来の「悋気」とは男女間である嫉妬のことで、特に女が男に向けるものという認識がある。
その毒を飲むと、ゆっくりと確実に死に至るが、死ぬまでの間身体が痙攣し、身体が仰け反ったり、過剰に丸めたままになったりして、身体の自由を奪われて激痛を感じる。
巻いている葉は渦巻く嫉妬を連想させ、その死にざまはまるで嫉妬に狂った女が男を呪い殺すかのように見えたと言われて『悋気草』などという名前が付けられた。
その植物は傲慢で、人があまり立ち寄ることのできない絶壁面に凛と生えているという。
危険を冒して『悋気草』を選択せずとも、無味無臭の遅効性の毒なら私は他にもいくつか思い当たる。
それをわざわざ『悋気草』を手に入れて使用したということは、苦しめたかったという意図が見える。
――殺すにしても苦しめたかった何らかの理由があった……か? 苦しめたかったのなら、やはり怨恨の筋が濃厚だが……他の調書を見ても快楽的な犯行であった可能性は低い
ナイフで刺殺した者についての記載を目で追ってみるも、大した記録は残っていなかった。
名前は「浩司」、事件当時24歳、脳疾患者収容所での勤務は2年目。その程度の情報しか分からない。
――24歳と言うと、事件当時の蓮花とやらと同じ歳だな……年齢は関係あるのか……? それこそ痴情のもつれなどが考えられるが……職員の全員を殺害する理由にはならない
私は毒殺された職員のリストを見る。
職員は全員男だ。
――集団で性的な暴行を受けた……? 性被害者はその被害を恥じてその被害内容を口にすることを躊躇うこともある
脳疾患患者を相手にしていたのなら、その施設に蓮花は出入りしていたはずだ。
女の少ない状況下では、何度も目に付く蓮花は格好の標的になったのかもしれない。
――プライドが高そうな女だからな、凌辱されたことを告白しないのも納得できる。それに、死者を生き返らせる研究をし始めたのも、もしかしたら元々妊娠していたが、暴力を受けて流産した子供を生き返らせる為とも考えられる
いや、それはあまりにも考えが飛躍しすぎているか。
いくつかの点を繋げることはできるが、全体的に行動の一貫性を持たせるような動機は思いつかない。
これはあくまで私の憶測だ。
――何にしても、調書などの発言は一貫性がある。元々殺人が趣味という訳でもなさそうだ。元々は脳疾患患者の研究をしたのか……死んだ者は事故死の可能性もある。だが、事故死ならばわざわざ「殺した」と言うか? 死なせてしまった罪悪感があった……いや、罪悪感があったならこれほどの人数を手にかけるのは変だ。殺したことを誇示している……?
自分をより悪く見せようとしたのか?
自己顕示欲が強く、知能犯は自分の犯した犯罪をより多くに知らしめたいという欲求があると聞いたことがある。
だとしたら幼稚な考えだが、自分を悪く見せることによって何か別のものから意識を逸らさせようとしている可能性もあるし、極悪人としてさっさと死刑にしてもらおうという考えも見え隠れしている。
なにせ、この調査記録は粗末なものだ。全く作り込まれていない。
死刑にする為の最低限の情報だけ調べ、事の詳細については殆ど書かれていないのだ。
「これ以上見ていても収穫はなさそうだな……」
仮にどこかで出会ったときに同行させるかどうかは、私がいくつか質疑した際の態度如何だ。
嘘をついても、真実を述べても、黙秘をしたとしてもその者の本質は隠し切れない。
レインが食料を探し始めてから1時間程度経った頃、私は資料を棚に戻した。
カノンに見せる為に持ち帰ってもいいが、私はいくつもの書類を手に持つのは気が進まなかった為にその考えは破棄する。
「レイン、もうここに用事はない。出るぞ」
私の横に見つけてきた食べ物を持ってきて、食べているレインに対してそう言った。
金属の箱の中に頭を入れて、身体中食べ物のカスだらけになってしまっている。
「やっと終わったの? 早く帰ろうよ」
「ゴルゴタの配下の者に詳しく話を聞いてから帰ることにする」
「まだやることあるの? 食べ物あったけど、これじゃ足りないよ。それにこれ、美味しくない」
乾燥食品のような保存食があったらしいが、美味しさを求めるのはあまり賢明ではないだろう。
レインはそれを初めて見たのかもしれない。
「それは保存食だ。災害などの非常時に数日生き残るために作られているに過ぎない」
「干し肉みたいなものってこと?」
「そうだな。それは穀類をすりつぶして水などを加えて固めて乾燥させたものだ」
「味しない……」
「私に乗る前にその身体についている粉を綺麗に落とせ。その状態では肩には乗せないぞ」
「え? 僕、そんなに粉ついてる?」
「頭から首の辺りまで粉まみれだ。鱗の隙間にもびっしり粉がついているぞ」
レインは自分の顔や首についている食べカスの粉を懸命に取ろうとするが、うまく取れていない。
「焼き払っちゃえばいいよね」
「なら向こうでしろ。この辺りは燃えやすいものが多い。火事になると面倒だ」
「はーい」
そう言って比較的燃えにくい壁や床の場所でレインは自分の身体に向かって炎の魔法を発動させた。
レインの本気がどの程度なのかは分からないが、恐らく「弱火」くらいだ。
とはいえ、それを炎耐性のない者が受ければ一瞬で炭になってしまう程度の威力はある。
レインが飛んで戻ってくると、なにやら香ばしいような、焦げ臭いような匂いがした。
身体を震わせて炭になった食べカスを振り落とした。
「これでいい?」
「まだ少しついているが……」
「細かいなぁ。あんまり綺麗好きすぎるのって病気なんだよ? 知ってる?」
「美しくあることが私の存在意義の全てだ。病気ではなく、理念の問題だ」
「あっそ……少し粉がつくくらい、払えば済む話でしょ?」
許可を出していないのに、レインは私の肩に飛び乗る。
この際、多少燃えカスがつくことは許容するしかない。
帰ったら風呂に入って服は洗えばいいかと諦めなければならなかった。
拘置所から飛んで広間に戻ると、まだゴルゴタの配下の魔族らはその場に留まっていた。
「メギド様!」
私の姿を見るなり、魔族は食べていたものを放り出して立ち上がり、私に向けて頭を垂れた。
食べていたものは人間の死体のようだ。
主に首から下を食べている様で、頭は打ち捨てられている。
雑食で何でも食べるリザードマンやオークも人間の脳は食べないらしい。
そう言えば、人間の脳は邪悪であるから食べてはいけないと考えている者もいると聞いたことがある。
食べると穢れが移るなどと言っている者もいる。
まぁ、単純に美味しくないから食べないのかもしれないが。
「お前たち、顔に番号が書かれている『011713★』の人間の死体を見かけなかったか?」
「顔に番号が書かれている人間は何人も見かけましたが……」
顔を見合わせた後、転がっている人間の顔の番号を確認し始める。
「えーと、番号をもう一度お願いします」
「番号よりも末尾の記号が黒い星の者を探せ。女だ」
こういうときに解りやすい特徴があるのは助かるなと感じる。
脱走してもすぐに見つかるようにという目的なのだろうが、なかなかわかりやすい。
普通の魔族に人間の顔の判別は不可能だろう。
同じような服を着て、同じような髪型をして特徴がない者は特に顔の判別が難しい。
人間はその顔の判別が得意らしいが、家畜などの顔の判別はできないと聞く。
人間は自分と他者を区別し、判別するためにその能力が発達したと考えられる。
「黒い星が顔にある者はいませんね」
「そうか……ならいい。お前たちにいくつか聞きたいことがある」
「はい……なんなりと……俺たち、殆どゴルゴタ様とは顔を合わせないので……詳しいことは分からないですけど」
「お前たちはここで何をしている?」
「人間が攻めてきた際の報告係です。大した役割はもらってません……」
ここは魔王城から近い町だ。
恐らく、城から近い町は全方向魔族で包囲しているのだろう。
「最近のゴルゴタは何を企んでいるか分かるか?」
「いえ……ただ、最近は比較的に機嫌が良いという噂を聞きました」
「機嫌が良い?」
「はい……聞いた話ですので、なんで機嫌が良いのかは分からないですけど……」
ゴルゴタと話をしたとき、確かにやけに機嫌が良い様子だった。
そう言えば「新しい玩具」がどうとか言っていたが、それは一体何のことだ?
しかし、レインが聞いているために私がゴルゴタと話をした事は言えない。
「何か大きく変わったことはあるのか?」
「大きくですか……いえ。俺たちみたいな末端には命令がくるだけで、城の中のことは……」
「アギエラ復活の段取りの方は?」
「思わしい報告はないと思います」
――段取りは組めているようなことは言っていたが、あれは私を困惑させ焦燥感を煽る為のブラフだったのか?
しかし、末端の魔族に情報が行き渡っている様子はない。
大きな動きはなさそうだが、ここ最近に方針が変わったのなら完全にブラフだとも言い切れない。
「他には?」
「すみません。力になれなくて……」
「そうか。別に良い。奴は末端に細かく指示を出すタイプではないだろうからな」
これ以上の情報は聞き出せないだろう。
ゴルゴタに直接聞いた方が情報量が多い。
だが、この前は私が踏み込んだ質問をしすぎたせいで、町を夜間に無理やり移動する羽目になった。
尻尾を巻いて逃げるような真似はしたくなかったが、ゴルゴタに直々に来られると分が悪い。
来ないだろうとは踏んだが、本当に来られたら対応しきれない為に夜間に町を移動した。
「あぁ、でも……町を襲撃するって話は聞きました」
「パイの町のことか? それならもう襲撃されている」
「パイの町もそうですが、別の町も」
「どこだ? アギエラ復活が難航しているから地道に人間を滅ぼそうとしている訳か?」
「確か……オミクロンの町と、ミューの町……だったと思います」
ミューの町と聞いて私は「なんてことだ」と頭を軽く抱える。
「ミューの町って、僕らがいた町だよね?」
何も考えていないのか、レインは私たちが滞在している場所を安易に口に出してしまった。
これがゴルゴタのところへ報告が行くと、また慌てて町を移動しなければならない。
しかし、ここで慌てるほど私の器は小さくない。
「そうだな。その襲撃の日時は?」
「ちょうど、今頃だと思います」
「何?」
「なら戻らないと、あいつら殺されちゃうよ?」
「結界も張ってきた。『雨呼びの匙』もあるし、そう簡単には町に入れない」
そうは言っても、結界も完璧と言う訳ではない。
早く戻る方がいい。
だが、この短時間で空間転移で戻ればかなりの負荷がかかり、戦うなどまともにはできそうもない。
レインは平気そうに振舞っているが、今でも私と同じく頭痛、眩暈、吐き気などに襲われているはずだ。
レインも私と同じでプライドが高い。
不調を悟られるようには振舞わない。
守る体制としては結界、『雨呼びの匙』、クロが現地にいるとはいえ、どの程度の魔族が落としに行ったのかで緊急度合いが変わってくる。
「襲撃に行った魔族の構成種族は分かるか?」
「分かりません」
「上位魔族の可能性は?」
「上位魔族はあまり……悪魔族は何人か従えておられますが」
「悪魔族か……」
一口に悪魔族と言っても必ずしも脅威になるとは考えにくい。
だが、魔法には長けている者も多いので油断はできないが……。
それにしても、直接見たわけではないが上位魔族が此度の騒動に手を貸している様子はない。
悪魔族もカースト下位のはぐれものが力を貸しているだけだろう。
悪魔はあまり協調性がある種族ではないから、ならず者も多い。
暴れたいだけの連中がゴルゴタ側についたのは想像できる。
本当に上位魔族総動員で人間を滅ぼそうと考えているのなら、すぐにでも人間は滅びつくされる恐れがあるが、その兆候がない。
アギエラ復活の儀が難航していることを考えれば龍族、悪魔族、天使族、鬼族、魔機械族はそれぞれ争いに加担していないと考えるのが自然だ。
「まぁ、上の下が加担したところで、程度は知れている」
「なんで“下”って分かるの?」
「上の上がゴルゴタに従って人間の町をわざわざ襲撃するとは考えづらいからな。悪くても中位だが……」
「ていうかさ、種族中の上下って何で決まるの?」
レインは別の世界から来たから、こちらの序列の話は分からないのだろう。
「単純だ。知恵、物理的な力、魔力のそれぞれを総合的に判断して決めている種族が多い。上位の者は賢く、魔法に特化している者が多い印象だな。賢くなければ上には立てない」
「じゃあ、馬鹿だけど力が強くて魔法が凄いやつは?」
「賢くなければ高度の魔法は使えない。まぁ、せいぜい基礎魔法程度だ。魔力量があるのなら、多少の威力は出るのだろうが、調整ができなければすぐに魔力切れとなって終わる。純粋に圧倒的な暴力を行使できる者もいるがな。ゴルゴタはそういうタイプだ。魔法も使えるし、体術に長けている」
体術に長けているだけならまだマシだが、ゴルゴタは圧倒的な再生能力がある。
一撃で仕留められたら奇襲をかけるだけでいいが、それだけで倒せるほどには甘くない。
魔道具だけではなく、他の対抗手段を考えなければならないだろう。
例えば毒など。
あまり卑劣なやり方は好きではないが、身体の自由を奪うのが確実な方法だ。
武力行使で大勢の死者を出すのも本望ではない。
「ふーん。魔王と相性悪そう。魔王は体力まったくないもんね。ちょっと歩くだけでしんどそうだし」
「あぁ。良くない。だが、私の方が圧倒的に賢い。賢者は猛獣を知恵で手懐ける」
「自分で賢者とか言うの恥ずかしくないの?」
「事実だ。恥じる余地などどこにもないだろう? 事実なのだから」
戻るか、戻らないか決断しなければならない。
川の中から金を浚うような作業だが、この者たちからもう少し情報を探ることもできるが、あまり生産的ではないように思う。
「予想外の出来事もあるだろうから、もう行くぞ」
「でも空間転移の負荷ってかなり強いんでしょ? 僕らが戻ったとこで役立たずになるんじゃないの?」
そう聞いてくる辺り、レインも具合があまり良くないようだ。
「身体の状態はどうだ? 気分は?」
「僕? 僕は平気だよ」
「正直に言え。容態によっては危険と判断する。私は軽度の眩暈、吐き気、頭痛がある。レインもそうなのではないか?」
問い詰められると、レインは顔を背けて力なく返事をした。
「…………そうだね。同じような状態」
「収まらない内に再び空間転移をすると、その倍以上の症状が出る。まともに歩行することもままならなくなり、胃になにも入っていなくとも嘔吐する。頭が割れそうに痛んで思考がまとまらなくなる。身体の方も全身痛みが出てくる」
私の話を聞いて、レインは首をうなだれて後悔した。
「はぁ……ついてくるんじゃなかった……ノエルもいなかったし」
「安心しろ。カノンに回復させればいい」
「じゃあ僕が先だからね!」
「好きにしろ。私たちはもう行く。お前たち、私がここへ来たことは黙っていろ。どうせバレやしない。密告者がいない限りはな。仮に密告しようと考えている者がいるとしたらやめておけ。どうせ不祥事があったとあれば密告者ごと全員始末される」
目の前に空間転移の魔法陣を生成している最中、私と話していたリザードマンが話しかけてきた。
「メギド様……俺たち、何かお手伝いすることはありますか?」
「……下手なことをするな。ゴルゴタは勘が鋭い。妖しい動きをしたらすぐ感づかれる。幸い、この地方勤務ではゴルゴタに会う機会は少ないだろうからな」
「はい」
「お前たちはお世辞にも演技派ではない。すぐに表情に出る。逆に表情に出さないようにすることで更に不自然になる。ゴルゴタに会わないようにしろ」
「分かりました……頑張ってみます」
私は視線を戻して項垂れているレインと共に、空間転移魔法陣の中へと私たちは中へと入った。